2022 Volume 17 Issue 4 Pages 141-145
症例は67歳男性.切除不能進行胃がんへの化学療法が奏功せず,外来にて症状緩和を行っていた.自宅で過ごされていたが,体動困難となり,救急外来を受診.Hb値3.4 g/dlと高度貧血を認め,進行胃がんからの出血と診断.入院のうえ緩和的放射線治療を開始したが,連日輸血を行うもHb値は改善せず,入院4日目の内視鏡検査にて漏出性出血(oozing bleeding)を認めた.入院11日目のHb値2.8 g/dlであり,照射継続での止血は困難と判断し,同日に血管塞栓術(TAE)を施行した.TAE後は輸血にてHb値8.0 g/dlまで改善.その後,輸血は不要となり,入院28日目に転院となった.出血性進行胃がんに対する緩和的放射線治療の高い有効性が報告されているが,奏功しなかった場合の救済治療に苦慮することがある.緩和的放射線治療が奏功しない出血性進行胃がんに対し,TAEが有効な救済治療となった1例を報告する.
A 67-year-old man with Stage IV gastric cancer (cT3N2M1) received chemotherapy. However, he had progressive disease and then, received palliative care. One day, he was admitted for difficulty in body movement. He had severe anemia (Hb: 3.4 g/dl) caused by tumor bleeding and needed frequent blood transfusions. Palliative radiotherapy (RT) was conducted to control the bleeding. However, hemostasis was not achieved despite daily palliative RT and blood transfusions. Gastrointestinal endoscopy showed oozing blood from gastric cancer and his Hb levels dropped to 2.8 g/dl. Transcatheter arterial embolization (TAE) with gelatin sponge was performed as salvage therapy. TAE was effective and his Hb levels improved to 8.0 g/dl, and he was discharged from the hospital. RT is an effective modality for gastric bleeding control in gastric cancer. However, salvage therapy is sometimes needed but difficult to conduct. TAE was effective salvage therapy in this case.
出血性進行胃がんに対する緩和的局所療法には内視鏡治療,外科的手術,放射線治療,血管塞栓術(transcatheter arterial embolization: TAE)がある1).内視鏡治療の侵襲性は低いが,止血の奏効率は31~93%とばらつきが大きく,再出血率は41~80%と高い2,3).さらに出血性胃がんでは漏出性出血(oozing bleeding)がしばしばみられ,その場合,出血源の同定は困難であるため,内視鏡治療は適さない.外科的手術は有効な治療法ではあるが,適応は全身状態が比較的良好な一部の症例に限られる4).TAEは奏効率40~65%と報告されているが,有害事象として急性消化管虚血や脾梗塞が報告されている5–7).近年では進行胃がんの局所症状に対する放射線治療の奏効率54.1~91%という高い有効性が報告されており8–12),有害事象も少ないことが知られている.しかし,放射線治療の効果発現までには中央値2~15日の日数を要することが報告されており13,14),奏功しなかった場合の救済方法には確立したものがない.今回,緩和的放射線治療が奏功しない出血性進行胃がんに対し,TAEが有効な救済治療となった1例を経験したので報告する.
【症 例】67歳男性
【主 訴】体動困難
【既往歴】特記事項なし
【家族歴】特記事項なし
【現病歴】検診にてHb値6.4 g/dlの貧血を指摘され,精査にて切除不能進行胃がん(cT3N2M1[肝転移])と診断された.化学療法の方針となり,Capecitabine+Oxaliplatin(XELOX)療法が5コース行われたが,原発巣とリンパ節転移は増大し,脳転移と肺転移も出現した.外来にて症状緩和を行いながら,自宅にて過ごされていたが,体動困難となり,救急車を要請.当院救急外来に搬送された.
【入院時現症】身長164.5 cm,体重46.8 kg,BMI 17.3 kg/cm2,GCS E3V5M6,脈拍数95 bpm,血圧123/65 mmHg,体温36.5°C,呼吸数16回/分,SpO2: 99%(経鼻1L).呼吸音は清で心雑音は聴取しなかった.腹部は平坦,軟で,圧痛を認めなかった.四肢末梢に冷感を認めた.
【入院時血液検査(表1)】入院時の血液検査にてHb値3.4 g/dlと高度な貧血を認めた.BUN値33.1 mg/dal, Cr値0.71 mg/dlと消化管出血が示唆された.
【入院時画像所見】造影CT検査を施行した.胃内に多量の血腫があり,胃噴門部に造影効果を伴う不整形の腫瘤を認めた(付録図1).活動性出血(extravasation)は認めなかった.進行胃がんからの出血と診断した.
【入院後経過(図1)】緊急照射の適応と判断し,入院のうえ,緩和的放射線治療(付録図2)および輸血を開始した.リニアック装置はELEKTA社製Synergyを使用した.エネルギーは10 Megavolts(MV)を採用し,腫瘍に十分なマージンを付け,自由呼吸下に30 Gy/10 fractions(fr.)で計画した.照射時には毎回,コンビームCTを撮影し,位置合わせを行った.Hb値6.9 g/dlまで一旦改善するも,その後,連日の輸血にもかかわらずHb値は徐々に低下した.入院4日目の内視鏡検査にて下部食道から胃噴門部にかけて連続性に隆起性病変を認め,胃内には巨大な血腫貯留を認めた(付録図3).露出血管や噴出性出血を認めず,oozing bleedingの所見であった.出血源の同定は困難であり,クリッピングもしくは熱凝固による止血は行えず,止血剤の散布のみ行った.入院10日目の造影CTにて入院当日と同様に胃内に多量血腫があり,造影にて胃噴門部に造影効果を伴う不整形の腫瘤を認めた(付録図4).extravasationは認めなかった.腫瘍の栄養血管(feeder vessels)は後胃動脈と左胃動脈が主体と考えられた(付録図5).入院11日目のHb値2.8 g/dlであり,照射継続での止血は困難と判断した.入院時よりも患者の全身倦怠感は増悪していたが,意思疎通は可能であった.救済治療としてTAEを説明,提示したところ,より侵襲的な治療であることを理解したうえで,治療を希望され,同日にTAEを施行した.腹腔動脈は高度狭窄しており,1.7 French(Fr)のマイクロカテーテルが後胃動脈まで進められず,上腸間膜動脈から膵アーケードを介してtriple co-axial systemでアプローチした.後胃動脈と左胃動脈の選択的digital subtraction angiographyにて腫瘍濃染を確認し,後胃動脈と左胃動脈を粉砕したゼラチンスポンジで塞栓した.術後CTにて腫瘍に造影剤/ゼラチンスポンジが分布していることを確認した(付録図6).TAE後のHb値は2.8 g/dl→5.8 g/dl→8.0 g/dlと改善した.TAE後も腫瘍増大による再出血の予防のために放射線治療は30 Gy/10 fr.まで完遂した.その後,患者の全身倦怠感は改善し,輸血は不要となり,入院28日目に転院となった.退院前に本人も「身体のだるさがとれて楽になった」とおっしゃられていた.
TAE: transcatheter arterial embolization, fr.: fractions
本症例は緩和的放射線治療が奏功しなかった出血性進行胃がんに対し,救済治療としてTAEを行った症例である.放射線治療での止血は得られず,連日の輸血にもかかわらず貧血は進行していた.本症例は救済方法としてTAEを用いることで,止血が得られ,貧血は改善し,輸血も不要となった.TAEによる救済治療が行われなければ,救命は困難であったと考えられる.
複数の出血性進行胃がんに対する緩和的放射線治療の報告がされているが,その多くは後ろ向き研究である.奏効率は54.1~91%,効果発現までの中央値は2~15日と報告されている.再出血率は30~50%と報告されている.適切な処方線量については議論があるが,30 Gy/10 fr.は一般的な緩和線量であり,安全性,有効性ともに高いとされている15).嘔気,食欲不振,倦怠感などの有害事象は稀である.高い奏功率や患者への負担の少なさから,出血性進行胃がんに対する緩和的放射線治療は徐々に認知されはじめてきている.
出血性進行胃がんに対してTAEが行われることもある.後ろ向き研究であるが,40~65%の奏功率が報告されている.再出血率は41~66%と報告されている5–7).とくに腫瘍濃染やextravasationを認める場合にはよい適応となる.左胃動脈はターゲットにされる頻度が高く,ゼラチンスポンジによる塞栓が一般的である.合併症として急性消化管虚血や脾梗塞が報告されている.
出血性進行胃がんに対して放射線治療は高い奏功率を有するが,奏功しない場合には何らかの救済治療が必要である.しかし実際には,放射線治療が奏功しない症例の予後は極めて不良13,16)であり,救済治療を行ったという報告はほとんど見当たらない.放射線治療による止血の機序は明らかになっていないが,マウスを用いた臨床実験では放射線照射後に血小板凝集反応がみられることが確認されており,これが凝固促進に関与しているといわれてる17).塞栓物質を血管内に注入し,血流を止めて止血するTAEとは機序が全く異なっており,放射線治療が奏功しない人でもTAEが奏功する可能性は十分にある.連日の照射にもかかわらず出血の持続があり,循環動態の不安定がある場合には,救済治療としてTAEを早期に検討するべきである.また,再出血予防目的に放射線治療は止血後にも続けられるべきだと考える.
本症例には反省点がある.救急外来時に内視鏡検査を行うべきであったと考える.当院通院中の患者であり,経過から出血性進行胃がんを強く疑っていたとはいえ,内視鏡検査で確定すべきであり,また結果によっては初回治療に放射線治療以外の選択がとられた可能性がある.例えば,漏出血管が同定できれば内視鏡的止血術を考慮すべきであったであろうし,噴出性出血が認められれば止血に時間を有する放射線治療よりもTAEが優先されていたであろう.また,Hb値3.4 g/dlと高度貧血である本症例では,とくに効果発現までに日数を要する放射線治療の場合,不応が致死につながる可能性があるため,造影CTにてextravasationを認めない場合でも初回治療からTAEを検討するべきであったであろうと考える.出血性進行胃がんに対する緩和的局所療法の選択には実臨床にて非常に迷うことが多いが,それぞれの治療の侵襲度,有害事象,奏効率,効果発現日数を把握したうえで,患者の状態によって判断しなければならない.とくに本症例のように高度貧血を認めている患者に放射線治療を選択した場合には治療開始前から不応の可能性を考慮し,すぐにTAEを救済治療に用いられるよう,消化管内科と放射線科で情報共有しておくことが大切であると考える.
本症例は当院転院から3カ月後に転院先の病院に確認したところ,存命中であり,輸血が必要な状況にはないということであった.
すべての著者の開示すべき利益相反はなし
田崎,牧野,大塚,中村,北村,宮﨑は,研究の構想およびデザイン,研究データの収集および分析と解析,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.藤本,杉尾,今村は,研究データの収集および分析,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.