2023 Volume 18 Issue 2 Pages 153-158
悪性腫瘍に伴う悪性消化管閉塞(malignancy bowel obstruction: MBO)に対する治療としては,手術療法,消化管ステント留置,経鼻胃管や経皮内視鏡的胃瘻造設術,薬物療法などが知られている.酢酸オクトレオチドなどの薬物治療を行う場合は経口摂取ができなくなり,かつ持続点滴静注が必要となることから,患者のQuality of Life(QOL)を著しく低下させる.今回外科および緩和医療科を含めた多職種カンファレンスを行い慎重に検討を重ね,酢酸オクトレオチド持続投与中で低栄養のMBOの患者に対し審査腹腔鏡手術を行い,MBOの重症度や進行状況を把握することで緩和手術として小腸瘻造設術を選択し施行することができた.その結果,一時的に経口摂取が可能となり患者のQOLを改善させることができた.
Treatment for malignancy bowel obstruction (MBO) includes surgery, gastrointestinal stenting, nasogastric tube, percutaneous endoscopic gastrostomy, and drug therapy. Drug therapy such as octreotide acetate significantly reduces the quality of life of patients because oral intake is no longer possible and continuous intravenous infusion is required. After a multidisciplinary conference including the department of gastrointestinal surgery and the department of palliative medicine, we could perform staging laparoscopy on a nutritionally-depleted patient with MBO and laparoscopic jejunostomy as a palliative surgery. As a result, she could discontinue from administration of octreotide acetate and resume oral intake.
悪性消化管閉塞(malignancy bowel obstruction: MBO)に対する審査腹腔鏡および緩和手術としての小腸瘻造設術の有用性を示した報告は未だに少ない.当院で審査腹腔鏡および小腸瘻造設術が有用なMBO症例を経験したので報告する.
73歳の女性で入院前のActivity of Daily Living(ADL)は全自立であった.既往歴は高血圧のみで家族歴に特記事項はなかった.51歳で境界悪性卵巣腫瘍に対する手術および化学療法を施行した.治療後22年目に原因不明の腹水貯留の精査のために入院した.血液検査や画像検査などでは原因となる異常を認めなかったが,腹腔細胞診では悪性腫瘍を疑う細胞集塊を認め,下部消化管内視鏡検査を行ったところ直腸に非上皮性隆起病変および全周性の狭窄を認めた.審査腹腔鏡を行うと,消化管の周囲にびまん性に米粒大の腫瘤が播種する所見を認めた( 図1).同部位の組織診で境界悪性卵巣腫瘍再発の診断となった.一度退院とし,外来でパクリタキセルおよびカルボプラチンによる化学療法を7コース施行し,部分寛解(partial response)となったため一度化学療法を中止し経過観察とした.その3カ月後に左胸水が出現したため,レジメンを変更しイリノテカンによる化学療法を施行したが,1コース後に腸イレウスのため中止となった.前回審査腹腔鏡を施行した消化器外科の医師と造影computed tomography(以下,CT)検査を含めた画像検査を検討し( 図2),前回審査腹腔鏡後11カ月で小腸の多発狭窄によるMBOと診断した.消化管全体の高度な癒着が予想され,バイパス手術を含めた手術療法は一定のリスクを伴うと判断し,まず症状緩和目的のため酢酸オクトレオチド持続静注およびデキサメタゾン静脈内投与による薬物療法を施行した.
デキサメタゾン静脈内投与は3日間投与した時点で血糖値上昇を認めたため中止した.薬物療法開始から1週間後に酢酸オクトレオチドの中止を試みると悪心・嘔吐が再燃するため,当院の在宅医療チーム内で検討し,携帯型精密輸液ポンプ(CADD®-Solis PIB)により酢酸オクトレオチドを持続静注したまま高カロリー輸液および脂肪製剤を投与し退院の方針とした.外来で2週間の経過観察を行っていたが,保存的療法を継続しても嘔吐が1日に3–4回程度はあったことと,良好な全身状態で通過障害以外の症状がないにもかかわらず摂食が一切できないというギャップからの苦しみから,患者は手術療法を希望した.低栄養が進行したため周術期のリスクは高いと考えられたが,消化器外科や緩和医療科を含めた多職種カンファレンスを繰り返し,全身状態として耐術能は十分であるものの手術を行うことでQuality of Life(QOL)の低下や予後の短縮,創部感染や縫合不全などの合併症が生じる可能性があることを確認し,状況において術式変更や審査腹腔鏡のみで終了とすることを検討した.その内容を患者および家族にインフォームド・コンセントを行い審査腹腔鏡後にバイパス手術を行うことを計画した.腹腔鏡により腹腔内を観察すると,1年前の審査腹腔鏡手術の時と比較し腹膜播種による消化管の癒着は増悪しており( 図3),消化管を腹壁付近まで挙上できないことからバイパス手術の施行は不可能と判断した.バイパス手術を施行できなかったため,消化管内の減圧目的のためチューブを用いた小腸瘻造設術(Witzel法)を施行した(付録図1).術直後は悪心・嘔吐が出現したが数日間で自然消失し,オクトレオチド酢酸塩持続静注を中止することができた.飲水およびプリンなどの半固形物を経口摂取することも可能となり,術後23日目で退院となった.退院後は遠出や家族と食卓を囲むことが可能となった.術後49日目に悪心および小腸瘻からの排液が消失したため緊急入院となった.造影CT検査では新たにTreitz靭帯付近に狭窄およびその口側に消化管内容物の貯留を認め,多発がん性狭窄と診断した.患者からはこれ以上の治療の希望がなく,Best supportive care(BSC)の方針となった.その後は緩和病棟に転床し術後75日目に死去した.
MBOの有病率は卵巣がんで5%–51%と高く,消化器がんでは4.4%–28%と報告されている1–5).MBOのうちで進行がん患者を対象とした研究によると,閉塞部位は小腸が64%と最も多く,次いで大腸が20%,胃十二指腸付近が16%と続く6).FeuerらはMBOは緩和手術により42%–80%で症状が改善するが,術後に10%–50%に再狭窄が生じると報告している7).MBOの生存期間中央値はSorianoらがMBOの発症から30–90日間と報告した5).
MBOにおける緩和手術の適応には明確な判断基準が存在しない8,9)(なお,本文内において「緩和手術」とは「悪性腫瘍による症状を緩和するために行う手術全般」を指すこととする).適応については,TwycrossらやRipamontiらが提唱する緩和手術の適応や禁忌(付録表1)が知られており,本症例はいずれの基準も満たした8,10,11).またSorianoらは増大速度の緩慢な腫瘍あるいは2カ月以上の生存が見込める場合はバイパス手術を検討することが可能としており5),本症例は境界悪性卵巣腫瘍の晩期再発であることからバイパス手術を検討できると判断した.耐術能評価については,本症例では一定期間の絶飲食により小野寺らの示す予後推定栄養指数(prognostic nutritional index: PNI)は32.4と高値で低栄養状態にあり,周術期リスクとしてのリスクは低くないと考えたが12,13),一方で,吉川らは自施設のデータからPNIが31.5を超えれば60日生存は86.9%であることから緩和手術の適応となり得るとの見解を示し,本症例はこれを満たしていた14).手術の方略を安易に決定することはできなかったが,最終的に消化器外科の医師が同様な全身状態の患者に対し合併症なく手術を終了できていた経験と患者がリスクを考慮しても手術を希望したことから手術に至った.実際にはバイパス手術は施行できず小腸瘻造設術のみを施行することとなったが,低侵襲手術となったこともあり術後創部感染や縫合不全などの術後合併症は認めなかった.今回は腹腔鏡下で手術を行ったが,吉川らも述べているように低侵襲である腹腔鏡下手術は従来行われてきた開腹手術より緩和治療に適している15).腹腔鏡下緩和手術の適応としては定まったものはないが,筆者としてはこれまでのSorianoらや吉川らの報告5,14)のように60日を超える予後が見越されるのであれば手術を検討できると考える.すなわちPNI>31.5かつ全身麻酔が可能であること(心機能や腎機能など)は一つの目安になると考える.腹腔鏡下による緩和手術適応は開腹による緩和手術を行っていたときよりも拡大するはずであるが,腹腔鏡下手術による適応の拡大については今後検討されるべき課題だと考えられる.
今回MBOに対し緩和手術を施行したことにより,以下の三つの示唆が得ることができた.①MBOの症例で複数回の審査腹腔鏡を行うことは有用となる.②MBOに対し小腸瘻造設は姑息的治療の一つとなり得る.③MBOを合併した婦人科悪性腫瘍患者の治療方針を検討する際に,緩和ケアチームに外科医師を加えることは有益である.
①について,MBOに対する緩和手術を行う際に最も重要なことは,消化管の狭窄・閉塞が存在する部位を把握することである.それによって必要なバイパス手術や人工肛門造設術などの術式が決定される.さらにMBOは進行性の病態であるため,閉塞が切迫している狭窄部位の把握も重要となる.本症例では造影CT検査および複数回の審査腹腔鏡を行うことで,造影CT検査単独で評価するよりも狭窄・閉塞部位をより詳細に把握することができた. 図1に示すように,1回目の審査腹腔鏡では小さな播種病変が消化管全体に付着していることを視覚的に確認でき,腸管が硬化していることを鉗子操作により触覚で確認することができた.CT検査単独ではこの小さな播種病変は検出できなく,消化管の硬化についても気づくことはできない( 図1,2矢印(青)).2回目の審査腹腔鏡の所見では視覚的に播種病変の増大や消化管同士の癒着を確認でき,さらに触覚として消化管の更なる硬化や消化管同士の癒着の範囲を確認できた( 図3).審査腹腔鏡を複数回行うと疾患がどの程度の進行度で増悪しているかを視覚的かつ触覚として把握することができ,その進行度を計ることで近い将来に多発がん性狭窄が生じ得ると推測することを可能とした.審査腹腔鏡を複数回することは有用ではあるが,その対象となる患者は本症例のように審査腹腔鏡をすることにより,その後の緩和手術につながる場合に限られ,観察の理由のみで行われることは患者の負担から慎重になるべきであると考えられる.
続いて②に関して,本症例では術前にバイパス手術を予定したが,消化管同士の癒着が強く腹壁の近くに消化管を挙上することができなかったため,代わりに小切開を併用しチューブを用いた小腸瘻造設術を施行した.小腸瘻造設は通常,食道や胃の術後や悪性腫瘍の末期などで経口摂取が困難である患者に対し栄養摂取のための入口部を作るために行われる術式である.本症例では術中に消化管内の減圧を目的として造設したが,実際には以下の複数のベネフィットを得ることができた.1)消化管内の減圧により悪心・嘔吐および腹部膨満感が消失した.2)飲水および半固形物が少量であれば摂取可能となった.3)消化管に長期間貯留していた約50mlの腸管内容液をチューブから吸引除去し,blind loop症候群(盲端症候群)を予防することができた.4)術直後より酢酸オクトレオチドの持続静注を中止することができた.2),3)よりわかるように本症例の小腸瘻は摂取物の出口部としても機能した.胃瘻と比較した際に,1–3)については小腸瘻と胃瘻の共通のベネフィットであるが,小腸瘻であれば残存小腸からの水分や電解質の吸収が期待できる.また本症例のように消化管が一塊になり仰臥位の状態で胃を腹壁まで持ち上げられない症例は,胃瘻を造設できないことがあり小腸瘻がよい適応となる.
③に関しては,消化器外科領域では日常的にチューブによる小腸瘻(主に空腸瘻)を造設する機会があるが,産婦人科領域では術中に小腸瘻造設術を経験することはほとんどない.今回はバイパス手術が施行できなかったため副次的に小腸瘻を造設し,それにより患者のQOLを一時的に改善することができた.一般的に産婦人科医には小腸瘻造設の知識はほとんどない.婦人科悪性腫瘍の緩和医療は産婦人科および緩和医療科の医師を中心とした緩和ケアチームで行われることが多いが,MBOの症例については消化器外科の医師が加わると産婦人科医では想起できないような治療方法が案出される場合がある.MBOの症例は可能であれば消化器外科の医師がチームに加わることが患者にとって有益となる.
緩和医療において患者が求める希望はそれぞれ異なるため,患者ごとに個別化医療を行おうとする努力が必要である.緩和手術によって,終末期のわずかではあるがかけがえのない期間におけるQOLを改善できる症例は必ず存在する.そのため術後の合併症や手術死亡率のみを主軸におき緩和手術の検討を安易にやめることは避けるべきである.そのためにはチーム医療により患者の状態を多角的に見直すことを繰り返し,治療計画を考え続けるという継続力が重要である.
MBOと診断された低栄養患者に対し緩和手術として小腸瘻造設術を施行し,一定期間ではあるが消化管内の減圧により悪心および嘔吐の症状を改善させ,半固形物の摂取ができるようになった症例を経験した.
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大塚,桂,平野は研究の構想,デザイン,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.三谷,野添,田上,前川,菅原,加賀は研究の構想,デザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.