Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
Refractory Diarrhea Associated with Carcinoid Syndrome Improved after Opioid Switching from Fentanyl to Morphine
Madoka Ito Ryo MatsunumaHaruka HaranoJunichi TasakiTakashi Yamaguchi
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2023 Volume 18 Issue 3 Pages 171-176

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Abstract

【緒言】ロペラミドのみでは難渋する難治性下痢に対して,オクトレオチドやセロトニン受容体拮抗薬の使用が一般に推奨されている.カルチノイド症候群に伴う難治性下痢に対して,オピオイドスイッチングのみで症状が改善した症例を経験した.【症例】28歳,女性.子宮頸がん術後再発に伴い疼痛,水様便を認めるようになった.ロペラミドを内服しても改善しない難治性下痢および骨転移に伴う右下肢痛のため,症状緩和のため緩和ケア病棟に入院となった.下痢の原因は精査の結果,カルチノイド症候群と診断し,増悪していた疼痛への対応も含めてフェンタニル貼付剤からモルヒネにオピオイドスイッチングを行ったところ,疼痛の軽減と下痢回数の明らかな改善を認め,自宅退院となった.【結論】本症例のようにオピオイド鎮痛薬を必要とする症例においては,難治性下痢に対してモルヒネを選択することで,疼痛と下痢の両方に対応できる可能性がある.

Translated Abstract

Background: In the case of refractory diarrhea that cannot be treated with loperamide only, drugs such as octreotide and serotonin receptor antagonists are generally recommended. We have reported a case of refractory diarrhea associated with carcinoid syndrome in which symptoms improved only with opioid switching, without octreotide. Case: We experienced a case of a 28-year-old female with cervical cancer. She was diagnosed with recurrence after cervical cancer surgery and presented with pain and diarrhea. Her diarrhea did not improve sufficiently after taking loperamide. She was admitted to the palliative care hospital for symptom control due to persistent diarrhea and right lower extremity pain associated with bone metastasis. We diagnosed the cause of her diarrhea as carcinoid syndrome by some laboratory examination. For pain management, we switched opioids from transdermal fentanyl to continuous subcutaneous infusion of morphine. It resulted in pain relief and improvement in the frequency of diarrhea, and she was able to be discharged home. Conclusion: In cases of refractory diarrhea and in patients who need opioids, there is one option to use morphine. If it is effective, it may simply resolve both pain and diarrhea and reduce the use of multiple medications.

緒言

がん患者の約14%で脱水を伴うような中等度以上の下痢がみられ1,生活の質(Quality of Life: QOL)が低下することが報告されている2.原因としては,薬剤,放射線治療,感染症,腸管狭窄や溢流性便秘,手術,腫瘍性,併存疾患,食事・栄養など,さまざまな原因が挙げられる3.まずは原因への対応を検討するが,臨床現場では同時に対症療法としてロペラミドがよく使用される.ロペラミドで制御が不十分な難治性下痢の場合はモルヒネなどのオピオイドを止痢薬として使用することがある4

われわれはフェンタニル貼付剤からモルヒネ持続皮下注射へのオピオイドスイッチングにより,疼痛コントロールの改善と同時にカルチノイド症候群に伴うロペラミド抵抗性の下痢がコントロール良好となった1例を経験したので,考察を加えて報告する.

症例提示

【症 例】28歳,女性

【診 断】子宮頸がん

【生活歴】外資系ホテル勤務,職場近くで一人暮らしをしていたが,治療に伴い実家で両親と3人暮らしとなった.飲酒:機械飲酒,喫煙歴:なし

【家族歴】特記事項なし

【既往歴】特記事項なし

【現病歴】2017年1月に子宮頸がん検診で悪性と診断(cT1bN0M0, cStageIB1)され,2月に円錐切除術を施行された.病理で子宮頸部小細胞がんと診断され,術前化学療法としてCPT-11+CDDP療法(イリノテカン+シスプラチン)を2コース施行後,4月に広汎子宮全摘術(ypT0N0M0,病理:adenocarcinoma with neuroendocrine carcinoma)を施行した.その後,術後化学療法としてCPT-11+CDDPを6コース追加したが,9月の画像評価で肝転移・骨盤骨転移を認めたためprogressive disease(PD)と判断し,セカンドオピニオン受診後,9月より化学療法中止となった.同時期より水様便を認めるようになり,9月末に嘔吐・下痢・腹痛のため前医入院となり,骨転移に伴う右股関節痛に対してフェンタニル貼付剤の導入,下痢に対してロペラミド投与を行った.症状コントロールおよび今後の療養の相談のため,10月に緩和ケア病棟へ転院となった.

【内服歴】フェンタニル貼付剤25 µg/時,疼痛時:フェンタニル口腔粘膜吸収製剤100 µg/回,エストラジオール貼付剤,下痢時:ロペラミド1 mg/回

【入院時現症】意識清明 血圧140/83 mmHg 脈拍118回/分 体温37.7°C 呼吸数20分 経皮的動脈血酸素飽和度96%(室内気)

Performance Status(Eastern Cooperative Oncology Group: ECOG)3

胸部 心音:整・雑音なし 肺音:清

腹部:上部を中心に膨満 腫大した肝臓を触知 圧痛:なし

右股関節の可動時痛あり 右股関節周囲に圧痛あり

下腿:浮腫あり

【血液検査】総蛋白6.4 g/dl,アルブミン3.6 g/dl, AST 124 IU/L,ALT 88 IU/L,LDH 1546 IU/L,アルカリフォスファターゼ996 IU/L,尿素窒素9 mg/dl,クレアチニン0.50 mg/dl,ナトリウム141 mEq/L,カリウム4.0 mEq/L,クロール103 mEq/L,補正カルシウム9.6 mg/dl,CRP 0.26 mg/dl,白血球7450/μl,赤血球287万/μl,血小板24.1万/μl

【便検査】便潜血陰性,便培養陰性

【画像検査】術後のCTでは骨盤腔内に明らかな再発はなく,腹水も認めなかったが,新たに肝転移を認めた( 図1).またPET-CT( 図2)で右股関節臼蓋腹側に18F-fluorodeoxyglucose(FDG)集積を認めた.

図1 CT
図2 PET-CT

臨床経過

転院後疼痛は自制内であったが,ロペラミド1 mgを4回/日ほど使用しても下痢は5–7回/日(ブリストルスケール6–7)続いていた.原発の病理組織から機能的神経内分泌腫瘍が出ており,PDとなってから4週間以上続く慢性下痢であったこと,臨床的に顔ののぼせや火照りの症状があったことから,カルチノイド症候群を疑った.他疾患の除外のための大腸内視鏡検査は股関節痛のため実施できなかった.食品(バナナ,アボガドなど)や薬品(アセトアミノフェン,フェナセチン,カフェインなど)の過剰摂取により偽陽性となることがあるが,緩和ケア病棟のセッティングでもあり,特別な食事制限は行わなかったが,本症例における尿中5-hydroxyindoleacetic acid(5-HIAA)は230 mg/日と明らかな高値(基準値:0.6–4.1 mg/日)であり,入院10日目にカルチノイド症候群による下痢と診断した.患者は家族とやりたいことを一つずつ実現していくことを一番大切にしていたが,下痢のために外出困難となっていた.カルチノイド症候群の診断前に右腸骨転移に伴う右股関節痛が入院7日目より増悪傾向となったため,入院8日目よりフェンタニル貼付剤37.5 µg/時まで増量したが十分な鎮痛効果が得られなかった.下痢への対応も併せて,入院11日目にモルヒネ皮下注射30 mg/日へオピオイドスイッチングを行った.その後,右股関節痛は軽減するとともに,入院13日目より水様便は明らかに減少し,ロペラミドを使用せずに1日1回程度の有形便(ブリストルスケール4–6)が得られるようになった( 図3).その後,股関節痛は比較的安定していたが,肝転移に伴う腹部膨満および上腹部痛が経時的に増強し,モルヒネ皮下注射を漸増して対応した(入院22日目には84 mg/日まで増量).しかし疼痛が十分な鎮痛効果が得られていないにもかかわらず眠気の増強もあり,それ以上のモルヒネの増量は困難と考え,入院28日目より持続硬膜外ブロック(ロピバカイン192 mg/日,穿刺部位;Th9/10レベル)を併用した.症状が落ち着いたため,入院33日目に自宅に退院することができた.その後,5日間自宅で家族と過ごした後,再入院となり再入院後5日目に死亡したが,下痢や疼痛の再燃なく経過できた.

図3 入院後の疼痛コントロールと下痢回数

考察

一般的な慢性下痢症では,原因検索および病態評価を行い,感染性下痢でなければ,まずはロペラミドを使用することが一般的である.そのほか,抗コリン薬,吸着収斂薬(天然ケイ酸アルミニウム,タンニン酸アルブミン,ビスマス製剤など)を使うこともある.がん薬物療法の下痢に対するAmerican Society of Clinical Oncology(ASCO)のガイドラインでは,原因検索および病態評価を行った後,ロペラミドや抗菌薬などで対応しても効果が不十分な重症下痢の場合にはオクトレオチドを使用することを推奨している5.一方,緩和ケア領域では,ロペラミドなどを用いてもコントロールの難しい難治性下痢に対しては,コデインやモルヒネなどオピオイドも一般的な下痢のキードラッグとして使用されている3,4.これまでの報告では,オピオイドの種類によって便秘の合併率が違っており,Manirakizaらのモルヒネとフェンタニルのがん性疼痛に対する効果に関するメタアナライシスでは,フェンタニルの方が便秘の合併率が低かったと報告していた(リスク比:0.60, [95%CI: 0.37–0.97])6.下痢で困っている場合にフェンタニルを使用していた場合にはモルヒネ等へのオピオイドスイッチングも選択肢となる.

カルチノイド症候群とは高分化型神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor: NET)から放出されるさまざまな生理活性物質により引き起こされる顔面紅潮,下痢などの症候群である7.通常は食事中のトリプトファンが代謝されると,1%がセロトニンに変換されるが,カルチノイド症候群の患者では70%以上に増加する可能性があるといわれている8.末梢臓器由来のセロトニンは血液脳関門を通過せず,肝臓のモノアミン酸化酵素(monoamine oxidase: MAO)等により代謝され,5-HIAAとなり,その約90%が尿中へ排出される.一方,肝転移を認める症例では,肝内の腫瘍組織で大量にセロトニンが産生され,体循環に入るため,カルチノイド症候群を呈すると考えられている9.その後,肺で分解され5-HIAAとして排出される9.セロトニン受容体は90%が消化管粘膜に存在しており,セロトニン過剰になると腸液の分泌と腸蠕動を刺激するため,腸の通過速度が速くなることで下痢を引き起こす.カルチノイド症候群の根治的治療は外科的腫瘍切除であるが,薬物治療としてはソマトスタチン・アナログ(somatostatin analog: SSA)投与が第一選択となっており,オクトレオチドを使用することで70~80%の下痢を改善させることができると報告されている10,11

オクトレオチドなどSSAはホルモン過剰症状についても有効で,腫瘍血管新生の阻害や腫瘍増殖抑制効果も認められており10,治療の第一選択となっている.しかしながら,オクトレオチドは短時間作用型であるため24時間持続注射が必要であり,持続注射ポンプ管理が必要となる.終末期患者では,金銭面や持続皮下注射の管理の煩雑さから自宅で過ごすことのバリアになる場合もある.SSAには長時間作用型オクトレオチド(®サンドスタチンLAR)製剤やランレオチドがあり,4週間に1回の皮下投与でも可能であるが,薬価が非常に高いためやはり金銭面で障壁になる場合がある.

本症例ではモルヒネへオピオイドスイッチングしたことで,SSAを使用する必要がなくなり,ロペラミドの使用も不要となり,多剤併用を避け,医療コストも抑えることができた.多剤併用による有害事象(出血,腎不全,転倒,骨折,うつ病,認知機能低下,運動機能低下,せん妄)や薬物相互作用は死亡率を上げるため世界的にも問題となっている12.高齢者だけでなく,がん患者など緩和ケアセッティングでも症状緩和のために多剤併用となるケースが多くなっており,イギリスの11のホスピスでは平均15種類の薬剤を使用していたと報告されている13

本症例のようにフェンタニルを使用していて下痢もある場合は,便秘の合併率の高いモルヒネにオピオイドスイッチングすることで,疼痛にも下痢にも対応できる可能性がある.担がん患者は多様な病態を併せ持つことが多いが,一つの薬剤で複数の症状に対応することで,それぞれに薬剤の有害事象や薬物相互作用を回避することができると考える.

結論

難治性下痢を見たときには,カルチノイド症候群を鑑別に挙げることで,一般的な下痢への対処法では難しいときの,次の選択肢を広げることができる.カルチノイド症候群の下痢症状に対して,疼痛を有する患者ではオピオイド鎮痛薬をモルヒネにすることで,下痢も疼痛も改善できる可能性がある.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

伊藤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献した.松沼は研究データの収集,分析,研究データの解釈に貢献した.原納,田崎は研究データの解釈に貢献した.山口はデータの分析,収集,研究データの解釈,原稿の起草に貢献した.すべての著者は原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲,投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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