2023 Volume 18 Issue 4 Pages 283-291
【目的】緩和ケアの包括的な評価尺度であるIntegrated Palliative care Outcome Scale(IPOS)の非がん患者への適用を検討する.【方法】非がん患者と患者をケアする医療者, 各20名にIPOSの調査票へ回答してもらい,その調査票に対するコグニティブインタビューを行った.インタビュー内容は,質的分析手法である内容分析を用いて分析した.【結果】患者・医療者ともに約半数から9割がIPOSの全17項目に対して答えづらさやわかりにくさを感じなかったと回答し,表面的妥当性が確認された.また,分析結果を専門家で検討し,IPOSの内容的妥当性が確認され,非がん患者に特徴的なIPOSの項目も明らかになった.【結論】非がん患者に対するIPOSの表面的・内容的妥当性が確認され,IPOSは非がん患者の緩和ケアの包括的な評価ツールとして活用できることが明らかになった.
Purpose: To examine the feasibility of the Integrated Palliative care Outcome Scale (IPOS), a comprehensive palliative care scale, for non-cancer patients. Methods: Twenty non-cancer patients and 20 healthcare providers who provide care to the participating patients were asked to complete the IPOS questionnaire, and cognitive interviews were conducted with them. The interviews were analysed using content analysis, a qualitative analysis method. Results: About half to 90% of both patients and healthcare providers answered that they did not find it difficult to answer or understand all items of the IPOS. Therefore, we confirmed its surface validity, and the content validity of the IPOS was confirmed. Conclusion: The surface validity and content validity of the IPOS for non-cancer patients were confirmed, and it became clear that the IPOS can be used as a comprehensive assessment tool for the palliative care of non-cancer patients.
患者自身が主観的に評価した報告は患者報告型アウトカム(Patient Reported Outcome: PRO)と呼ばれ,緩和ケアにおいて臨床で患者報告型アウトカムを使用することは,緩和ケアのプロセスを改善し患者のQuality of Life(QOL)を向上させる1)と報告されている.
PROの評価尺度のなかで,国際的に広く活用されているものに,Integrated Palliative care Outcome Scale(IPOS)がある.IPOSは身体的・心理的・社会的・スピリチュアルに関する項目を含み,緩和ケアを包括的に評価できる評価尺度で2–4),疾患によらず緩和ケアを必要とする非がん患者にも使用されている5–7).また,IPOSの特徴として,患者と医療者の両方で評価が可能な評価尺度であり,患者の状態が悪化するなどの理由で患者自身が評価できない状況においては医療者の評価に切り替えて評価をすることが可能である.
一方で,わが国では,IPOSはがん患者のみを対象に信頼性・妥当性の検証が行われ8),使用経験も,ほとんどががん患者である9).
しかし,近年のわが国の死因別の構成割合では,死亡数はがん患者が3割に対して非がん患者は7割を占め10),わが国の緩和ケアのニーズを予測した調査では,今後,非がん患者の緩和ケアのニーズが高まると推定されている11).
非がん患者への緩和ケアのニーズの高まりにもかかわらず,わが国では非がん患者に対して緩和ケアを包括的に評価するツールがない.そのため,非がん患者を対象にIPOSの信頼性・妥当性を検証するにあたり,まずは非がん患者へのIPOSの活用についての実施可能性について確認する必要があると考えた.よって本研究は,非がん患者へのIPOSの実施可能性の検討とその表面的・内容的妥当性について検討することを目的とした.
地域医療支援病院としての機能を持つ550床ほどのある医療機関の一般病棟の患者と看護小規模多機能居宅介護を利用し,在宅療養している患者を対象とした.また,IPOSは患者用と医療者用があり,患者と医療者の両方が評価できる評価尺度であるため,対象患者を担当する医療者も対象とした.
インタビューの実施は飽和状態に達するまで行うこととし,患者・医療者各20人程度を予定対象者とした.なお,患者と医療者それぞれの選定基準,除外基準は以下の通りである.
患者・医療者にIPOS日本語版の質問紙に回答後,半構造化面接にて対象者が認知した内容を聞き取るCognitive Interviewを実施した.調査では,対象患者・医療者へIPOSの質問紙に回答してもらった後,インタビューガイドをもとに各項目の答えづらさや表現のわかりにくさの有無について尋ねた.対象者が答えづらさや表現のわかりにくさがあると発言があった場合は,その理由を自由に述べてもらった.得られた逐語録のデータを質問項目ごとにコード化し,コードが類似する内容については一つのコードとしてまとめてその出現頻度を算出し内容分析を行った.独立した研究者2名によって,コードの作成の妥当性,類似する内容を一つのコードとするコードの表現の妥当性と出現頻度の算出について一致をするまで内容を検討した.さらに,緩和ケアの研究を専門とする専門家と緩和ケアに携わる経験が豊富な臨床の専門家を含めて分析結果の内容をもとに,項目ごとの質問内容の表現が緩和ケアを必要とするがん患者のみならず非がん患者への質問項目としても妥当かどうかを検討した.データ収集期間は2019年12月から2020年6月までであった.
倫理的配慮本研究の調査前に,患者・医療者それぞれに研究についての説明を研究者が書面を用いて行い,研究の参加に同意を得たうえで調査を実施した.また,本研究の参加は自由意思によるものであり,参加に同意しない場合でも不利益を受けないことを対象者に説明した.なお.本研究は,東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を受けたのちに研究を実施した(倫理審査番号:2021-1-216).
患者は非がん疾患で一般病棟に入院する13名と看護小規模多機能居宅介護を利用し在宅療養している7名で,いずれも緩和ケアを必要とする非がん患者であった.医療者は,対象となった患者のケアに携わる看護師で,患者・医療者ともに各20名に調査を実施した.患者・医療者の背景を 表1に示す.
Cognitive Interviewの分析結果( 表2, 表3)では,患者・医療者ともにIPOSの各項目の答えづらさやわかりにくさを感じなかったという回答が各項目で45%~90%であった.
一方で,各項目で患者・医療者ともに,「想起期間が3日間に限定していることに答えづらさを感じた」という内容が多くあり,その詳細については,「3日間のうちで辛い状況も辛くはない状況も両方経験しているため,回答の評価に悩んだ」という意見や,全般的に生活に支障が出ている状況でも,「回答時点の3日間で症状が出ていないと実際の状況が反映されないため,想起期間を1カ月くらいの幅を持たせてほしい」といった内容であった.また,患者・医療者ともに,心理的・社会的側面の項目の一部に含まれる逆転項目(Q6~Q8)について,「前までの項目とは回答方法が逆のため回答に戸惑った」という意見が聞かれた.
2. 非がん患者に特徴的な意見非がん患者に特徴的な意見として,患者では,息切れの項目について,自分の症状は息切れではなく呼吸困難であるため「自分の今ある症状が質問項目に含まれていない」という意見や,「今は病気を積極的に治療しているわけではないので,病気や治療についての不安や心配について聞かれても答えづらい(Q3の項目)」といった意見があった.医療者では,身体症状を問う項目(Q2)に関して,「患者の症状が多様であるため,自由記載で症状を記入できるのはよい」,「痛みを問う項目は,その程度だけでなく,痛みの部位や内容・種類を記載できたほうがよい」という意見が多くあった.また,医療者から治療や病気について十分に説明がなされたかを問う項目(Q8)については,「在宅療養する非がん患者にとって,病気を受け止めたうえで療養生活を送っているためこの項目は答えづらいと思う」という意見もあった.一方で,病気のために生じた気がかりに対応してもらえたかを問う項目(Q9)については,「非がん患者は療養生活の終わりの時期が不透明で経済的なことや金銭的なことが大きな問題となるので,とても大切な項目である」との意見もあった.
IPOSの項目の内容妥当性の検証 1. IPOSの内容妥当性インタビュー調査の結果をもとに,IPOSの項目ごとの質問の内容について,その内容妥当性を研究者と専門家2名で検証した.IPOSの評価項目については,患者・医療者ともに約半数から9割がすべての項目で答えづらさやわかりにくさはなかったと回答していた.そのなかで,患者の回答結果はすべての項目で約7割以上が答えづらさやわかりにくさは感じなかったと回答していた.答えづらさやわかりにくさは感じなかったと回答した割合が約半数にとどまった項目については,すべて医療者の回答結果に限局しており,医療者の意見が多く聞かれた.その内容としては,3日間の想起期間において大変だったことや気がかりだったことをオープンエンドクエスチョンで尋ねる項目(Q1)に対しては,「想起期間が3日間に限定しているため,もう少し期間に幅があるとよい」という意見がある一方で,「想起期間の3日間の中で患者は症状の変化があるため,楽なときと辛いときのどの段階を評価すればよいか迷う」といった,相反する意見があった.また,家族・友人の気持ちや家族・友人と患者の関係性を問う項目(Q4, Q7)に関しては,医療者が評価する際に,家族がなかなか来院できない状況である場合,この項目が評価しづらいとの意見が複数あった.この点に関しては個々の患者の家族の状況によるものであり,質問内容には課題は生じていないと判断した.また,患者自身の回答では,この項目は答えづらさについて感じなかった割合が7割であり,医療者と同様に家族に会えないため回答しづらいと回答した患者は1名のみであったことからも,質問内容に課題はないと判断した.その他,治療や病気についての説明を問う項目(Q8)や病気のために生じた気がかりへの対応を問う項目(Q9)において医療者は答えづらさやわかりにくさは感じなかったと回答した割合が約半数にとどまった.しかし,患者自身の回答では,これらの項目について約7割以上が答えづらさやわかりにくさは感じなかったと回答していた.Q8においては,在宅療養の患者をケアする医療者から,在宅療養の患者にとっては入院患者と異なり治療や病気についての説明を日常的に受ける機会が少なく,すでに病気を受け入れて在宅療養を送っている状況にある場合は答えづらいとの意見があった.また,Q9においては,医療者の意見として,病気のために生じた気がかりへの対応については,医療者を前に患者は対応してもらえていないとは言いにくい状況が生じる点から答えづらいのではないか,という意見があった.この点については,IPOSがあくまでも患者自身が自分で評価して回答する調査票であることや,オープンエンドクエスチョンで問う“気がかり”について尋ねるQ1の質問項目と共通する内容でもあるため,医療者が患者に尋ねる場合には,Q1の質問で患者の回答を交えて気がかりについて具体的に尋ねながらQ9に関する内容の回答を引き出すなど,医療者は患者が回答しやすいように工夫する余地があり,項目内容は修正する必要はないとの解釈に至った.また,患者自身の回答では,これらの質問項目について約7割以上が答えづらさやわかりにくさは感じなかったと回答しており,患者自身は医療者の意見ほどこれらの点について気にとめる状況は多くはないことが考えられた.よってこれらの結果については,研究者と緩和ケアの研究の専門家・緩和ケアに携わる経験が豊富な臨床の専門家との検討では,医療者から意見のあった点は必ずしも患者にとっても答えづらい項目であるとは限らず,患者にとって全般的にIPOSの質問項目は回答しやすい内容であるとの解釈に至った.
さらに,気持ちの穏やかさを尋ねる項目(Q6)は,評価項目が逆転項目であるため,それまでの項目の回答とは評価の方向が逆向きとなっており,回答に戸惑うといった意見が聞かれた.この項目については逆転項目であるとわかるよう,数値の評価の欄に「0:とても穏やか」,「4:全く穏やかでない」と注釈を入れることで回答しにくさを改善することとした.また,同様に逆転項目であるQ7, Q8においても同様の注釈を入れることとした.
よって,質問項目に対する患者・医療者の回答内容と緩和ケアを専門とする研究者2名とのIPOSの内容妥当性についての検討から,IPOSの項目の内容に関して修正の必要はないと判断し,非がん患者を対象としてIPOSの項目に対する表面妥当性や内容妥当性が確認されたと判断した.
対象者へのインタビューにおいて各項目で約半数から9割の割合で回答の答えづらさやわかりにくさは感じなかったという結果から,IPOSは非がん患者にも適用できることが本研究で実証されたと考える.また,IPOSの項目内容を変えることなく,IPOSの表面妥当性を含めた内容妥当性が確認された.各項目において,非がん患者に特有な意見として身体症状に関しては,症状が多様であることが挙がったが,これに対しては身体症状を自由に記載し,その程度を回答する項目が設けられていることから,IPOSは,この課題に対応できるツールであると考える.そのため非がん患者にもIPOSを問題なく活用できることが明らかとなった.
ただし,インタビューによる個々の意見から,以下のように今後検討していくことでIPOSがさらに使いやすいツールとなることが考えられた.身体症状を問う「痛み」の項目(Q2)については,質問項目の回答しやすさを考慮して,痛みの場所や種類を必要時に記載できるような欄を設けると患者の痛みの詳細を把握しやすいと考えられる.また,心理的・社会的側面の項目の評価のQ6–8の逆転項目については「気持ちが穏やかでいられたか(Q6)」の項目に対しては,「0:とても穏やか」「4:全く穏やかでない」というように注釈を入れて患者が項目の評価に戸惑わないよう工夫する(付録表1, 2)といった検討も今後必要だと考える.逆転項目のQ7, 8についての詳細は付録表1, 2を参照とする.
本研究で,全般的に各項目の答えづらさやわかりにくさは感じなかったと患者・医療者から意見が得られたように,先行研究でも同様に,質問項目の内容について回答しやすい,すべての質問が重要だと判断されたことが示されている14–16).また,本研究で多く意見が挙げられたように,先行研究でも3日間の想起期間は短いとの意見があったことが示されている14–16).ゆえに患者に応じて,ある程度の想起期間の幅を考慮して回答してもらうことの配慮が必要になることが考えられた.さらに,質問と回答の選択肢の意味の明確化のため,文化的な背景も考慮して一部の項目で解釈を提示し,わかりやすい言葉に置き換える対応をした研究も示されている15,16).本研究でも,Q1の「大変だったことや気がかり」を問う項目について,「質問が抽象的で何について答えたらいいのか迷ったので,具体的な注釈があったほうがわかりやすい」という意見やQ6の「気持ちは穏やかだったか」の項目について,「その前までの項目と内容が逆転しているので,回答に戸惑った」という意見があったことから,項目の内容の解釈が難しい患者にとっては,項目の言葉や回答の選択肢の解釈の補足説明は必要となりうることが示唆された.今後,本研究で検討によりさらに使いやすいツールとなると考えられた内容については,IPOSの原版を作成した英国と内容の詳細について交渉していきたい.
本研究の強みについては,調査対象に入院患者と在宅療養の患者の両方を含めたことで,療養環境によらずIPOSが適用できることも実証できたことが挙げられる.限界については,インタビューの対象患者の疾患が,心不全・慢性閉塞性肺疾患・肝不全の患者が少なかったことや,二つの施設に限られていたこと,病状が安定している患者に限られていたことから結果を一般に外挿することはできないため,結果の解釈にはこの点に留意する必要がある.また,医療者のインタビューにおいて,対象の職種が看護師に限られていた点も.結果の解釈に注意が必要と考える.
本研究では,患者と医療者へのインタビュー調査から,IPOSの項目の表面的・内容的妥当性が確認され,がん患者に限らず非がん患者にもIPOSの活用に対する実施可能性が確認された.
本研究の調査にご協力いただきました患者様と医療者の皆様,各調査施設のスタッフの皆様に心から感謝申し上げます.
本研究は,公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の研究事業の助成を受けて実施した.
すべての著者に開示すべき利益相反なし
石井は,研究計画,調査の実施,結果の分析とデータの解釈,論文の執筆,論文における批判的な推敲に貢献した.伊藤は,調査の実施,緩和ケアの専門家としての意見の提供やデータの解釈,論文における批判的な推敲に貢献した.松村,横山は,調査施設や対象者への調整とデータの収集と分析,論文の原案への臨床家としての意見の提供に貢献した.青山,宮下は,研究計画からデータの解釈,論文の批判的な推敲を含めた論文作成までの指導や助言等のスーパーバイズに貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.