2024 Volume 19 Issue 1 Pages 71-76
【目的】脳腫瘍や髄膜がん腫症による頭痛および/または悪心に対するミダゾラム持続投与の有用性と安全性を検討する.【方法】2005年4月から2021年3月までの間に頭痛および/または悪心を緩和する目的でミダゾラムの持続投与を行った患者をカルテから後方視的に検討した.【結果】22例中19例が頭痛,14例が悪心/嘔吐の症状を有していた.ミダゾラムの奏効率は頭痛に対して17例(89%),悪心/嘔吐に対して11例(78%)であった.ミダゾラム開始後24時間以内の嘔吐の平均回数は0.14±0.36回で,開始前24時間の平均回数である1.43±1.6回と比較して有意に低下した(P=0.015).傾眠を5例に認めた.全例において呼吸抑制を認めなかった.【結論】脳腫瘍や髄膜がん腫症による頭痛および/または悪心に従来の治療が無効である場合,ミダゾラム持続投与は症状を改善させる治療方法である可能性がある.
Objective: To investigate the effectiveness and safety of continuous infusion of midazolam for the treatment of headache and/or nausea/vomiting in patients with brain tumors or cancer-associated meningitis. Methods: Patients who presented with headache and/or nausea/vomiting and underwent continuous infusion of midazolam from April 2005 to March 2021 were retrospectively analyzed. Results: Among 22 patients, 19 presented with headache and 14 with nausea/vomiting. The success rate of continuous infusion of midazolam for headache was 89% and that for nausea/vomiting was 78%. The mean number of vomiting episodes within 24 hours from the start of midazolam administration was 0.14±0.36, which was significantly lower than that from 24 hours before to the start of administration (1.43±1.60, P=0.015). Sedation was observed as an adverse event in five (23%) patients, but no patients developed respiratory depression. Conclusion: When conventional therapies are ineffective for headache and/or nausea/vomiting caused by brain tumors or cancer-associated meningitis, continuous infusion of midazolam may improve symptoms and should be considered as a treatment option.
髄膜がん腫症や脳腫瘍などの頭蓋内がん病変(intracranial carcinomatous disease: ICD)は頭痛や悪心,嘔吐などさまざまな症状を引き起こし,患者に強い苦痛をもたらす1–3).その機序としては脳脊髄液の還流障害による頭蓋内圧亢進や,頭蓋内の痛覚感受性組織が炎症や圧迫,偏位や牽引で刺激を受けることなどがあげられる1,3,4).この症状緩和には,ステロイド,グリセリンなどのほか,頭痛には非ステロイド性抗炎症剤(以下,NSAIDs)やアセトアミノフェン,悪心・嘔吐にはヒスタミン受容体拮抗薬やフェノチアジン系定型抗精神病薬,非定型抗精神病薬の投与が推奨されている4–6)が,治療抵抗性の症例も存在する7,8).
ミダゾラムは緩和ケアの領域ではがん終末期の耐えがたい苦痛に対して鎮静目的などでしばしば使用される9).他のベンゾジアゼピン(以下,BZ)類注射薬に比べ局所組織に及ぼす障害作用が少なく,皮下投与も可能であること10,11),短時間作用型で調整がしやすいことなどの利点に富む.われわれもICDの症状緩和が難しい患者にミダゾラム持続投与を行ってきたが,意識レベルを大きく低下させずにその症状が著しく改善した症例を多数経験し,その後の臨床に応用してきた.
ミダゾラムは幻肢痛12,13)や難治性のがん性疼痛14)に対して有効であったとの報告が存在する.しかし,近年いくつかのガイドラインにおいてBZは鎮痛補助薬から除外された15,16).また,BZ類は予期性悪心・嘔吐に対する推奨があり17),化学療法18)や周術期19)の悪心・嘔吐へのミダゾラムの有効性も報告されているがICDの悪心への有効性に関しては言及がない.
総じて,われわれの調べた限りでは鎮静目的ではなくICDの症状を緩和する目的でミダゾラム持続投与を行った報告は英文を含めて存在しない.本研究ではICDによる難治性の頭痛・悪心に対してミダゾラム持続投与を行った症例についてカルテビューによる後方視的調査を行い,その有効性と安全性とを検討した.
2005年4月から2021年3月までの間に緩和ケアチームがミダゾラムの持続投与を行った患者126例のデータを紙カルテ,もしくは電子カルテから抽出し,後方視的に検討した.適格基準は①頭痛または悪心の症状があった症例,②画像上ICDを認めた例,除外基準は①ミダゾラムの持続投与が鎮静目的と記載があった例,②頭痛に対しては放射線療法,化学療法,ステロイド,グリセリン,NSAIDs,アセトアミノフェン,オピオイド,悪心・嘔吐に対しては放射線療法,化学療法,ステロイド,グリセリン,制吐剤のうち投与されたものがミダゾラム持続投与開始までに2種類以下であった例とした.
患者には,ミダゾラムが頭痛・悪心に対する投与は保険適応外であること,副作用として呼吸抑制や傾眠などが起こりうることを説明し,同意を取得した.本人から同意を得ることが困難な場合には,患者家族からの同意を取得した.同意は口頭で行われ,カルテには同意を取得したことを記載した.
以下に市立札幌病院(以下,当院)で行ったミダゾラム持続投与のプロトコルを記載する.投与経路は持続静注あるいは持続皮下注射とし,年齢やPerformance Statusなどから緩和ケア内科医師が開始投与量を判断した.症状の増悪時は15分ごとに1時間量の早送りを設定した.症状の十分な緩和が得られず頻回な早送りが必要な場合は0.3–0.5 mg/時ずつ増量し,至適投与量を決定した.傾眠や呼吸抑制が許容できない場合は0.3–0.5 mg/時ずつ減量した.持続投与のデバイスとしてはシリンジポンプもしくは小型シリンジポンプを用いた.持続皮下投与の場合は24Gのプラスチックカニューレを留置し,皮下硬結を避けるため流速が1.0 ml/時以下となるように濃度を調整した.
本研究の主要評価項目は奏功率,副次評価項目は有害事象発現率とした.医師記録や看護記録に記載された患者の症状の訴えやNumerical Rating Scaleの変化を緩和ケア内科医師が総合的に評価し,治療後48時間以内に症状が消失した患者を「著効」,症状が残存するが改善した患者を「有効」,症状が変化しなかった患者を「無効」,症状が悪化した患者を「悪化」,症状の記載がないなどで評価できない患者を「評価不能」と判定した.「奏功率」は,「著効」と「有効」を合計した患者の割合と定義した.悪心・嘔吐の群は開始前後24時間の嘔吐回数も副次評価項目に設定した.嘔吐回数の平均値の差の評価にはt検定を用い,有意水準は片側検定で5%とした.発症もしくは画像上ICDが診断されてからミダゾラム持続投与が開始されるまでの放射線療法,化学療法,ステロイド,グリセリン,NSAIDs,アセトアミノフェン,オピオイド,制吐剤の使用の有無を抽出した.有害事象については医師記録と看護記録,呼吸数から呼吸抑制と鎮静の有無をミダゾラム持続投与開始から至適投与量決定後24時間後までの期間に生じたものに限り抽出して評価した.鎮静の尺度は医師記録と看護記録から緩和ケア用Richmond Agitation-Sedation Scale(RASS)日本語版20)を類推した.
本研究はオプトアウトでデータを利用しており,当院の倫理委員会の承認(No.R04-063-978)のもとに行った.
22例が適格と判断された.患者背景を 表1に,ミダゾラム持続投与の結果を 表2に示す.頭痛は19例,悪心・嘔吐は14例(重複11例)に認められた.ミダゾラムを投与する前に頭痛に対して平均4.8±1.2種類,悪心/嘔吐に対して平均4.8±1.0種類の加療が行われていた.頭痛に対するミダゾラムの効果は著効が8例,有効が9例,無効が1例,不明が1例であり奏功率は17/19例(89%)であった.悪心/嘔吐に対するミダゾラムの効果は著効が6例,有効が5例,無効が2例,不明が1例であり奏功率は11/14例(78%)であった.ミダゾラム開始後24時間以内の嘔吐の平均回数は0.14±0.36回で,開始前24時間の平均回数である1.43±1.6回と比較して有意に低下した(P=0.015).
ミダゾラム持続投与を受けた患者22例のうち,投与開始時の投与量の中央値は12 mg/日,至適投与量の中央値は20 mg/日であった.症状が緩和しミダゾラム持続投与を中止しえた症例は9例(41%)であった.1例は脳腫瘍摘出術後に中止し,8例はジアゼパム1回2 mg 1日3回の内服投与に切り替え漸減中止した.8例全例でミダゾラム持続投与の前後10日以内に放射線照射あるいは化学療法を行っていた.残る13例では死亡までミダゾラム持続投与を継続した.
有害事象としてRASS-1の鎮静を5例に認めた.全例において呼吸抑制を認めなかった( 表3).
今回,従来の対症療法が複数行われた難治性のICDによる頭痛,悪心・嘔吐に対してミダゾラムは高い奏功率を示し,嘔吐回数も有意に低下させた.また,重篤な有害事象を認めず高い安全性を示した.本研究ではICDに関連する症状が抗腫瘍治療後に緩和しミダゾラムを中止することが可能となった症例が9例存在し,4例では半年以上,さらにそのうちの2例では1年以上の長期生存が得られた.このことから,ミダゾラムが従来用いられている終末期の苦痛を緩和するための鎮静の目的だけではなく,意志決定能力を失わせずに苦痛を緩和して抗腫瘍治療を開始あるいは継続するための役割を果たす可能性が示唆された.
われわれが調べた限り,髄膜がん腫症の頭痛への対症療法として少量のミダゾラム持続注射が挙げられているが,その機序は意識レベルを下げ,痛みの閾値を上げるとされている3).今回の研究ではミダゾラムは意識レベルに大きな影響を与えずにICDの症状を緩和したが,その理由として,(1)ミダゾラムそのものの鎮痛・制吐作用によるもの,(2)ミダゾラムをはじめとしたBZの鎮静・抗不安作用による閾値の上昇の影響を推測した.
また,ミダゾラムを死亡まで継続した症例では,1カ月以内に死亡する症例が大多数であったが,3例は3カ月を超えて投与を継続し,その投与量は至適用量決定後おおむね一定であった.鎮静目的のミダゾラム持続投与ではしばしば耐性により投与量が増加することが報告されているが21),今回の研究では,投与量がほぼ一定していた.その理由として,(1)投与量や薬理作用に基づく耐性のできやすさの違い,(2)症状の自然軽快が起こったことを推測した.さらに,経過中に意識低下を来した場合,その意識低下がミダゾラムによる鎮静なのか病状の進行によるものなのかの鑑別は困難である.また,ミダゾラムが症状そのものの緩和には無効である場合,本プロトコル通りに投与量を増量するとそれが結果として意図しない持続的な鎮静につながる可能性もある.終末期の鎮静には相応性,医療従事者の意図,患者・家族の意思,チームによる判断という倫理的要件を検討する必要があり4),医療チームで合意形成するタイミングを逃さないためにも多職種でのカンファレンスを継続的に行うなどの工夫が必要となると考えられる.
本研究の限界は,第一に,後ろ向きの観察研究であり,対照群を設けての比較検討が行われていないこと,自覚症状や有害事象の評価基準に厳密な基準が設定されていないため測定者バイアスが排除されていないことが研究の信頼性に影響を及ぼすと考える.第二に,ICDの症状緩和に複数の薬剤が使用されている影響が否定できない.第三に,本研究は単一施設における経験であり,検討対象となった患者数も少ない.
本研究から,ICDによる難治性頭痛および/または悪心のある患者に,標準治療で症状の緩和が得られないとき,傾眠なくミダゾラムの持続投与が奏功することが示された.
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