2024 Volume 19 Issue 1 Pages 41-46
【緒言】膵がんの再発形式は局所再発や腹膜播種が多く,強い腹痛や背部痛の原因となる.今回,膵がん術後の頭蓋骨転移により頭痛をきたし,放射線治療が有効だった症例を経験した.【症例】67歳女性.膵がん術後,局所再発と腹膜播種による心窩部痛に対し,ロキソプロフェンとフェンタニル貼付剤でコントロールが得られていた.右頭痛が出現し徐々に増強したが頭蓋内圧亢進症状や巣症状に乏しく,一次性頭痛が疑われた.頭痛に対するアセトアミノフェンや五苓散の効果は乏しかった.CTでは脳転移や骨転移を認めなかったが,MRIで右前頭骨に転移を認めた.同部位に対し緩和的放射線治療を施行した.頭痛はNumerical Rating Scaleで7–8/10から2–3/10に軽減した.【結論】がん患者の頭蓋骨転移がCTでは診断できず,MRIで診断できることがある.
Introduction: Pancreatic cancer often recurs as local recurrence or peritoneal dissemination, causing severe abdominal and back pain. We report a case of postoperative skull metastasis of pancreatic cancer that caused headache and was treated effectively with radiotherapy. Case: A 67-year-old woman underwent surgery for pancreatic cancer. She had epigastric pain due to local recurrence and peritoneal dissemination, which was controlled with loxoprofen and fentanyl transdermal patch. She had right-sided headache, which gradually increased in intensity, but lacked intracranial hypertension and focal neurological symptoms. Acetaminophen and Goreisan did not provide adequate pain relief. Although CT showed no brain or bone metastasis, MRI showed metastasis in the right frontal bone. Palliative radiotherapy was administered. Subsequently, headache decreased from 7–8/10 to 2–3/10 on the Numerical Rating Scale. Conclusion: Skull metastases in cancer patients may be diagnosed using MRI, even when they remain undetectable by CT.
膵がんは予後不良な疾患であり,切除が可能であっても術後再発率は63%~79%と高い1,2).膵がん術後の再発形式は局所再発や腹膜播種,肝転移,肺転移,腹部リンパ節転移が多く,強い腹痛や背部痛の原因となることも多い.一方で,膵がんの骨転移の頻度は低く,その多くが脊椎や骨盤への転移であり頭蓋骨への転移は少ない3).今回,膵がん術後の頭蓋骨転移により薬物治療に抵抗性の頭痛を来たし,放射線治療が有効だった1例を経験したので報告する.
【症例】67歳,女性
【診断】膵尾部がん術後再発(局所再発・腹膜播種・リンパ節転移・肝転移・骨転移)
【既往歴】2型糖尿病,高血圧症,薬剤性肺障害
【生活歴】独居,飲酒なし,喫煙歴なし
【家族歴】特記事項なし
【現病歴】膵尾部がんに対し2021年11月に腹腔鏡下膵体尾部切除術を施行された(T3N1aM0 Stage II B).術後補助療法としてS-1が開始されたが,2022年3月に局所再発および腹膜播種と診断された.ゲムシタビン,アルブミン懸濁型パクリタキセル併用療法が開始されたが,2022年7月に薬剤性肺障害を発症したため中止された.オキサリプラチン,イリノテカン,フルオロウラシル,レボホリナート併用療法(FOLFIRINOX療法)への変更が考慮されたが,間質性肺障害のリスクが高いイリノテカンを除いた,オキサリプラチン,フルオロウラシル,レボホリナート併用療法に変更された.2022年12月に体幹部造影CTで腫瘍増大を指摘され,膵がん治療は中止された.2023年1月に外科を紹介受診した.
【内服薬】ロキソプロフェンナトリウム水和物錠60 mg/回,パンクレリパーゼカプセル900 mg/日,エソメプラゾールマグネシウム水和物カプセル20 mg/日,酸化マグネシウム錠1980 mg/日,インスリングラルギン8単位/回 眠前,インスリンアスパルト3単位/回 毎食直前.
【身体所見】身長144.5 cm,体重47.8 kg,PS 1,意識清明,体温36.6°C,血圧140/76 mmHg,脈拍90/分,酸素飽和度96%(室内気).心音・呼吸音に異常なし.腹部平坦,臍部および両側腹部に手術痕あり,軟,圧痛なし,腸蠕動音異常なし.下腿浮腫なし.
【血液検査】白血球8700/μl,Hb 13.8 g/dl,血小板35.8万/μl,総蛋白7.3 g/dl,アルブミン4.3 g/dl,AST 20 IU/L,ALT 19 IU/L,LDH 210 IU/L,アルカリフォスファターゼ137 IU/L,尿素窒素12 mg/dl,クレアチニン0.52 mg/dl,ナトリウム140 mEq/L,カリウム4.2 mEq/L,クロール105 mEq/L,カルシウム9.5 mg/dl,CRP 0.33 mg/dl,グルコース142 mg/dl,HbA1c 9.5%,CEA 10.1 ng/ml,CA19-9 4572.8 U/ml,CA125 82.5 U/ml.
【画像検査(前医)】体幹部造影CTで,膵尾部がん術後の局所再発,腹膜播種を認めた.明らかな肝転移なし,腹水なし,粗大な骨転移なし.
【臨床経過】2023年1月,局所再発および腹膜播種による心窩部痛に対しロキソプロフェン頓用(1~2回/日)を継続し,疼痛コントロールが得られていた.2023年3月に腹膜播種の増大に伴う心窩部痛の増強に対しフェンタニル貼付剤150 µg/日を開始し,疼痛は改善した.2023年5月下旬から右前頭部から右眼の奥にかけてズキズキとした痛みが出現した.頭痛以外には頭蓋内圧亢進症状や巣症状に乏しく,一次性頭痛が疑われた.徐々に頭痛が増強したため,アセトアミノフェンや五苓散を追加したが効果は乏しかった.その後,心窩部や右肩部の痛みも増強したため,フェンタニル貼付剤を600 µg/日まで漸増した.心窩部痛は改善した一方で,頭痛の改善は軽度にとどまり,頭痛に対しオキシコドン速放製剤を使用すると嘔気が出現した.2023年7月上旬に頭部~体幹部単純CTを撮影し,腹膜播種の増大や新たな肝転移の出現を認めたが,明らかな脳転移や骨転移を認めなかった(図1).不眠もみられたため,クロナゼパム0.5 mg/日を開始し不眠は改善したものの,頭痛の改善は軽度だった.頭痛がNumerical Rating Scale(NRS)で7–8/10と増強し,日中のほとんどを臥床して過ごすようになったため,2023年7月下旬に脳神経外科を紹介受診した.MRIの拡散強調画像で右前頭骨および皮下に高信号域を認めた(図2).同部位はT1強調画像で低信号を呈し,造影T1強調画像で右前頭骨は増強効果が乏しく,皮下は増強効果を認めた(図3).経過から膵がんの頭蓋骨転移および皮下浸潤・炎症と診断し,頭痛の原因と判断した.疼痛緩和目的に同部位に放射線治療(20 Gy/5 fr,6 MV・X線,非対向2門照射)を施行した.並行して,皮下浸潤に伴う神経障害性疼痛も疑われたためプレガバリン75 mg/日を開始し150 mg/日まで増量した.また,右肩部の痛みが増強し,単純CTで右肩甲骨転移を認めたため,同部位にも放射線治療(8 Gy/1 fr,10 MV・X線,対向2門照射)を施行した.照射開始3週間後には,頭痛はNRSで2–3/10に軽減し,日中に起きて過ごせるようになった.照射開始6週間後には心窩部・両肩部・右頭部の痛みが増強したため,フェンタニル貼付剤からオキシコドン徐放錠にスイッチし80 mg/日まで増量した.



本症例で,膵がん術後の稀な再発部位として頭蓋骨転移があり,頭痛の原因となり得ることが示された.また,頭蓋骨転移の診断にMRIが有用だった.
頭蓋骨転移はさまざまながんで認められるが,Mitsuyaらの175例の報告によると,乳がん(54.9%)や肺がん(14.3%),前立腺がん(6.3%)で多かった4).一方で,膵がんの頭蓋骨転移の報告は少なく3,5,6),その頻度も不明である.膵がん術後の再発形式は,Jonesらの479例の報告によると,局所再発(59.7%)や肝転移(25.9%),肺転移(18.2%)が多く,骨転移(1.9%)は少なかった7).また,膵がんの骨転移の部位は,脊椎(62.5%)や骨盤(16.7%)が多く,頭蓋骨(6.3%)は少ないと報告されている3).従って,本症例のような膵がんの頭蓋骨転移は稀である.頭蓋骨転移は無症候性であることも多いが,頭痛や脳神経障害,頭蓋内圧亢進などの症状が出現した場合にはQuality of Life(QOL)を低下させ得る.頭蓋底への転移は,症候性であることが比較的多く,転移部位によって痛みの部位や随伴症状が異なることが知られており8),転移の発見に有用とされる.一方で,本症例のような円蓋部への転移は無症候性であることが多いが,骨外へ浸潤した場合には頭痛や髄膜刺激症状などの症状を引き起こすことがある4).本症例は転移部位におよそ一致した頭痛を認めたが,髄膜刺激症状は乏しかった.頭痛を伴った理由として,腫瘍が骨内にとどまらず,皮下組織への浸潤をきたしたためと推測した.
頭蓋骨転移の診断にはMRIが有用だった.CTは骨病変を含む全身の病変を評価可能であるが,骨転移診断の感度が73%,特異度が95%と報告されており9),骨転移の除外には適さない.MRIは感度が90%,特異度が92%と報告されており,CTよりも骨転移の検出能が高い.乳がんの骨転移の画像診断に関する報告によると,MRIで同定された7症例の41病変のうち,CTで同定されたのは5症例の23病変にとどまり,MRIで同定されずCTで同定された病変はなかった10).また,前立腺がんの頭蓋底転移の症例シリーズでは,3例中2例においてCTでは病変が同定されず,MRIで頭蓋底転移と診断された11).従って,本症例のようにMRIで頭蓋骨転移が診断できることがある.また,PET/CTは骨転移診断の感度が97%,特異度が94%と報告されている12).本症例もPET/CTを実施していれば,頭蓋骨病変の把握に貢献した可能性がある.頭蓋骨転移と診断された場合,脳腫瘍診療ガイドラインでは,症候性または近い将来に局所治療を必要とする転移に対して放射線治療が推奨されている13).また,症状出現から放射線治療開始までが1カ月以内の場合は症状の改善率が87%だったが,3カ月以上の場合は25%と低下したという報告がある14).本症例では,放射線治療を行った結果,頭痛の軽減が得られたが,頭痛出現から放射線治療開始までの期間は2カ月余りだった.頭痛の鑑別診断に頭蓋骨転移を挙げ,より早期に診断できれば,放射線治療による疼痛軽減効果がより大きかった可能性がある.
頭蓋骨転移は,一般的ながんの経過において晩期に起こる事象とされ,その診断時点では他の骨転移などの多発転移を有していることが多いとされる8).治療の進歩に伴い膵がん患者の生存期間は延長しているため,晩期に起こるとされる頭蓋骨転移が今後膵がんにおいても増加する可能性がある.また,本症例では頭痛を契機に頭蓋骨転移が発見されたが,一般的に頭蓋骨転移は無症状のことが多い4).膵がんを含む消化器がんでは,脳転移などを疑う所見がなければ頭部の画像検査は行われないことが多いため,頭蓋骨転移は過小診断されている可能性がある.膵がん患者の頭痛の原因に骨転移を鑑別する必要がある.
膵がん術後の頭蓋骨転移による頭痛に対し,放射線治療が有効だった1例を経験した.がん患者の頭蓋骨転移がCTでは診断できず,MRIで診断できることがある.
すべての著者の開示申告すべき利益相反なし
山田は研究の構想,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献した.中尾,吉川,貞廣,苅田,眞鍋,田中,佐藤,水田は研究データの収集・分析・解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.