2024 Volume 19 Issue 3 Pages 189-193
ヒドロモルフォンは生物学的利用能が小さいことが知られているが,肝機能障害において,ヒドロモルフォンは注射剤から経口剤へ変更する換算比は,確立されているとはいえない.過量投与では呼吸抑制などの重大な副作用を生じる可能性があり,投与量には注意が必要である.今回,肝機能障害を認める患者においてヒドロモルフォンを持続皮下投与から経口徐放性製剤へ変更した際,呼吸抑制を生じた.等力価となる換算比とされる1 : 4の用量で注射剤から経口剤へ変更したが,肝機能障害による生物学的利用能の上昇により呼吸抑制が生じたと考えられた.症例により換算比は大きく変動し,肝機能障害時には,細心の注意を払う必要がある.
Hydromorphone is known for its low bioavailability. Currently, there is no recommended conversion ratio when changing from injectable to oral hydromorphone for patients with hepatic impairment. Its overdose may result in serious side effects, particularly respiratory depression, necessitating careful attention to dosage. In the present case, a patient with hepatic impairment developed respiratory depression following a switch from continuous subcutaneous administration of hydromorphone to an oral extended-release form. The prescribed oral dose of hydromorphone was four times higher than the injectable dosage, based on the standard conversion ratio typically considered equivalent in drug potency. However, increased bioavailability due to hepatic impairment is believed to have caused the patient’s respiratory depression. Therefore, in such cases, it is imperative to cautiously monitor dosage due to significant fluctuations in the conversion ratio, which varies based on individual circumstances.
ヒドロモルフォンはわが国で2017年に経口徐放性/即放性製剤が,2018年に注射製剤がそれぞれ使用可能となったオピオイド鎮痛薬である.海外では古くから使用経験があるが,本邦では使用経験が少なく,さまざまな病態における使用方法が確立していない現状がある.ヒドロモルフォン即放性製剤および徐放性製剤の生物学的利用能はそれぞれ18.9±5.4%,24.1±5.9%と低い1,2).肝機能障害時には初回通過効果の低下による生物学的利用能の上昇と,肝クリアランス低下により投与量の減量や注意深い副作用観察が必要である2,3).しかし,肝機能障害時において,ヒドロモルフォンは注射剤から経口剤へ変更する換算比は,確立されているとはいえない.今回,肝機能障害を認める膵頭部がん患者において,腹部痛と背部痛に対してヒドロモルフォンの持続皮下投与による至適用量の決定後に,経口徐放性製剤へ等力価となる換算比で変更を行った際,過量投与によるものと思われる呼吸抑制を生じた1例を報告する.
家族歴や既往歴に特記事項はない52歳男性.入院5カ月前から黄疸が認められ,膵頭部がんcT3N0M0 stage IIAと診断された.膵頭十二指腸切除術を施行し,テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤による術後補助化学療法が開始されたが,食欲不振により治療中止となった.入院1カ月前にPET(陽電子放射断層撮影)により上腸間膜動脈神経叢周囲と傍大動脈リンパ節に転移が認められた.入院し,FOLFIRINOXを2コース施行したが,嘔気,倦怠感,骨髄抑制により治療中止となった.緩和的放射線治療が開始されたが嘔気出現により中止となり,疼痛管理目的のため,オキシコドン注45 mg/日とフェンタニルクエン酸塩1日用テープ2 mg,アセトアミノフェン注1500 mg/日が併用された.症状緩和目的に戸田中央総合病院緩和医療科へ転院となった.
入院時,Numerical Rating Scale(NRS)6/10の腹部痛,背部痛および腹部膨満感を訴えた.AST値とALT値の上昇,血清アルブミン値とヘモグロビンの低下が認められた.腹部CT(コンピューター断層撮影)の所見ではChild-Pugh分類で中等度以上に該当する腹水を認め,肝転移が疑われた.脳症を疑う所見はなく,Child-Pugh分類GradeBに該当した.疼痛は,腫瘍の浸潤による内臓痛とリンパ節転移に伴う神経障害性疼痛と考えられた.主治医の判断で,オキシコドン注とフェンタニルクエン酸塩1日用テープは,ヒドロモルフォン注の持続皮下投与へオピオイドスイッチングされた.フェンタニルクエン酸塩1日用テープ2 mg=ヒドロモルフォン注2.5 mg/日=オキシコドン注30 mg/日として算出4,5)し,等力価となる換算量(6.25 mg/日)の96%のヒドロモルフォン量6 mg/日で投与開始となった.また,アセトアミノフェン注3000 mg/日へ増量,プレガバリンOD錠150 mg/日が追加された.第2病日,疼痛コントロール良好(NRS 0/10)のため,ヒドロモルフォン注を3.6 mg/日まで減量,アセトアミノフェン注は経口剤へ変更し2400 mg/日へ減量された.NRS 0/10で疼痛の増悪はなかった.第27病日,内服可能であったため,ヒドロモルフォン注は約1 : 4の換算比で経口剤(14 mg/日)へ投与経路が変更された.ヒドロモルフォン注の中止と同時に徐放性製剤内服が開始された.内服開始時,腹水の状況や体重は測定されなかったが,腹部膨満は入院時から改善はなく,Child-Pugh分類GradeBであった.初回内服から約5時間経過した時点から,呼吸回数2回/分の著明な呼吸抑制と傾眠が認められた(図1).このとき,経皮的動脈血酸素飽和度は室内気で98%に保たれていた.入院時からALT高値は遷延し,呼吸状態の増悪や意識障害の原因となる電解質異常や肺塞栓症,代謝性疾患,腎機能低下などは認められなかった(表1).また,頭部MRI(磁気共鳴画像)を撮影したが異常所見は指摘されなかった.プレガバリンは,入院時から用量変更なく継続された.オピオイド拮抗薬ナロキソンは投与せず,ヒドロモルフォン徐放性製剤を中止し,経過観察の方針となった.ヒドロモルフォン徐放性製剤中止から2時間後(図1の26時間後時点)に呼吸回数が8回/分へ回復し,4時間後(図1の28時間後時点)にヒドロモルフォン注2.4 mg/日が再開された.この時点でもNRS 0/10で疼痛の増悪はなかった.第29病日,腹部痛が増悪(NRS 2/10)したためヒドロモルフォン注を3 mg/日へ増量されたが,呼吸回数の低下は認められなかった.
本症例報告は介入研究に該当せず,プライバシー保護に配慮して行った.
今回,Child-Pugh分類GradeBに相当する肝機能障害を有する患者に対し,ヒドロモルフォンを注射剤から換算比1 : 4で経口剤へ変更したところ,呼吸回数の高度低下が認められた.徐放性製剤の中止から4時間後に経口剤の約17%の投与量で注射剤を再投与したが,呼吸回数低下の再燃はなく経過した.本症例では腹水貯留による横隔膜挙上により呼吸抑制を起こす可能性はあるが,呼吸抑制の原因となる他の疾患を認めなかった.呼吸回数の低下はヒドロモルフォン内服後に発生しており,ヒドロモルフォンの過量投与による副作用と考えられた.Child-Pugh分類GradeBの患者に対して,非肝機能低下者と同様の換算比を用いたことが,ヒドロモルフォンの過量投与による呼吸回数低下を引き起こしたと考えられる.また疼痛自体がオピオイドの呼吸抑制と拮抗するとされており,痛みが大幅に減少あるいは消失した場合には,相対的にオピオイドの過量投与の状態が生じ,呼吸抑制が出現する場合がある5).本症例では疼痛の改善を認めていたため,呼吸抑制のリスクが高かった可能性がある.添付文書4)やガイドライン5)には投与経路変更の際に投与量減量を推奨する記載はない.一方,Durninらの報告6)によると,肝機能正常者および中等度肝機能障害患者(Child-Pugh score 7~9点)それぞれ12例に対して,ヒドロモルフォン即放性製剤4 mgを空腹時単回経口投与した場合,中等度肝機能障害患者では肝機能正常者よりAUCが4倍高かった.中等度肝障害存在下でトラマドールからヒドロモルフォンへ変更後に重大な呼吸抑制を生じた報告もあり,重度肝障害患者に対して,初回投与は通常投与量の50%に減量することが推奨されている7,8).これらは即放性製剤のデータであり,徐放性製剤については情報がない.本症例において,ヒドロモルフォンおよびその代謝物の血中濃度は測定していない.ヒトにおけるヒドロモルフォンの主代謝経路は,3位水酸基のグルクロン酸抱合によるヒドロモルフォン-3-グルクロニドへの代謝である.代謝物のアゴニスト活性は,ヒドロモルフォンの約1/2280と低いため,ヒドロモルフォンの作用は主に未変化体によるものである.ヒドロモルフォン徐放性製剤は生物学的利用能が24.1±5.9%のため,初回通過効果の変化による影響を大きく受ける.ヒドロモルフォン即放性製剤は肝機能障害時に初回通過効果が低下し,生物学的利用能の上昇に伴い血中濃度が上昇するとの報告がある3,6).中等度肝機能障害下では最高血中濃度到達時間や血中半減期が変化せず最高血中濃度およびAUCが約4倍になったと報告されている6).クリアランスが変化せずAUCが約4倍になったことから,生物学的利用能が約4倍になったと推測される.
肝機能低下に伴う代謝酵素であるチトクロームP450低下の影響は受けず,全身クリアランスへの影響は認められない2).しかし,代謝酵素誘導剤であるリファンピシンをヒドロモルフォンと併用したことにより,ヒドロモルフォンの血中濃度が低下したことから,初回通過効果における代謝亢進が指摘されている9).そのため,肝機能低下患者において,初回通過効果における代謝が低下し,生物学的利用能が上昇した可能性が示唆された.
本患者では肝機能障害があるため注射剤よりも経口剤のほうが血中濃度の上昇の影響を受けやすいと考えられる.今回は徐放性製剤であるが,即放性製剤と同様に影響を受けた可能性がある.よって肝機能障害時に注射剤から経口剤へ変更する場合は等力価となる換算比よりもさらに減量する必要があると考えられる.
ヒドロモルフォンは,徐放性製剤が1日1回投与であることや,即放性製剤の錠剤が使用可能であること,チトクロームP450による相互作用を受けないなどの利点から,使用場面が増加する薬剤と思われ,肝機能障害時における使用法を確立させる必要がある.ヒドロモルフォンは注射剤から経口剤へ変更する場合,経口剤は注射剤の3~6倍の投与量を目安とされている5).実臨床において注射剤の投与量の2~5倍で使用されているとの報告10)があり,換算比の幅が非常に大きい.また,生物学的利用能が29~95%との個人差が大きいとの報告11)や,後方視的調査で,注射剤から経口剤へ1 : 5の換算比で変更すると,適切な鎮痛は6例中3例であり,1例は増量を要し,2例は有害事象のため減量を要したとの報告12)がある.剤型変更後の鎮痛効果,有害事象を慎重に観察し,投与量を調節する必要がある.また今回は精査していないが,肝動脈短路の形成による肝機能障害13)やグルクロン酸抱合の遺伝子多型の影響も今後検討が必要と考える.ヒドロモルフォンを注射剤から経口剤へ変更する換算比は,症例により大きく変動する可能性がこれまでの研究で指摘されている3,6,9–12).とくに本症例のように肝機能障害を伴う際には,細心の注意を払う必要がある.患者の全身状態が悪く,予後が短いと予想されるときには,ヒドロモルフォンの注射剤を経口剤に変更しないほうが安全かもしれない.
今回,Child-Pugh分類GradeBの肝機能障害を有する患者に対しヒドロモルフォンの注射剤から経口徐放性製剤へ等力価となる換算比で変更後,呼吸抑制を経験した.内服可能である場合注射剤から経口剤への変更は一般的に行われるが,症例によりその換算比は大きく変動する可能性があり,とくに肝機能障害を伴う際には細心の注意を払う必要がある.患者の予後が短い場合には,経口剤への変更しない方が安全かもしれない.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
加藤は研究の構想およびデザイン,原稿の起草に貢献した.岩井は研究データの収集,分析,原稿の起草に貢献した.中薗,上田,稲は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.