2024 Volume 19 Issue 3 Pages 157-162
メサドン治療における補正QT間隔(QTc)方法と心拍数の関係を検討するために単施設後ろ向き研究を行った.2013年4月~2023年8月に当院にてメサドンの目的に心電図検査を実施した進行がん患者を対象に,Bazett(B)法によるQTc(B)とFridericia(F)法によるQTc(F)でQT延長と評価される患者の割合と,心拍数とB法やF法によるQTcの関係を評価した.対象は83名(年齢中央値57歳,男性59%),平均QTc(B)は430.3±25.8 msec,平均QTc(F)は409.2±20.8 msecであった.QT延長の割合はB法27.7%,F法8.4%であり,F法の方が19.3%低値であった(p<0.001).また,心拍数の増加に伴いB法とF法のQTcの差は増加した(p<0.001).メサドン投与時のQT間隔補正法にF法を用いることで,メサドン適応患者が増加する可能性がある.
We investigated the impact of Bazett (B) and Fridericia (F) correction formulas on the evaluation of QT prolongation in patients during methadone administration and to explore the relationship between heart rate and corrected QT interval (QTc) according to both correction formulas. This study was conducted as a single-center, retrospective observational study. Subjects were cancer patients who underwent electrocardiographic evaluation for methadone therapy at our institute from April 1, 2013, to August 31, 2023. The study assessed the incidence of QT prolongation and analyzed the correlation between heart rate and QTc derived from the B and F formulas. The mean QTc of 430.3±25.8 msec for the B formula and 409.2±20.8 msec for the F formula. The incidence of QT prolongation was significantly lower with the F formula (8.4%) compared to the B formula (27.7%), indicating a 19.3% reduction in QT prolongation cases (p<0.001). Additionally, the difference in QTc between the two formulas increased with an increase in heart rate (p<0.001). These results suggest that the F formula for QT interval correction in methadone therapy potentially expands the eligible patients for this therapy.
メサドンはモルヒネ等の強オピオイド鎮痛薬で対応困難な難治性疼痛に使用される強オピオイドである1).難治性がん疼痛治療に関する医療機関対象質問紙調査において,がん診療連携拠点病院に勤務する医師(緩和医療専門医に限らない)の59.9%はがん疼痛に対するメサドンの内服治療に障壁を感じていることが報告された2).主な障壁としては,処方医師の不足や,紹介先の地域に処方可能施設がないこと,また処方可能施設の情報不足などが挙げられており,実際にメサドンを採用しているがん診療拠点病院は50%にとどまっている.
前述の社会的要因以外には,メサドンの副作用の一つである不整脈に対する懸念が考えられ,基準とする心電図のQT間隔補正法が影響している可能性がある.海外では高用量投与によるQT間隔延長や心室頻拍(トルサード・ド・ポアンツを含む)による死亡例が報告されている3,4).WHO医薬品副作用情報収集センターのメサドンの安全性情報では,全副作用発現件数の約1%にQT延長を認め,本邦のメサドン長期投与試験においても同様の傾向であるが,因果関係のある死亡例は認められていない4).QT延長の評価に際し,QT間隔は心拍数の影響を受けるため,Bazett法(以下,B法)やFridericia法(以下,F法)などの補正式を用いた補正QT値(以下,QTc値)で評価が行われる.メサペイン®適正使用ガイド第5版(2021年3月改訂)5)ではB法を推奨していたが,第6版(2023年2月改訂)6)では推奨するQT間隔補正式の記載は削除された.この変更は,新医薬品申請時に有効性や安全性を担保するための世界基準となる,医薬品規制調和国際会議(ICH)E14ガイドライン(2009年)7)の影響により行われた.B法は増加した心拍数では過大な補正,毎分60拍を下回る心拍数では過小な補正となることから,最新のICH E14ガイドライン(2022年)8)においては,B法は個体内の心拍数変動を補正する方法としては劣り,F法によるデータが適切であるとされた.最近のメサドン投与前後のQT間隔を比較した報告9)でもF法で補正したQTc値で評価が行われている.
メサペイン®適正使用ガイド第6版への改訂に伴い,QT間隔補正法としてどの補正式を用いるかの判断は臨床現場に委ねられる形となったが,第5版までB法を推奨していたことから,現状ではB法でQT間隔が評価されている可能性が高い.ゆえに,B法によるQTc値の過大補正により,QT延長と評価され,メサドン不適格となる患者がいる可能性がある.海外の報告では,B法によるQTc値{QTc(B)値}と,F法によるQTc値{QTc(F)値}の差は,心拍数が増加するほど顕著であることが示されている10).日本人においても同様に,心拍数が増加するに従いQTc(B)値とQTc(F)値の差は増大し,QTc(B)値ではQT延長と判定される患者は増加すると考えられる.今後,QTc延長の判定にQTc(F)値を用いることにより,メサドン治療の適応となる患者が増加すると考える.
本研究の目的は,1)QT間隔の補正法をB法からF法に変更した場合のQT延長と判定される患者の割合を示すこと,2)心拍数とQTc(B)値・QTc(F)値の差の関係を示すこと,とした.
本研究は,診療録を用いた,単施設後ろ向き観察研究である.
対象者2013年4月1日~2023年8月31日に国立がん研究センター東病院 緩和医療科からメサドンを検討する目的で心電図検査が行われた進行がん患者を対象とした.メサドンを検討する目的以外で行われた心電図検査は除外した.
調査項目患者背景は,年齢,性別,腫瘍原発部位,Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status(ECOG PS),がんに対する治療状況,心血管疾患の既往,QT延長を起こすことが知られている併用薬剤,臨床検査値,メサドンの投与開始日に併用していたオピオイドの種類・投与量・投与経路,QTc(B)値,QTc(F)値,心拍数について情報を収集した.がんに対する治療状況はがん治療中,Best Supportive Care(BSC)とした.心血管疾患は不整脈,虚血性心疾患とした.QT延長を起こすことが知られている併用薬剤は,CredibleMeds®のQTdrugs List11)に記載のある薬剤とした.
心電図のデータは,診療録からQT値と心拍数のデータを心電図検査(心電計;日本光電工業ECG-2550)から収集し,QTc(B)値,QTc(F)値を算出した.QTc(B)値はQTc(B)=QT/RR1/2,QTc(F)値はQTc=QT/RR1/3の式を用い,RR値はRR=60/心拍数の式を用いて算出した.QT延長の評価は男性430 msec以上,女性450 msec以上とした6).
解析方法患者背景について記述統計を行った後,全患者に対しQTc(B)値とQTc(F)値を算出し,QT延長と判定された患者数とその割合についてMcNemar検定を行った.次に,先行研究と同様に,心拍数により60–79 bpm, 80–99 bpm, 100 bpm以上の3群に分け,各群におけるQTc(B)値とQTc(F)値の実測値,およびQTc(B)値・QTc(F)値の差を算出した.QTc(B)値・QTc(F)値の差はQTc(B)値–QTc(F)値で算出した.心拍数の増加とQTc(B)値・QTc(F)値の差における傾向についてJonckheere-Terpstra検定を行った.有意水準はp<0.05とした.統計解析にはSPSS26(IBM Corp, Armonk, NY, USA)を用いた.男性と女性の各調査項目についても記載したが検定は行わなかった.
倫理的配慮本研究は,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針に従い,国立がん研究センター研究倫理審査委員会(課題番号:2023-251)の承認を得て実施した.
研究期間において,緩和医療科から心電図検査依頼のあった患者185名のうち,メサドンを検討する目的ではない心電図検査依頼の患者102名を除外し,83名を対象とした( 表1).全患者の年齢中央値は57歳,男性が49名(59.0%),ECOG PS 0–2が68名(81.9%)であった.腫瘍原発部位は大腸がんが21名(25.3%),肺がんが19名(22.9%),乳がんが8名(9.6%)であった.がんに対する治療状況はBSCが58名(69.9%)であった.メサドンの投与開始日に併用していたオピオイドの種類はオキシコドンが最も多く44名(53.0%),経口モルヒネ換算中央値は180 mg/日,投与経路は経口投与が56名(67.5%)であった.心血管疾患の既往では,不整脈は5名(6.0%),うち上室性期外収縮が3名(3.6%),房室ブロックが2名(2.4%),虚血性心疾患は1名(1.2%)であった.QT延長を起こすことが知られている薬剤の使用は40名(48.2%)で,ランソプラゾールを使用している患者が17名(20.5%)と最も多かった.心拍数の平均値は81.5 bpmであった.
全患者の平均QTc(B)値は430.3±25.8 msec,平均QTc(F)値は409.2±20.8 msecであった.QT延長と判定した患者はB法で23名(27.7%),F法で7名(8.4%)と有意に低値であり(p<0.001),B法に比べF法では16名(19.3%)減少した( 表2).
心拍数により,60–79 bpm, 80–99 bpm, 100 bpm以上の3群に分けた際の全患者,および,各群のQTc(B)値・QTc(F)値の実測値を 表3に示した.いずれの心拍数においてもQTc(B)値はQTc(F)値より明らかに増加した.
また,心拍数とQTc(B)値・QTc(F)値の差の平均値における比較では,全患者において,心拍数の増加に伴いQTc(B)値とQTc(F)値の差も有意に増加した(p<0.001)( 図1).
本研究では,メサドンの投与を検討した際の心電図をもとに,B法とF法のそれぞれのQT補正方法によりQT延長と判定される割合について検討した.また,心拍数の増加とQTc(B)値・QTc(F)値の差の変化についても検討した.
最も重要な所見として,メサドン投与においてQT延長と評価される患者が,F法はB法より19.3%減少することを初めて明らかにした.次に,がん患者の心拍数を60–79 bpm, 80–99 bpm, 100 bpm以上の3群に分けた場合,心拍数の増加に伴いQTc(B)値・QTc(F)値の差が増大するという先行研究10)と同様の結果を本邦において初めて明らかにした.先行研究10)では,がん患者の平均心拍数が74.1 bpmであったのに対し,本研究は81.5 bpmであり,心拍数が増加している患者が多かった.メサドンの投与を検討するがん患者は疼痛コントロールに難渋している場合が多いことが予想されるため,心拍数が増加傾向の状態ではQT値が過大補正される可能性があること,また,ICH E14ガイドライン(2022年)8)では心拍数の影響を受けにくいF法が推奨されていることを考慮すると,メサドンの管理に用いるQT間隔の補正法としてB法よりF法が適切であると考える.
QT間隔補正式の選択とCommon Terminology Criteria for Adverse Events version 5.0でQT延長grade3(grade3: QTc≥501 msec)と評価される患者の割合,また,化学療法の実施有無を比較した報告12)では,QT延長grade3と評価される患者はB法でF法の3倍となり,B法でのQT延長評価により不適切な化学療法の中断が生じている可能性を指摘している.メサドン投与の際も同様に,QT間隔補正法としてB法ではなくF法を選択することで,メサドンの適応となる患者が増加する可能性がある.
以上より,本邦においてメサドンが普及しにくい要因は処方医師不足や地域における処方可能施設不足だけではなく,メサドン投与開始時のQT間隔補正法も一因となっている可能性を示した.
本研究の限界として,症例数に限りがありQT補正値の観点からメサドン投与の可能性を言及しており,QT延長に関与する他の併存疾患や電解質異常,QT延長を起こしやすい薬剤などの影響は検討していない.また,QT/QTc間隔延長の値を心電計が測定した場合でも自動診断のみに頼らず,熟練した判読者による手計算で値を再度確認することが望ましいが,本研究に使用したQTc値は,心電図計に組み込まれた自動計算装置の値のみを採用している.さらに,診療録を用いた後方視的調査であり,F法でQT間隔を評価した場合の安全性については検討できていない.今後はF法でQT間隔を評価した場合のQTc(F)値の推移や不整脈の発生頻度について前向きに調査を行う必要がある.
本研究では,メサドン投与時のQT間隔補正法としてBazett法ではなくFridericia法を用いることで,QT延長と評価される患者が減少し,メサドンの適応となる患者が増加する可能性を示した.心拍数の高い傾向にあるがん患者では,心拍数の影響を受けにくいFridericia法によるQT間隔補正が適切である可能性がある.今後は,Fridericia法を用いてメサドンの適応を判定した際の安全性について評価する必要がある.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
小澁は研究の構想,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献した.五十嵐,三浦は研究の構想,研究データの分析・解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.熊澤,中村は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.