2024 Volume 19 Issue 3 Pages 163-168
症状緩和のための腹腔穿刺ドレナージ時の排液速度については,定まった見解がない.今回われわれは在宅診療の現場で,用手吸引による急速腹腔穿刺ドレナージを明らかな有害事象の出現なく実施しえた3例を経験したので,具体的な実践方法を交えて報告する.症例Aは72歳男性,非代償性肝硬変による腹水貯留の患者.症例Bは73歳男性,膵尾部がん・腹膜播種による悪性腹水の患者.症例Cは54歳男性の膵尾部がん・多発肝転移による悪性腹水の患者であった.排液量は1.4~3 Lで,処置時間は12~14分だった.処置直後・処置2(±1)時間後,処置24時間後の収縮期血圧はいずれの患者も90 mmHgを下回ることはなく,その他明らかな有害事象も指摘されなかった.用手吸引式急速腹腔穿刺ドレナージは患者の長期臥床の負担軽減,処置時間の削減,訪問医の訪問回数の減少につながることが期待できる.今後,本手技の安全性を検証する量的研究が必要である.
Abdominal paracentesis is a standard intervention for symptom relief in patients with ascites; however, there is no established agreement regarding the optimal speed of ascites drainage. This paper presents three cases of rapid manual drainage of ascites (RMDA) conducted during home visits: a 72 year-old male with intractable cirrhosis, a 73 year-old male with malignant ascites secondary to cancer of the pancreatic tail, and a 54 year-old male suffering from malignant ascites due to pancreatic tail cancer with hepatic metastases. Drainage volumes ranged from 1.4 to 3 liters, with procedures taking between 12 to 14 minutes. Post-procedure systolic blood pressures were maintained above 90 mmHg at immediate, 2 (±1) hours, and 24 (±12) hours following the procedure in all cases. No severe adverse events were reported. RMDA may offer a reduced procedural time in the home visit context, lessening patient discomfort and healthcare provider costs. Further studies are needed to evaluate the safety of RMDA in home care settings.
腹腔穿刺ドレナージは,腹水貯留に伴う症状を緩和する手段として,広く医療現場で実施されている1,2).しかし,腹水の排液速度に関しては定まった見解がない.本邦のガイドラインでは,経験的に1~3 L程度のドレナージが実施されていることが多いと記されているが3),排液速度には言及がない.専門家の中でも,1~2 Lの腹水を30分程度で排液するならよいとする意見もあるが4),平均して11時間かけて5 L排液していたとする報告や5),入院治療が一般的とする報告もある6,7).ドレナージに時間をかけるほど,理論的には循環動態へ与える影響を減らせるが8),経過観察する医療者の長時間拘束,医療費の増大,患者の負担感増加がデメリットになりうる.
欧米では本邦未承認の埋込み型ドレナージキットが普及しており,在宅療養患者にしばしば利用されている.代表的なキットであるPerit X®ないしPleur X®(いずれも米国Becton, Dickinson and Company: BD社)は,陰圧ボトルを用いて1 Lあたり5分で排液可能である9).有害事象の発生割合は報告によりばらつきがあるが10,11),大量腹腔穿刺ドレナージと同等12),あるいはそれより低い可能性があると報告されている13).
こうした陰圧吸引の手法を参考に,今回われわれは訪問診療を要する患者の中で,症状緩和目的の腹腔穿刺ドレナージを要すると判断した患者に対し,用手吸引による急速腹腔穿刺ドレナージを実施した症例を3例経験したので,具体的な実践方法を交えて報告する.
本処置の実施方法穿刺針留置までの処置は一般的に推奨される手順に従って行った1,14).穿刺部位は超音波検査で最も安全に穿刺できる部位を選択した.本穿刺針は添付文書上,腹腔穿刺時の使用が禁忌となっていないセーフレット®カニューラGA(クランプタイプ)14Gを使用した15).穿刺針を留置後,セーフタッチ®プラグと,ロックなしの50 ccシリンジ2本を用意し,ドレナージチューブの末端にセーフタッチ®プラグを接続した.物品接続のイメージを 図1に示した.シリンジをセーフタッチ®プラグに接続し,腹水を用手的に吸引したら,介助者に吸引済みのシリンジを渡した.介助者がシリンジから排液している間に,もう1本のシリンジをセーフタッチプラグに接続して排液した.処置医と介助者がシリンジを交互にやりとりし,3~5分/Lのペースを目安にドレナージを行った.腹腔穿刺ドレナージの時間は本穿刺針を刺してから本穿刺針を抜去するまでの時間と定義して計測した.
安全性の指標として,収縮期・拡張期血圧,脈拍の経時的変化(処置前・処置直後・処置2(±1)時間後,処置24(±12)時間後)を測定した.また,低血圧の症状として処置から24時間以内の転倒の有無を評価した.また24時間以内の腹水の持続的漏出,腹腔内感染や腸管穿孔を疑う臨床徴候の有無をそれぞれ確認した.有効性の指標として腹部膨満感のNumerical Rating Scale(NRS)を聴取した.以下,本処置を行った症例を3例示す.
72歳男性.Child-Pugh分類グレードC(11点)のアルコール性肝硬変と3 cm大の単発肝細胞がんを有する患者だった.2024年1月,腹部膨満や全身の痛みから体動困難となり入院.肝硬変・肝細胞がんを指摘されたが,積極的な治療は希望しなかった.禁酒困難かつPerformance Status(PS)3の中,在宅療養を望まれ,2024年3月より訪問診療を開始した.腹水は肝硬変による門脈圧亢進が原因と考えられ,退院前からスピロノラクトン50 mg/日,フロセミド20 mg/日を使用していたが,腹水貯留による膨満感が強かった.腹腔穿刺ドレナージを希望されたため,本人の同意を得て本処置を実施した.3 Lの淡黄色の腹水を12分でドレナージした.処置により腹部膨満感NRSは8/10から7/10になり,本人は「楽になった」と表現した.処置前は血圧95/54 mmHg,脈拍84回/分で,処置直後は血圧109/59 mmHg,脈拍82回/分,処置2(±1)時間後は血圧103/62 mmHg,脈拍92回/分,処置24時間後は血圧114/68 mmHg,脈拍85回/分となった.バイタルの経時的変化を 図2に示した(以下,症例B・Cについても同様).処置後に転倒や腹水の持続的漏出などの有害事象の出現もみられなかった.その後も症状に合わせて約1カ月に1回本処置を受けながら,現在も在宅療養を継続している.
73歳男性.膵尾部がんの腹膜播種を有する患者だった.高次医療機関で抗がん化学療法を受けていたが,敗血症性ショックを契機にPSが低下.積極的な化学療法は見送ることとなり,病院外来と並行して訪問診療を開始した.前医よりスピロノラクトン50 mg/日,フロセミド40 mg/日,トルバプタン7.5 mg/日,デキサメタゾン4 mg/日,オキシコドン徐放錠40 mg/日が処方されていたが,腹膜播種による腹水貯留により呼吸困難,膨満感といった身体症状を呈していたため,本人の同意を得て本処置を実施した.淡黄色の腹水3 Lを14分で排液した.腹部膨満感NRSは7/10から3/10に改善し,呼吸困難も同様に軽減された.処置前は血圧112/93 mmHg,脈拍86回/分で,処置直後は血圧115/83 mmHg,脈拍82回/分,処置2(±1)時間後は血圧95/73 mmHg,脈拍82回/分,処置24時間後は血圧119/84 mmHg,脈拍78回/分となり,循環不全の目安である90 mmHgを下回ることはなかった16).処置後に有害事象の出現はなかった.腹部膨満感の増悪で6日後に再度本処置を実施.その後は症状緩和のための腹腔穿刺は要さず,初回穿刺から28日後に死亡した.
症例C54歳男性.膵尾部がんの多発肝転移,腹膜播種による腸閉塞を契機にPS3となった.抗がん化学療法を終了したのち,訪問診療を導入した.腹水は腹膜播種および多発肝転移による門脈圧亢進のいずれの病態も考えられ,スピロノラクトン25 mg/日,フロセミド20 mg/日,がん関連倦怠感の緩和と合わせてデキサメタゾン4 mg/日,内臓痛に対してフェンタニル経皮吸収型製剤17.5 µg/時を使用していたが,腹部膨満感が増悪した.以前入院中に腹腔穿刺ドレナージを受けた際,膨満感が改善した経験があったため在宅でも行ってほしい,と本人が要望し,同意を得て本処置を実施した.黄褐色の腹水を1.4 L用手的にドレナージした.穿刺時間は,穿刺後のチューブ接続にやや時間を要し,14分となった.腹部膨満感NRSは穿刺前8/10から穿刺後3/10に改善した.処置前は血圧112/90 mmHg,脈拍103回/分で,処置直後は血圧119/81 mmHg,脈拍98回/分,処置2(±1)時間後は血圧103/78 mmHg,脈拍115回/分,処置24時間後は血圧108/78 mmHg,脈拍110回/分だった.収縮期血圧が90 mmHgを下回ることはなく,処置後に明らかな有害事象は観察されなかった.本処置から4日後に誘因なく突如意識消失し病院へ搬送されたが,その後死亡が確認された.
用手吸引による急速腹腔穿刺ドレナージを実施した3例を提示した.本症例集積から得られた知見は,本処置を行っても明らかに重篤な有害事象の出現がみられなかったこと,患者および医療者の負担軽減につながりうることの2点である.
まず,この症例集積においては,用手吸引による急速腹腔穿刺ドレナージは大きな有害事象の出現なく実施することができた.とくに穿刺直後,2(±1)時間後,24(±12)時間後には,循環不全の一つの指標である収縮期血圧90 mmHgを下回ることはなかった16).本処置が有害事象の出現なく実施できたという結果は,陰圧ボトルを用いたドレナージや,壁面の吸引器を使った排液を病棟で安全に実施できたとする海外の報告とも符合する1,17).腹腔穿刺による有害事象には,腹水の持続的漏出,腹壁血腫,局所感染,腸管穿孔,血圧低下などが知られるが14),本処置は,レニン・アンギオテンシン系といった生理的代償機構が働く時間的猶予が減るため,通常の排液と比べて血圧低下が発生しやすい可能性がある.とくに症例Aのような肝硬変患者の場合,末梢動脈の拡張により腹腔穿刺により血圧低下をきたしやすいため,大量(5 L以上)のドレナージは可能であれば避ける等の注意が必要である18,19).
また,本処置は患者の負担軽減につながる可能性がある.本症例集積では本穿刺針を刺してから抜くまで12~14分で実施できており,前後に発生する準備時間を合わせても30分程度で実施可能だった.一般的な穿刺ドレナージの場合,長時間患者の身体をベッド上に拘束することになる.そのため,背部の筋骨格系の疼痛が副次的に発生したり,治療によって時間的に拘束されること自体を患者が辛いと感じたりする場合がある.したがって,本処置による処置時間の短縮は,患者にとっても利益がある.
本処置は医療者の負担軽減にもつながりうる.一般的に,腹腔穿刺ドレナージを行う際は,医療者が定期的に患者の状態を観察するが,本処置はこの観察時間の短縮につながる.とくに在宅医療の場合,医療者が長時間患家に滞在することは事実上困難であることが多い.また,穿刺針の抜去は特定行為研修を終了した看護師しか実施できず20),穿刺針の抜去も医師が行う必要があることが多い.そのため,訪問診療で通常の腹腔穿刺ドレナージを行う場合,現実的には,排液中の状態観察を家族に頼りつつ,最低2回,医師が患家へ訪問する必要がある.本処置は,少なくとも処置中は患者の状態を直接医師が観察でき,医師の訪問も1回に抑えられるため,在宅医療における腹腔穿刺ドレナージの実施可能性を高められる.
在宅医療で用手吸引式の急速腹腔穿刺ドレナージを明らかな有害事象なく実施しえた3例を示した.本手技は通常の腹腔穿刺ドレナージよりも処置時間の削減,患者の長期臥床の負担軽減,訪問医の訪問回数の減少につながる可能性がある.今後,本手技の安全性を検証する量的研究が必要である.
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大屋は症例報告の構想,手技方法の確立,データ解釈,原稿の起草,原稿の知的推敲に貢献した.福田,佐藤は研究データの収集,原稿の知的推敲に貢献した.德谷は手技方法の確立(介入デザイン)と研究データ収集,原稿の知的推敲に貢献した.浜野,横道,石木,小山田は症例報告の構想と原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.平本は研究データの収集と原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の責任説明に同意した.