2024 Volume 19 Issue 4 Pages 245-249
小腸ストーマ患者のオピオイドの薬物動態およびオピオイドスイッチングに関する報告は少ない.今回われわれは,小腸ストーマを有する40歳の男性に対し,トラマドール速放製剤の1日4回内服から24時間徐放製剤の内服へ切り替えを行ったところ鎮痛時間の短縮と疼痛の増強を認めた例を経験した.健常成人では1日4回内服と24時間徐放製剤の内服では血中濃度の差に変化はないとされているが,本症例では徐放製剤が有効に機能するための小腸通過時間の確保や吸収能力が不十分であった可能性が示唆された.小腸ストーマ造設患者ではより細やかな投薬調整が必要であると考えられた.
There are few reports on opioid pharmacokinetics and opioid switching in patients with small intestinal stomas. We experienced a case in which a 40-year-old man with an ileostomy experienced shortened analgesia and increased pain after switching from a fast-release to an extended-release formulation of tramadol. It is possible that the time required for passage through the small intestine and the absorption capacity of the extended-release formulation were insufficient for the extended-release formulation to function effectively, and that more detailed medication adjustment is necessary for patients with small intestinal stomas.
小腸ストーマ造設患者では,薬物吸収に必要な小腸長が不足している可能性が指摘されており1),オピオイドの吸収率は腸管長と比例する可能性が報告されている2).オピオイドは疼痛緩和において重要な役割を担っており,個々の症例に併せて適切な投与量を決定することが重要であるが,小腸ストーマ患者のオピオイドの薬物動態およびオピオイドスイッチングに関する報告は少ない.
トラマドール速放製剤から同量の徐放製剤へスイッチしたところ疼痛が増強し,徐放製剤の吸収不良により有効な血中濃度が得られなかった可能性が示唆された1例について報告する.
症例は40歳男性.既往歴に腰部椎間板ヘルニアによる左下肢の神経障害性疼痛があり,プレガバリン50 mg/日,トラマドール速放製剤37.5 mg/アセトアミノフェン325 mg配合錠を1日4回(トラマドール速放製剤150 mg/日)内服していた.2022年9月に直腸がんと診断され,同年にロボット支援下腹腔鏡下超低位前方切除術が行われ,直腸切断・吻合ののちに一時的人工肛門として双孔式回腸ストーマが造設された.その後,ストーマ閉鎖の方針が立てられたが,もともと過敏性腸症候群で排便症状・コントロールに悩んでおり,ストーマ造設後に症状が緩和され,かつストーマ造設から経時的に排便量も安定し,脱水や体重減少などの有害事象も認めないことからストーマ閉鎖は延期の方針となった.
2023年12月に骨盤内転移にて再発し,2024年1月に前回の直腸吻合部の口側に再発した腫瘍と付近の直腸および右尾骨筋,骨盤内臓神経叢の一部を合併切除された(直腸自体は肛門輪温存の直腸切断術となった).
術後,切除部位周辺の膿瘍を生じ,右腸骨筋切離部から大殿筋内に膿瘍が波及したため( 図1),強い臀部痛を生じた.また神経切離により会陰部への電撃痛も生じるようになったため,2024年2月に疼痛コントロール目的で緩和ケアチームに紹介となった.
チーム介入時,numerical rating scale(NRS)7–8/10の臀部痛と会陰部痛を生じ,座位や仰臥位が保てず,終日ベッド上に腹臥位で過ごしている状況であった.
もともと腰部椎間板ヘルニアで内服していたプレガバリンを50 mg/日から100 mg/日に増量し,非ステロイド性抗炎症薬の追加に加え,トラマドール/アセトアミノフェン配合錠にトラマドール速放製剤100 mg/日(25 mg/回 1日4回)を上乗せした.また,膿瘍のドレナージと抗菌薬投与が併行して行われた.
1カ月後,炎症反応の改善と膿瘍腔の縮小とともにNRS3/10まで疼痛が改善したが,深夜から朝方にかけての疼痛が残存した.アセトアミノフェンは継続しつつ,夜間の鎮痛効果の持続を目的としてトラマドールを1日1回の徐放製剤に増量変更し(トラマドール速放製剤250 mg/日→トラマドール24時間徐放製剤300 mg/日),夕食後から内服開始したところ,夜間の疼痛は軽度改善されたが,朝方までは鎮痛効果は持続せず,日中の臀部痛・会陰部痛が再燃し,加えてもともとの椎間板ヘルニアに伴う下肢神経症状も悪化した( 図2).また,トラマドール徐放製剤内服後に嘔気を生じるようになった.小腸ストーマにより,徐放製剤が十分に吸収されないまま排泄され,血中濃度が鎮痛域まで上昇しない可能性を考え,再度トラマドールを速放製剤の1日4回の内服に変更したところ,疼痛症状は改善した.
なお,経過中にストーマパウチ内にトラマドール徐放製剤の剤型遺残はなく,視覚的な吸収不良の状況は確認できなかった.また,トラマドールの血中濃度は測定していない.
トラマドール徐放製剤は速放性の周辺部分と徐放性の中心部分から構成された溶出性の異なる二重構造を持つ薬剤であり,既存の速放性のトラマドール製剤と同等の立ち上がりの血中濃度推移と24時間の血中濃度維持を保つとされ,速放製剤からの切り替え投与での非劣性が認められている3,4).一方で本症例では切り替え投与で疼痛増強を認め,その理由として,小腸ストーマによる経口内服製剤の吸収過程への影響が考えられた.
本症例のように小腸ストーマを有する患者は吸収障害に注意が必要である.吸収障害の原因として,小腸表面積や小腸通過時間の減少が挙げられ,小腸全長の3分の2以上の機能を手術などで失うとより吸収障害のリスクが高まるといわれている5).
本症例は回腸ストーマであり,比較的吸収に機能する小腸長の減少は少なく,さらにストーマ造設後1年を経過し,排便量過多は目立たないことから残存小腸の機能が安定化する第3期(安定期)6)に至っていると考えられた.しかし,夕食後内服により日中の薬剤濃度の確保ができず,日中の疼痛増悪をきたしたと考えられたことから,24時間徐放製剤が十分に効果を発揮するための小腸通過時間の確保や吸収能力が不十分であったと推測された( 図3).一方で徐放製剤に増量変更後に内服後の嘔気が出現しており,速放性成分による立ち上がりの血中濃度が上昇し,それにより嘔気が出現したものと考えられた.また,夜間の鎮痛効果の悪化を認めておらず,トラマドール徐放製剤の周辺部分の速放性の成分は十分に機能している,つまり速放成分の吸収に関してはストーマの影響は少ないことが考えられた.健康成人のデータ( 図3)でも,1日1回内服のトラマドール製剤のほうが初回内服後の血中濃度(Cmax)が高くなっており,本症例においても徐放製剤の速放成分の吸収により,立ち上がりの血中濃度が上昇し,嘔気が出現,かつ速放性成分の鎮痛効果は得られていることが推察された.
小腸ストーマがトラマドール徐放製剤の薬物動態にどのように影響するかについて検討された報告は検索範囲では存在しないものの,同様のオピオイド製剤としてオキシコドン製剤に対する報告がある.吉野らはオキシコドン徐放製剤で長時間の鎮痛が得られず,フェンタニル貼付剤に変更した後に良好な鎮痛効果を得た回腸ストーマの症例について報告しており7),小腸切除・小腸ストーマ造設はオキシコドン徐放製剤の吸収障害の一因であることが考えられる.また,一般的には体外に排泄されたオキシコドン徐放製剤のゴーストピル中にはオキシコドン成分はわずかな残量しか検出されず,有効成分はほぼ体内に吸収されているため,臨床的な問題は生じないとされるが8),小腸瘻患者の検討9)ではゴーストピル中のオキシコドン残存率が27.7%の例もあったことが報告されている.さらに,短腸症候群の患者のオキシコドン吸収率も個々に差があることが報告2)されており,小腸ストーマ症例ではとくにオピオイドスイッチングの際に薬剤の用量調整や血中濃度の推移に配慮が必要であると考える.
また,血中濃度を測定せずともストーマ患者の薬物の不完全吸収を示唆する客観的特徴として,ストーマパウチ内にゴーストピルに限らずカプセルまたは錠剤の未吸収・未溶解の剤型が確認されることがあり10),未吸収の剤型の残存が確認された場合には吸収不良の可能性も考慮し,投与経路の変更や薬剤変更を検討すべきである.本症例では未吸収の剤型は確認していないものの,製剤変更により徐放製剤の利点である鎮痛効果の持続が得られず,日中の疼痛が増強したことは吸収不良や十分な血中濃度上昇に至らなかった結果であると考察した.
本症例報告の限界として,次のものが挙げられる.まず,本症例は小腸ストーマ造設前に徐放製剤の使用経験がないため,ストーマ造設が薬剤吸収や血中濃度の推移に影響したかどうか,もしくはもともとの本人の腸管吸収・代謝機能に問題があり速放製剤と徐放製剤の血中濃度に差があるのかといった比較検討はできていない.また回腸ストーマ造設部位がカルテ・手術記録に記載されておらず,薬物吸収にあずかる残存小腸の長さが不明であった.さらに血中濃度や小腸通過時間の測定,未吸収の剤型の排泄の確認および未吸収製剤の薬物含有濃度の測定などが行えていない.これらの限界を踏まえると,より短腸の症例は未吸収の剤型の出現やより不十分な血中濃度上昇や徐放作用の不足が生じる可能性も注意すべきである.
オピオイドの内服製剤は速放製剤や徐放製剤,さらに徐放製剤の中でも12時間・24時間徐放製剤など多様な種類が存在し,患者の病態や服薬アドヒアランスに応じて製剤の選択が可能であるが,小腸ストーマ患者に対する徐放製剤を使用する際には有効な血中濃度が得にくい可能性も視野に入れ,より細やかな投薬調整が必要であると考えられた.
小腸ストーマ患者の持続鎮痛のためにトラマドール製剤を速放製剤から徐放製剤に切り替えたところ,鎮痛効果時間の短縮および疼痛の増強を認め,ストーマ造設に伴う薬物吸収能力が低下した可能性が推察された.小腸ストーマ患者に対する徐放製剤を使用する際には,有効な血中濃度上昇が得られにくい可能性を考慮し,用量調整や投与経路変更などを検討する必要がある.
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