2024 Volume 19 Issue 4 Pages 293-297
症例は60歳の女性.子宮頚がんのがん性疼痛に対し投与されたオキシコドン徐放錠が,がんの治癒後にも放射線腸炎に伴う腹痛や,腸穿孔術後の腸閉塞,便秘症による腹痛に対して継続投与されていた.強い眠気があり,オキシコドン徐放錠をモルヒネ散に切り替えて緩徐に減量した.減量により眠気,便秘,腹痛は改善したが,倦怠感,発汗,焦燥感が出現した.これらはモルヒネ散の内服で改善し,オピオイド鎮痛薬の退薬症候と診断した.4年かけてさらに緩徐に減量を試みたが,モルヒネ散を中止すると退薬症候が出現するため,現在も少量のモルヒネ散を継続している.オピオイド鎮痛薬の不適切使用は厳に慎むべきであるが,オピオイド鎮痛薬の中止までに専門医の注意深い観察のもとでの長期継続を要する場合がある.
A 60-year-old woman was treated with oxycodone extended-release tablets for the cancer pain due to cervical cancer, and oxycodone was continued for abdominal pain due to radiation enteritis, laparotomy, small bowel obstruction, and constipation even after the cancer had been cured with chemoradiotherapy. The patient experienced severe drowsiness, and the opioid analgesics dose was gradually reduced. The dose was reduced by switching from oxycodone extended-release tablets to morphine powder. The patient’s drowsiness, constipation, and abdominal pain improved with reduction in opioid dosage, but she developed malaise, sweating, and agitation. These symptoms improved with morphine powder; thus, she was diagnosed with opioid withdrawal syndrome. We attempted to further reduce the dose gradually over a period of four years, but withdrawal symptoms reappeared when morphine powder was discontinued. Therefore, at present, we are administering her small doses of morphine powder. Though inappropriate use of opioid analgesics should be strictly avoided, in some cases, long-term use under careful specialist supervision may be necessary before discontinuation of opioid analgesics.
オピオイド鎮痛薬は,がん疼痛に対して積極的な使用が推奨される一方で,がん患者であってもがんと直接関連しない慢性がん治療後疼痛に対しては慎重に使用するべきである1,2).また,オピオイド鎮痛薬は退薬症候を防ぐために緩徐に減量することが推奨されているが,その具体的な方法については明確な指針がない3–5).今回,子宮頚がんの痛みに対してオピオイド鎮痛薬が投与され,がんの治癒後もオピオイド鎮痛薬が不適切に継続投与されていたため,緩徐に減量した結果QOL(quality of life)が改善したが,退薬症候によりオピオイド鎮痛薬の中止に至らない症例を経験したので報告する.なお,本症例の報告については,口頭および書面で本人と家族の同意を得ている.
【症例】60歳,女性
【主訴】腹痛
【既往歴】甲状腺機能低下症に対してレボチロキシン75 µg/日を内服中だった.
アルコール多飲,オピオイド以外の薬物等への物質依存,精神疾患の既往などはなかった.
【現病歴】2016年に子宮頚がん,多発リンパ節転移,左大腰筋転移と診断された.放射線化学療法が行われ,がんによる腹痛に対してオキシコドン徐放錠が開始された.オキシコドン徐放錠40 mg/日で痛みはNRS(numerical rating scale)で1~2と軽減されていた.2018年の腹部CTとMRIでがん病変が消失し,腫瘍マーカーが正常値となり,がんは治癒したとされた.腹痛はオキシコドン速放散を使用せずにNRSで1に改善していたが,オキシコドン徐放錠の減量は検討されず40 mg/日で継続されていた.オキシコドン徐放錠による眠気や便秘はなかった.同年に放射線腸炎による消化管穿孔により小腸部分切除術,腹腔内洗浄ドレナージ術,ハルトマン手術の3回の開腹手術が行われた.周術期にはオキシコドン徐放錠を等価換算のオキシコドン注射剤に切り替えて使用し,内服が可能となった時点でオキシコドン徐放錠を再開していた.初回と2回目の術後の痛みは創部痛のみだったが,3回目の開腹術後に下腹部が締め付けられるようなNRSで9の持続する痛みがあり,腹痛は1日3~4回嘔吐を伴ってNRSで10に増悪した.人工肛門からの排便は1週間に1回で,硬便だった.術後腸閉塞の診断で1~2カ月に1回の入院を繰り返しており,この腹痛に対してオキシコドン徐放錠を80 mg/日まで増量しても痛みは改善しなかった.腹痛に対してオキシコドン速放散10 mgを1~2回/日使用していたが,腹痛はNRSで9から8と改善が乏しく,強い眠気が生じていた.腹痛と強い眠気で1日中臥床しており,QOLはEQ-5D-5L(EuroQOL 5 dimensions 5-level)のスコアで0.44と低下していた.腹痛の治療目的に2020年に当科を受診した.
【初診時の身体所見】身長157 cm,体重58 kg.バイタルサインは正常だった.腹部はやや膨満し,軟で,圧痛はなく,腸蠕動音は著明に低下していた.
【初診時の検査所見】腹部CT:腸管拡張はあるが,腫瘍はなく,明らかな閉塞起点なし
血液検査:腫瘍マーカー;SCC 0.7 ng/ml,NSE 9.3 ng/ml
甲状腺ホルモン;TSH 1.77 μU/ml,F-T3 2.26 pg/ml,F-T4 1.40 ng/dl
【初診時の内服薬】オキシコドン徐放錠80 mg/日,オキシコドン速放散10 mg 1~2回/日,レボチロキシンナトリウム75 µg/日,酸化マグネシウム1 g/日,ボノプラザン10 mg/日
【臨床経過( 図1)】放射線腸炎と,複数回の手術による消化管の癒着と,オキシコドンによる消化管の蠕動抑制により,高度の便秘となり腹痛が生じている状態と診断した.強い眠気でQOLが著しく低下しており,オキシコドンは過量と判断した.オキシコドン徐放錠80 mg/日を経口モルヒネ散120 mg/日に等価換算して変更し,1回の減量に3カ月以上かけて10 mgずつ減量した.2022年,16カ月経過時にモルヒネ散を60 mg/日まで減量したところ,便秘と腸閉塞が改善し腹痛はNRSで0となり,入院加療を必要としなくなった.眠気が改善し,QOLはEQ-5D-5Lのスコアで0.89に改善した.モルヒネ散を40 mg/日に減量したところ,倦怠感,焦燥感,発汗が出現し,モルヒネ散5 mgの追加内服により改善し,オピオイド鎮痛薬の身体依存による退薬症候と診断した.さらに緩徐に減量を試み,退薬症候が出現した際はモルヒネ散5 mgを1日1~2回を上限に使用した.2024年,40カ月経過時にモルヒネ散5 mgの朝1回の定時投与まで減量できたが,これ以上減量すると午前中から倦怠感が生じて家事ができず,夜間は焦燥感による不眠が生じてモルヒネ散の追加内服が必要となり結果として高用量の使用量となるため,同量を継続中である.現在の腹痛のNRSは0で,QOLはEQ-5D-5Lのスコアで1と生活への支障は全くない.
横軸:オピオイド鎮痛薬の減量を決定してからの時間経過 縦軸:棒グラフ;経口モルヒネ散の投与量(mg/日) ● NRS:numerical rating scale ○ EQ-5D-5L:EuroQOL 5 dimensions 5-level 矢印:退薬症候(倦怠感,焦燥感,発汗)
本症例は,当初はがんそのものの痛みに対して処方され,がんの治癒後も漫然と継続,増量されていたオキシコドンが便秘,腸閉塞,腹痛,眠気の原因となったと考えられた.本症例のような慢性がん治療後疼痛を含めた非がん性慢性疼痛に対し,日本ペインクリニック学会の『非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン』1)では,オピオイド鎮痛薬は慎重な適応の上で,経口モルヒネ換算で90 mg/日まで,最長で6カ月までの投薬を推奨している.本症例では腹痛の原因が,子宮頚がん,放射線腸炎,開腹手術,腸閉塞,便秘と変遷したため,オピオイド鎮痛薬が不適切に長期に使用されたと考えられる.
本邦で非がん性慢性疼痛に使用可能な強オピオイド鎮痛薬は,モルヒネ速放錠,モルヒネ速放散,フェンタニル貼付剤の一部(デュロテップ®MTパッチ,ワンデュロ®パッチ,フェントス®テープ),オキシコドン徐放錠の一部(オキシコンチン®TR錠)である.製剤の選択には乱用の危険性が低い貼付剤などの徐放性製剤が推奨されている1).本症例でも徐放性製剤のオキシコドン徐放錠の継続やフェンタニル貼付剤を推奨したが,患者は高価なそれらの薬剤よりも,経済的負担が小さいモルヒネ速放剤を希望した.オピオイド鎮痛薬の薬価は,オキシコドン徐放錠80 mg/日が1598円/日,等価換算となるフェンタニル貼付剤1日製剤4 mgが1701円,モルヒネ速放錠120 mg/日が1536円/日,モルヒネ散120 mg/日が269円/日である.本症例では,徐放製剤から速放製剤に切り替えることでオピオイド鎮痛薬の依存の危険性が高まる懸念があったものの,アルコール多飲,オピオイド以外の薬物等への物質依存,精神疾患の既往などの患者側のオピオイド鎮痛薬の乱用の危険因子がないことから,定時投与以外の使用を禁じた上でオキシコドン徐放錠をモルヒネ散に切り替えた.その結果,患者に乱用の徴候はなく,経済的負担が軽減され,同時に投与量の微細な調整が可能であった.
オピオイド鎮痛薬の中止や減量のためには,本邦1)でも海外3–5)でも,慢性疼痛の治療に準じて代替鎮痛手段や,心理社会的支援を考慮することが推奨されているが,オピオイド鎮痛薬の減量に有効な補助的手段について明確な指針はない.とくに本邦では,オピオイド鎮痛薬の離脱の補助手段や社会的資源が乏しい.本症例ではオピオイド鎮痛薬の減量により有害事象を軽減してQOLを改善し,医療費負担を削減したいという患者の強い意欲が,オピオイド鎮痛薬を減量するための唯一の原動力となった.心理療法や精神科医の介入などのほかの補助的手段は患者の心理社会的な問題が少なく,患者も希望しなかったため行わなかった.
本症例のオピオイド鎮痛薬の減量は,徐放製剤から速放製剤への切り替えのため安定した血中濃度が保てない可能性を考慮し,一旦オキシコドンとモルヒネを等価換算で切り替えた後に行った.オピオイド鎮痛薬は,退薬症候を防ぐために本邦1)では2~4週間ごと,海外3–5)では10%/週もしくは10%/月を目安に減量することが推奨されている.本症例では1回の減量に3カ月以上かけて約10%ずつ減量し,腹痛とQOLが著明に改善したが,減量の過程で退薬症候が生じた.オピオイド鎮痛薬の退薬症候はオピオイド鎮痛薬の減量や中止後におこる気分不快,嘔気嘔吐,筋肉痛,流涙,瞳孔散大,発汗,下痢,あくび,発熱,不眠などである6,7).本症例ではオピオイド鎮痛薬の減量に伴って倦怠感,焦燥感,発汗が出現し,その症状がオピオイド鎮痛薬の投与で改善することから退薬症候と診断した.鑑別診断として,精神依存は患者が一貫してオピオイド鎮痛薬の減量を希望していることから否定的で,甲状腺機能低下症の増悪は甲状腺ホルモン値が正常であることから否定的だった.制吐薬など焦燥感を生じうる薬剤の併用もなかった.
本症例はオピオイド鎮痛薬の中止を目指して減量したが,モルヒネ散を中止すると退薬症候が出現するため,現在も少量のオピオイド鎮痛薬を継続して使用している.海外ではオピオイド鎮痛薬の離脱のためにメサドンやブプレノルフィンが用いられることが多く,トラマドールも候補とされている3,6,7).メサドンは本邦では非がん性慢性疼痛に適応がないため,ブプレノルフィンやトラマドールへの切り替えを患者に提案している.患者は薬価と離脱症状の懸念のためモルヒネ散の継続を希望しているが,今後も弱オピオイド鎮痛薬への切り替えを試みる予定である.慢性疼痛の治療において,本邦1)ではオピオイド鎮痛薬の中止を推奨しているが,近年の海外のガイドライン3)では,一律にオピオイド鎮痛薬を中止するのではなく,有益性が高い症例では代替鎮痛手段を考慮しながら継続する必要性が言及されている.本症例のようにオピオイド鎮痛薬の減量に対し身体が順応するまでの期間が長い症例では,専門医の注意深い観察のもとで長期に継続することは容認しうる選択肢の一つである.
不適切使用されていたオピオイド鎮痛薬を緩徐に減量したが,退薬症候により中止できない症例を経験した.慢性がん治療後疼痛において,オピオイド鎮痛薬の不適切使用は厳に慎むべきであるが,オピオイド鎮痛薬の身体依存が改善するまで長期間を要する場合には,専門医の注意深い観察のもとで,オピオイド鎮痛薬の長期的な継続が必要である.
本論文の要旨は,第29回日本緩和医療学会学術大会(2024年,神戸)で発表した.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
島田は研究の構想,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献した.五十嵐,稲見,黒崎,清水,丹波は研究データの収集・分析・解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.