2025 Volume 20 Issue 1 Pages 43-48
緒言:カルシフィラキシスは極めて強い疼痛を伴う難治性皮膚潰瘍を生じる疾患である.標準治療は確立されておらず,疼痛に対する治療法も明らかになっていない.今回,透析患者に発症し難治性疼痛を認めた近位型カルシフィラキシスの症例に対して腰部交感神経節ブロックを施行し,奏功を得た症例を経験したので報告する.症例:40歳,女性.慢性腎不全に対して人工透析導入7年後に発症.チオ硫酸ナトリウムの治療を継続したが,両側下肢,臀部に潰瘍が拡大し,オピオイド不応の強い疼痛を認めた.慎重に適応を検討したうえで腰部交感神経節ブロックを施行したところ,潰瘍病変の上皮化と疼痛の軽減が得られた.結論:カルシフィラキシスの症例に対する腰部交感神経節ブロックは,適応を慎重に検討する必要があるが,治療選択肢の一つとなりうると考える.
Introduction: Calciphylaxis is a rare disorder characterized by painful ischemic skin ulcers. There is currently no approved therapy and its pain management is often challenging. Case: A 40-year-old female was diagnosed with calciphylaxis seven years after starting hemodialysis. Despite the administration of sodium thiosulfate intravenous and intralesional combination therapy, the ulcers progressed on both lower limbs and buttocks. She suffered from terrible and opioid refractory pain due to ulcers. After careful consideration of the appropriateness, a lumbar sympathetic ganglion block (LSGB) was performed. Six months later, all the ulcers had re-epithelialized and she was relieved of pain. Conclusion: While the appropriateness of LSGB must be carefully evaluated, it could be a treatment option for patients with central-type calciphylaxis.
カルシフィラキシスは,極めて強い疼痛を伴う難治性皮膚潰瘍病変を生じる疾患である.リスク因子として透析を要する末期腎不全,高リン血症,高カルシウム血症,低アルブミン血症,ワルファリン投与を含むビタミンK欠乏状態,肥満,糖尿病などが挙げられている1–3).末期腎不全患者における発症率は0.01%4)~0.35%5,6)と非常に稀な病態であるが,体幹や大腿など広範囲に潰瘍が拡大する近位型の症例が多く,その1年以内の死亡率は45%~80%と極めて予後不良である1).標準治療は確立されておらず,疼痛は強オピオイドを含め各種鎮痛剤を用いてもコントロールが極めて困難である1,2,7).
今回,維持透析中に両下肢・臀部に潰瘍が生じ難治性疼痛を認めた近位型カルシフィラキシスの症例に対して,腰部交感神経節ブロック(lumbar sympathetic ganglion block: LSGB)を施行し,奏功を得た症例を経験したので報告する.
【症例】40歳,女性
【現病歴】2000年,全身性エリテマトーデスと診断.腎生検にてループス腎炎と診断された.2016年,ループス腎炎による慢性腎不全に対して人工透析が導入された.2019年,抗リン脂質抗体症候群の合併が判明しワーファリン投与が開始された.2023年1月,右下腿に有痛性潰瘍が出現,6月に両下肢全体に潰瘍が拡大,電撃痛が出現した.7月,創部感染を合併し加療目的に入院.皮膚生検にてカルシフィラキシスと診断された.診断後より,皮膚科においてチオ硫酸ナトリウム点滴静注と局所注射の併用療法が,腎臓内科において電解質補正,ワーファリンからバイアスピリンへ投薬変更,感染症管理等の治療が行われたが,潰瘍は臀部まで拡大し,創部感染・敗血症を繰り返した.フェンタニルが無効の激痛を伴い,2023年9月に緩和ケアチーム介入開始となった.
【介入時の鎮痛薬処方】
トラマドール塩酸塩37.5 mg/アセトアミノフェン325 mg配合剤2錠分2,ペンタゾシン25 mg・0.5錠/回・1日2回まで
【介入時の疼痛】
両下肢全体および臀部の針で刺されるような痛み.安静時:numeric rating scale(NRS)7/10.皮膚処置・透析時:NRS 10/10以上.
【緩和ケアチーム介入後の経過(図1)】
トラマドール/アセトアミノフェン配合錠,ペンタゾシンを中止し,トラマドール100 mg/日,アセトアミノフェン2400 mg/日へ変更,その後,トラマドールをブプレノルフィン0.4 mg/日へ変更した.神経障害性疼痛の併存を考慮してプレガバリン50 mg/日,虚血による電撃痛への効果を期待してリドカイン注50 mg/日を投与した8).処置・透析前の不安に対してアルプラゾラム0.4 mg/日を使用し,就寝中の下肢の攣りが出現した際にクロチアゼパム0.5 mg/日を一時併用した.安静時の痛みは若干軽減したが,虚血の関連を疑う透析時の激痛が改善せず,透析継続が困難となることが懸念された.
ケタミンの持続投与や透析時の鎮静について検討したが,全身状態を考慮して保留し,インターベンショナル治療の適応についてペインクリニック部へコンサルトした.末梢神経ブロックおよび脊髄電極刺激療法は,感染合併と広範囲の病変があるため適応外であり,LSGBが提案された.ただし,以下のリスクが指摘された.①血管の柔軟性が乏しく,過度な血管拡張が生じれば低血圧を惹起する可能性がある,②左右別々の日の施術となり,透析日の調整とバイアスピリンの休薬を要する,③片側のみブロックに成功した場合,不成功の側の虚血が重篤化するリスクがあり,再度ブロックを試みるしかないが,疼痛・全身状態によっては施術の可否は不確実である.
上記をうけて,LSGB施行の是非,治療・ケアの情報共有を目的に,腎臓内科医,血液浄化部,皮膚科医,緩和ケアチーム,ペインクリニック部,病棟看護師による多職種カンファレンスを開催した.複数のリスクを伴う施術であるが,治療継続にもかかわらず患者の苦痛が増し,透析継続が危ぶまれる状況であり,十分な説明の上でLSGBの施行は妥当と判断された.透析の日程調整およびバイアスピリンの休薬,施術日の鎮痛薬使用等の情報共有を行った.
患者・ご家族へリスクを含めて説明を行った結果,患者は施行を希望した.
ペインクリニック部において3D computerized tomographyを用いた入念な計画が行われた後,2023年10月,左LSGBが施行された.右側臥位,傍椎体アプローチにてL2, 3, 4の3カ所から穿刺.L2, 3の穿刺では出血をみとめ造影を行わなかった.L4の穿刺で造影剤5 mlが左右両側の神経幹コンパートメントに広がることが確認できたため(図2),無水アルコール5 mlを緩徐に投与した.施術中,血圧の大きな変動を認めなかった.
翌日,両下肢の明らかな皮膚温上昇を確認し,1回の施術で両側の交感神経節がブロックされていると判断したため,右LSGBは中止した.両下肢の皮膚温上昇は,この後退院まで維持された.
LSGB施行直後から安静時NRS 3/10,透析時6/10に疼痛が軽減した.2023年11月,近位部から徐々に潰瘍の上皮化が認められ,ADL改善目的にリハビリテーションを開始した.2024年1月,安静時痛NRS 1/10,体動時・透析時痛がNRS 2/10に低下し,ブプレノルフィン注,プレガバリンの定時投与は終了した.潰瘍の上皮化が進み(図3),同年5月,すべての潰瘍病変の上皮化を確認,自宅退院した.
カルシフィラキシスは,真皮,皮下脂肪に分布する微小血管が閉塞することが病因1,2)であることから,虚血は真皮・皮下脂肪から生じ,表皮側に拡大,潰瘍形成をする経過をたどる.真皮・皮下の虚血によって皮膚の感覚受容器である自由終末および末梢神経線維および周辺組織が損傷を受け,神経障害性疼痛および侵害受容性疼痛の混在した強い疼痛が発症初期から生じると考えられる.虚血によって皮膚の組織損傷が異時多発的に生じるため,急性期の組織損傷による疼痛の繰り返しとともに,持続する侵害刺激によって,炎症物質による末梢性感作,脊髄後角における中枢性感作,下行痛覚修飾系の機能低下,グリア細胞による痛み刺激の増強など,複数の疼痛の修飾機構が併存すると考えられる9,10).透析時には,循環血液量低下による虚血の増悪によって炎症の増悪,血管攣縮,筋攣縮などを誘発し激痛を生じていたと推察される.
また,神経損傷,組織損傷・炎症が存在する状況下では,ノルアドレナリンによる侵害受容体の閾値低下,αアドレナリン受容体の感受性亢進による求心性神経の興奮の誘発,損傷した末梢神経線維および後根神経節細胞体への交感神経線維からの発芽など,直接・間接的に交感神経の興奮が求心性感覚神経の興奮を誘発し,疼痛の持続および増強に関与することが報告されており11,12),本症例においても交感神経系が関連した疼痛の修飾が生じていたと推察する.
LSGBは,下肢を支配する交感神経を遮断し,下肢の血行改善と交感神経系求心路が関連する疼痛を緩和する目的に施行される神経ブロックで,末梢血管障害を伴う疾患や複合性局所疼痛症候群などの交感神経の関与する痛みが適応となる13).本症例でLSGB後,早期に得られた疼痛の軽減は,安静時については前述した交感神経系による感覚神経の興奮誘発の経路が遮断されたことが,透析時はこれに加え虚血の改善が大きく寄与していると推察される.
また,LSGB後に潰瘍病変の上皮化が順調に進んだことは本症例において感染の鎮静化・救命という点において重要であった.チオ硫酸ナトリウムは,血管拡張作用,抗酸化作用,血管内皮細胞機能回復効果など複数のメカニズムで血管の石灰化を改善させ,カルシフィラキシスの潰瘍病変の上皮化が期待される治療薬として用いられおり1,14–19),点滴静注療法15,16),局所注療法17,18),点滴静注と局所注射の併用療法19),それぞれで有効性が報告されている.本症例では点滴静注と局所注射の併用療法が採用され,確定診断後から継続されていたが,LSGB施行前までは一部の潰瘍が上皮化しても新たな潰瘍が出現して病変が拡大していた.カルシフィラキシスでは皮膚末梢の中小動脈に石灰化・閉塞があるが,より中枢側の動脈は血流の途絶がないことから,LSGBにより潰瘍辺縁部の血流改善を得て,チオ硫酸ナトリウムの創傷治癒効果を底上げする形となり広範囲の潰瘍病変すべての上皮化につながったと考えている.
LSGBの注意すべき合併症は,一般的には大腰筋内血腫や血管穿刺,腰神経損傷など手技にともなう事柄であるが13),腎不全患者のカルシフィラキシスにおいては,動脈硬化の進行に伴う循環動態に影響する可能性,抗凝固薬・抗血小板薬等の併用薬使用に伴うリスクもある.また,本症例のように感染の併発や病変が両側の下肢に及んでいる場合には施術に関わるリスクが大きくなり難易度も高い.本症例ではこれらの臨床的課題や倫理的課題について多職種で議論を重ね慎重に治療を計画・施行した結果,重大な合併症を生じることなくLSGBを施行することができ,鎮痛効果とともに,創傷治癒にも貢献した経過であった.
カルシフィラキシスの症例に対するLSGBの施行には留意すべき点があり,症例ごとに適応について慎重かつ十分な検討が必要であるが,血流改善による創傷治癒への貢献と,鎮痛効果による苦痛軽減の両面で,広範囲に潰瘍病変が拡大した症例に対する治療選択肢の一つとなりうると考えられる.
矢野真吾:第一三共株式会社
松本啓:アストラゼネカ株式会社,イーライリリー株式会社
その他:申告すべき利益相反なし
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