2025 Volume 20 Issue 3 Pages 149-155
緩和ケア病棟(PCU)での体温測定に非接触型体温計(NCITs)を用いて測定した体温が腋窩温の代用になりうるか検討した.当院PCUに入院した成人がん患者を対象とした.入院24時間経過後に電子体温計を用いて腋窩温を,NCITsを用いて前額部・側頭部・頸部で体温を測定した.腋窩温37.0°C以上を発熱ありとした.対象は60名,NCITsでの発熱のカットオフ値とAUCは前額部(36.8°C, 0.851),側頭部(36.8°C, 0.843),頸部(37.1°C, 0.809)であった.各部位の発熱群ではNCITsでの測定体温と腋窩温との差が大きく,誤差の範囲も広かった.PCUで体温を測定する場合,NCITsで代用可能と考えられたが,発熱時は分散が大きくなることに注意が必要である.
The accuracy and problems with the use of non-contact infrared thermometers (NCIT) for body temperature measurement in a palliative care unit (PCU) were evaluated. The study was conducted in adult cancer patients admitted to the PCU. Twenty-four hours after admission, the body temperature was measured in the axilla using a digital thermometer and in the forehead, temporal region, and neck using NCIT. An axillary temperature of 37.0°C or above was defined as a fever. Sixty patients were enrolled, and the cutoff value for a fever and AUC by the measurements using NCIT were 36.80°C and 0.851 in forehead group, 36.75°C and 0.843 in temporal group, and 37.1°C and 0.809 in neck group. At each site of measurement, the difference from the axillary temperature was smaller, and the range of limits of agreement was narrower, in the no-fever group than in the fever group. The forehead is considered to be the most appropriate site for body temperature measurement using NCIT in PCU. However, it was found that the temperature measured with NCIT shows a large variance in persons with fever.
末期がん患者の発熱は苦痛につながる終末期症状の一つでもあり,発熱の管理はQOLに影響する1,2).入院患者では,発熱を契機に流行性の感染症が判明することもあり,病院としての感染管理のためにも体温は重要な所見である.本来患者の体温管理や発熱の診断には中枢温(肺動脈や食道など)が最も正確ではあるが,それが使用できない一般患者では深部体温(直腸や口腔)が用いられるべきとされ,他の部位での測定は信頼性が低いとされている3,4).わが国では入院患者の体温は,測定の簡便性や安全性,快適性の点から,電子体温計(electronic thermometers: ETs)を用いて腋窩部の末梢体温(腋窩温)を測定していることがほとんどである.一方で近年COVID-19感染症流行に伴い,病院のみならず,さまざまな公的機関などで体温を測定する機会が増えたが,測定機器としては,簡便性などに加え,非接触での測定が可能という感染管理上の利点もあり,非接触型体温計(non-contact infrared thermometers: NCITs)が汎用されるようになっている.NCITsは皮膚赤外線量を測定し,舌下温度などに換算し体温として表示する機器であるが,安定した測定のために体表面との一定距離の保持が必要であり,また測定部位や外気の影響を受けやすいことが知られている5,6).NCITsを用いた体温測定の信頼性を検討した研究では,測定時に遵守する項目として,各機器推奨の測定距離,体表面との角度(垂直に測定),直射日光を避けた室内での測定が挙げられている7).これらを踏まえた上で,成人患者の体温測定におけるNCITsの有用性や発熱閾値を検討した臨床研究が報告されている5,6,8,9)が,研究対象はCOVID-19感染症流行中の外来初療室での患者や,一般病棟の入院患者など条件は様々で,得られた発熱閾値は36.8°C–37.4°Cと分散している5,6,9).誤差の許容範囲を調べた研究5)では,発熱時はNCITsと側頭動脈体温計の測定体温の一致度は低くなるという報告もあり,発熱時の結果の解釈に注意を要する.当科では主に緩和ケア病棟でがん患者の診療にあたっているが,体温測定にはETsを用いている.末期がん患者では,バイタルサインの測定自体が身体的負担につながり得ることもあり10),体温測定も患者の負担を考慮した測定方法を検討する必要がある.NCITsを用いることでその負担を軽減できる可能性が考えられるが,がん患者や緩和ケア病棟の入院患者を対象とした研究はない.そこで今回われわれは緩和ケア病棟に入院しているがん患者の体温測定において,NCITsを用いる場合の発熱閾値や妥当性を調べ,ETsに対しての代替性を検討した.
本研究は二つの医療機器で測定される体温値を比較した前向き研究である.九州病院倫理委員会にて承認(申請番号:983)を受け,UMIN臨床試験登録システム(UMIN-CTR)に登録(登録番号:R000062632)の上,実施した.
対象2024年7月から2025年1月に当院緩和ケア病棟に入院した18歳以上のがん患者を対象とした.頭頸部悪性腫瘍患者,測定困難患者,頭頸部のクーリング施行患者は除外した.
評価方法代替性を検討するために先行研究5,6,9)を参考に,以下の評価項目を設定した.主要評価項目は,ETsを使用して測定された腋窩温で判断される「発熱あり」という標準的な判断に対し,NCITsで測定する体温での「発熱あり」の閾値を検討し,「発熱あり」を正しく評価できるかを明らかにすることである.副次的評価項目として,ETsとNCITsで測定する体温の一致性を評価し,妥当性を検討する.
測定項目患者背景として,性別,年齢,原発部位,入院日数,転帰,予後予測スコア(prognosis in palliative care study predictor models A, B11): PiPS-A,B),体温測定時の使用薬物を抽出した.体温はETsを使用して測定された腋窩温(腋窩部ETs)と,前額部,側頭部(こめかみ),頸部でNCITsを使用して測定された体温(前額部NCITs,側頭部NCITs,頸部NCITs)を記録した.
測定方法ETsはテルモ電子体温計C207(医療機器認証番号302AABZX00003;テルモ株式会社,東京)を,NCITsはベビースマイルPitプラスS-708(医療機器認証番号229ALBZX00020A01;シースター株式会社,東京)を用いた.
入院24時間経過後で室外移動後や入浴後を避けた安静時に測定した.事前にNCITsの取り扱いの説明を受けた看護師が測定を行った.ETsを用いて両側の腋窩温を測定し,同時にNCITsを用いて前額部,側頭部(こめかみ),頸部それぞれ両側で体温を測定した.入院中1患者1回のみの測定とした.NCITsは各測定部位の皮膚を表出したうえで,皮膚から3 cmの距離で測定した.各部位の左右両側で測定された体温値の平均を,各部位の測定値とした.
定義発熱の定義は腋窩温で37.0°C以上を発熱ありとした12).
統計解析とサンプルサイズ 統計解析データの表記は中央値±四分位数で記載した.主要評価項目解析のためにROC曲線を作成した.Youden index(感度+特異度-1)を算出し,indexが最大値になる体温値を発熱診断のためのカットオフ値とした.また予測能を評価するためにROC曲線下面積(AUC)を算出した.一般的にAUCが1.0に近いほど予測能が高いことを示す(0.5–0.7; low accuracy, 0.7–0.9; moderate accuracy, 0.9–1.0; high accuracy)5).副次評価項目解析のために,まずシャピロ・ウィルク検定を用いて各データの非正規分布を確認したうえで,ブランド–アルトマン分析を用いて,両測定方法で得られる体温値の差(バイアス)の平均値と,その平均値に差の標準偏差の1.96倍を足した値として算出される,誤差の許容範囲(limits of agreement: LOA)を算出・プロットし,両者の差を数値的かつ視覚的に分析した.バイアスとLOAについてはETsと各NCITs間の比較それぞれの全症例での算出に加え,平熱群(≦36.9°C)と発熱群(≧37.0°C)に分けて算出した.
サンプルサイズ主要評価項目解析のためのROC曲線分析に必要なサンプルサイズを設定した.がん患者の感染症有病率は20%~65%,発熱の頻度は70%と報告されており13),患者対象比を5と設定,また有意水準5%,検出力90%,ROC曲線の予想されるAUCを0.8と設定(先行研究では0.7–0.95,6,9))すると,発熱患者10例,非発熱患者42例必要と算出された.その上で除外症例や脱落症例も想定し必要症例を60例と設定した.P値=0.05を有意水準とした.統計解析とサンプルサイズ計算はModified R Commander 2.7-2を使用した.
倫理的配慮入院当日に患者および家族に当臨床研究への参加について書面での同意を取得した.「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守し,得られた個人情報は個人が特定されないように匿名化した.
研究期間中の入院患者は89名であり,解析対象患者は60名であった(図1).患者背景は表1に示す.発熱の有無をNCITsで判定するためのROC曲線を図2に示す.発熱ありと診断するためのカットオフ値(感度・特異度)は前額部NCITs,側頭部NCITs,頸部NCITsそれぞれ36.8°C(0.696・0.892),36.8°C(0.652・0.892),37.1°C(0.783・0.838)であった.予測能評価としてAUCは 前額部NCITs,側頭部NCITs,頸部NCITsそれぞれ0.851,0.843,0.809であった.ブランド–アルトマン分析結果を図3に示す.腋窩部ETsと各NCITs体温値のバイアスは前額部NCITsで最も小さく+0.12°Cであったが,LOAは−0.61°Cから0.84°Cの範囲であった.先行研究5)同様に,発熱の有無に分けて分析した結果,平熱群(≦36.9°C)は37例,発熱群(≧37.0°C)は23例であった.前額部NCITsの平熱群ではバイアス±0°C,LOAは−0.37°Cから+0.37°Cであったが,発熱群ではバイアス+0.30°C,LOAは−0.51°Cから+1.11°Cと,平熱群と比べ,バイアスが大きく,不一致の範囲が広い結果となった.側頭部NCITsでは平熱群ではバイアス0.09°C,LOAは−0.43°Cから+0.61°C,発熱群ではバイアス+0.30°C,LOAは−0.43°Cから+1.03°Cであり,頸部NCITsでは平熱群ではバイアス−0.28°C,LOAは−0.87°Cから+0.31°C,発熱群ではバイアス−0.19°C,LOAは−0.92°Cから+0.53°Cと,両部位ともに平熱群も発熱群と同様に分散が大きかった.
年齢(歳) | 76 (69–83) | ||
男性/女性(人) | 31/29 | ||
入院期間(日) | 18 (8–41) | ||
転帰(人) | 死亡退院 | 44 (73.3%) | |
軽快退院 | 12 (20.0%) | ||
入院継続 | 4 (6.7%) | ||
原発部位(人) | 食道・胃 | 9 (15.0%) | |
大腸・直腸 | 11 (18.3%) | ||
肺 | 6 (10.0%) | ||
乳腺 | 5 (8.3%) | ||
膵臓 | 9 (15.0%) | ||
腎臓・膀胱・前立腺 | 8 (13.3%) | ||
子宮・卵巣 | 4 (6.7%) | ||
その他 | 8 (13.3%) | ||
予後予測(%) | PiPS-A | 14days | 60.1 (34.8–79.3) |
56days | 13.9 (6.2–25.2) | ||
PiPS-B | 14days | 63.0 (32.1–87.2) | |
56days | 21.5 (9.0–43.6) | ||
使用薬剤(人) | NSAIDs | 14 (23.3%) | |
アセトアミノフェン | 21 (35.0%) | ||
抗菌薬 | 13 (21.7%) | ||
ステロイド | 15 (25.0%) | ||
オピオイド | 36 (60.0%) |
発熱の定義は腋窩温で37.0°C以上を発熱ありとした12). 赤実線:前額部,緑点線:側頭部,青点線:頸部
両測定方法で得られる体温値の差の平均値に差の標準偏差の1.96倍を足した値として算出される,誤差の許容範囲(LOA: limits of agreement)を示す.つまり95%の平均値がLOA内に入っていることを示し,測定誤差として想定される数値の幅を算出している. X軸:腋窩温と各NCITs測定体温 二つの測定値の平均,Y軸:腋窩温と各NCITs測定体温 二つの測定値の差,赤線:全症例のLOA上限値と下限値,青線:全症例の二つの測定値の差の平均値
本研究は,緩和ケア病棟に入院している成人のがん患者の体温測定に,ETsに代わりNCITsを用いることの代替性を検討した研究である.そもそも腋窩温自体は「発熱あり」を検出するための感度は40%程度,特異度は90%以上とされる3)が,深部体温との誤差が大きいため正確な体温測定のためには推奨されていない3,4).一方で緩和ケア病棟の入院患者の体温測定の目的は正確な体温測定ではなく,苦痛の対象となる発熱があるかどうかの評価であるため,簡便性や快適性の高いNCITsで代用できることを示すことができれば臨床上意義があると考えられた.そこでNCITsの発熱閾値を明らかにしつつ予測能を評価するとともに,測定結果の解釈の注意点を示した.
最も重要な結果としては,入院患者の体温測定の場合,NCITsで測定する体温は,ETsで測定する腋窩温の代用となり得る,ということである.NCITsの臨床への利用は,外来での発熱スクリーニング6,8)以外に,安静が得られにくい小児患者での検討が報告されている14,15).成人の患者を対象とした先行研究は外来患者を対象とした発熱スクリーニングが目的とされていることが多い5,6,9).成人の入院患者を対象としたものとしては,手術後の患者を対象とした研究があり,術後病棟での体温測定において,前額部でNCITsを用いて測定する体温は鼓膜温と同等であったとされる16).NCITsは外気や周囲温度の影響を受けやすく,測定前の一定時間は患者と機器が同一環境にあることが求められるため,屋外での測定や院外から来院した直後の測定では信頼性は低いと考えられる.よって本研究のように,空調が管理され室温の安定した病室であれば,NCITsで測定する体温はETsで測定する体温と同等の結果が得られやすいことが考えられた.実際に予測能評価のため算出したROC曲線でのAUCは前額部で0.85であり,腋窩温での「発熱あり」という判断に対し,高い予測能を示した.測定部位別に結果を比較すると,NCITsでの発熱診断のためのカットオフ値は,各部位で37.0°C±0.1°C~0.2°Cとなり腋窩温と近似しているため解釈が容易である.ただし頸部での測定体温については,予測能の評価としてのROC曲線のAUCは他部位より低値で,副次評価項目の検定でも発熱の有無に関係なく分散が大きい結果であった.LOAについても頸部では,発熱の有無にかかわらず最大で−1°C弱の誤差を認めた.頸部での測定で分散や誤差が大きい要因としては,入院患者では頸部が寝具や衣類により覆われやすいことが一因と考えられた.よって入院患者にNCITsを用いる場合は環境に加え,測定部位の露出状況も考慮が必要であると考えられた.
先行研究では体温測定にNCITsを用いた場合,発熱群では平熱群と比べ,分散が大きくなるという結果が得られている5).本研究でも,副次評価としてブランド–アルトマン分析を行い,平熱群と発熱群で分散に違いがみられた.前額部測定での平熱群では腋窩温との差は±0°Cであり,誤差も最大で0.37°Cと体温管理上は許容される範囲と考えられた(先行研究3)では臨床的に許容できる誤差範囲は±0.5℃と設定).一方,発熱群では差が+0.3°Cで誤差は最大で1.11°Cとなり,体温管理上は妥当ではないと考えられた.発熱の初期段階では,まず脳内の体温のセットポイントが上昇し,発熱物質が発生する.それに応じて末梢血管の収縮が起きることで体温の保持,上昇が始まるため17),発熱初期では末梢温と中枢温の差が生じるが,中枢温がセットポイントまで上昇得られると,次第に末梢血管も拡張し,末梢温と中枢温の差が小さくなる.そのため,発熱の時期によっては,NCITsでの測定体温と中枢温とのばらつきが大きくなることが考えられた.よってNCITsで平熱でないことが判明し,正確な体温評価を要する場合は別機器での再測定が必要と考えられる.本来腋窩温も体温管理では推奨されていないため3,4),口腔温や鼓膜温,直腸温などでの再測定が求められる.
NCITsを使用することで得られる利点は多い.COVID-19感染症の流行で使用が広まったように,体に接触することなく測定できるため,感染管理上有用である.測定時間も1秒前後で完了するため業務面での利点にもなる.また測定に際して体位の調整も不要なため患者の苦痛が少なく快適性が高いという研究結果もある8).疼痛を抱えていることが多い末期がん患者では体温を含めたバイタルサインの測定自体の身体的負担も考慮すべき10)とされるため,緩和ケア病棟でのNCITsの使用はとくに有用である可能性が示唆された.
本研究での限界もいくつか考えられた.まず本研究で用いたNCITsでの測定体温と実際の中枢温との一致度までは評価できていない.本研究の目的は従来入院患者の体温測定に使用しているETsの代用としてNCITsの代替性を検討することであったため,今回比較対象として腋窩温を用いた.本来腋窩温は中枢温との誤差が大きいことが知られているため,NCITsでの測定体温が,正確な体温管理に有用かどうかは不明である.二点目に本研究の対象は末期がん患者であり,環境も全患者個室で閉鎖環境であるという特殊性がある.がん患者以外の患者や,複数名が療養する病室,常に開放されている病室では結果に影響する可能性があるため,適応を広げる場合は,これらの患者を対象とした追加研究が必要と考える.
がん患者が入院する緩和ケア病棟での体温測定にETsに代わりNCITsを用いることの代替性を検討した.NCITsで測定する体温は,ETsで測定する腋窩温の代用となりうるが,発熱を認めた場合は測定体温として正確でない可能性があることに注意が必要である.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
吉村は研究の構想,データ収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献した.小林と和田はデータ収集・分析,原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.山口は研究の構想,原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.全著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.