2018 Volume 34 Issue 1 Pages 36-41
くも膜嚢胞は頭蓋内に生じる良性の占拠性病変で,くも膜で被膜された髄液を内包し,くも膜下腔とは交通をもたない1).一般的には無症候性だが,小児人口の2.6%がくも膜嚢胞を有すると報告されている2).中頭蓋窩くも膜嚢胞は稀に内部への出血を起こすことや,慢性硬膜下血腫の危険因子となることが広く知られている3–5).Parschら5)は小児の慢性硬膜下血腫症例をまとめ,2.4%にくも膜嚢胞の関与を認めたと報告している.
今回私たちは,慢性硬膜下血腫を合併した嚢胞の男子例を経験した.大脳半球間裂嚢胞が破綻し硬膜下水腫となり,さらに硬膜下血腫へと進展する経時的な変化を頭部MRI検査で追跡し得たので報告する.
症例:16歳男子
主訴:頭痛,嘔吐
家族歴:特記すべき事項なし
既往歴:14歳時に右側頭部に焦点を有する焦点性てんかんと診断され内服加療を行っている.その際,頭部MRI検査で大脳半球裂右側に非交通性の嚢胞(Fig. 1a–f)を指摘された.主治医からサッカー部でのヘディングを控えるように指導されていた.
X − 1年 3月 頭部MRI
(a:T1強調画像 横断像 b:T2強調画像 横断像 c:FLAIR画像 横断像 d–f:T2強調画像 冠状断像)
a–c:大脳半球間裂右側に境界明瞭な三角錐状の嚢胞性腫瘤を認めた.内容液はT1強調画像で低信号,T2強調画像で著明な高信号,FLAIR画像で低信号であり,くも膜嚢胞と診断した.
d–f:脳室との交通はなく,非交通性の嚢胞と判断した.
現病歴:X年9月中旬から労作時に軽度の前頭部痛を認め,症状が遷延するために頭部MRI検査を施行された.嚢胞から右円蓋部にかけて,硬膜下の貯留液は脳脊髄液と同等の信号を呈しており,硬膜下水腫を認めた(Fig. 2).嚢胞は14歳時と比較して縮小していたことと合わせて,嚢胞の破裂による水腫の合併と考えられた.症状が軽度であったために自然消退を期待し,ヘディングは引き続き控えるように指導し,その他の生活制限なしで経過観察していた.同年12月に経過観察の頭部MRI検査を行ったところ,硬膜下腔の液体貯留は増大し,T1強調像で脳脊髄液よりやや高信号(Fig. 3a),FLAIR画像で高信号を呈していることから(Fig. 3c),硬膜下水腫に出血を合併したための信号変化と考えられたが,やはり症状に変化がないため,治療は行わなかった.しかし,翌年の1月の夜間に前頭部の激しい痛みと嘔吐を訴えて救急外来を受診した.頭部MRI(所見は後述)で右硬膜下血腫と診断され緊急入院した.
X年 10月 頭部MRI 横断像
(a:T1強調画像 b:T2強調画像 c:FLAIR画像)
右円蓋部の硬膜下腔に三日月状の液体貯留が見られた.T1強調画像で低信号,T2強調画像で高信号,FLAIR画像で低信号を呈しており,硬膜下水腫と診断した.一方,大脳半球間裂右側の嚢胞は縮小しており,両者は連続していたので嚢胞の破裂が原因と考えた.
X年 12月 頭部MRI 横断像
(a:T1強調画像 b:T2強調画像 c:FLAIR画像)
Fig. 2と比較し,硬膜下腔の液体は増加している.また内容液の信号強度もFLAIR画像で高信号化しており出血性変化と判断した.なお嚢胞が見られた部位(矢印)も同様の信号パターンを呈していることから両者に交通性があると考えた.
入院時現症:体重68.5 kg,身長170.3 cm,体温36.3°C,血圧106/60 mmHg,心拍数76回/分,SpO2 99%(室内気下),Glasgow Coma Scale 15(E4V5M6),歩行可能,四肢に麻痺なし,中枢神経所見に異常なし,外傷痕なし
入院時血液検査:血算,一般生化学検査,凝固機能検査に異常なし
入院時頭部MRI検査:右円蓋部の硬膜下腔にみられた液体貯留部は1か月前の画像と比較して明らかに増大し,脳実質が圧排されていた.T1強調画像,T2強調画像,FLAIR画像すべてで高信号域と低信号域の混在する不均一な信号パターンを呈しており,新旧の出血が混在した慢性硬膜下血腫の増悪と判断した(Fig. 4).大脳半球間裂右側の嚢胞は,その大きさや信号に変化はなかった.
X + 1年 1月 頭部MRI 横断像
(a:T1強調画像 b:T2強調画像 c:FLAIR画像)
硬膜下腔の液体貯留部はさらに増大し,脳実質は圧排されていた.T1・T2強調画像やFLAIR画像で内容液の信号は不均一となっており,慢性硬膜下血腫の像であった.
慢性硬膜下血腫による脳実質の圧排所見と頭痛,嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状を認めることから,緊急手術が必要と判断し,穿頭血腫ドレナージ術を施行した.血腫外膜を切開すると噴出する暗赤色の血腫を認め,血腫除去後にドレーンを留置した.術後の頭部CT検査で嚢胞と血腫の縮小を確認し,第2病日にドレーンを抜去,第6病日に退院とした.患児に対してコンタクトスポーツは避けるよう再度指導した結果,本人の意思でサッカー部を退部した.術後半年後の頭部MRI検査において,嚢胞の増大や血腫の再発は認めなかった(Fig. 5).今後も定期的な頭部MRI検査を行い,経過観察する予定である.
X + 1年 7月 頭部MRI 横断像
(a:T1強調画像 b:T2強調画像 c:FLAIR画像)
術後,硬膜下血腫の再発を示唆する所見は見られなかった.大脳半球間裂右側の嚢胞も縮小したままで,内部の信号パターンも脳脊髄液とほぼ同様であった.
小児のくも膜嚢胞は頭部外傷や熱性けいれんなどを契機に偶然発見されることが多い.頭蓋内嚢胞の頻度は明らかではないが,くも膜嚢胞の頻度は全年齢で頭蓋内占拠性病変の1%,小児頭蓋内占拠性病変の3%と報告されている2).また,くも膜嚢胞は出血性合併症(硬膜下血腫,嚢胞内出血)の危険因子であることが良く知られており,慢性硬膜下血腫の2%程度にくも膜嚢胞を認めたとの報告5–7)がある.その原因は,軽微な頭部外傷による,嚢胞壁上の架橋静脈や軟膜の脆弱な血管に起こる損傷と考えられている4,5).中頭蓋窩あるいは円蓋部のくも膜嚢胞には硬膜下血腫の合併が多いとされる3)が,本症例のように小児の大脳半球間裂のくも膜嚢胞に硬膜下血腫が合併した報告は見当たらなかった.その理由として,小児くも膜嚢胞の局在に関して中頭蓋窩が半数近く占めるのに対し,半球間裂部では1%と頻度が少ない2)ことも影響していると考える.また,頭蓋窩に比べ,半球間裂部はヘディングによる影響を受けやすい場所だったかもしれない.平元ら6)によれば,1990年からの10年間に手術を施行した慢性硬膜下血腫症例91例をまとめ,30歳以下の2例中2例に中頭蓋窩くも膜嚢胞を合併しており,また,並木らの報告8)では,中頭蓋窩くも膜嚢胞と慢性硬膜下血腫を合併した31例中26例が30歳未満であり,若年者の慢性硬膜下血腫において,くも膜嚢胞が大きなリスクファクターであると考える.
本症例では,経時的に撮像したMRI所見より嚢胞の破裂前から硬膜下水腫,さらに硬膜下血腫へと至る経時変化を追跡することができた.14歳時に偶発的に発見された嚢胞は7か月後は大きな変化はなかった.しかしその約1年後の嚢胞の破裂によると思われる硬膜下水腫の合併,2か月後に無症候性の出血を合併した.さらに1か月後に症候性の慢性硬膜下血腫となった.水腫が血腫へ移行した機序について,Lusinsら9)や佐藤ら10)は硬膜下水腫の存在による架橋静脈の伸展に伴った破綻が原因であると推察しており,本症例も同様に硬膜下水腫による架橋静脈の伸展が硬膜下水腫から血腫を生じた原因と考えた.高橋ら11)によると,頭部外傷後のCT検査上,硬膜下水腫様所見を呈した26例中15例が慢性硬膜下血腫への移行を認めたと報告しており,水腫の合併は血腫へ進展する危険信号である.よって,水腫の合併に出血を認めた時点でコンタクトスポーツはやめるなど,十分な注意を払う必要がある.
硬膜下血腫を合併したくも膜嚢胞に対する確立された治療方法はない.これまでは再発のリスクを考慮し,嚢胞開放術や嚢胞腹腔シャント術など,嚢胞に対する外科治療が推奨されてきたが3,8),血腫除去だけで嚢胞が縮小する症例があるため,嚢胞には手を加える必要はないとする報告が増えている5,12).本症例でも血腫除去により嚢胞が明らかに縮小していたため,嚢胞に対する処置は行わなかった.
近年,スポーツ外傷によるくも膜嚢胞の出血合併が注目されている.原因スポーツはサッカーが最も多く,ほとんどが意識障害を伴わない軽微な外傷を契機に発症している13).無症候性くも膜嚢胞の児童については,一般的に学校の体育は参加して構わないが,頭部への頻回の衝撃や転倒による回転加速損傷を伴いやすいコンタクトスポーツ(特にボクシング,空手,柔道,相撲,ラグビー,アメリカンフットボール,アイスホッケーなど)は避けたほうがよい14,15).患児は中学からサッカー部に所属しておりヘディングは控えるように指導されていたが,実際は週6~7回の練習や試合の中で特に制限することなく活動していた.ヘディング等の低エネルギー外傷が加わっていたことが,本症例の経過に関与していた可能性がある.しかし,くも膜嚢胞を有する児童のスポーツ制限に関する指針はなく,本人や家族と主治医が相談して決定しているのが現状である16).くも膜嚢胞を有する患児がスポーツに興じるのであれば,スポーツ現場で起こる頭部外傷にどのように対応すればよいかについて書かれた「頭部外傷の10か条の提言」14)を伝え,家族や教員,指導者にも周知徹底することが重要である.
大脳半球間裂嚢胞に硬膜下血腫を合併し,緊急で穿頭ドレナージを要した男児例を報告した.硬膜下血腫合併前から硬膜下水腫,硬膜下血腫へと移行する途中経過を画像で追跡でき,その発生機序について考察した.くも膜嚢胞を指摘されている児では本症例のように症候性硬膜下血腫を合併することがあるため,その危険性について説明する必要がある.
本論文の要旨は,第627回日本小児科学会東京都地方会講話会(2016年4月23日,東京)で発表した.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.