2019 Volume 35 Issue 1 Pages 32-36
特に乳幼児を中心として,小児における異物誤飲は日常的にしばしば遭遇する事象である.異物の多くは自然排泄され,磁石も単体である場合には例外でない.しかしながら複数個誤飲した場合には,腸管壁を介在して磁石同士が接着し,圧挫された腸管の穿孔や内瘻化,腸閉塞などの合併症を生じる可能性があるため,その危険性を認識し十分に緊急摘出の適応を検討することが重要である.
今回我々は,特殊な接着様式から,単純写真上非典型的な所見を呈した複数個磁石誤飲の症例を経験したので報告する.
症例:1歳3か月男児.
主訴:不機嫌啼泣.
家族歴・既往歴:特記事項なし.
現病歴:受診日当日夕ごろ,冷蔵庫壁面に紙面を留めるのに用いていたボード用磁石が紛失していることに家族が気付いた.自宅リビングにて,患児が磁石2個を口に入れているところを6歳同胞が目撃していたことから誤飲が疑われたが,咳き込みや呼吸苦,疼痛,嘔吐,嚥下困難などの症状を認めなかったため,様子をみていた.夜間就寝中に激しく啼泣しため,磁石誤飲による腹痛を疑い,当院救急外来を受診した.
入院時理学所見:身長76 cm,体重10 kg,血圧95/63 mmHg,脈拍128回/分,呼吸数28回/分,体温36.7°C.意識清明.腹部は平坦・軟で膨満や圧痛,腹膜刺激兆候を認めなかった.
血液検査所見:白血球数9,330/μl,血色素量11.9 g/dl,血小板数36.9 × 104/μl,AST 53 IU/l,ALT 25 IU/l,BUN 8.6 mg/dl,Cre 0.23 mg/dl,CRP 0.92 mg/dl.
腹部単純写真(Fig. 1):右上腹部に2個の磁石が4 mm程度の間隔を空けて平行した状態で存在していた.小腸ガスが少量散在し,右側結腸ガスを認めた.腸管拡張像,腹腔内遊離ガス像は認めなかった.
腹部単純写真
a,b:誤飲約9時間後 臥位正面および側面
右上腹部に2個の磁石が4 mm程度の間隔を空けて平行した状態で存在している.
c:誤飲約15時間後 臥位正面
磁石の位置・磁石の間隔は救急外来受診時のもの(a, b)と大きく変わらない.
d,e:誤飲約21時間後 臥位正面および側面
磁石の間隔は保たれたまま,位置は左上腹部へ大きく移動している.
入院後経過:児が磁石を口に含んでいた目撃時刻を誤飲時刻と推定し,誤飲約9時間後に撮像された受診時単純写真(Fig. 1a, b)では,磁石同士の間に4 mm程度の間隔を有する点で接着像としては非典型的であった.磁石が腸管壁を介在して接着している可能性が否定は出来なかったものの,全身状態が安定し腹部所見も異常を認めなかったため,絶飲食の上で経過観察した.腹部超音波検査を実施したが,啼泣体動が激しく十分な評価は不可能だった.入院6時間後(誤飲から約15時間後)に再度撮影した腹部単純写真(Fig. 1c)で,磁石が同様の並びのままであることが確認されたが,腸管内の移動は明らかでなく,準緊急での摘出の準備を進めた.さらに6時間後(入院12時間後,誤飲から約21時間後)に腹部単純写真を再検したところ,それまでと磁石位置が大きく異なり(Fig. 1d, e),腸管内を移動している可能性が高いと判断し,翌日摘出予定とした上で経過観察した.
入院翌日早朝,誤飲からおよそ40時間後に磁石の自然排泄が得られた(Fig. 2).排泄された磁石を用いて再現すると,腸管内でも磁石が接着した状態で移動していたと推測された.経口摂取再開後も腹部症状なく経過し,退院となった.
実際に誤飲・排泄された磁石
小児科医にとって異物誤飲は日常的に遭遇する疾患であるが,大多数は自然排泄され大事に至らないことはよく知られている.食道内に停滞した異物については内視鏡などで早期に摘出されるが,胃内またはそれ以降に進んだものについては症状発現に注意しながら保存的に経過観察し排泄を待つのが一般的である.大津らによる異物誤飲216例の検証では,自然排泄までの期間は2週間以内が90%であり,自然排泄の有無や排泄までの日数と,異物の形態や大きさ,患児の年齢などには明らかな関連性は示されていない1).個々の症例毎に検討が必要ではあるが,患児の年齢・異物の大きさに関わらず,後述するような緊急性の高い異物以外では2週間程度経過観察することも選択肢となると考える.
一方で,鋭利な異物や腐食性の強いリチウム電池,複数磁石などの異物は消化管穿孔や内瘻,腸閉塞などの合併症を来たし得るため,摘出が検討される.中でも玩具や家庭用品に用いられることが増えた磁石は,昨今その誤飲が重大な健康障害となっている.磁石は単体であれば他の大部分の異物と同様に自然排泄が期待できるが,複数個の場合,腸管壁を介して接着するとその場所で停滞し,磁石間に挟まれた腸管壁や腸管膜が圧迫壊死・穿通・穿孔,瘻孔形成を来す危険な異物となりうる2).発症時の病態としては,大半が限局した腹膜炎か内瘻化した腸管ループを原因とした絞扼性イレウスであり,腹腔内遊離ガスを伴うような消化管穿孔を起こすことは少ない3)とされるが,腹膜刺激兆候や血液検査上の異常を認めなかったにも関わらず,実際には消化管のみならず腸間膜までに及ぶ穿孔部位を認めた症例も報告されている2).
複数磁石誤飲の症例報告は本邦だけでも散見される.合併症出現時の初発症状は腹痛・嘔吐が多いとされるが4,5),合併症発生時にも無症状であった報告もある6).また過去には,内瘻化が起こり,瘻孔自体がバイパス経路となることで通過障害の症状がマスクされたと考えられる報告7)もある.本症例では経過観察中に幸いにも自然排泄されたが,既報からは無症状でも合併症が生じている可能性があるため,摘出適応は症例ごとに慎重に判断すべきであると言える.
合併症を来たした症例報告の磁石の個数は2個から100個と幅広い4,5,8).複数磁石誤飲に関連する既報のほとんどが合併症を来たした症例や摘出のために介入が行われた症例であり,合併症を来たさず自然排泄された本症例のような症例は存在しても報告されていない可能性がある.磁石誤飲症例全体を反映したデータが存在しないため,個数と合併症発症率の関連性は明らかではないが,少数であっても2個以上であれば消化管損傷が発生しうるという点は重要である.2個で合併症を来たした既報(Table 1)はいずれも単純写真上磁石面の接着は明らかであった.これに比べ,本症例で特筆すべきは,単純写真上あたかも2個の磁石間に4 mm程度の間隔を有しているように見えた点である.実際,当院で日常的に用いられている一般的なボード用磁石と本症例の磁石の単純写真比較画像をFig. 3に示す.ボード上等で用いる円柱形磁石の着磁タイプは個々の製造業者に委ねられており,その内訳割合は明らかでないが,一般的には片面にN極S極両方が存在するため磁石面同士が接着することが多い印象である.今回我々が経験した症例はおそらく片面にN極,対側面にS極が存在したために磁石側とキャップ側が接着するという特徴が見られ,これにより単純写真上はあたかも磁石同士に距離があるように見えたと考えられる.当院では可能であれば誤飲異物と同じものを持参頂く様に患者家族に依頼しているが,本症例においては誤飲した2個の他,手元には比較用の同様の磁石が無く,上述の特徴は自然排泄された後に初めて確認することが出来た事実であった.磁石誤飲による腸管穿孔をきたした149例のレビューでは,単純写真上,磁石同士が密着,あるいは僅かな間隙が認められるとされている8).また,腸管閉塞に対して,永久磁石を腸管内に留置し内瘻を形成する外科的手技,磁石圧迫吻合術というものが存在するが,この場合も磁石間の間隙を経時的に観察し,吻合の進捗状況を確認すべきとされている9).以上のことから,磁石が腸管壁を介在して接着している場合,磁石の強度あるいは吻合の進行状況によっては磁石間隙が認められると考えられる.過去に本症例ほどの間隙を有した症例は我々が検索した限りでは存在せず,比較的間隙が広い場合には,本症例のように磁石付属のX線透過性成分の存在を疑っても良いのかもしれない.しかしながら,そのことが腸管を挟んでいない根拠とはなりえないので,いずれにしても緊急摘出の適応を十分考慮すべき症例であったと考える.
著者 | 症例 | ||||||
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年齢 | 性別 | 合併症診断 | 合併症発症時症状 | 誤飲から合併症診断までの時間 | 介入方法 | 単純写真上の接着面 | |
亀井 他2) | 1y 5m | F | 胃切迫穿孔,小腸多発穿孔,腸間膜穿孔 | 嘔吐・活気低下 | 43時間 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Lee et al.6) | 2y | F | 内瘻化 | 腹痛・胆汁性嘔吐 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
林 他10) | 2y 8m | F | 腸閉塞 | 腹痛・嘔吐 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Chung et al.11) | 10m | M | 小腸穿孔 | 腹痛・胆汁性嘔吐 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
McEachron et al.13) | 2y | M | 小腸多発穿孔 | 腹痛・嘔吐・経口摂取不良 | 半日 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Kisku et al.14) | 2y | M | 内瘻化 | 無 | 10日 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Pederiva et al.15) | 4y | M | 小腸穿孔,腸間膜穿孔 | 嘔吐 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Saeed et al.16) | 3y | M | 小腸多発穿孔 | 腹痛 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Dutta et al.17) | 4y | M | 内瘻化 | 腹痛 | 72時間 | 腹腔鏡 | 磁石面同士の接着 |
Alzahem et al.18) | 4y | M | 小腸多発穿孔 | 腹痛・非胆汁性嘔吐・便秘 | 目撃なく不詳 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
Vijaysadan et al.19) | 11y | M | 内瘻化 | 腹痛・嘔吐 | 約1か月 | 開腹手術 | 磁石面同士の接着 |
本症例 | 1y 3m | M | ― | ― | ― | ― | 磁石面とキャップ側の接着 |
一般的なボード用磁石と本症例の磁石の単純写真比較
a,b:放射線室にあったボード用磁石
c:本症例で誤飲された磁石
外観は磁石にキャップが被さっており類似しているが,a,bが磁石面同士の接着であるのに対し,cは磁石面とキャップ側が接着しているのが分かる.
小児の異物誤飲では飲み込む瞬間の目撃が少なく,探したけれども有るはずのものが無いから,ということを理由に受診することもしばしばである.合併症出現時に初めて医療機関を受診し異物誤飲の診断がつく場合も多く4,5),誤飲から合併症出現までの時間は明らかではない.誤飲後数時間で潰瘍形成に至った症例の報告12)もある一方で,4か月後に内瘻化した症例5)もあり,恐らくは磁力の強さが合併症の進行速度に影響しているものと推測されるが,症状の有無や時間経過に関わらず,経時的な単純写真にて磁石の移動が止まった時点で腸管壁を挟んで接着している可能性を考慮して早期に摘出を試みる必要があると考える.単純写真をフォローすべき時間間隔・頻度についてのコンセンサスは得られておらず,今後さらなる症例の蓄積および検討が必要である.
今回われわれは,その特徴的な接着様式から非典型的な画像所見を呈した複数磁石誤飲の1例を経験した.幸いにも外科処置を要するような合併症を来たさずに自然排泄が得られたが,複数磁石誤飲の際には,本症例のような接着様式をなす磁石が存在すること,無症状でも手術を要する可能性があることを念頭に繰り返し単純写真を再検し,その摘出適応を十分に検討すべきである.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.
本症例の診療に際して,ご指導頂きました東京都立小児総合医療センター放射線科河野達夫先生ならびに放射線技師の皆様,Valera James Robert 先生にこの場をお借りしまして深く御礼申し上げます.