2020 Volume 36 Issue 1 Pages 66-69
主訴:突然の呼吸困難
自宅でそれまで元気にハイハイしていた.母親は居間におり,台所にいた児の姉が咳嗽をしている児に気づき母に知らせた.
《受診時現症》SpO2 97%,呼吸数30/分,HR 190台/分,体温39°C,活気はやや低下.
腹部,両側頬部に紅斑あり.呼吸音 清,腹部 軟.多呼吸,発熱のため入院となる.
《既往歴 その他》MD双胎第2児.在胎37週に選択的帝王切開で出生(5月).
出生時に低血糖を認めたが,1日で改善.その後の発達は問題なく経過.周囲に感染なし.先行感染のエピソードなし.
診断は?
入院時の単純写真(Fig. 1)では,異常は認められない.しかし,入院2日後,4日後では左横隔膜内側が不明瞭となっており,心陰影に重なる左下肺野内側に浸潤影が出現している(Fig. 6, 7).入院6日後では左下肺野に空洞性病変が生じている(Fig. 8).
入院6日後の胸部CTで左下葉の空洞性病変の存在が明らかである(Fig. 9a, b).空洞の壁は厚く,周囲には癒合影も生じている.その他の肺野にはまだらに透過性亢進域が分布しており(Fig. 9c),モザイクパターンとなっている.
入院時
入院2日後
入院4日後
入院6日後
入院6日後 胸部CT
入院2日後
入院4日後
入院6日後
入院6日後 胸部CT
灯油誤飲による化学性肺臓炎
《解説》それまで元気に過ごしていた乳児の突然の呼吸困難を見た場合,まずは誤嚥や異物誤飲を考えるだろう.異物は単純写真で見える物(コインやボタン型電池)と見えない物(菓子やプラスチック製のおもちゃなど)があるが,今回は“見えない異物”である.しかも肺野には日に日に広がる浸潤影と空洞性病変が存在している.
患者は5月生まれで生後9か月.つまりこのエピソードは2月,冬に起こっている.冬場に注意しなければならない異物に灯油がある.患者はハイハイをしている際に灯油ポンプを見つけ,なめていたのではないかと思われる.灯油を誤飲した患者の40%に化学性肺臓炎が生じると言われており,これは口腔咽頭内で気化した灯油を吸入してしまうことで肺胞上皮の障害が生じるためである(このため,灯油を誤飲した場合は無理に吐かせない).灯油の他,ガソリン,クリーニング溶剤,家具のつや出しなども化学性肺臓炎をきたす(hydrocarbon pneumonitis).これらの有機溶媒を誤飲すると,30分以内にレントゲンで何らかの異常陰影が出現し,浸潤影が散在,あるいは肺水腫様の状態になることもある1).肺の障害が進むと乳幼児では本症例のように嚢胞性変化(pneumatocele)を生じることが知られており2),その発生頻度は10%程度とそれほど多くはないものの,特徴的な所見である.