Journal of Japanese Society of Pediatric Radiology
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Case Report
A case of anti-N-methyl-d-aspartate (NMDA) receptor encephalitis with an atypical clinical course
Tsubasa Morita Takeshi InoueHisashi ItabashiNobuyuki MurakamiTaku OmataTakayuki MoriMiwako NozakiTomoyo Matsubara
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2020 Volume 36 Issue 2 Pages 131-136

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要旨

抗N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体脳炎は,発熱や頭痛などの非特異的な症状で始まり,その後に精神症状や不随意運動を呈する疾患である.約半数は頭部磁気共鳴画像検査(MRI)で異常を示さず,認める症例もその所見は軽微で可逆性であることが多い.症例は10歳女児,めまいと頭痛を主訴に近医を受診した.非特異的症状の60日後に精神症状と不随意運動,80日後に自律神経症状を認め,経過は緩除で非典型的であった.MRI FLAIR画像で右の海馬,島皮質,扁桃体と左視床下部に高信号を示し,髄液中抗NMDA受容体抗体が陽性で,抗NMDA受容体脳炎と診断した.抗NMDA受容体脳炎は臨床症状ならびに画像所見が多彩であり,診断が困難なことがある.側頭葉領域のMRI所見,疾患特有な精神症状や不随意運動に注目して,抗NMDA受容体抗体を検査することが重要である.

Abstract

Anti-N-methyl-d-aspartate (NMDA) receptor encephalitis causes nonspecific symptoms such as fever and headache, which are followed by psychotic symptoms and involuntary movements. On brain magnetic resonance imaging (MRI), no specific findings are noted for almost half of the patients with NMDA encephalitis. Even if MRI abnormalities are present, they may be discreet and reversible. A 10-year-old girl complained of dizziness and headache. She displayed psychotic symptoms and involuntary movements about 60 days after the onset of nonspecific symptoms, and autonomic symptoms 80 days later. MRI-FLAIR images showed high intensity signals distributed in the right hippocampus, insular cortex, amygdala and left hypothalamus. Anti-NMDA receptor encephalitis was diagnosed by detecting anti-NMDA receptor antibodies in the cerebrospinal fluid. Anti-NMDA receptor encephalitis is difficult to diagnose if one only relies on signs and symptoms or on MRI scans. Specific conditions such as psychosis as well as MRI findings in the temporal lobe are clues to diagnose anti-NMDA receptor encephalitis.

はじめに

抗N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体脳炎は,NMDAグルタミン酸受容体のNR1サブユニットに対する自己抗体が関与する自己免疫性脳炎で1,2),acute disseminated encephalomyelitis(ADEM)についで多い免疫介在性脳炎である3,4).若い女性に多く40–60%に卵巣奇形腫などの悪性腫瘍を合併し,傍腫瘍性脳炎として2000年代初頭に疾患概念が確立したが1,5),近年は抗NMDA受容体抗体検査の普及に伴い,腫瘍を合併しない報告,男性例および小児例の報告も多く,疾患概念は広がりつつある2)

臨床症状は,小児と成人ともに頭痛,発熱等の非特異的な前駆症状に続く統合失調症様の精神症状,口腔顔面の不随意運動が特徴的であり,臨床経過と血液および髄液中の抗NMDA受容体抗体の存在により診断される.一方,頭部magnetic resonance imaging(MRI)で異常所見を認める頻度は33–55%3,4)と他の脳炎と比較して低頻度で,認める症例もその所見は軽微なことが多い.

非典型的な臨床経過と頭部MRI画像所見を呈した10歳女児例を経験した.抗NMDA受容体脳炎の病態の理解と鑑別に有用であると考えたので報告する.

症例

症例:10歳2か月女児.

主訴:暴力的言動,情緒不安定,自殺企図.

家族歴:父方祖母が脊髄小脳変性症.

既往歴:生来健康.特記事項なし.

現病歴:当科2回目の入院日をX日とする.X − 90日にめまいを訴えて顔色不良が出現.X − 72日に頭痛と嘔吐が出現して近医受診し頭部MRI検査で異常を指摘された.X − 65日に傾眠傾向が出現して1回目入院.入院時に神経学的異常はなく,頭部MRI T2,FLAIRで右側の海馬,扁桃体,島皮質,線条体と左視床下部に高信号(Fig. 1a, b, c),を認め脳腫瘍が疑われ,X − 35日に当院脳神経外科で開頭脳針生検が実施された.X − 30日に舌の不随意運動出現.X − 25日に暴力的言動と情緒的不安定さが出現した.入院によるストレスの影響と考え一時退院としたが,X − 2日に精神症状増悪して,自殺企図等を認めたため再入院となった.

Fig. 1 

頭部MRI検査FLAIR画像の経時変化

a,b,c:X − 65日 d,e,f:X日(再入院日) g,h,i:X + 52日(治療後) a,b,d,e,g,hは水平断,c,f,iは冠状断.

入院時現症:心拍数96 bpm,血圧104/58 mmHg,呼吸回数18/minと正常.体温37.3°.意識レベルはJCS I-2,要求に簡単な受け答えができる時もあるが大きな声を出し攻撃的な様子であった.理学所見は異常なし.神経学的所見では歩行時にふらつきがあり,上肢と舌に不随意運動を認めた.

検査所見(Table 1):血液検査異常なし.髄液検査の細胞数は6/mm3と軽度上昇.ミエリンベーシックプロテイン陰性でオリゴクローナルバンドは陽性であった.

Table 1  当科2回目の入院日(X日)の検査所見
​WBC 4,600​ × 103/μl ​AST 20 U/L ​髄液検査
​Neu 54​% ​ALT 12 U/L ​細胞数 6​/μl
​Lym 38​% ​LDH 215 U/L ​TP 8​ mg/dl
​Na 141​ mEq/L ​Glu 53.3​ mg/dl
​Hb 12.3​ g/dl ​K 4.5 mEq/L ​IgG 3.3​ mg/dl
​Hct 38.2​% ​UN 11 mg/dl ​Alb 15.9​ mg/dl
​Plt 27​ × 104/μl ​Cre 0.4 mg/dl ​乳酸 16.2​ mg/dl
​Alb 4.35​ g/dl ​ピルビン酸 0.93​ mg/dl
​TP 7​ g/dl ​MBP <40​ pg/ml
​CRP 0.06 mg/dl
​乳酸 11.1 mg/dl
​ピルビン酸 1.16 mg/dl
​HSVIgM 0.12 mg/dl
​HSVIgG <0.2 mg/dl

画像所見(Fig. 1d, e, f):X日の頭部MRI検査FLAIR画像では,右内側側頭葉,右線条体,左視床下部の高信号域が拡大し,新たに右視床下部,両側視床,脳梁膝部,左大脳脚に高信号を認め,さらに脳全体に委縮を認めた.

脳波検査:安静覚醒時の徐波や突発性異常波は認めなかった.

入院経過(Fig. 2)
Fig. 2 

入院経過

入院時には意識レベルの低下と口腔・上肢の不随意運動あり.単純ヘルペスウィルス脳炎を否定できず,アシクロビルを開始.入院後第3病日頃よりは発熱,発汗と自律神経症状出現.入院5日目に髄液中単純ヘルペスウィルスPCR陰性よりアシクロビル中止.髄液中抗NMDA受容体抗体陽性が判明し,6日目にNMDA受容体脳炎と診断,γグロブリン投与開始した.治療効果乏しく10日目にステロイドパルス療法を開始.ステロイドパルス2コース後も増悪傾向であり都立小児総合医療センターへ転院した.転院後ステロイドパルス3コース目実施.第33病日から発汗などの自律神経症状改善あり.意識レベルも徐々に改善を認めた.第60病日には意識清明で退院した.

脳生検の病理結果は異形成に乏しい脳神経細胞と炎症細胞の浸潤であり,脳腫瘍は否定され脳炎と診断した.また精神症状を認めること,海馬と島皮質に異常信号が強いことから抗NMDA受容体脳炎を疑い,髄液中抗NMDA受容体抗体を提出した.入院5病日に髄液中単純ヘルペスウィルスPCR陰性と判明するまでアシクロビル45 mg/kg/day静脈投与した.入院6病日に髄液中抗NMDA受容体抗体陽性が判明しNMDA受容体脳炎と診断してガンマグロブリン1 g/kg/dayを2日間投与した.入院7病日には38–39°Cと高体温と発汗過多がみられ始めた.精神症状の悪化により内服困難となったため,経口リスペリドンを中止しハロペリドール0.5 mg/kg/day静脈投与開始した.しかし,精神症状のコントールが難しく,ミダゾラム0.1 mg/kg/h持続投与にて鎮静開始した.その後も精神症状の増悪があり,入院10病日にステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1 g/dayを4日間)を開始し,ステロイドパルス計2コースを実施したが精神症状は増悪したため,一般小児病棟での管理が困難となり都立小児総合医療センターに転院した.転院後の経過(Fig. 2)ではミダゾラム持続投与は継続し,ステロイドパルス3コース目が行われた.転院9日目から発汗などの自律神経症状に改善が見られ,ミダゾラム持続投与は終了しジアゼパム,ハロペリドール内服に変更し,意識レベルの改善も認めて一般小児病棟に転棟した.自傷行為などの精神症状も落ち着き,転院36日目に意識清明で独歩退院し,学校生活可能となった.

転院29日目(X + 52日)の頭部MRI検査FLAIR画像(Fig. 1g, h, i)では脳全体の委縮は見られたが,治療前に見られていた海馬,扁桃体,島皮質,大脳基底核,視床,視床下部の高信号は著明に改善を認めた.

考察

抗NMDA受容体脳炎は,近年の診断技術の進歩により報告例が増加しており,多彩な臨床経過と画像所見から疾患概念は広がりつつある.特徴的な症状として統合失調症様の精神症状を認める6).精神症状につづき,口腔,舌,顔面のジスキネジアに代表される不随意運動と高体温,血圧・脈の異常,唾液分泌亢進,尿失禁等の自律神経症状を認めることが多いと報告されている5,7).小児例では,最初の神経症状は痙攣発作,ジストニア,発語低下や無言などの非精神症状であることも多く,時に不安や不眠,暴力的な行動(介護者への蹴りや噛みつきなど)のため鎮静を必要とすることもある3,7).本症例と既報告例3,4)の比較(Table 2)では,本症例の最初の症状はめまいと頭痛で,これは既報告例でみられる前駆症状と一致していたが,神経症状が出現するまでの日数は約2か月であり,初発症状から2週間以内である既報告例と比較して長期であった.舌と上肢の不随意運動と発熱,発汗過多等の自律神経症状は認められたが,前駆症状出現から長期間(前駆症状から不随意運動は60日後,自律神経症状は80日後)経過してから出現しており,本症例は既報告例と比較して非典型的な臨床経過であった.抗NMDA受容体脳炎は多彩な臨床症状と経過を示すため,臨床症状と病歴のみから鑑別することが困難であるとの報告8)の通り,本症例では診断に難渋した.

Table 2  自験例と報告例の比較
報告例のまとめ 本症例
初発症状 86%(非特異的症状) あり
神経所見までの日数 2週間以内 約2か月
はじめの神経症状 精神症状 不随意運動
痙攣 76%(難治性) なし
呼吸障害 66%(要呼吸管理) なし
不随意運動 86% あり
意識障害 88% あり
自律神経障害 69% あり
MRI異常所見 頻度 33–55% あり
範囲 辺縁系に限局 広範囲
腫瘍合併 38–59% なし

抗NMDA受容体脳炎において頭部MRI検査で異常所見を認める頻度は他の脳炎に比較して少ない3,6).成人患者の46.5%に頭部MRI検査(T2,FLAIR条件)で高信号が報告され,海馬や扁桃体などの側頭葉や島皮質の限局性病変が大部分で5,6),前頭葉領域を含む大脳皮質や小脳,大脳基底核,脳幹および脊髄などその他の部位に所見を認めるのは10%未満であったと報告されている5).一方,Zhang(2018)らの報告では,53例中25例(47%)に頭部MRI検査で異常を認め,海馬のみに所見を認めた症例は7例,海馬と他の部位(前頭葉,側頭葉,頭頂葉,視床,大脳基底核など)に異常所見を認めた症例は11例,海馬を含まない症例が7例であったと報告している.海馬以外を病変に含むのは25例中18例(72%)と,稀ではないことを示した9).本症例も海馬のみでなく島皮質,基底核,視床,視床下部にも所見を認めた.

抗NMDA受容体脳炎における画像所見と臨床経過の関係性に関する報告は少ない.頭部MRI検査の異常信号は進行性に増大を認めることがあるが,臨床症状の重症度を必ずしも反映していないことがある5,10).一方で,海馬病変の存在や左側内側側頭葉の萎縮は臨床予後悪化の指標となるとの報告もあり9),予後予測や治療効果の評価など画像検査と臨床経過の関係性の理解のためには,さらなる症例の蓄積が重要である.本症例では,精神症状や痙攣,不随意運動が出現する前のMRI検査で,すでに海馬や扁桃体,島皮質など比較的広い範囲に信号異常を認めた.さらに異常信号が,側頭葉領域だけでなく一部の大脳基底核,視床,視床下部と広範囲に進展するのと並行して臨床症状が増悪したことは興味深く,示唆に富む症例と考えられた.

結語

前駆症状から約2か月経過した後に精神症状が出現した非典型的な臨床経過のため,診断に苦慮した抗NMDA受容体脳炎の10歳女児例を経験した.多彩な臨床症状と画像所見を呈する本疾患の診断には,頭部MRI所見,疾患特有な精神症状や不随意運動に注目して,早期に抗NMDA受容体抗体を検索することが肝要である.

 

日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.

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