2020 Volume 36 Issue 2 Pages 147-152
2015年秋に本邦でエンテロウイルスD68の流行に関与した急性弛緩性脊髄炎が多発した.
今回我々は,発熱と消化器症状の後に,右上肢優位の急性弛緩性麻痺を呈した4歳男児の症例を報告する.発症早期のMRI検査で頸髄腫脹,T2強調矢状断像で縦走する長大病変を認め,急性弛緩性脊髄炎を鑑別に挙げた.咽頭よりエンテロウイルスD68が検出され,臨床経過,検査所見よりエンテロウイルスD68による急性弛緩性脊髄炎と診断した.免疫グロブリン大量療法,ステロイドパルス療法を施行したが麻痺の改善は得られなかった.全脊髄造影MRIでは高信号病変の改善を認めたものの,臨床的には左上肢,両下肢,体幹部,横隔神経に麻痺の進行を認めた.リハビリにより歩行,左肩挙上可能な状態まで改善したが,右上肢麻痺の後遺症を残した.
急性弛緩性麻痺を呈する鑑別疾患として急性弛緩性脊髄炎は重要であり,脳,全脊髄MRIで脊髄にT2強調画像高信号の長大病変を認めることが診断に有用である.
Acute flaccid myelitis (AFM) associated with an enterovirus-D68 (EV-D68) outbreak occurred in Japan in the fall of 2015.
We report the case of a 4-year-old boy with acute flaccid paralysis (AFP) predominant in the right upper limb following fever and gastrointestinal symptoms. Early MRI studies showed cervical spinal cord swelling and longitudinal hyperintensity cord lesion on T2-weighted sagittal images, and AFM was listed in the differential diagnosis. EV-D68 was detected in the nasopharynx, and AFM caused by EV-D68 was diagnosed based on the clinical symptoms, clinical course, and examination findings. Intravenous immunoglobulin and methylprednisolone pulse therapy were not effective for the paralysis. Whole spinal contrast-enhanced MRI showed improvement of high-signal intensity lesions, but paralysis clinically progressed in the left upper limb, both lower limbs, trunk, and phrenic nerve. Physical therapy enabled him to walk and raise his left shoulder, but the right upper limb paralysis persisted.
AFM is important as a differential diagnosis presenting with AFP. Cranial and whole spinal MR imaging findings are useful to diagnose AFM.
急性弛緩性麻痺(acute flaccid paralysis; AFP)は脊髄前角細胞より末梢病変を主座とする,急性に弛緩性の四肢麻痺を呈する疾患の総称である.2018年5月より「AFP」が感染症法に基づく5類感染症全数把握疾患となり,15歳未満で診断した場合は管轄の保健所に7日以内に届け出をすることが義務づけられた.AFPを呈する疾患は多岐にわたり急性弛緩性脊髄炎(acute flaccid myelitis; AFM)はAFPの一つである.
AFMの診断において,四肢の限局した部位の脱力から始まる急性の麻痺が必須条件でこれに加え,脊髄MRIで灰白質に限局した脊髄病変が1分節以上あることで確定診断,または髄液検査で髄液細胞数増多を伴うものはAFM疑いと定義される.2015年秋に,エンテロウイルスD68(enterovirus D68; EV-D68)の流行に一致してAFMを呈する症例が多発した.
今回我々は,EV-D68によるAFMの症例を経験したので報告する.
症例:4歳3か月,男児.
主訴:発熱,右上肢不全麻痺.
既往歴:気管支喘息(吸入ステロイドによる定期治療中).
予防接種歴:四種混合は4回接種済み.
生活歴:妹が先行して胃腸炎,喘息性気管支炎に罹患.
現病歴:X − 6日より食欲低下,X − 4日より下痢,X − 2日より発熱,右頸部痛,経口摂取不良のため近医小児科に受診し,解熱薬を処方された.X − 1日より嘔吐を認め,X日に高熱が持続,上半身に力が入らず,右上肢挙上不可能となり,前医を再診,整形外科にも受診したが経過観察を指示された.その後も症状が持続するため当院救急外来を受診した.
入院時現症:体重16 kg,体温38.0°C,脈拍125回/分,意識は清明で言語障害なし,咽頭発赤軽度あり,両側頸部に1 cm大のリンパ節を数珠状に触知,胸腹部異常所見なし,右肩挙上,右肘関節屈曲不可能(MMT0相当),下肢筋力低下なし,深部腱反射正常,感覚障害は評価困難,膀胱直腸障害なし,脳神経症状なし.
入院時検査所見(Table 1, Fig. 1):血液検査では白血球数,血小板数は軽度高値,AST,LDHの軽度上昇を認めた.髄液検査では髄液細胞数,蛋白の軽度上昇を認めた.ウイルス分離,オリゴクローナルバンド,ミエリン塩基性蛋白,抗アクアポリン4抗体は陰性であった.頸髄MRIではC2–C6レベルの頸髄腫大とT2強調画像における縦走する高信号域を認めた.脳MRIでは異常は認められなかった.神経伝導速度検査では右上肢で伝導速度低下を伴わない振幅低下,F波出現率低下を認めた.
[血液検査] | [生化学検査] | [髄液検査] | |||
WBC | 1,720/μl | Na | 134 mEq/L | 外観 | 無色透明 |
Neut | 65.8% | K | 4.2 mEq/L | 細胞数 | 50/μl |
Lymph | 28.6% | Cl | 99 mEq/L | 単核球 | 20/μl |
RBC | 5.55 × 106/μl | Ca | 10.2 mg/dl | 多核球 | 30/μl |
Hb | 14.3 g/dl | P | 3.6 mg/dl | 蛋白 | 49 mg/dl |
Plt | 3.93 × 104/μl | Mg | 2.0 mg/dl | 糖 | 68 mg/dl |
Ferritin | 48 ng/ml | オリゴクローナルバンド | 陰性 | ||
[生化学検査] | Glu | 92 mg/dl | ミエリン塩基性蛋白 | 92.8 mg/dl | |
AST | 41 U/L | CRP | 0.08 mg/dl | ||
ALT | 21 U/L | Procalcitonin | 0.15 ng/ml | [ウイルス分離] | |
LDH | 242 U/L | TSH | 0.95 μIU/ml | 髄液 | 陰性 |
CK | 89 U/L | fT4 | 0.91 ng/ml | ||
T-CHO | 150 mg/dl | [抗体検査] | |||
Alb | 5.1 g/dl | [尿検査] | 異常なし | 抗アクアポリン4抗体 | 陰性 |
TP | 8.0 g/dl | ||||
NH3 | 36 μg/dl | [迅速検査] | |||
BUN | 14 mg/dl | 便ノロウイルス抗原 | 陰性 | ||
Cre | 0.29 mg/dl |
脳・頸髄MRI(第2病日)
a:T2強調画像矢状断像 b:T1強調画像矢状断像
頸髄腫大を認める.T2強調画像でC2–C6領域に高信号病変を認める.T1強調画像で明らかな信号変化は認めない.
c:T2強調画像横断像 d:T1強調画像横断像
脳MRIで明らかな異常所見は認めない.
入院後経過(Fig. 2, 3):入院後,ビタミンB1,B6,B12の点滴を開始した.第2病日も麻痺の改善を認めなかったため,血液,髄液,咽頭拭い液,尿,便検体の5点セットを保健所に提出を行い,同日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン20 mg/kg/日,3日間),免疫グロブリン大量療法(400 mg/kg/日,5日間)を施行した.第4病日に施行した全脊髄造影MRIにおいて頸髄腫大は軽減し,T2強調画像の高信号域は不明瞭化し,画像上改善を認めたが,麻痺は改善なく,むしろ増悪した.プレドニゾロンによる後療法を施行した.第6病日に咽頭拭い液検体よりEV-D68検出の報告があり,EV-D68によるAFMと診断した.治療中も左上肢,体幹,両下肢に麻痺は進行し寝たきり状態となった.入院早期から運動リハビリを開始し,疼痛に対しガバペンチン,ビタミンB12の内服を継続し第18病日に退院した.退院後リハビリを継続したが,麻痺は持続し座位も不可能な状態が続いた.第70病日の外来フォローでは体幹,両下肢の麻痺は改善し,歩行可能な状態で来院したが,右上肢優位の両上肢麻痺については残存した.
入院後経過
全脊髄MRI(第4病日)
a:T2強調画像矢状断像 b:造影T1強調画像矢状断像
c:T2強調画像横断像 d:造影T1強調画像横断像
頸髄腫大は改善し高信号病変は不明瞭となっている.異常な濃染像なし.
AFMの本邦での59例の検討では,小児は55例,年齢の中央値は4.4歳,男性は59%であったと報告されている.AFMに先行する症状は97%に認められ,発熱が88%,呼吸器症状が75%と多く,消化器症状が19%に認められた.また,発熱の持続期間は4日(中央値),先行症状から麻痺までの期間は3.5日(中央値)であった.麻痺の分布や重症度は様々で,麻痺の78%は48時間以内にピークに達した.神経学的所見として腱反射減弱・消失が90%,膀胱直腸障害が27%,脳神経症状が17%に認められた.血液検査では特徴的な所見は認められなかった.髄液検査では85%に髄液細胞数増多(中央値48/μl),46%に蛋白増加(中央値41/μl)が認められた.神経伝導速度検査では感覚神経障害を伴わない運動神経単独障害を高率に認め,罹患肢のM波の振幅低下,またはF波検出率低下の異常を認めたと報告されている1).
AFMの診断においては脳・全脊髄MRIが有用でありMRI所見が必須項目と定義されている.本邦の報告では,麻痺発症後の初回MRIで全例にT2強調画像で灰白質に高信号病変を示す縦走病変を認めた.全脊髄に病変が存在するものの単麻痺の症例や,本症例のように頸髄病変のみでも四肢麻痺を認めた報告もあり,病変の局在と麻痺の分布は一致しないことも稀ではなかった.造影MRIが施行された36例のうち,脊髄内3例,神経根9例,馬尾30例に造影効果を認め1),麻痺出現3日以降に造影を施行した症例では造影効果が高率であったと報告されている2).神経根の造影効果は血液神経関門の破綻あるいは根静脈の造影効果のいずれかにより生じると考えられている3).脳幹病変は41%~82%の症例で認め,脳神経症状は7%~82%の症例で認めたと報告されている1–3).(Chongらの59例の検討では25例で脳幹病変を認め,10例で脳神経症状を呈し,Okumuraらの54例の検討では22例で脳幹病変を認め,そのうち4例で脳神経症状を呈し,Maloneyらの11例の検討では脳幹病変を認めた9例全て脳神経症状を呈したと報告されている).また急性期には灰白質全体に及ぶT2高信号の脊髄病変を認め,亜急性期には脊髄前角に限局していたと報告している.髄内の局在病変は,灰白質病変だけでなく白質まで病変が広がることが多い.これらの違いは,主要病変はウイルス感染の直接的な関与,周囲に広がる病変は間接的な関与という異なる病態によるものと推測されている2).Cheng-YuらのAFP 7例のMRI所見の検討では,2例で同側前角・前根の造影効果,1例で同側前根の造影効果・両側前角病変,1例で両側前根の造影効果,1例で両側前角病変,1例で右前角にスリット状の空洞病変,1例で正常所見を呈したと報告されている4).神経根の造影効果は急性散在性脊髄炎や横断性脊髄炎では認められない点がAFMとの鑑別点となる.ギランバレー症候群では神経根の造影効果は認めるが,脊髄や脳幹病変を認めない点がAFMとの鑑別点となる.
AFMのMRI画像所見をまとめると,1)脊髄腫脹を認め,T2強調画像で高信号病変を認めること,2)単麻痺の場合でも長大病変が多いこと,3)急性期には白質を含む広範な病変が多いこと,4)亜急性期には前角に異常が限局化すること,5)造影効果は3日以降に出現する傾向があること,6)脳幹病変を合併することが稀ではないこと,などが特徴的である.長大病変を来たす疾患は横断性脊髄炎,視神経脊髄炎,脊髄梗塞,脊髄空洞症などが知られている.AFMの多くは痙性麻痺や感覚障害が認められない点が横断性脊髄炎とは異なる.視神経脊髄炎では脊髄中央部病変が多く,視神経病変や視交叉病変,脳病変を認めることがある点で異なる.脊髄梗塞では急性期に造影効果がない点,拡散強調画像で病変が描出されうる点でAFMと鑑別する.脊髄空洞症でもT2強調画像で高信号病変が認められるが,T1強調画像で著しい低信号であれば空洞,液体,嚢胞,淡い低信号であれば実質病変と推測でき,T1強調画像で鑑別可能である.しかし,AFMとAFPを来たす他疾患との鑑別が困難な症例もあるため,臨床所見,検査所見,臨床経過などにより総合的に鑑別が必要となる.
本症例は臨床経過,検査所見ともにこれまでの報告と同様であり,急性弛緩性脊髄炎と矛盾しなかった.第2病日に施行した頸髄MRI所見は,これまでの急性弛緩性脊髄炎の報告と一致しており,T2強調画像で高信号の縦走長大病変を認めた.一方,第4病日に施行した造影MRIでは明らかな造影効果を指摘できず,T2強調画像矢状断像の病変範囲の縮小から画像上は改善したと考えられたが,臨床症状は増悪した.横断像では詳細な病変部位の特定は困難であった.しかし,本症例では,麻痺発症時にT2強調画像で頸髄の長大病変を認めたことからAFMを鑑別に挙げることができたため診断に有用であったと考えられた.
AFMを起こす病原体はEV-D68以外にもEV-A71,ポリオウイルス,コクサッキーウイルス,日本脳炎ウイルス,エコーウイルスなどの中枢神経親和性が高いウイルスはAFMの原因になりうる5–7).EV-D68は呼吸器由来検体からの検出報告が多く8),本症例でも咽頭拭い液のみからEV-D68を検出し,その他の検体からはEV-D68は検出されなかった.病原体検索のためには麻痺発症早期の5点セット(血液,髄液,咽頭拭い液,尿,便)を確保し,保健所に提出することが重要である.5点セットを提出するのは,病原体により検出されやすい解剖学的部位が異なるためである.
著効する治療法はなく,対症療法,支持療法を中心に行う.本邦の報告では治療としてステロイドパルス療法,免疫グロブリン大量療法が7~8割の症例で使用されていた1).しかし,これらの治療が奏功する事実は得られていない.最終的に90%の症例で様々な程度の筋力低下が残存する.一方,12%~25%の症例で後遺症なく完全回復したと報告されている1,9).本症例ではメチルプレドニゾロンパルス療法,免疫グロブリン大量療法を施行したが効果は乏しく麻痺は残存した.治療反応性についても過去の報告通りであったと考えられた.
今後,AFMの原因,病態,治療,予後に関して症例の蓄積と解明が望まれる.
AFPを発症した4歳男児例を経験した.麻痺発症から早期にMRI画像検査を施行し,1脊髄分節以上に広がる脊髄病変を認めたことが,AFMの鑑別診断に有用であった.小児のAFPを認めた場合にはAFMを念頭に置きMRI画像検査を施行することが診断に重要である.
本論文の投稿にあたり,患児の保護者に同意を得ました.
本論文は症例報告であり,臨床研究・動物実験には該当せず,倫理的配慮を必要としません.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.