2023 Volume 39 Issue 1 Pages 35-40
2017年6月小児救急医学会より「小児急性虫垂炎診療ガイドライン」が策定された.その中で画像診断について,超音波検査を第一選択とし,必要に応じてコンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)検査を考慮し,その場合1回の造影CTが望ましいとの旨が記載された.本研究では2013年から2021年までの間に急性虫垂炎疑いで当院に紹介となった患者を対象とし,ガイドラインの策定前後でどのような画像検査が選択されたのかを調査した.対象者数は2017年6月以前が115名,以後が165名の合計280名であった.ガイドラインの策定前後で超音波検査が第一選択とされた割合はやや増加していたが(12% vs 25%: p < 0.05),1回の造影CTが選択された割合は低いままであった(25% vs 18%: p = 0.48).画像診断の選択の観点からは小児急性虫垂炎診療ガイドラインが臨床現場へ浸透しているとは言えず,放射線被ばくを減らすためのさらなる努力が必要である.
In June 2017, the Japanese Society of Emergency Pediatrics published its “Guidelines for the Management of Acute Appendicitis in Children.” In these guidelines, ultrasonography was recommended as the preferred diagnostic imaging modality for children with acute appendicitis. Computed tomography, specifically contrast-enhanced computed tomography, was recommended as the second choice. This study investigated choices made with respect to diagnostic imaging for pediatric patients with suspected acute appendicitis and admitted to our hospital from 2013 to 2021. Participants comprised 280 patients, with 115 admitted before June 2017 and 165 admitted after. The number of patients for whom ultrasonography was selected as the preferred imaging method was significantly higher after June 2017 (12% vs 25%; p < 0.05), but the frequency of selecting contrast-enhanced computed tomography remained low (25% vs 18%; p = 0.48). With respect to selection of diagnostic imaging modalities, we cannot conclude that guidelines were recognized in actual clinical settings. Additional efforts appear necessary to effectively reduce childhood exposures to radiation.
2017年6月,小児救急医学会により「小児急性虫垂炎診療ガイドライン1)」が策定された.同ガイドラインは,頻度の高い疾患でありながら多様な臨床像を呈し,診断や治療の方法の選択肢が幅広い急性虫垂炎に対して,一般の臨床医に診療指針を提供することを目的としている.その中で画像診断については「原則として超音波検査を第一選択とするのが望ましい.(推奨度A)」,「超音波検査が技術的に難しい場合や感度の低い場合(肥満,年少児など),穿孔が疑われる場合には必要に応じてCT検査を考慮する.感度を高め,被曝を軽減するためには1回の造影CTが望ましいが,造影剤による副反応には十分に注意する.(推奨度B)」と記載された.さらに同ガイドラインには「本邦の小児急性虫垂炎の現状を概観すると,『ほとんどの症例をUSのみで診断している施設』もあれば,『「虫垂炎疑い」のほぼ全例にCTを実施している施設』もあり,施設による差が顕著である.」との記載があるが,この記載についての根拠となる資料は示されていない.
小児の急性虫垂炎の画像診断については,近年,放射線被ばくのない超音波検査が評価され,その有用性が相次いで報告されている2–6).一方で,放射線被ばくや造影剤による副作用,コストなどのnegativeな側面の多いコンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)検査についての報告7,8)は少なく,公表バイアス(出版バイアス)が懸念される.また本邦でこれまで行われている超音波検査,CT検査のいずれについての報告も単施設からのもので,施設内での評価に留まっており,どの程度の施設が超音波検査のみ,または全例CT検査を行っているのか,その実態は不明である.
当施設は小児三次医療機関に指定され,平日日中は放射線科医が常勤しており,小児外科・手術室は24時間365日手術が可能な体制で,地域の中核病院として診療依頼は断らない方針をとっている.このため県内から重症患者が集まる一方で,近隣の病院,診療所から急性虫垂炎の疑診段階での診療依頼も多い.このような環境のもと,当施設では上記ガイドラインが策定される以前より,急性虫垂炎診断においては超音波検査を第一選択として,極力CT検査は避けてきた.しかし,他院から紹介されてくる患者は依然としてCT検査が行われていることが多いというのが実感である.
そこで本研究では,急性虫垂炎が疑われて当院に診断・治療目的に紹介された患者に対して,各医療機関がどのような画像検査を選択したのかを調査し,地域医療の臨床現場の実態を明らかにするとともに,ガイドライン策定(2017年6月)前後で比較することで,臨床現場にガイドラインがどの程度浸透しているのかを検証した.
小児急性虫垂炎診療ガイドラインの策定前後で,超音波検査やCT検査の施行数,撮像プロトコールに変化があったかを調査し,小児急性虫垂炎の画像診断におけるモダリティの選択について,臨床現場の実態を明らかにすることを目的とした.
2013年4月から2021年12月までの間に,診療情報提供書に急性虫垂炎疑い,もしくは右下腹部痛との記載があり当院に紹介となった患者,もしくは当院で急性虫垂炎と診断された患者を対象とした.
調査項目は,患者の年齢,紹介元の医療機関の機能分類(救急医療体制:一次,二次,三次),紹介元で行われた画像検査,CT検査が行われた場合は撮像プロトコール(造影剤使用の有無),当院初診時に行われた画像検査,最終診断(手術が行われた場合は病理診断,保存的治療が行われた場合は画像検査及び臨床診断とした),入院期間(外来のみの場合は0日として算出),穿孔の有無とし,診療録を後方視的に調査した.
主要評価項目は,上記対象者のうち画像検査として超音波検査が第一選択とされた割合,およびCT検査が行われた場合には,1回の造影CTが選択された割合とし,ガイドライン策定前後(2017年6月)で比較した.
連続変数データは中央値および四分位範囲で示し,比較にはMann-Whitney’s U testを用い,クロス表の検定はFisher’s exact testで行った.有意水準は5%とした.本研究は当施設の倫理委員会の承認のもとに実施された(GCMC2021-110).
対象者数はガイドライン策定前(2017年6月以前)が115名,ガイドライン策定後(2017年6月以後)が165名の合計280名であった.それぞれの群の背景をTable 1に示した.ガイドライン策定後で,入院期間が有意に長く(3日vs 5日:p < 0.05),最終的に急性虫垂炎と診断された割合が増加(41% vs 59%: p < 0.05)していた.穿孔の割合に変化はなかった(p = 0.85).また二次,三次救急医療機関からの紹介患者が増加していた(p < 0.05).
ガイドライン策定前 | ガイドライン策定後 | |||
---|---|---|---|---|
対象者数 | 115 | 165 | ||
年齢(歳) | 9.9(7–12.7) | 9.4(7.1–11.3) | p*1 = 0.20 | |
入院期間(日) | 3(0–6) | 5(0–8) | p*1 < 0.05 | |
最終診断 | 急性虫垂炎 | 47(41%) | 98(59%) | p*2 < 0.05 |
穿孔の有無 | あり | 20(43%) | 39(40%) | p*2 = 0.85 |
なし | 27(57%) | 59(60%) | ||
紹介元医療機関 | 一次 | 81(70%) | 86(52%) | p*2 < 0.05 |
二次 | 22(19%) | 39(24%) | ||
三次 | 12(10%) | 40(24%) |
連続変数データは中央値および四分位範囲で示した.*1ではMann-Whitney’s U test,*2ではFisher’s exact testで検定を行った.
次に,前医および当院でどのような画像検査が行われたかについてそれぞれTable 2,Table 3に示した.ガイドライン策定後で,何らかの画像検査が行われた上での紹介患者が多くなり,超音波検査(12% vs 25%: p < 0.05),CT検査(21% vs 33%: p < 0.05)とも有意に増加していた.CT検査が行われた場合,1回の造影CTが選択された割合は小さいままであった(25% vs 18%: p = 0.54).当院で行われた画像検査については,ガイドライン策定後からはCT検査が全く行われなくなり,当院での追加の画像検査なしの症例が2例(2%)から13例(8%)に増加するという変化が見られた(p < 0.05).
ガイドライン策定前 | ガイドライン策定後 | |||
---|---|---|---|---|
前医での画像検査 | あり | 31(27%) | 78(47%) | p < 0.05 |
なし | 84(73%) | 87(53%) | ||
超音波検査 | 14(12%) | 41(25%) | p < 0.05 | |
超音波検査のみ | 7(6%) | 23(14%) | p < 0.05 | |
CT検査 | 24(21%) | 55(33%) | p < 0.05 | |
CT検査のみ | 17(15%) | 37(22%) | p < 0.05 | |
超音波検査+CT検査 | 7(6%) | 18(11%) | p = 0.16 | |
CT撮像プロトコール | 単純のみ | 2(8%) | 14(25%) | p = 0.21 |
単純造影 | 16(67%) | 31(56%) | ||
造影のみ | 6(25%) | 10(18%) |
いずれもFisher’s exact testで検定を行った.
ガイドライン策定前 | ガイドライン策定後 | |||
---|---|---|---|---|
当院での画像検査 | 超音波検査のみ | 108(94%) | 150(91%) | p < 0.05 |
超音波検査+CT検査 | 5(4%) | 0(0%) | ||
超音波検査+MRI検査 | 0(0%) | 2(1%) | ||
なし | 2(2%) | 13(8%) |
いずれもFisher’s exact testで検定を行った.
次に,全期間において前医で画像検査が行われた109例についてまとめてTable 4に示した.30症例で超音波検査のみが行われたが,内訳としては一次,二次救急医療機関で選択される割合が大きかった(一次:7/30:23%,二次:19/30:63%).三次救急医療機関ではCT検査が選択される割合が大きい(47/51:92%)一方で,超音波検査が省略されてCT検査が選択される割合が大きかった(31/51:61%).
超音波検査のみ | 超音波検査+CT検査 | CT検査のみ | 合計 | |
---|---|---|---|---|
一次医療機関 | 7 | 0 | 0 | 7 |
二次医療機関 | 19 | 9 | 23 | 51 |
三次医療機関 | 4 | 16 | 31 | 51 |
合計 | 30 | 25 | 54 | 109 |
次に,全期間において前医でCT検査が選択された79例について撮像プロトコールを医療機関別に分けてTable 5に示した.二次救急医療機関で単純CTのみが選択される割合が大きく(14/32:44%),三次救急医療機関では1回の造影CT(14/47:30%)よりも単純造影CT(31/47:66%)が選択される割合が大きかった.
単純のみ | 単純造影 | 造影のみ | 合計 | |
---|---|---|---|---|
二次医療機関 | 14(44%) | 16(50%) | 2(6%) | 32 |
三次医療機関 | 2(4%) | 31(66%) | 14(30%) | 47 |
2017年6月に策定された「小児急性虫垂炎診療ガイドライン」では,超音波検査を第一選択とし,CT検査を行う場合を限定し,かつ1回の造影CTを推奨している.しかし,本研究ではガイドラインが策定された前後で超音波検査が選択された割合はやや増加していたものの25%に過ぎず,またCTが撮像された場合のプロトコールとして1回の造影CTが選択された割合も18%と低いままであり,臨床現場へのガイドラインの内容の浸透は不十分であると考えられた.
本研究の対象者の内訳をガイドライン策定前後で比較すると,ガイドライン策定後の群で急性虫垂炎と最終診断された割合が有意に高かった.これは当院への紹介が一次救急医療機関からではなく,二次・三次救急医療機関を経由して行われることが増えたことによるもので,当施設のある医療圏で小児外科を標榜する施設の診療体制が変化した影響が背景にあるものと推察される.また本研究では重症度の指標として穿孔の有無および入院期間を調査したが,穿孔の有無に有意な変化はなかったものの,入院期間は延長していた.これは,急性虫垂炎と診断された患者のうち重症者の占める割合は変化しなかったが,当院への紹介元に占める一次救急医療機関の割合が減り,急性虫垂炎が否定されて入院せずに帰宅となるような軽症例が減少したためと考えられる.
当院で行われた画像検査については,前述の通り平日日中は放射線科医が常勤しており,ガイドラインが策定される以前より超音波検査を第一選択としてきた.そのためTable 4にあるようにガイドライン策定前後で選択されるモダリティに大きな変化はなかった.しかし,当院での追加の画像検査なしの症例が2例(2%)から13例(8%)に有意に増加していた.これらの症例を詳細に検討すると,全15例中13例が時間外の受診かつ前医で造影CTが撮像され急性虫垂炎の確定診断であった.したがって,診断が明らかで当院での追加の検査を必要とせずに治療(手術もしくは保存的治療)に臨んだものとみられ,ガイドライン策定後に前医での造影CTの撮像が増えた結果を反映したものと考えられた.
CT撮像のプロトコールについては,ガイドライン策定後においても1回の造影CTが選択される割合は18%と依然として低かった.撮像プロトコールを医療機関別に見てみると(Table 5),二次救急医療機関で単純CTのみが選択される割合が大きい一方で,三次救急医療機関では1回の造影CTよりも単純造影CTが選択される割合が大きかった.この結果からは,二次救急医療機関では造影剤の副作用に対する懸念から造影剤使用が避けられている可能性が推測された.また二次・三次いずれの医療機関でも造影CTのみが選択される割合は小さく,これはガイドライン策定前後でも変わらない傾向であることから,ガイドラインの臨床現場への浸透が不十分である可能性が示唆された.
CT検査が選択される背景としては,臨床的には疑わしいものの技術的な問題で超音波検査では確定・否定することができない場合と,診断を確定してからでないと外科にコンサルト・転院搬送してはいけないという考えで行われる場合があると推察される.しかし,初期の虫垂炎と腸間膜リンパ節炎などは,熟練した検査者でも超音波検査による鑑別は難しいことがある.しかし,その場合にはおそらく全身状態は安定しているはずで,内科的な治療を開始して,その後の経過に合わせて画像検査のフォローアップ,または転院搬送をするという方針も取ることができる9).一方で内科的な治療が臨床的に困難と判断されるような重症例や穿孔が疑われる場合は,たとえ診断がついたとしても外科医が対応する必要があり,CT検査の適応も含めて,早期(検査前)に小児外科・放射線科専門医のいる小児専門病院にコンサルト・転院搬送することで,過剰な検査を避けることができると考えられる.
急性虫垂炎の画像診断における超音波検査の有用性に対する認識の広がりや,被ばくなどの問題のあるCT検査を避けようとするのは世界的な潮流とみられる10,11).しかし本研究の結果やGlassらの報告12)にあるように,実際にCT検査が行われているのは治療を担う三次医療機関(definitive care hospitals)ではなく,患者が最初に訪れ,診断の必要に迫られている一次や二次医療機関(referral hospital)である.したがって上記のような急性虫垂炎の診断,治療に対する考え方を,単施設だけでなく医療圏で共有し,実践していくことがCT検査を減らすために重要なことのひとつと思われる.
本研究は当院の診療録や診療情報提供書の記載をもとにした後方視的な研究のためいくつかの限界が存在する.ひとつには,症状や身体所見などの記載内容が様々であり,個々の症例の画像検査の適応については評価できていない.また他院で虫垂炎が疑われて画像検査が施行されたものの外科疾患が否定された場合や,虫垂炎であっても内科的な治療が選択された場合は当院に紹介となっておらず,画像検査数は過小評価されている可能性がある.また乳幼児の場合はほぼ小児外科に紹介となると思われるが,中学生程度や体格の良い小児の場合は総合病院の一般外科で診断・治療が行われている可能性があり,この場合も画像検査数を過小評価している可能性がある.
本研究は,小児外科医・病院スタッフともに診察・入院依頼のある患者は断らない姿勢で,手術室も常時手術可能な体制をとり,放射専門医が常勤しているという非常に恵まれた環境で行われたものであり,どの病院,地域にも上記の結果や改善策をそのまま当てはめることはできない.しかし,少なくとも当院の医療圏内では,今後この研究結果をもとに啓蒙活動を行って放射線被ばくを減らしていく努力をしていく必要があり,他の医療圏でも同様の研究が行われ,まずは実態を明らかにしていくことが望まれる.
小児急性虫垂炎診療ガイドラインの策定前後で,画像検査として超音波検査が第一選択とされた割合はやや増加しているものの,未だ十分とは言えない.またCT検査が施行された割合も増加していたが,ガイドラインの推奨通り1回の造影CTが選択された割合は低かった.画像診断の選択の観点からは小児急性虫垂炎診療ガイドラインが臨床現場へ浸透しているとは言えず,超音波検査の普及,放射線被ばくを減らすためのさらなる努力が必要である.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.