2024 Volume 40 Issue 2 Pages 111-115
Kallmann症候群は,低ゴナドトロピン性の性腺機能低下症と嗅覚異常を合併する遺伝性疾患であり,遺伝形式ごとに様々な随伴症状を認める.症例は3歳男児.1歳半健診で指摘された視線の合いにくさを契機に,斜視,左眼瞼下垂及び左弱視を認め,頭部MRI検査で嗅球及び嗅溝,嗅索の欠損があり,Kallmann症候群が疑われた.血液検査でゴナドトロピン低値を認め,遺伝子検査でANOS1遺伝子(KAL1遺伝子)変異を同定し,Kallmann症候群と確定診断した.また,腹部MRI検査と腎シンチグラフィー検査で右単腎と診断した.Kallmann症候群は思春期遅発症を契機に診断されることが多いが,様々な随伴症状を呈するため,眼瞼下垂や弱視,腎形成不全等の随伴症状を契機に早期診断できる可能性がある.また,頭部MRIでの嗅球および嗅溝,嗅索の欠損は本症に特徴的な所見であり,Kallmann症候群の診断に有用である.
Kallmann syndrome is a genetic disease that combines hypogonadotropic hypogonadism and olfactory abnormality, with various accompanying symptoms depending on the genetic type. The patient in this case was a 3-year-old boy. At a health checkup at 1.5 years old, poor eye contact was noted, which led to strabismus, left eyelid ptosis, and left amblyopia. A head MRI scan incidentally revealed the absence of the olfactory bulb, olfactory sulcus, and olfactory tract. Kallmann syndrome was suspected. Subsequent examination revealed low gonadotropin levels and a pathogenic variant of the ANOS1 (KAL1) gene, leading to a definitive diagnosis of Kallmann syndrome. Abdominal MRI and renal scintigraphy revealed that the patient had a single right kidney. Kallmann syndrome is often diagnosed with delayed onset of puberty, but due to the various accompanying symptoms, it may be possible to make an early diagnosis based on symptoms such as ptosis, amblyopia, and renal hypoplasia. In addition, the absence of the olfactory bulb, olfactory groove, and olfactory tract on head MRI is a characteristic finding of Kallmann syndrome and is useful for diagnosis.
Kallmann症候群は,低ゴナドトロピン性の性腺機能低下症と嗅覚異常を合併する疾患である.発症頻度は男性で約1万人に1人,女性で5万人に1人とされ,男性優位に発症する1).本症は,X連鎖潜性(X-linked recessive; XR),常染色体顕性(autosomal dominant; AD)・潜性(autosomal recessive; AR)遺伝形式などのさまざまな遺伝形式をとり,責任遺伝子ごとに特徴的な随伴症状を認める.多くは二次性徴の始まる15歳前後に思春期遅発症を契機に診断され治療開始となる.
今回,左眼瞼下垂と弱視を契機に撮像したMRIで嗅球欠損などの特徴的な所見を認め,早期にKallmann症候群と診断した3歳男児例を経験したため報告する.
症例:3歳男児
主訴:左眼瞼下垂,左弱視
現病歴:1歳半健診でアイコンタクトが乏しく,紹介された療育機関で斜視の可能性を指摘された.2歳9か月,近医眼科より精査目的に当院眼科へ紹介となり,ごく軽度の左眼瞼下垂,軽度の左内斜視および左弱視(右0.6,左0.01)を認めた.
弱視の原因検索目的に実施した頭部MRI検査で,両側嗅溝は無形成かつ嗅索・嗅球は同定困難であり,Kallmann症候群の可能性を疑われ精査目的に当科へ紹介となった.
出生歴:在胎41週2日,出生体重3355 g,仮死なく出生した.新生児マススクリーニング検査および新生児聴覚スクリーニング検査は正常であった.
既往歴・発達歴:運動発達遅滞や言語発達遅滞はないが,ややこだわりが強い面がみられた.
家族歴:血族婚はなく,二次性徴障害の家族歴は認めなかった.
身体所見:身長100.2 cm(+0.5SD),体重15.5 kg(+0.4SD)と体格は平均的であった.左眼瞼下垂を認めるほか,頭頸部・胸腹部に特記所見はなし.外陰部は正常男性型で停留精巣は認めなかった.
神経学的所見:視力は右眼0.6,左眼0.01と左弱視を認めた.視野障害はなく,眼位や眼球運動異常はなく,眼振も認めなかった.その他,神経学的所見は全て正常であった.
血液検査所見:血算,一般生化学検査は特記所見なく,内分泌検査では,LH 0.1 mIU/mL以下(前思春期のLH基礎値0.0–0.4 mIU/mL),FSH 0.279 mIU/mL(前思春期のFSH基礎値0.6–30 mIU/mL),エストラジオール5.0 pg/mL以下(2~4歳の年齢別基準値17.6 ± 18.4 pg/mL),テストステロン0.04 ng/mL以下(1~4歳の年齢別基準値11.7 ± 3.4 ng/dL)とゴナドトロピンは低値であった.その他,甲状腺機能,成長ホルモン,副腎皮質ホルモンは正常範囲であった.
画像検査所見:頭部MRI検査では,両側嗅溝は無形成であり.両側嗅索・嗅球は同定困難であった(Fig. 1).両側の視神経や脳実質に異常所見は認めなかった.腹部エコー及びMRIでは,左腎臓は同定できず,99mTc-dimercaptosuccinic acid(DMSA)シンチグラフィーで右単腎と診断した.また右腎は代償性肥大が示唆された(Fig. 2).
a.STIR画像冠状断,b.T1強調画像冠状断:両側の嗅球(白矢印)は無形成であり,嗅溝(白三角)は同定困難.
左腎は描出されず,異所性腎も認めなかった.右腎は代償性肥大が示唆された.ラジオアイソトープ摂取率:右=37.7%,左=0.0%.
遺伝子解析:Kallmann症候群の原因遺伝子であるANOS1遺伝子(KAL1遺伝子)にヘミ接合性フレームシフトバリアントc.550dup(p.Leu184ProfsTer20)が検出された.
経過:今後は二次性徴の出現時期を待ち,性ホルモン補充療法を検討していく方針としている.また,右単腎であるが現時点では腎機能低下は認めておらず,外来で定期フォローアップを行っていく.視力に関しては健眼遮蔽による弱視視能訓練を継続し,視力は右眼0.9,左眼0.5と改善傾向を認めている.
中枢性である低ゴナドトロピン性の性腺機能低下症(hypogonadotropic hypogonadism; HH)は,嗅覚正常なHH(normosmic hypogonadotropic hypogonadism; nHH)とHHに嗅覚異常を伴うKallmann症候群の二つのカテゴリーに分類される2).Kallmann症候群はHHの代表疾患で,遺伝的異質性が高く,XR遺伝形式,AD・AR遺伝形式などのさまざまな遺伝形式をとることが知られている.1991年にXR遺伝形式を示す責任遺伝子としてKAL1(ANOS1)遺伝子が同定されて以来,現在までに15種類以上がKallmann症候群の責任遺伝子として報告されている.
HHの症状として,男児では乳幼児期に小陰茎や停留精巣,小精巣を認めることがあるが,女児では乳児期に特徴的な所見はみられず,思春期遅発症を契機にHHと診断されることが多い.しかし,Kallmann症候群ではnHHと異なり,各遺伝子変異に特徴的な随伴症状が認められることが多いため(Table 1),随伴症状を契機に診断される症例もある.本症例では性腺機能低下症状を来す以前の幼児期に左眼瞼下垂と左斜視を契機に頭部MRI検査で嗅球・嗅溝の欠損を確認し,ANOS1遺伝子変異も同定されKallmann症候群の診断に至った.本症例で同定されたANOS1遺伝子変異では,片腎欠損,鏡像不随意運動がそれぞれ30%,75%3)で認めることが報告されており,本症例でも左腎欠損を認めた.鏡像不随意運動については低年齢であり所見の確認が困難であった.また,片側眼瞼下垂および斜視に関しても,ANOS1遺伝子変異で数例の症例報告がある4–6)ことから,ANOS1遺伝子変異に特徴的な随伴症状である可能性がある.本症例では眼科的異常として左眼瞼下垂,左内斜視,左弱視を認めた.弱視の判定は乳幼児では困難な場合もあるが,本症例では視力検査が可能であり右目の視力低下は無かったことから左目の視力低下は有意な所見であると考え弱視と判定した.また眼瞼下垂の程度は軽度で弱視の原因となり得るものではなく,斜視が原因である斜視弱視と判断した.その他,FGFR1遺伝子変異等では,Kallmann症候群の表現型を含み,遺伝的・臨床的にオーバーラップする「オーバーラップ症候群」も認められる.
責任遺伝子 | 遺伝形式 | 随伴症状 | オーバーラップ症候群 |
---|---|---|---|
KAL1(ANOS1)(KS1) | XR | 片側腎欠損(30%),鏡像不随意運動(75%),眼瞼下垂,斜視,難聴 | |
FGFR1(KS2) | AD | 口唇口蓋裂,歯牙欠損,手指の奇形,虹彩欠損,midline defects | Hartsfield症候群 split-hand/foot malformation |
PROK2(KS3) | AR | けいれん,睡眠障害,線維性骨異形成症,鏡像不随意運動 | |
PROKR2(KS4) | AD,AR | morning glory症候群 | |
CHD7(KS5) | AD,AR,oligogenicity | 難聴,耳奇形,口唇口蓋裂 | CHARGE症候群 |
FGF8(KS6) | AD | 口唇口蓋裂 midline defects |
Kallmann症候群の嗅覚異常は生下時より認めるが,本人や両親でも思春期に達するまで嗅覚障害に気付かないことも多く,本症例でも嗅覚異常の自覚はなかった.嗅覚異常の評価は,嗅覚検査として静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)やT & Tオルファクトメーターを用いた基準嗅力検査が検討されるが,小児での施行は困難である.嗅球・嗅溝欠損の所見はKallmann症候群だけでなく,全前脳胞症,中隔視神経形成異常症,CHARGE症候群等でもみられるが,いずれも臨床的・遺伝学的に特徴を有する疾患であり,頭部MRIで嗅球・嗅溝欠損所見が確認された際には,Kallmann症候群を含むこれらの疾患を鑑別に挙げ精査を実施する必要がある7–9).またKallmann症候群の頭部MRI所見として,嗅溝・嗅球の欠損以外に下垂体前葉の低形成を認めることがある10).
頭部MRIでの嗅覚系の形態評価には,特にT2強調像やT1強調像の冠状断が有用であり,2Dで撮像する際には,2–3 mmスライス厚のなるべく薄いスライスで撮像することが望ましい.通常ガドリニウム造影は不要である.また,可能であれば3Dでの撮像が望ましく,脂肪抑制併用3D-FLAIR画像が嗅球,嗅索の欠損の有無に有用との報告や11),CISS(constructive interference in steady state)や MPRAGE(magnetization-prepared rapid acquisition with gradient echo)を推奨する報告もある12,13).通常,嗅球は篩板に沿った明瞭な構造として認められ,嗅球体積は欧州の報告では健常者の基準として45歳未満で58 mm3以上,45歳以上では46 mm3以上が提唱されており,小児でも幼児期にはすでに成人レベルの嗅球体積に達しているとされる11).嗅溝は直回と内側眼窩回の間に認められ,眼球後端レベルのMRI冠状断における嗅溝の深さが8 mm以下であると先天性嗅覚障害が示唆される8).またVogl et al.によるKallmann症候群18例の検討では,嗅球欠損が17例に見られたのに対し,嗅溝の低形成は10例にとどまると報告されており,嗅溝が同定されても,嗅球が欠損する可能性があり,同疾患が疑われた場合は丁寧に同部を観察すべきである14).
Kallmann症候群は各遺伝子変異に特徴的な随伴症状を認めるため,随伴症状を周知することで本疾患の早期発見および早期治療につながる可能性がある.また,小児において嗅覚異常の検出は困難であり,頭部MRIでの嗅球・嗅溝の欠損所見がKallmann症候群の診断の一助となりうる.
本論文の要旨は,第57回日本小児腎臓病学会で発表した.
本論文の投稿にあたり,患者家族に文書にて同意を得た.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.
遺伝子診断にご協力いただきました国立成育医療研究センター分子内分泌研究部 深見真紀先生に深謝致します.