Journal of Japanese Society of Pediatric Radiology
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Conference Report
My Second International Conference: Doha, and Onward to the Next Challenge
Ryoko Asahara
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2026 Volume 42 Issue 1 Pages 2-3

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今回,日本小児放射線学会より,補助金をいただき,二度目となる国際学会への参加が実現した.初めての参加は昨年,インドネシアのバリ島で開かれたアジア・オセアニア小児放射線学会(AOSPR)だった.私にとって十年ぶりの海外渡航であり,何より初めての国際学会デビューだった.

バリでの記憶は今も鮮明だ.たどたどしい英語で話す私に,各国からの参加者たちは優しく耳を傾けてくれた.時には私の言いたいことを察して,会話を繋いでくれる方もいた.何より心強かったのは,AOSPRの理事でもある河野達夫先生が会話の糸口となるボールを投げてくれたことだ.私はそれを打ち返すだけでよかった.そのお膳立てがあったからこそ,なんとか乗り切ることができた.これらの経験が私の背中を押し,今回の二度目の参加へと繋がった.

今年の開催地はカタール,ドーハ.初の中東開催であり,学会設立二十五周年という節目の大会だった.恥ずかしながら,私にとってカタールは「ドーハの悲劇」でしか知らない国だった.しかもその詳細すら説明できないほどに.

実際に訪れてみると,カタールは想像以上に国際的で近代的な都市だった.周辺国からの労働者なのか,街で出会う人々の多くは現地に居を構える外国人だった.こちらも,あちらもカタコト.しかし不思議と意思疎通はできるものだ.アラビア文字は全く読めなかったが,幸い英語の表記が併記されており,移動に困ることはなかった.街並みは驚くほど清潔で整然としており,近代的な建物が立ち並ぶ美しい都市だった.

学会では各国の先生方が十五分から二十分程度で教育的な講演をしてくださった.専門的でありながらも分かりやすく,多くの学びを得ることができた.そして学会最終日の夜.優雅なディナーをいただいた後,会場は一転して宴会の雰囲気となった.各国で芸を披露し合うのが恒例らしい.今年は準備ができなかったが,何もしなくても決して咎められることはない.それでも,来年タイで開催される次回大会では,みなで何か披露できないかと今から画策している.

振り返れば,英語も満足に話せず,コミュニケーション能力も決して高くない,どちらかといえば引きこもり体質の私でも,なんとか過ごすことができた.これは大きな自信となった.

AOSPRは来年タイ,再来年以降はマレーシア,インドの順で開催される.そして4年後には満を持して日本で開催される.日本開催に向けて,より多くの方々と一緒にこの学会に参加したいと思う.言葉の壁も,性格の壁も,乗り越えられないものではない.一歩踏み出す勇気さえあれば,きっと新しい世界が待っている…(と,すでに震える手足を奮い立たせている).

Fig. 1  会場にて
Fig. 2  伝統市場Souq Waqifにて
 
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