2019 Volume 28 Issue 2 Pages 244-248
セルフマネジメント支援は,患者の病態が落ち着いた慢性期に行われるのが一般的である.しかし,高齢化や平均在院日数の短縮が進む中,慢性期移行後のセルフマネジメント支援の開始では,セルフマネジメント能力を獲得できないまま患者が退院となるケースも少なからずある.そこで,急性期~回復期の時期に着目した.急性期は,ベッドサイドにある生体情報モニターにより,数値と症状・徴候をタイムリーに照らし合わせる環境が整っており,かつ,増悪時の鮮明な身体感覚が残っている時期である.これらをうまく活用しながら,セルフモニタリング支援を開始することが患者のセルフマネジメント能力の回復・向上に有効と考える.
当センターでは,慢性呼吸器疾患患者が自身の療養生活の中で必要となるテーラーメイドの知識・技術を持ち,息切れや咳・痰などの諸症状と折り合いをつけながら生活ができるように,病棟や看護専門外来でセルフマネジメント支援を行っている.その結果,患者のセルフマネジメント能力は向上してきている.しかし,そのような患者でも,一旦急性期病棟に入院すると,「先生におまかせします.」と言い,主導権を放棄してしまうことも少なくない.そして,患者が高齢であればあるほど,慢性期に移行しても入院前のセルフマネジメント能力が回復しなかったり,能力を取り戻すのに時間を要すことを度々経験する.また,平均在院日数の短縮が進む中,慢性期移行後のセルフマネジメント支援の開始では,患者はセルフマネジメント能力を獲得できないまま退院となるケースが後を絶たない.
セルフマネジメントは,「患者が自分の自覚症状やデータやストレス状況をアセスメントして,病気や社会生活や感情について自己管理する方法を身につけること」1)であり,「より良いセルフモニタリングによって改善する」2)とも言われている.急性期は,ベッドサイドにある生体情報モニターにより,数値と症状・徴候をタイムリーに照らし合わせる環境が整っており,かつ,患者には増悪時の鮮明な身体感覚が残っている時期である.これらをうまく活用しながら,セルフモニタリング支援を開始することが急性期~回復期患者のセルフマネジメント能力の回復・向上に有効と考える.
本稿では,急性期から回復期におけるセルフマネジメント向上に向けた看護支援について事例を紹介しながら概説する.
A氏 70歳代 男性.
疾患:気腫合併型肺線維症.
診断:間質性肺炎の増悪,もしくは細菌性肺炎・真菌性肺炎の疑い.
経過:右下肺野の陰影増強に伴い,呼吸状態が悪化し,非侵襲的換気療法(non-invasive positive pressure ventilation:以下,NPPV),点滴(ステロイドパルス,抗生剤,抗菌剤)加療目的にてHCUに入室した.入室時,動脈血ガス分析(オキシマスク15 L/min)は, PH 7.438, PaO2 75.0 Torr, PaCO2 46.6 Torr, HCO3- 31.0 mEq/L,血液検査は,WBC 10,600/μL, CRP 9.42 mg/dl, KL-6 528 U/mlであった.身体所見としては,体温 37.1°C,心拍数 100回/min,血圧 140/83 mmHg,呼吸数 30回/min(頸部の呼吸補助筋使用あり),呼吸困難 修正Borg scale 8,呼吸音 両肺底部から背部にかけてfine crackles,両肺野全体にwheezesが聴取された.入室時は,喘鳴が強く,終日NPPV(IPAP 10/EPAP 8 cmH2O, FiO2 50%)が必要な状況であったが,次の日には,喘鳴は軽減し,CPAP(6 cmH2O),FiO2 40%まで下げることができていた.よって,ハイフローセラピーを導入すれば,食事を開始できる状況とアセスメントできた.しかし,患者の表情は暗く,「先生,看護師さんにお任せします.自分には分からないし,何もできないので.」「ごはんは,無理して食べなくていいです.」という反応であった.いつも力強く,前向きなA氏がパワーレスネスの状態に陥っていた.
セルフマネジメント支援では,「パートナーシップの形成」が鍵となる.そのためには,最初の出会いの時に,看護師が患者とともに考えていきたいと思っていることを言葉で伝え,苦痛を分かろうとしてくれている人と患者に認識してもらうことが大切である.よって,まず,呼吸器看護を専門とした看護師であると自己紹介し,現状を乗り越えるための方策を一緒に考えていきたいことを伝えた.そして,呼吸音から読み取れる肺コンプライアンス低下・気道狭窄の病態とその苦しさへのねぎらいの言葉をかけた.その上で,主治医と事前に打ち合わせをしていたハイフローセラピー導入の提案を行った.すると,「じゃあ,やってみます.ちょっとでも,食べましょうか.」と少し和らいだ表情での返答があり,その後,食事を開始した.
2. 生活者としての患者の物語を聴くクライアントの価値観によって,同じ症状や状態でも個人にとっての意味は異なり,反応も当然違ってくる.したがって,セルフマネジメントの援助をするためには,看護者はクライアントの「病みの軌跡」を聴くことが必要である3).「病みの軌跡」とは,ストラウス(Strauss)らが開発した慢性疾患管理の看護モデルであり4),病気の慢性的状態は一つの行路をもち,その行路は適切に管理すれば方向づけることができるとされている5).そして,軌跡には前軌跡期,軌跡発症期,クライシス期,急性期,安定期,不安定期,立ち直り期,下降期,臨死期の局面が存在し,それぞれの局面によって問題や管理が異なってくると言われている.
慢性安定期であれば,病気と診断されてからの経緯とその局面ごとの思いや行動,現在の思いなどを具体的に確認する作業を行うが,A氏においては会話で喘鳴が出現する急性期の状況であったため同様の確認作業は困難であった.また,患者は元警察官であり,弱音を吐かない人でもあったため,先に家族からの語りを聴き,その後に患者からの語りを聴くように配慮した.確認事項は,今現在,「病みの軌跡をどのように捉えているのか」「苦痛は何か」に焦点を絞った.語りを下記に示す.
家族(娘):「夜寝れなかったのがつらかったみたいです.」
「私や母には言わないのですが,面会に来た叔父にだけ,もうダメかもしれないと言ったみたいなんです.」(涙を流す)
A氏:(心は折れてきていないかと問いかけると)「心は折れてるよ.」
「熱がでたと思ったら,ゼーゼーいうようになって.こんな苦しくなったのは初めてです.どう動いたらいいのか分からなくなって.限界です.」
「(NPPV)マスクがブーブーいって寝れないし…どうしたらいいか自分にはもう分かりません.お手上げです.」
3. 問題点の明確化問題を明確にしていく際に大切なことは,患者が今一番苦痛と思っていることや気になっていることは何かを丁寧に聴くこと,その思いに共感すること,そして,専門的知識に照らし合わせて確認することである.これらを行うことで,下記に挙げた3つの問題点が,パワーレスネスの原因になっていると考えられた.
①患者は,動き方さえ分からなくなるほどの壮絶な呼吸困難により「差し迫った死の自覚」を抱き,病みの軌跡を臨死期と捉えていると推察された.一方,医療者は,胸部レントゲンでの陰影や聴診におけるfine cracklesの上・中肺野への拡大がないため,治療により立ち直り期への移行も可能であると捉えていた.よって,患者‐医療者間での軌跡の予想のずれを刷りあわせる作業が必要と考えられた.
②マスクリークが原因で眠れない苦痛がある.
③NPPVは初めての体験であり,治療の位置づけやマスクリークをはじめとした不快をどのように対処したらよいか分からず困惑している.
4. 共同目標の設定ここでは,患者-看護師間でお互いの目標を照らし合わせながら,実現可能な,小目標を設定することが重要となる.A氏はまず,睡眠という生理的ニーズの充足を目標に挙げた.そして,医療者もまた,その目標を達成することが,急性期でコントロールの感覚を取り戻す糸口になると考え,以下の順で目標を設定した.
長期目標:患者が自己コントロール感を取り戻し,自己の症状・徴候,治療法と折り合いをつけることができる.
短期目標① マスクリークを減らし,睡眠が得られる.
短期目標② 今の身体と増悪時の状況を医療者とともに捉えなおし,積極的に治療にのぞむことができる.
5. アクションプランの援助アクションプランの援助では,専門的知識を用いながら,患者のレディネスや病態にあった支援を行っていくことが大切である.
・短期目標①への支援
患者は,義歯をはずして寝る習慣があり,口角にくぼみができてしまうことで,リークが増強していると考えられた.そのため,義歯をはめてNPPVを装着することを患者に伝え,スタッフ間でも情報共有した.また,患者に眠剤について情報提供を行い,不眠時は使用できることを説明した.眠剤の服用により,目覚めなくなるのではないかという不安を語っていたため,今の病状,薬剤の効能上その心配はないことを保証した.
・目標②への支援
まず,症状と病態をつなぎ合わせるために「元々肺が硬く膨らみにくいところに,今回,気管が狭くなって息が吸えない,吐けない状況が加わり,ひどい息切れと喘鳴,首・肩の筋肉を使った努力呼吸が起こっている」ことを説明した.そして,その状況を改善するためには,NPPVが効果的であり,「圧(風)をかけることで,気管や肺が広がり,息がしやすくなることや,低酸素の改善,筋肉の疲労をとること」など治療の効果と目的とをからめて情報提供を行った.また,グラフィックモニター上で吸気努力の増強を認めた際には,タイムリーに患者の呼吸困難の程度を確認し,医師へ情報提供を行い,医師・患者と協働しながら設定調整を行った(図1).設定変更の後には,客観的データと主観的データが改善しているかを患者と共に評価し,患者の主観的情報が効果的な治療につながったことを伝えた.これは,患者の治療参画の意識,自己コントロールの感覚の向上につながった.
吸気努力が増強した時の波形と吸気努力が軽減した時の波形
患者は,増悪時の症状を認知することで慢性安定期において増悪のセルフマネジメントができるようになる.そのため,会話が可能となった時点で,増悪時の症状の認識を高める作業として,増悪時の体験の振り返りを行った.また,生体情報モニターにより,SpO2と心拍数,呼吸困難や動悸の程度を照らし合わせ,共に評価することで,セルフモニタリング力の向上を図った.さらに,症状・徴候の改善が見られるようになった時期には,主観的データと客観的データを共に評価し,病みの軌跡が,臨死期ではなく,立ち直り期へ移行していることを一緒に捉えなおす作業を行った.
支援翌日には,眠剤の内服と,義歯をつけたままでのNPPV装着にて良眠が得られ,「生まれて初めて睡眠薬を飲んでぐっすり寝れましたよ.」「今日は,楽.これならご飯は全量摂取できます.」との発言が聞かれた.その日以降,患者は,自ら睡眠のコントロールを図るようになり,不眠時は自ら眠剤を希望するようになった.
2. 短期目標②について 1) シンプトン(症状)・サイン(徴候)マネジメント増悪時の振り返りでは,「熱が出たと思ったら,ゼーゼー言い出した.でも,その前に動いた時の息切れがいつもよりきつくなってた気がする.」と語り,呼吸困難の増強が前兆であったと振り返ることができた.また,立ち直り期には,「しんどかったときは,(SpO2)90%切ったらしんどく感じたけど,ちょっと元気になってきたら90%切ってもしんどく感じなくなってる.でも,ちょっと動悸があるのは分かるね.そのときは,(SpO2)90切ってて,脈が120超えてる.ここで動き止めないとね.」と気づきを語ることができていた.これは,ベッドサイドにある生体情報モニターを活用しながらセルフモニタリングを行うことで,呼吸困難の程度とSpO2の低下は相関しないこと,動悸が休憩の目安になることを自身で見出した結果であると考える.
2) 治療・セルフケアへの姿勢看護職者は,患者の自立・自律を支持する姿勢を常にもち,患者の意思をできる限り反映させながらNPPV着脱やセルフケアの支援を行った.その結果,急性期には「ゼーゼーいうから,(NPPV)マスクつけておこうか」と自ら看護師に提案する様子がみられた.また,気道抵抗の軽減後は,酸素流量とSpO2値を見ながら「そろそろトイレに降りれませんか,いけそうな気がします」との発言が聞かれ,自分で自分の身体を捉え,どうすべきかを自己でもコントロールしだすようになった.つまり,患者は,自己コントロール感を取り戻すことができたと考えられる.この後,患者は一般病棟に退室されたが,回復期へ移行後もセルフマネジメント能力は維持できており,自宅へ帰る方法を医療者とともに考え退院された.
・現在,慢性期でのセルフマネジメント支援が主であるが,増悪の体験が鮮明な時期は急性期である.よって,シンプトン・サインマネジメントなどのセルフモニタリングを開始する時期としては急性期(食事や会話ができるようになったときぐらい)がよいと考える.
・急性期は自己コントロール感を失いやすい時期である.急性期においても早期に,パートナーシップを形成し,共同して症状や徴候,ストレスと向き合う作業を行うことで,自己コントロール感が高まり,症状や疾患との折り合いの形成を促進することができる.また,それが,患者の自立,自律につながる.
・急性期はお任せ医療になりがちだが,急性期からパートナーシップを構築し,セルフマネジメント支援を開始することで,慢性期移行後も支援をスムーズすすめることができると考える.
急性期から始めるセルフマネジメント支援は,実践知であり,エビデンスはない.今後,賛同してくれる医療者を増やすとともに,効果を検証していくことが必要と考える.また,急性期は,回復の過程であり,患者が今後の療養生活について考える準備がまだ整ってはいない.よって,急性期に開始したセルフモニタリング支援は呼吸不全が改善した慢性期にケアを引き継いでいかねばならない.そのためには,急性期から慢性期にスムーズに引き継ぎができるシステム構築が必要といえる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.