The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Workshop
Clinical benefit of expiratory muscle strength training: Investigation on swallowing function and cough strength in stroke patients with dysphagia
Yuichi TawaraIchiro FujishimaShinichi ArizonoKazuyuki MorishitaSatoshi HanaiYoshiro OkadaNorimasa KatagiriRyo Kozu
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2019 Volume 28 Issue 2 Pages 279-285

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要旨

目的:咳嗽力を高めるための呼気筋トレーニング(以下EMT)が摂食嚥下障害にも有効と言われているが,脳血管障害での報告は少ない.今回,摂食嚥下障害を有する脳血管障害患者にEMTによる咳嗽や嚥下への効果について検証した.

方法:摂食嚥下障害を有する脳血管障害患者に対し,最大呼気圧の75%強度でEMT負荷圧を設定し,1日25回,週5日の頻度で4週間EMTを実施した.その前後で呼吸筋力,咳嗽時最大呼気流量,嚥下機能検査,発声機能検査,肺機能検査を測定し比較検討した.

結果:16例の患者にEMTを実施し,呼吸筋力,嚥下機能,咳嗽時最大呼気流量,発声機能,肺機能において有意な改善を認めた.また,嚥下に関連する主観的症状の有意な改善も認めた.

結論:摂食嚥下障害を有する脳血管障害患者へのEMT実施は,気道分泌物喀出能の改善や誤嚥リスクを軽減することができ,誤嚥性肺炎予防の手段として期待できることが示唆された.

緒言

肺炎は本邦の死亡原因の第5位であり,そのうち97.9%が65歳以上の高齢者で占めている1.国内の大規模な前向き調査では,全肺炎入院患者の80.1%が70歳以上の高齢者であり,かつ66.4%が誤嚥性肺炎で,高齢化するほどその割合が高くなると報告されている2.誤嚥性肺炎を引き起こす原因としては,脳血管障害に合併する摂食嚥下障害によるものが最も多く,その合併率は22~65%と高率である3,4.摂食嚥下障害合併例では,非合併例と比較し肺炎の発症率は3倍上昇し,誤嚥を有する者になると11倍高くなる5.また,咳嗽反射の低下や全身状態不安定な患者でも肺炎の発症率は上昇するが6,摂食嚥下障害患者においても咳嗽能力の低下は呼吸器合併症の発生リスクを高くすることが報告されている7.したがって,摂食嚥下障害患者における肺炎の予防および早期改善は重要な課題であり,誤嚥の軽減を目指した摂食・嚥下リハビリテーション介入は不可欠である.

近年,咳嗽機能向上を目的とした呼気筋の強化トレーニング(expiratory muscle strength training:以下EMT)が,咳嗽機能の改善とともに,嚥下機能向上も期待できると報告された8.パーキンソン病患者に最大呼気圧の75%強度にてEMTを4週間行った検証では,咳嗽機能の改善とともに喉頭侵入・誤嚥スコアや嚥下に関するQOLの改善を認めたと報告している9,10.さらには筋萎縮性側索硬化症においてもEMTにより嚥下機能が改善したとの報告もある11.しかし,誤嚥性肺炎のリスクが高い摂食嚥下障害を最も合併しやすい脳血管障害に対する検討は依然少ない12

そこで本研究では,脳血管障害後の摂食嚥下障害患者に対してEMTを行い,咳嗽機能や嚥下機能がどの程度改善するか,さらにはEMTが摂食嚥下機能に及ぼす影響について,自覚症を指標として検証することを目的とした.

対象と方法

1. 対象

対象者は,聖隷三方原病院リハビリテーション科および浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション科に入院および外来通院し,内科的に病態の安定している摂食嚥下障害を有する脳血管障害患者とした.摂食嚥下障害については,嚥下造影検査にて障害ありと医師から診断を受けたものとした.循環動態が不安定なもの,指示理解に支障のある認知機能低下があるもの,慢性呼吸器疾患を有するもの,口唇閉鎖機能に問題のあるものは対象から除外した.

本研究は聖隷クリストファー大学の倫理審査委員会の承認(承認番号09084)を得て実施した.研究対象者には紙面及び口頭にて本研究の趣旨と目的の説明を十分に行い,本研究への参加について本人の自由意志による同意を文章にて取得した.

2. 方法

1) EMT器具

EMTは,Philips Respironics社製 Threshold PEP®を使用し,呼気の負荷強度をより高く設定できるようにThreshold IMT®を独自に作成した連結ソケットで接続し,テープで補強した(図1).本器具については,事前に呼吸筋力計で負荷圧の校正を実施した.

図1

呼気筋トレーニング器具

Philips Respironics社製Threshold IMT®およびThreshold PEP®をアクリルで作成した連結ソケットで繋いで使用した.長さ30cm,重量92g,最大負荷圧は61cmH2Oまで設定可能.

2) 研究プロトコール(図2

本研究は,単一対象群における前後比較研究にて行った.

図2

研究プロトコール

MEP: maximum expiratory pressure,EMT: expiratory muscle strength training

EMT実施のプロトコールは,事前に呼吸筋力計にて測定した最大呼気圧の75%にてEMT負荷強度を設定し,設定負荷にて1日5呼吸を5セットの計25回,週5日の頻度で4週間行うこととした.また,EMTの実施方法については,肢位は基本的に安楽坐位にて行い,器具の端にあるマウスピースを口角から空気漏れが無いよう口唇でしっかり咥えて隙間を無くし,器具の中に向かって息を吐くよう説明した.鼻咽腔閉鎖機能不全がある患者では,鼻にノーズクリップを装着して鼻腔からの空気の漏れを防ぎながら行うこととした.また,対象者およびご家族にEMT実施方法の説明書を渡し,実施方法を忘れた時などに確認ができるよう配慮した.さらに,EMTの実施状況を把握するため,対象者に実施状況の記録を依頼した.

EMTの介入効果を評価するために,介入開始前および後に呼吸筋力,嚥下機能検査,咳嗽時最大呼気流量(cough peak flow:以下CPF),発声機能検査,肺機能検査を測定した.

3) 各測定方法

呼吸筋力はCHEST社製機器の名称HI-801を用いて,最大吸気圧(maximum inspiratory pressure:以下MIP),最大呼気圧(maximum expiratory pressure:以下MEP)を測定した.それぞれ事前練習の後3回実施し,最大値を採用した.測定手順等はAmerican Thoracic Society/European Respiratory Societyのガイドライン13に従った.

嚥下機能の検査については,自覚症を調査できる聖隷式嚥下質問紙14と反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test:以下RSST)15を行った.聖隷式嚥下質問紙は15項目からなり,肺炎の既往,栄養状態,口腔期,咽頭期,食道期,声門防御機構などが反映されるよう構成されており,回答は「A:重い症状」,「B:軽い症状」,「C:症状無し」で行う(表1).この質問紙ではAに1つでも回答があれば「摂食嚥下障害あり」と判定し,AはなくてもBに1つ以上回答がある場合は「摂食嚥下障害疑い」もしくは「臨床上問題ないレベル」と判定する14.反復唾液嚥下テストは,椅子座位にて30秒間で何回空嚥下が出来るかを測定した15,16

表1 聖隷式嚥下質問紙12
氏名             年齢    歳    男 ・ 女
回答者:本人・配偶者・(      )
平成   年   月   日
 あなたの嚥下(飲み込み,食べ物を口から食べて胃まで運ぶこと)の状態についていくつかの質問をいたします.ここ2,3年のことについてお答えください.
 いずれも大切な症状ですので,よく読んでA,B,Cのいずれかに丸をつけて下さい.
1.肺炎と診断されたことがありますか?A.繰り返す B.一度だけ C.なし
2.やせてきましたか?A.明らかに B.わずかに C.なし
3.物が飲み込みにくいと感じることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
4.食事中にむせることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
5.お茶を飲むときにむせることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
6.食事中や食後,それ以外の時にものどがゴロゴロ(痰がからんだ感じ)することがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
7.のどに食べ物が残る感じがすることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
8.食べるのが遅くなりましたか?A.たいへん B.わずかに C.なし
9.硬いものが食べにくくなりましたか?A.たいへん B.わずかに C.なし
10.口から食べ物がこぼれることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
11.口の中に食べ物が残ることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
12.食物や酸っぱい液が胃からのどに戻ってくることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
13.胸に食べ物が残ったり,つまった感じがすることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
14.夜,咳で眠れなかったり目覚めることがありますか?A.しばしば B.ときどき C.なし
15.声がかすれてきましたか?(がらがら声,かすれ声など)A.たいへん,B.わずかに,C.なし

CPFはPhilips Respironics社製アセス・ピークフローメーターを使用し,麻酔用マスクに接続し,顔面に密着させたマスクに向かって最大努力下で咳嗽を行い測定した.事前練習の後3回実施し,最大値を採用した.

咳嗽のメカニズムの一つである声門閉鎖を評価する目的で,声門閉鎖によって行われる発声機能を代用手段とし,最長発声持続時間(maximum phonation time:以下MPT)ならびに最大発声時の声の強さを測定した17,18.MPTの測定方法は,「出来るだけ「アー」と長く声を出して下さい」と説明し,深吸気の後に通常の会話における声の高さ,大きさで出来るだけ長く母音の「ア」を持続発声した時間を測定した.事前練習の後3回実施し,最大値を採用した.声の強さについては,対象者に最大吸気の状態から母音の「ア」を出来る限り強く発声していただき,ICレコーダー(R-09HR,Roland社製)にて録音し,パソコンに取り込んでから音響解析ソフト(wavesurfer:スウェーデン王立工科大学作成;http://www.speech.kth.se/software/)にて計測した.レコーダーの位置は口唇と同じ高さで口唇から20cm離れた距離および45度側方とした.録音はデジタル形式となるため,すべての音を保存するためにデータを圧縮しないWindows WAVファイルにて保存した.取り込みパラメーターはメーカーの推奨に従い,広い領域での周波数を取り込みたいためサンプリング周波数44.1KHz,雑音(誤差)を出来る限り防ぐために量子化精度16bitとした.また,録音場所は雑音を出来る限り遮断した個室で行った.

肺機能検査はCHEST社製機器の名称HI-801を用いて測定し,肺活量(vital capacity:以下VC),%VC,努力性肺活量(forced vital capacity:以下FVC),一秒量(forced expiratory volume in one second:以下FEV1),一秒率(以下FEV1/FVC),ピークフロー(peak expiratory flow rate:以下PEFR)を求めた.それぞれ事前練習の後3回実施し,最大値を採用した.測定手順等はAmerican Thoracic Society/European Respiratory Societyのガイドライン13に則って行った.

4) 統計解析

各指標から得られたデータが,正規分布に従うか否かを検討するためにShapiro-Wilk検定を用いた.各データのEMT前後における平均値の比較には,正規分布していたデータは対応のあるt検定を用い,正規分布していないもしくは連続変数でないデータに関してはWilcoxonの符号付順位検定を用いた.また,各評価項目の変化について有意性を認めたものについてはCohenの効果量(Cohen’s d)を算出した.一般的に,効果量の数値の基準としては,0.2:小,0.5:中,0.8:大とされる19.解析にはIBM SPSS Statistics 24(米国IBM社製)を用い,危険率5%未満をもって有意とした.

結果

リハビリテーション科医師による適応患者の選定により,25例の摂食嚥下障害患者がリクルートされた.そのうち4例が除外となり,21例にEMTを実施した.トレーニング期間中に4例が他の疾病に罹患し,1例が同意撤回されたため,プロトコールを完遂出来たのは16例であった(図3).表2に対象者の背景を示す.摂食嚥下能力の「出来る」程度を示す摂食嚥下能力のグレード,および「している」程度を示す摂食状況のレベル20においては,本研究の対象は軽症例が多く,全例代替栄養は用いず何らかの形態で経口摂取している状況だった.

図3

対象者のフローチャート

表2 対象者背景
年齢(歳)75.1±12.3
性別(M/F)14/2
身長(cm)161.0±6.8
体重(kg)50.9±8.1
BMI(kg/m219.6±2.6
基礎疾患(n)
 脳梗塞/脳出血/多発性脳梗塞12/2/2
摂食嚥下能力グレード(n)
 5/6/7/8/91/0/3/10/2
摂食状況レベル(n)
 7/8/92/10/4

平均±標準偏差

BMI: body mass index

EMT実施前後での各評価項目の比較を表3に示す.EMT実施により,呼吸筋力,RSST,CPF,MPT,声の強さ,FEV1/FVCを除く肺機能検査すべての項目において有意な改善を認めた.さらには,効果量による解析ではMEPおよびCPFにおいて1.2以上ととても強い効果を認め,MIPにはやや強い効果を認めた.RSST,MPTおよび声の強さにおいても弱い効果を認めた.肺機能検査においては%VCで中等度,PEFRで弱い効果を認めた.また,聖隷式嚥下質問紙においては障害ありとするAの回答数と,障害無しとするCの回答数においてどちらも有意な変化を認め(表4),効果量は回答Aで0.259,回答Cで0.49と弱い~中等度の効果を認めた.加えて,EMT実施記録の調査では対象者全員が実施率100%であった.

表3 EMT実施前後での各評価項目の比較
評価項目EMT前EMT後p値効果量d
呼吸筋力
 MIP(cmH2O)28.2±12.939.1±29.90.0140.73
 MEP(cmH2O)50.3±13.971.5±22.9<0.0011.36
嚥下機能
 RSST(回)3.2±1.24.1±1.5<0.0010.15
咳嗽能力
 CPF(L/min)201.3±97.5252.2±105.3<0.0011.28
発声機能
 MPT(sec)13.7±8.616.7±10.0<0.0010.24
 声の強さ(dB)63.7±11.468.9±7.60.0020.38
肺機能
 VC(L)2.23±0.602.53±0.58<0.0010.06
 %VC(%)75.2±18.985.5±18.6<0.0010.58
 FVC(L)2.16±0.712.38±0.64<0.0010.04
 FEV1(L)1.74±0.651.92±0.64<0.0010.03
 FEV1/FVC(%)79.7±11.779.7±13.80.7350.001
 PEFR(L/sec)3.42±1.734.74±2.04<0.0010.2

EMT: expiratory muscle strength training, MIP: muximum inspiratory pressure, MEP: muximum expiratory pressure,

RSST: repetitive saliva swallowing test, CPF: cough peak flow, MPT: maximum phonation time, VC: vital capacity,

FVC: forced vital capacity, FEV1: forced expiratory volime 1 second, PEFR: peak expiratory rate flow

表4 各症例におけるEMT前後での聖隷式嚥下質問紙の変化
症例EMT前AEMT後A *EMT前CEMT後C *
1001515
2001112
330711
431611
5111010
680310
710815
820815
9001515
10201013
1110412
12001114
1340412
14101115
15401012
16001015

各項目の数字は回答数を表す.回答AおよびCにおいてWilcoxonの符号付順位検定にて比較. * p<0.01,EMT前後での比較.

考察

今回,摂食嚥下障害患者に対してEMTを実施し,先行研究と同様に咳嗽機能や嚥下機能の改善を認めたが,さらに効果量を求めることでEMTはMEP,CPFに特に強い効果を示し,MIPにもやや強い効果を示すことが明らかとなった.加えて,EMT実施により摂食嚥下に関する自覚症が有意に改善することも示された.

MEPについては,EMTの実施により先行研究と同様に有意な改善を認めており11,21,22,効果量でみてもかなり強い効果を示したが,MIPについてはEMT単独による効果について述べている文献は少なく,その中でもMIPが改善したという報告は極めて少ない23.しかし,効果量の結果からみても,今回の検証でEMTは呼気筋のみでなく,吸気筋のトレーニングにも繋がることが証明された.これは,トレーニング中の反復動作が呼気だけでなく吸気時にも効果を及ぼしたものと考えられる.脳血管障害患者は麻痺や筋力低下などによる体幹の可動性や協調性の低下のため,胸郭運動が減弱して換気量の低下を来たしやすいと考えられるため,EMTの実施に伴う吸気筋力の向上は重要な効果と考える.

嚥下機能においては,RSSTに対しては弱い効果しか認めなかったものの,自覚症を評価する質問紙において中等度の効果を認めた.EMT実施による口腔内圧上昇の保持が鼻咽頭閉鎖を司る口蓋帆挙筋や口蓋帆張筋,口蓋垂筋などの咽頭筋群収縮を促し,それにより隣接する甲状咽頭筋や口蓋咽頭筋,上・中・下咽頭収縮筋などの咽頭および喉頭周囲筋群の収縮を刺激し,咽頭後壁の前方運動や喉頭挙上運動などの強化に影響したと考える.先行文献でも,EMT実施時はオトガイ下筋や舌骨筋の収縮が誘発されると報告があり24,25,この作用は前頚筋群や甲状舌骨筋,輪状甲状筋などの浅層筋や顎付近の筋だけでなく,前述した咽頭および喉頭周囲の筋群にまで効果が及んでいるとも考えられる.よって,これら筋群の収縮が促通されることで嚥下時の咽頭・喉頭機能の向上につながり,自覚症や嚥下回数の改善が得られたと考える.

EMTによりCPFに対してかなり強い効果が認められた.先行研究でも,EMT実施により咳嗽機能が向上することは多数報告されている8,9,21,26.Kimらは,活動性が低い高齢者に対して4週間EMTを実施し,実施前と比べて咳嗽反射時における声門閉鎖時の胸郭圧縮時間の有意な減少や咳嗽時のPEFRの有意な増加を認めたと報告している26.また,Pittsらはパーキンソン病患者に対してEMTを同じく4週間実施し,自発咳嗽時における深吸気時間,声門閉鎖時の胸郭圧縮時間および呼気相立ち上がり時間の有意な減少を認め,咳嗽時のPEFRは有意な増加は無かったものの呼出時の加速度が有意に増加したと報告している9.本研究でもMEP,MPT,%VC,PEFR等が増加していることから,咳嗽のメカニズムである深吸気,声門閉鎖機能および爆発的な呼出それぞれに対してEMTの効果が影響したと考えられる.

声門閉鎖機能の評価では,EMTを行うことで効果としては弱めではあったもののそれぞれ改善が認められた.長く声を出すためにはその間持続的に声門閉鎖を行わなければならず,また,大きな声を出すためにはそれに応じた強い声門閉鎖が必要である.咳嗽も同様に持続的かつ強い声門閉鎖にて胸腔内圧上昇が増強されるため,声門閉鎖の持続力や張力の向上は咳嗽機能の重要な要因となりうると考える.しかし,発声機能の向上には換気量や呼出力の要素も大きく関係している.実際今回の結果ではMEPや%VCの向上も認めており,発声機能においてはこれらの指標の改善による影響が強かった可能性も考えられるため,今後は声門閉鎖を直接評価してその真偽を検証する必要がある.

%VCにおいてはEMTにより中等度の効果を示したが,これはMIPと同様に吸気の促通が関係したと考える.%VCの増加には胸郭の拡張が欠かせないが,強い呼気を行おうとするために反動で大きな吸気運動が誘発され,その反復運動が胸郭の可動性や柔軟性を改善し,%VCの増加に影響した可能性が考えられた.加えて,PEFRも弱いながらも効果を認めており,これはMEPの向上により呼出力が高まった結果と考えられ,咳嗽時の爆発的な呼気に関与していると思われる.また,EMTによる肺機能検査の変化は,先行研究ではVCやFVC,FEV1で改善を認めたという報告がある半面27,28,29,否定的な見解も多くみられている30,31.本研究ではEMTによりほとんどの項目で有意な変化は認めたものの,効果量としてはそれほど大きなインパクトは認めない結果となった.

本研究の限界を述べる.本研究はランダム化比較対象試験ではないため,今回の結果が純粋にEMTのみによるものかは断定できない.また,嚥下機能へ与える影響において,嚥下時の咽頭筋群への効果およびメカニズムについて明らかにできていない.さらには,発声の検査は咳嗽時の声門閉鎖の評価としては間接的な方法という位置づけになるため,直接的な評価が出来ていない.加えて,本研究の対象のほとんどが摂食嚥下障害の軽症例だったため,重症例に対しても同様の効果が得られるかは不明である.

今回の結果より,EMTは咳嗽機能が低下している,または低下が懸念される軽症~中等度の摂食嚥下障害患者に対し,摂食嚥下機能の改善および誤嚥性肺炎の予防を目的に積極的に実施していくことが望ましいと考える.今後は対象者数を増やし,研究デザインおよび評価項目それぞれの精度を高め,EMTが重症例も含めた摂食嚥下障害患者の治療法として確立できるよう検証を進めて行く必要がある.

結論

摂食嚥下障害を有する脳血管障害患者を対象にEMTを実施し,呼吸筋力や肺機能,CPF,嚥下機能,発声機能それぞれにおいて有意な改善を示した.これらのことから,摂食嚥下障害患者に対するEMT実施は,咳嗽機能だけでなく嚥下機能の改善も期待できることが示唆され,それにより痰の喀出の向上や誤嚥のリスクの軽減につながり,誤嚥性肺炎発症を予防する手段の1つとして期待できることが示唆された.

謝辞

本研究を進めるにあたり,ご協力をいただいた聖隷三方原病院リハビリテーション科,浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション科の医師およびスタッフの方々に感謝申し上げます.

また,本研究の器具の制作に大変ご尽力いただきました,静岡工業技術センターの杉山直人氏にも心より感謝申し上げます.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
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