2020 Volume 28 Issue 3 Pages 377-382
「人生の最終段階」における医療・ケアに対して,医師・看護師が,「生命維持治療に関する医師指示書(Physician Orders Life-Sustaining Treatment: POLST)」を用いて終末期指示書を作成し,終末期に患者自身の意思・希望が反映されるよう取り組んだ.多くの患者が終末期に心肺蘇生や挿管を希望しなかった.抗生物質や非侵襲的陽圧換気療法(Non-Invasive Positive Pressure Ventilation: NPPV)は希望者が多く, NPPVは緩和目的を含めて8割が希望した.全ての項目において,肺癌・非肺癌で大きな差は認めなかった.家族は患者より延命治療を希望する傾向にあったが,話し合いの結果,患者自身の希望を尊重する例が多かった.
近年,尊厳死が議論されている一方で,終末期の治療・措置は患者の意思表示ができない時期に,医療者と患者家族のみで決定されることも多く,患者の希望しない延命措置の実施も少なくない.米国ではAdvance care planning(ACP)を通して患者自身が最期の医療を決定することが多く,その結果は「生命維持治療に関する医師指示書(Physician Orders Life-Sustaining Treatment: POLST)などを用いて運用されている1,2).日本でも日本臨床倫理学会が日本版POLSTを作成した3,4).
今回,当院呼吸器病棟において,医師・看護師がPOLSTを用いて終末期指示書を作成し,終末期に患者自身の意思・希望が反映されるよう取り組んだので報告する.
2016年7月から2017年12月に呼吸器病棟に入院した手術予定を除いた肺癌患者または75歳以上の呼吸器疾患患者に対して,POLST(日本臨床倫理学会作成の日本版POLSTを当院で一部改変)を用いて,終末期の医療・ケアへの希望を聴取した.項目としては,A項目:心肺蘇生,B項目:心肺停止前の措置,C項目:抗生物質,D項目:経腸栄養についてであり,B項目には独自にNPPV(非侵襲的陽圧換気療法:Non-Invasive Positive Pressure Ventilation)装着を追加した.これは,ガイドライン5)に沿って,(1)増悪時は挿管,(2)NPPVが最終,(3)緩和目的NPPV,(4)NPPVなし(酸素まで)の4つに分類した.更にE項目として,終末期を迎える場所も当院独自に追加し,自宅での終末期希望の患者には,多職種で早期に介入し,自宅で終末期を過ごせるよう援助した(図1).POLSTは原則として,入院時(または入院早期)に看護師が患者・家族に説明し,翌日以降に医師を加えた4者で再度話し合うようにした.患者・家族(代理人)・医師・看護師,4者のサインが揃った後,医師指示書としての運用を開始した.また,聴取する際には,POLSTは強制ではないこと,変更は可能であること,効力は最長6ヶ月であることを説明した.尚,本研究は,ヘルシンキ宣言に定めた倫理的指針の原則に従い実施し,坂出市立病院倫理委員会の承認を得た(2016年9月23日承認:承認番号2016-004).
POLST:日本臨床倫理学会作成の日本版を一部改変して使用
呼吸器病棟入院の対象患者273名中154名(56%)で,患者・家族(代理人)・医師・看護師の4者のサインが揃ったPOLSTを「医師指示書」として運用した.その内訳は,肺癌患者 39名,75歳以上の呼吸器疾患(非肺癌)患者 115名であった.一方,114名(42%)はサインが揃わず,理由として,患者が重症や認知症などで十分な判断力がなかった例31名(11%),早期退院・転院などで医師や家族を交えた4者の話し合いができなかった例 26名(10%),看護師から説明も,患者・家族間での結論がでなかった例 11名(4%),説明できなかった 46例(17%)であった.説明ができなかった例は,若手看護師が「若い肺癌患者に聞きにくい」が多かった.POLST聴取拒否は5名(2%)のみで,そのうち4名は肺癌患者で,治療前に終末期のことは考えたくないと患者自身が拒否,1名は誤嚥性肺炎で患者家族が拒否した.
各項目別の希望については,肺癌vs非肺癌患者はそれぞれA:心肺蘇生術:急変時CPR(心肺蘇生:CardioPulmonary Resuscitation)希望は28 vs 18%,DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)72 vs 82%,B:心肺停止前の措置:挿管人工呼吸は5 vs 5%,NPPVまで21 vs 33%,緩和目的のNPPVは46 vs 44%,酸素投与のみ28 vs 18%,C:抗生物質使用:希望87 vs 86%,明らかな感染時のみ13 vs 11%,希望なし0 vs 3%,D:経腸栄養:希望13 vs 20%,期間限定で希望31 vs 24%,希望しない56 vs 56%であった.終末期を迎える場所は,医療機関・施設は74 vs 63%,在宅は26 vs 37%であった(図2, 3, 4).全ての項目において,肺癌・非肺癌で大きな差は認めなかった.家族は患者より延命治療を希望する傾向にあったが,話し合いの結果,患者自身の希望を尊重する例が多かった.
心肺蘇生(A)と心肺停止前の措置(B)
抗生物質使用(C)と経腸栄養(D)
終末期を迎える場所(E)
CPR: CardioPulmonary Resuscitation, DNAR: Do Not Attempt Resuscitation,
NPPV: Non-Invasive Positive Pressure Ventilation
POLST聴取に対するスタッフ(病棟看護師)へのアンケート結果では,患者・家族が,互いの意見を知り,状態変化の際にスムーズに対応が可能となることや,患者の希望に沿った処置を行えるという利点が得られた.一方で問題点として,POLST聴取で余命が長くないと思う患者が存在し,看護師が聴取しづらい,NPPVや経腸栄養などを患者・家族にイメージさせることが難しい,生死に関わる問題のため,正確に聴取するにはスキルを要するということが得られた.そこで,終末期医療・NPPVなどの説明資料を作成し,全スタッフが説明できるようにした(図5).
終末期医療やNPPVなどの説明資料
事前指示(advance directive: AD)とは,本人が将来,意思決定能力を失った際に,自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示する制度である.リビング・ウィルに代表される本人の望むあるいは拒否する治療や医療行為を明示する「内容的指示」と,本人が意思を表示できなくなった場合に決定を行う代理人を指名しておく「代理人指示」がある6).しかし,医学の知識や経験のない患者自身が,将来起こり得る医学上の問題を予測し,希望する治療内容を正しく判断することは困難である.また,ADは患者の希望に過ぎない.ACPの新しい取り組みとして,ADを改良したPOLSTの運用が開始された2).POLSTは,1991年に米国オレゴン州で初めて開発され,現在では50州中42州で少なくともその一部が運用され,18州でPOLST standardを満たす運用が行なわれている2).
日本では,「延命治療の差し控え・中止」についてはマスコミの話題にもしばしばあがり,倫理的に大きな問題となり議論が沸き起こった.ところが,DNAR指示については,DNARの捉え方が,医療者個々で異なっており,DNAR指示によってCPR以外の生命維持治療,例えば人工呼吸器・心臓マッサージ・気管挿管・アンビューバッグなどといったさまざまな生命維持治療も制限されてしまい,実質的な延命治療の差し控え・中止となってしまっている可能性が存在し,十分なコンセンサスの重要性が再認識された.また,DNAR指示作成において,患者本人の意思が充分に尊重されてこなかったという実情もあった3).
日本臨床倫理学会は,このようなDNAR指示実践に関する混乱を改善するためにワーキンググループを発足させ,「基本姿勢」「書式」「ガイダンス」を発表した.DNAR指示によって制限される医療的処置の内容が,各医療者によって異なり,医療現場に混乱が見られていたため,CPR以外の医療処置に関する具体的指示も含んだPOLSTという形式を採用することにし,正式名称は「POLST(DNAR指示を含む)作成指針」とした.また,包括的定義のできない「終末期の患者」という文言は使用せず,「生命を脅かす疾患に直面している患者」に変更された3).
POLSTは,(患者や代理人ともに作成した)医師による医療行為の指示であり,メディカルスタッフに,重篤な病状にある患者の意向として遵守すべき医療内容を指示する形式をとる.また,POLSTは統一された包括的かつ異なる施設間でも運用しやすい終末期の治療に対する意向を反映した書類であり,「患者の意向と実際に医療従事者によって行われる医療内容との隔たりも小さくなる」と述べられている2).看護・介護施設入所者とその死亡者1,711名を対象とした調査では,POLSTを所持する者が非所持者よりも入院を含めてより自身の嗜好,願望を叶えることができたことが報告されている7).
厚生労働省も2007年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表,2015年3月に「人生の最終段階における医療」という文言に変えて同一の内容として改定されている4).さらに,2018年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」として改定された8).ここでは,病院での延命治療への対応だけでなく在宅医療や介護の現場で活用できるように見直された.また,医師の独断でなく,患者本人,家族等と多職種医療・ケアチームでの話し合いのプロセスが重視され,結果も共有の重要性が記載されている.
当院呼吸器病棟でのACPとACP後のPOLSTを用いた医師指示書作成も,手術適応外の肺癌患者と75歳以上の呼吸器疾患患者(余命が1年未満と考える)を対象に,入院時(または入院早期)に看護師が患者・家人を交えてACPを実施し,POLSTについて説明,翌日以降に医師を加えて再度話し合うようにしている.また当院呼吸器病棟では,呼吸状態増悪時のNPPVをCritical Care Medicine学会のタスクフォースが2007年に行った「終末期にある患者の急性増悪時におけるNPPVの目的と成功・失敗の判断および具体的な対処方法に関する提言」9)を参考に追加した.これは,呼吸不全にNPPVを使用する患者を3群(第1群:改善しない時は侵襲的人工呼吸に移行するなど呼吸管理に上限を設けない患者群,第2群:侵襲的人工呼吸は行わずNPPVを最大限の呼吸管理として救命を目指す患者群,第3群:侵襲的人工呼吸を希望しないだけでなくNPPVも呼吸困難感の軽減のみを目的とする患者群)に分けるもので,当院ではこれにNPPVなし(酸素まで)を加えた4段階(増悪時には挿管人工呼吸,NPPVが最終,緩和目的NPPV,NPPVなし)とし,さらに終末期を迎える場所も加えた.
POLST聴取にあたって,看護師からは,命に関することなので聴取するには一定のスキルを要し,特に経験の浅い若手看護師では説明が難しく,特に信頼関係の構築が出来ていない,入院早期には聴取しづらいとの意見や,NPPVや経腸栄養などを患者・家族にイメージさせることが難しいなどの意見があげられた.そこで,患者自身が自らの意思を伝えられない状態になる前のより早い時期より,いずれ訪れる終末期の事を考えておくことで,患者自身の意思を反映させる旨を記載した「POLSTについての説明文書」と「NPPV,経腸栄養などのイラスト付き資料」を作成した.さらに,肺癌患者にはがん化学療法看護認定看護師からも説明することで,患者からの拒否もほとんどなくなった.自宅での終末期希望の患者には,訪問看護師,医療ソーシャルワーカーなども参加している.現在まで,POLST聴取後,当院入院または外来(訪問診療)で死亡となった患者は50名であるが,患者の意思表示が出来なくなった後,家人の強い希望で経腸栄養を実施した1名を除いた49名は,患者の希望しない延命措置の実施なく終末期を迎えることが出来ている.詳細は第2報として報告予定である.
厚生労働省の「終末期医療に関する意識調査等検討会」の2016年報告の満20歳以上の一般国民5,000名の意識調査では,重度の心臓病で身の回りの手助けが必要だが,意識や判断力は正常なケースでの希望は,CPA時のCPR 15.8%,呼吸状態増悪時の人工呼吸 10.7%であった4,10).当院での希望は23.5%(CPR・挿管人工呼吸)であるが,対象が肺癌患者または75歳以上の非肺癌呼吸器疾患患者のためか,挿管人工呼吸についての拒否が多かった.
ACPによって,終末期の医療費抑制だけでなく,訓練を受けたACPファシリテーターの介入により,終末期のケアに関する意思決定に患者が参加する頻度が向上し,患者の希望する治療内容が医師に伝わり,終末期に希望に沿った治療を受ける頻度が高くなることが報告された11,12).さらに,患者・家族のケアに対する満足度の向上と遺族の不安・抑うつ・心的外傷の低下につながることも報告されており,ACPは終末期ケアの質向上と患者や家族(遺族)のQOL向上に役立つものであることが証明されつつある11,13).当院でも,以前は患者の意思確認困難な終末期に家人のみとDNARについて決定していたが,ACPとPOLSTの開始により,終末期の治療・ケアに患者自身の意思反映が可能となった.今後,ACP実施にあたってのスタッフ教育とその効果検証が必要と考える.
近年,医療技術の進歩により生命維持装置が医療現場で日常的に用いられるようになった.生命維持装置により予後がきわめて悪い状態であっても,生命を維持できる恩恵を受けられる人々がいる一方で,こうした状況で生存する人々の中から死を望む者も現れてきた2).
これまで述べてきたように,ACPはこれからの「患者中心の医療」のなかで非常に重要な要素である.とくに,超高齢社会を迎えているわが国においてその重要性が増していくことは必至である.ACPを含む終末期医療に関する内容は文化的な側面の影響を大きく受けると考えられる.また,個々人の患者・家族における価値観なども非常に影響する問題である.「患者中心の医療」は決して「患者の自己決定」を強いるものではなく,「患者・家族と医療者が話し合い,最善の選択をともに探し,意思決定を行う」という姿勢が大切である11).
終末期の治療・措置は患者の意思表示ができない時期に,医療者と患者家族のみで決定されることが多く,患者の希望しない延命措置実施も少なくはない.POLSTを使用しACPを実施することで,いずれ訪れる終末期の事をしっかり考え,患者自身の意思を反映できるよう今後も取り組んでいきたい.
本論文の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.