The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
Original Articles
The efforts and results to reflect patient’s will for their end-of- life care
Hitomi IwasakiHiroyuki NakamuraSayaka KobayashiSayaka ObayashiMsayo YamasakiMiyuki KitaTakuya InoueNobuyuki KitaKiyotaka TanimotoSetsuo Okada
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 28 Issue 3 Pages 383-387

Details
要旨

当院呼吸器病棟では人生最終段階における医療・ケアの決定に「生命維持治療における医師指示書(Physician Orders for Life-Sustaining Treatment: POLST)」を用いて,A項目:心肺蘇生,B項目:心肺停止前のNPPVを含めた呼吸管理,C項目:抗生物質,D項目:経腸栄養を聴取し医師指示書として運用しているが,当院入院及び外来(訪問診療)で死亡した患者50名に対して,終末期に患者自身の意思が反映されたかを検証した.当初積極的治療・措置を希望するも,終末期に患者または家族の希望変更や医学的適応がないため中止した例は認められたが,患者の意思に反する延命措置は経管栄養を行った1例のみであり,POLSTを用いることで,終末期医療に患者の意思を反映することが出来た.

緒言

近年,尊厳死が議論されている一方で,希望しない延命措置を受ける患者も少なくない.望まぬ治療を避けるために,終末期になる前に患者・家族のゴール,価値観,好みを聞いておき,以後のさまざまな局面でそれを活用し,医療チームと患者・家族が合意しながら診療を進めていく方法がある.これをアドバンス・ケア・プラニング(Advance care planning: ACP)といい,意思決定能力低下に備えての対応プロセス全体を示す言葉である1,2.当院呼吸器病棟では,2016年より,ACPに取り組み,その結果を「生命維持治療における医師指示書:Physician Orders for Life-Sustaining Treatment: POLST」を用いて,患者自身の意思・希望が反映された医師指示書としている.今回,実際に終末期に患者の意思が反映されたかを検証した.

対象と方法

当院呼吸器病棟で2016年7月から2017年12月に入院となった手術予定を除いた肺癌患者または75歳以上の呼吸器疾患患者に対して,POLST(日本臨床倫理学会作成の日本版POLSTを一部改変)を用いて,終末期の医療・ケアへの希望聴取を開始した.項目としては,A項目:心肺蘇生,B項目:心肺停止前の措置,C項目:抗生物質,D項目:経腸栄養についてであり, B項目には独自に非侵襲的陽圧換気療法(Non invasive Positive Pressure Ventilation: NPPV)装着を追加した.これは,日本呼吸器学会 NPPVガイドライン3に沿って,(1)増悪時は挿管,(2)NPPVが最終,(3)緩和目的NPPV,(4)NPPVなし(酸素まで)の4つに分類した.POLSTは原則として,最初に,入院時(または入院早期)に看護師が患者・家族に説明し,翌日以降に医師を加えた4者で再度話し合うようにした.患者・家族(代理人)・医師・看護師,4者のサインが揃った後,医師指示書としての運用を開始した.また,POLSTは有効期限を6ケ月と定めた.今回,当院入院,外来(訪問診療)で死亡した患者に対して,終末期に患者自身の意思が反映されたかを調査した.尚,本研究は,ヘルシンキ宣言に定めた倫理的指針の原則に従い実施し,坂出市立病院倫理委員会の承認を得た(2016年9月23日承認:承認番号2016-004).

結果

入院した対象患者273名中154名(56.4%)で医師・看護師・患者・家族(代理人)のサインが揃ったPOLSTを「医師指示書」として運用した.そのうち当院および入院(訪問診療)で死亡した50名を後ろ向きに調査した.

死亡者の基礎疾患は,肺癌(44%)が最も多く,肺炎,間質性肺炎,COPDと続いていた(図1).終末期にPOLSTで希望した医師指示書通りの最期を迎えることができたかをAからDの項目別にみると,A項目の心肺蘇生については,CPR希望8例中5例のみCPRを施行し,3例においては状態悪化後,家族の希望でDNARに変更となった.DNAR希望の42例は全員希望に沿うことができた(図2).B項目の心肺停止前の措置に関しては,独自にNPPVを追加したが,挿管・侵襲的人工呼吸器装着希望3例中2例に挿管を実施.1例は患者本人の希望で訪問診療導入し,自宅で看取りとなったため終末期は在宅酸素のみの使用となった.挿管は行わずNPPVまで,緩和的NPPVの使用, 酸素まで(NPPVも使用せず)を希望した47例は39例でNPPV,8例は酸素療法のみ施行し,侵襲的人工呼吸器装着例はなかった(図3).C項目の抗生物質治療については,88%が抗生物質治療を希望し,希望しない1例についても感染徴候時に相談し,同意を得たうえで使用した(図4).D項目の経腸栄養については,希望しなかった34例中,2例で経腸栄養を実施した.1例は栄養状態不良時に患者の同意を得て実施したが, 1例では,患者の意思表示ができなくなった後,家族のみの強い希望で経管栄養実施となったため,結果として,患者の希望に沿えることができなかった(図5).

図1

対象(死亡)患者の原疾患

図2

A項目:心肺蘇生

図3

B項目:心肺停止前の措置(含NPPV希望)

図4

C項目:抗生物質使用

図5

D項目:経腸栄養

全項目で苦痛を伴う処置の希望は少なく,年齢を問わず緩和治療を希望する例が多くみられた.終末期には状態増悪のため,当初のCPRからDNARの変更例(3例)や患者の同意を得ての経腸栄養例(1例)は認められたが,患者の意思に反した治療・ケアは経腸栄養実施の1名のみであり,POLST導入で患者の意思に沿った終末期を迎える事ができた.

考察

多くの医療機関で日常的にDNAR指示(=Do Not Attempt Resuscitation)が出されている.しかし,患者の自己決定権の尊重が不十分であったり, DNAR指示の解釈が医療者個々で異なり,DNAR指示によってCPR以外の生命維持治療も制限されてしまい,実質的な延命治療の差し控え・中止となってしまっている可能性もある4.DNAR指示とは,心肺停止(CPA)時に心肺蘇生(CPR)を行なわないことの指示である.これは,CPRを行わない指示であり,他の医療をも行わないことを意味するものではない2.当院呼吸器病棟では,POLSTを改変して,A:心肺停止時の蘇生,B:独自にNPPVを追加した心肺停止前の呼吸管理,C:抗生物質,D:経腸栄養について,医師・看護師・患者・家族で話し合い,医師指示書として運用している.

B:NPPVを含めた呼吸管理は,Critical Care Medicine学会のタスクフォースが2007年に行った終末期にある患者の急性増悪時におけるNPPVの目的と成功・失敗の判断および具体的な対処方法に関する提言を用いた.これは,呼吸不全にNPPVを使用する患者を3群(第1群:改善しない時は侵襲的人工呼吸に移行するなど呼吸管理に上限を設けない患者群,第2群:侵襲的人工呼吸は行わずNPPVを最大限の呼吸管理として救命を目指す患者群,第3群:侵襲的人工呼吸を希望しないだけでなくNPPVも呼吸困難感の軽減のみを目的とする患者群)に分けた5,6

2008年米国胸部疾患学会(American Thoracic Society: ATS)から出た呼吸器疾患患者の緩和医療に関する公式ステートメントでは,NPPVは呼吸困難緩和目的でも使用可能で,そのような場合に使用場所をICUなどに制限するのは適切でないとしている7,8.また,予後6カ月以内と予測される固形腫瘍の急性呼吸不全患者を対象に,NPPVと通常の酸素療法をボルグスコアによる呼吸困難減弱と必要オピオイドの量で比較したランダム化試験で, NPPV群で呼吸困難が減少し,モルヒネ総使用量が少なかったことが報告されている8,9.2015年発刊の日本呼吸器学会NPPVガイドラインでもエビデンスレベル・推奨度はDNI(do not intubate),高齢者ではCOPD/心不全合併例でIV・B,非COPD/非心不全でIV・C2,終末期・悪性腫瘍ではII・C1とエビデンスレベルは高くないがBからC1で推奨されている3.当院では,挿管・侵襲的人工呼吸希望は4例のみで,ほとんどが緩和を含めたNPPVを希望した.終末期においてもA・B項目では適応がなく,代理人(家人)との話し合いでCPRや侵襲的人工呼吸を中止した例は認めたが,患者の意思に反した延命措置はなかった.エビデンスは少ないが, NPPVよりもさらに非侵襲的と考えられる高流量鼻カニュラ(high-flow nasal cannula: HFNC)酸素療法が広く臨床応用されるようになり,NPPVとの役割分担が求められる.

C:抗生物質は誤嚥性肺炎を含むほぼ全員(88%)が希望した.日本呼吸器学会「成人肺炎診療ガイドライン2017」では,誤嚥性肺炎を繰り返す「人生の最終段階」の患者の治療は,患者本人の意思を確認することが推奨されている10.客観的に不快さや苦痛を評価可能な高度認知症患者を対象とした研究が報告されているが,高齢者肺炎に対する抗菌薬の投与は,生命予後は改善するもののQOLは有意に低下というデータも示されており11,12,今後,ACPを通して患者・家族と治療方針を十分に話し合った上で患者個人の意思を尊重した治療を行うことが求められる.

D:経腸栄養については希望したのは期間限定28%を含めて44%であり,1名は患者の意思疏通ができなくなった後,家族の希望で施行され,今回の検討では患者が希望しない終末期の延命措置はこの一例だけであった.日本老年学会のガイドラインでは,経腸栄養,経静脈栄養を含んだ人工的栄養補給法(artificial hydration and nutrition: AHN)について「延命効果が期待できるだけで本人の益になると判断するのではなく,生命が維持された場合に本人の人生(の物語り)をより豊かにするかどうかによって益になるかどうかを判断する」とあり,「栄養状態が改善された結果,身体の状態改善により,本人の苦痛を和らげ,あるいは残存能力を改善し,よりよい生活が実現する見込みがあり,かつ人生がのびることが本人にとってより良いと家族も考えている場合に導入が適当」とされている13

平成30年3月14日に改定となった厚生労働省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」でも,医療・ケアの方針や,どのような生き方を望むか等を,日頃から繰り返し話し合うこと(=ACPの取り組み)の重要性が強調されている14.当院ではACPの結果の一部を改変したPOLSTを用いた医師指示書として運用している.既報では,看護・介護施設入所者とその死亡者1,711名を対象とした調査15で,POLSTを所持する者が非所持者よりも入院を含めてより自身の嗜好,願望を叶えることができたことが報告されている.当院でもPOLST開始前は,死亡5-10日前の患者の意思確認が困難となった時期に家人のみと終末期の治療・ケアを決定することがほとんどであったため,患者の意見を反映させることが出来なかったが,POLST開始後は,死亡の3-4ケ月前より患者・家人を交えて最低2-3回の話し合い後,決定している.家人も交えた場での決定のため,患者の意思に反した治療・ケアは経腸栄養実施の1名のみであり,POLST導入で患者の意思に沿った終末期を迎える事ができた.一方で,高齢者を中心にNPPVや経腸栄養などの理解(イメージ)が困難な例や若年肺癌患者を中心に治療を行っている時に終末期(人生の最終段階)の事は考えたくないという意見が得られた.ACPを時間をかけて実施することやACP実施のタイミングが今後の課題と考える.

備考

本論文の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2020 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
feedback
Top