The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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ISSN-L : 1881-7319
Original Articles
The effect of inspiratory muscle training—Influence on exercise capacity of elderly people—
Ikuko YamaguchiManabu UchidaHitoshi Maruyama
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2020 Volume 28 Issue 3 Pages 471-479

Details
要旨

【目的】高齢者の吸気筋に対する直接介入が身体機能に及ぼす影響について明らかにした.

【方法】介護予防デイケアに通う高齢女性21名を対象に,従来の運動プログラムに吸気筋トレーニング(IMT)を追加併用する1ヶ月間の介入を行った.身体機能の指標として,呼吸機能はVC,FVC,FEV1,呼吸筋力はPImax,PEmax,運動機能は握力,膝伸展筋力,歩行速度,CS-30,TUG,片脚立位,FR,6分間歩行距離(6MWD),身体組成は体重,BMIとした.運動耐容能である6MWD,Borg スケールを主要アウトカムとして,前後比較にて効果検証を行った.

【結果】対象者全体では呼吸機能を含む身体機能に有意な変化は認められなかった.しかしIMTにより吸気筋力が増加した高齢者では,息切れ感や疲労感が増加せず有意に歩行距離が延長した.〔結論〕IMTの方法や適応対象者を詳細に検討する必要はあるが,運動プログラムにIMTを追加併用することは,運動耐容能を向上させる可能性があることが示唆された.

緒言

国は,健康日本21(第二次)の重点課題の一つに「健康寿命の延伸」を掲げている1.そのため介護予防施策として,四肢の骨格筋力やバランス能力,歩行能力といった運動器へのアプローチを中心とした様々な取り組みがなされている2,3,4.近年ではフレイルやサルコペニアという概念が広まるにつれ骨格筋に対する関心は高まり,筋力や筋量,筋機能を向上させるための介入が早期から行われている5

我々は,軽度の要介護高齢者を対象とした観察研究において,運動器へのアプローチにより全身筋量,筋力,歩行速度などの瞬発的運動機能は比較的保たれているにもかかわらず,呼吸機能(肺活量),呼吸筋力(吸気筋力,呼気筋力),運動耐容能(6分間歩行距離)は,年齢を考慮した予測値よりも大きく低下していることを明らかにしてきた6,7.さらに,そのような高齢者の運動耐容能に影響を及ぼす因子には,歩行速度に加えて肺活量や吸気筋力が選択されることを報告してきた8.このことから,四肢の骨格筋のみならず呼吸筋に対する直接的介入も,運動耐容能を向上させることに繋がると推察される.

呼吸筋トレーニングは,呼吸筋の最大筋力および筋持久力を向上させる手段として包括的呼吸リハビリテーションの1種目である.特に吸気筋トレーニング(Inspiratory Muscle Training: IMT)は,慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD)患者を対象とした最新のメタアナリシスの結果,運動耐容能,呼吸困難,健康関連QOL(Health Related Quality of Life: QOL)を有意に改善することが報告されている9.しかし,呼吸器疾患を持たない高齢者に対しては,運動耐容能を向上させる目的で直接介入されることはなく,運動耐容能との関連でIMTの効果を検証した報告は少ない.そこで本研究は,介護予防の現場におけるIMTの追加併用の介入効果が,直接的な呼吸機能の変化だけではなく運動耐容能に及ぼす効果まで明らかにすることを目的とした.

対象と方法

1. 対象

対象は通所リハビリテーションに1年以上通っている要支援の認定を受けた高齢女性21名(平均年齢85.4±4.3歳,平均身長 146.7±7.2 cm,平均体重 52.1±8.3 kg,平均BMI 24.3±4.0 kg/m2)とした.取り込み条件は,測定項目に歩行にかかわる項目が含まれることから,歩行が自立している者とした.歩行自立とは,歩行能力としてみるため,歩行補助具の有無やその種類は問わないことにしたが,測定の際は日常的に使用している補助具の使用を条件とした.除外条件は,膝関節や股関節,腰部の疼痛などによる歩行への影響を排除するため,歩行に支障をきたすような重度な整形外科的疾患を有する者,COPD,気管支喘息,呼吸不全,肺結核,肺癌,1か月以内の呼吸器感染症などの呼吸器疾患を有する者,現在喫煙している者とした.

2. 方法

研究デザインは前後比較デザインとした.対象者の各種身体機能を測定した後,1か月間介入期間として従来の生活にIMTを追加し,介入後に同様の身体機能を測定した.全対象者において前後比較によるIMTの効果検証を行うとともに,本研究の目的である呼吸筋力の向上が運動耐容能に影響するかを検証するため,吸気筋力の指標である最大吸気口腔内圧(maximum inspiratory mouth pressure: PImax)が介入前より 1 cmH2Oでも増加した対象者をPImax増加群,吸気筋力が不変もしくは低下した対象者についてはPImax低下群として,前後比較による効果検証と各群の傾向について検討を行った.

1) 測定項目と測定方法

①呼吸機能

呼吸機能の指標は,肺活量(Vital Capacity: VC),対標準肺活量(%VC),努力性肺活量(Forced Vital Capacity: FVC),対標準努力性肺活量(%FVC),1秒量(Forced Expiratory Volume: FEV1),1秒率(FEV1/FVC: FEV1%)とした.測定には電子式診断用スパイロメータ(Autospiro AS-507,ミナト医科学社製)を使用し,American Thoracic SocietyとEuropean Respiratory Societyのガイドライン10,11に準拠した.VC,FVCを3回測定した中の最大値を採用し,日本呼吸器学会肺生理専門委員会報告12の予測式より求められる予測値に対する実測値の割合を算出し,%VC,%FVC,FEV1%とした.

②呼吸筋力

呼吸筋力の指標は,PImax,%PImax,最大呼気口腔内圧(maximum expiratory mouth pressure: PEmax),%PEmaxとした.測定にはAutospiro AS-507(ミナト医科学社製),呼吸筋力計(AAM377,ミナト医科学社製)を使用し,ATSとERSのガイドライン10に沿ってPImax,PEmaxを3回測定した中の最大値を採用し,鈴木らの予測式13より求められる予測値に対する実測値の割合を算出し,%PImax,%PEmaxとした.

③運動機能

筋力の指標は,握力,等尺性膝伸展筋力,30秒立ち上がりテスト(30 second chair stand test: CS-30)の回数とした.握力はスメドレー式握力計を用い,椅子座位にて上肢を下垂した姿勢で左右1回ずつ測定し,いずれか高い方を採用した.下肢筋力は徒手筋力計(モービィ,酒井医療株式会社)を用い,大腿四頭筋の等尺性膝伸展筋力を測定した.対象者を椅座位,膝関節90度屈曲位として左右2回ずつ測定を行い,そのうちの最大値を採用し,体重で除した値を膝伸展筋力体重比とした.CS-30は,座面の高さが 40 cmの椅子から30秒間での起立回数を測定値とした.測定は1回とした.

移動能力の指標は,5 m歩行速度(通常速度と速歩)とTimed Up and Go(TUG)とした.5 mの通常歩行速度,最大歩行速度は,5 m区間の両端に 2 mずつの予備路を加えた計 9 mの直線距離を歩行させ,その所要時間をそれぞれ1回ずつ測定した.TUGは,椅子から立ち上がり,3 m先に設置した目標物をターンし椅子に完全に着座するまでに要する時間を計測した.2回測定し最小値を採用した.歩行補助具が必要な場合は使用を許可した.

バランス能力の指標は,片脚立位時間とFunctional Reach Test(FRT)とした.片脚立位時間は,開眼状態において片脚立位を左右2回ずつ測定し,最長時間を採用した.FRTは,立位にて歩隔を肩幅に開き,上肢を前方に挙げた開始肢位から,上肢を床面と水平に最大限伸ばした際の移動距離を3回測定し,平均値を採用した.

運動耐容能の指標は6分間歩行テスト(6-Minute Walk Test: 6MWT)による歩行距離(6-Minute Walk Distance: 6MWD)と歩行時のBorgスケール(呼吸困難感,下肢疲労感),経皮的酸素飽和度(arterial oxygen saturation of pulse oximetry: SpO2)とした.6MWTは,40 mの平坦な周回路をできるだけ速く歩いた際の6MWDを測定した.歩行補助具が必要な場合は使用を許可し,測定は1回とした.歩行の際は標準化された声かけ14により一定負荷となるよう統制した.また,6MWTの前後でBorgスケールにより呼吸困難感と下肢疲労感を聴取し,パルスオキシメーター(PULSOX-2,KONICA MINOLTA社製)にてSpO2を測定した.

④身体組成

身体組成の指標は身長,体重,体格指数(Body Mass Index: BMI)とした.BMIは,体重(kg)を身長(m)の2乗で除して算出した.

2) 介入方法

IMTの方法は吸気負荷装置(POWERbreathe: HaB International社製)(図1)を用いた.吸気回数30回を1セットとして1日2セットを毎日4週間,自宅トレーニングで実施した.負荷強度は介入前に測定したPImaxの30~40%とした.対象者には実施記録を手渡し,実施状況を毎日記載してもらい実施率を確認した(図2).なお,実施率は,介入期間中の全56セットに対する実施セット数の割合とした.通所リハビリテーションに通所する際は持参させ,施設の理学療法士がIMTの実施方法とあわせて実施状況の確認を行った.介入期間は1か月間とした.この介入期間中,従来行われていた運動器へのアプローチは変更なく継続し,それ以外の特別な運動などは追加しないように統制した.運動器へのアプローチとしては,理学療法士による個別プログラムと集団で行う体操(筋力やバランス能力にアプローチする施設のオリジナル体操)である.

図1

Threshold型POWERbreathe

図2

実施記録用紙

3) 分析方法

統計解析は,対象者全体,PImax増加群,PImax低下群の各群において,IMT実施率,IMT負荷圧,各種測定値とBorgスケール変化量,SpO2変化量についてShapiro-Wilk検定にて正規性の検定を行った後,Wilcoxon符号付順位和検定にて介入前後の比較を行った.また6MWT前後のBorgスケール,SpO2の比較はWilcoxon符号付順位和検定で分析した.

統計解析は統計ソフトウェアSPSS Statistics 22を使用し,有意水準は5%とした.

3. 倫理的配慮

対象者にはヘルシンキ宣言に従い,本研究の目的と概要を十分に説明し,個人情報の保護,研究中止の自由が記載された説明文を用いて説明し,書面にて同意を得たうえで実施した.なお本研究は,国際医療福祉大学研究倫理審査委員会(承認番号:17-Ig-126)と東京医療学院大学研究倫理委員会(承認番号:18-8H)の審査を受け,承認を得て行った.

結果

21名のうち3名が途中で脱落した.脱落理由は,IMTが直接的な原因ではない体調不良が2名,義歯の不具合が1名であった.

介入を完遂した18名の介入前後の測定結果を表1に示す.前後比較において,有意差を示す項目はなかった.完遂した18名のうち,PImax増加群は11名,PImax低下群は7名でり,各群における介入前後の測定結果を表2に示す.PImax増加群では6MWDの有意な増加がみられた.PImax低下群ではPEmax,膝伸展筋力が有意な低下を示したが,6MWDに有意差は見られなかった.表3には介入前後における6MWT前後のBorgスケール(呼吸困難感,下肢疲労感),SpO2の結果を示した.全対象者ならびにPImax増加群では,介入前後ともにBorgスケール(呼吸困難感,下肢疲労感)は6MWT後に有意に増加したが,その増加量は介入前後で有意差が見られなかった.PImax低下群も,介入前後ともにBorgスケール(呼吸困難感,下肢疲労感)は6MWT後に有意に増加したが,その増加量は,呼吸困難感では介入前後で有意差が見られなかったが,下肢疲労感は有意に増加した.

表1 全対象者の介入前後の測定結果
n=18
介入前介入後
年齢85.4±4.3
歩行補助具・人数無し11名,T字杖2名,歩行車5名
IMT実施率(%)97.2
IMT負荷圧(cmH2O)18.8±3.4
身体組成
 身長(cm)146.7±7.2
 体重(kg)52.1±8.351.3±7.7n.s
 BMI(kg/m224.3±4.023.9±3.7n.s
呼吸機能
 VC(L)1.8±0.41.9±0.4n.s
 %VC(%)90.9±16.392.1±16.7n.s
 FEV1(L)1.3±0.31.4±0.4n.s
 FEV1%(%)78.2±7.779.8±6.9n.s
呼吸筋力
 PEmax(cmH2O)58.5±18.557.5±21.0n.s
 %PEmax(%)97.3±35.195.1±35.1n.s
 PImax(cmH2O)39.9±11.041.7±16.5n.s
 %PImax(%)96.1±27.4100.5±40.1n.s
運動機能
 握力(kg)18.5±6.518.9±6.8n.s
 等尺性膝伸展筋力(kgf)24.6±10.022.5±10.1n.s
 膝伸展筋力体重比(kgf/kg)0.5±0.20.4±0.2n.s
 5m歩行時間 通常(sec)5.5±1.66.1±2.1n.s
       速歩(sec)4.4±1.54.8±1.5n.s
 開眼片脚立位(sec)11.7±11.19.1±9.7n.s
 TUG(sec)13.5±6.112.6±4.6n.s
 FR(cm)20.8±6.320.7±7.0n.s
 CS-30(回)12.6±4.812.3±4.9n.s
 6MWD(m)279.2±63.3293.3±85.3n.s
  Borgスケール(呼吸困難感)変化量2.58±1.172.74±1.78n.s
  Borgスケール(下肢疲労感)変化量1.67±1.142.52±1.92n.s
  SpO2変化量0.17±1.150.38±1.54n.s

分析は介入前後の比較をWilcoxon 符号付順位和検定にて行った結果,すべての項目に有意な差を認めなかった(n.s).

BMI:体格指数,VC:肺活量,%VC:対標準肺活量,FVC:努力性肺活量,%FVC:対標準努力性肺活量,FEV1:1秒量,FEV1%:1秒率,PEmax:最大呼気口腔内圧,%PEmax:最大呼気口腔内圧/予測値,PImax:最大吸気口腔内圧,%PImax:最大吸気口腔内圧/予測値,TUG:Timed Up and Go, FRT:Functional Reach Test,CS-30:30second chair stand test.6MWD:6分間歩行距離,SpO2:経皮的酸素飽和度

表2 PImax増加群,低下群における介入前後の測定結果
PImax低下群(n=7)PImax増加群(n=11)
介入前介入後介入前介入後
年齢82.7±3.788.0±3.3
歩行補助具・人数無し4名,T字杖0名,歩行車3名無し7名,T字杖2名,歩行車2名
IMT実施率(%)97.597.1
IMT負荷圧(cmH2O)19.3±3.918.4±3.2
身体組成
 身長(cm)145.0±6.1148.4±8.3
 体重(kg)52.6±5.351.9±4.351.6±11.050.6±10.5
 BMI(kg/m225.2±3.924.8±3.423.4±4.223.0±4.1
呼吸機能
 VC(L)1.7±0.41.8±0.42.0±0.52.0±0.5
 %VC(%)89.5±20.990.6±22.692.2±11.793.7±9.6
 FEV1(L)1.2±0.31.3±0.31.4±0.41.4±0.4
 FEV1%(%)78.9±9.080.0±6.477.5±6.779.6±7.8
呼吸筋力
 PEmax(cmH2O)49.9±17.744.7±16.8*67.1±16.170.3±17.0
 %PEmax(%)85.2±25.477.1±26.3109.5±40.9113.1±34.8
 PImax(cmH2O)39.0±13.234.3±13.7*40.9±9.449.1±16.5*
 %PImax(%)96.5±33.886.0±36.7*95.7±22.0115.0±40.6*
運動機能
 握力(kg)17.2±5.717.1±5.219.8±7.420.6±8.0
 等尺性膝伸展筋力(kgf)23.2±9.519.8±9.2*26.0±11.025.6±11.1
 膝伸展筋力体重比(kgf/kg)0.4±0.20.4±0.20.5±0.20.5±0.2
 5m歩行時間 通常(sec)5.7±1.96.7±2.85.4±1.25.5±1.3
       速歩(sec)4.5±1.85.3±1.84.3±1.24.4±1.1
 開眼片脚立位(sec)16.1±13.511.6±12.47.2±6.17.0±6.9
 TUG(sec)14.9±7.512.7±4.812.1±4.612.5±4.8
 FR(cm)20.7±6.116.4±4.820.9±7.025.8±5.7
 CS-30(回)12.9±6.013.1±5.212.3±3.811.3±4.8
 6MWD(m)297.4±73.6296.2±100.5261.0±49.9290.5±75.2*
  Borgスケール(呼吸困難感)変化量2.71±1.113.00±1.832.49±1.252.39±1.30
  Borgスケール(下肢疲労感)変化量1.71±1.253.71±2.14*1.65±1.131.77±1.38
  SpO2変化量0.57±0.530.71±1.49-0.09±1.380.18±1.60

分析は各群における介入前後の比較をWilcoxon 符号付順位和検定にて行った結果,PImax増加群ではPImaxと6MWDの有意な増加がみられた.PImax低下群ではPImax,PEmax,膝伸展筋力が有意な低下を示した. *:p<0.05

略称は表1と同様.

表3 介入前後における6MWT前後のBorgスケール,SpO2の結果
対象者全体
介入前介入後
6MWT前6MWT後6MWT前6MWT後
Borgスケール(呼吸困難感)10.08±1.2112.66±0.75**10.17±1.6212.90±1.48**
Borgスケール(下肢疲労感)11.48±1.2213.04±1.55**11.50±1.8914.02±1.48**
SpO297.44±1.2097.61±1.3896.78±0.9497.17±1.29
PImax増加群
介入前介入後
6MWT前6MWT後6MWT前6MWT後
Borgスケール(呼吸困難感)10.22±0.9712.71±0.61**10.09±1.0412.48±1.36**
Borgスケール(下肢疲労感)11.78±1.2613.43±1.70**12.27±1.0114.04±1.52**
SpO297.64±1.3697.55±1.5796.91±1.1497.09±1.45
PImax低下群
介入前介入後
6MWT前6MWT後6MWT前6MWT後
Borgスケール(呼吸困難感)9.86±1.5712.57±0.98**11.00±1.1512.43±1.13**
Borgスケール(下肢疲労感)10.14±2.5413.14±1.35**10.29±2.3614.00±1.53**
SpO296.14±0.9097.71±1.1196.57±0.5397.29±1.11

分析は,介入前,介入後における6MWT前後の比較をWilcoxon符号付順位和検定にて行った結果,対象者全体,PImax増加群,PImax低下群ともに,6MWTによりBorgスケールは有意に増加した.SpO2有意な差を認めなかった.*:p<0.05 **:p<0.01

略称は表1と同様.

考察

本研究は,呼吸機能に対する直接的介入により運動耐容能が向上する可能性を見出すことを目的としてIMTの効果検証を行った.呼吸機能に対する直接的介入としてIMTを選択した理由は,我々の先行研究において吸気筋力が運動耐容能の影響因子であったこと8と,COPDにおいてIMTは運動耐容能の向上に有効であるとのエビデンスが構築されている15ためである.

対象者のベースラインの身体特徴をまとめると,身体組成はBMI 24.3 kg/m2であり,これは健康日本21(第二次)や日本人の食事摂取基準が掲げている目標値16,17と比較しても栄養状態が良好であったといえる.運動機能は,握力,膝伸展筋力,歩行速度,片脚立位,CS-30において年代別平均値18,19,20と近似した値であり,握力と歩行速度,片脚立位に関しては東京都健康長寿医療センター研究所が示す年代別5段階評価基準18でみても,5分位レベルで4レベルと高いことが示された.しかし,運動耐容能の指標である6MWDの結果は平均値で 285 mであり,Enrightらが示す予測式21から算出される予測値の60%と低い結果であった.さらに呼吸筋力の結果では,ばらつきはあるもののPImaxの値は吸気筋力弱化のカットオフ値とされる 60 cmH2O9を下回っており,吸気筋力が低下している対象であったといえる.現在のCOPDを対象としたコンセンサスでは,IMTは吸気筋力弱化(PImax<60 cmH2O)がみられる症例に有効であることが示されている9.したがって,今回の対象のように吸気筋力が低下している場合にIMTは有効であると考えられた.しかし介入の結果,対象者全体では呼吸機能,運動機能のいずれの項目にも有意な変化は認めない結果であった.呼吸筋力の結果では標準偏差が大きくばらつきが影響していることが考えられたため,本研究の目的である呼吸筋力の向上が運動耐容能に影響を及ぼすかを検証するため,IMTによって吸気筋力が介入前より増加したPImax増加群と,低下したPImax低下群に分けて検討を行った.以下,それぞれの結果について考察する.

1. 対象者全体の結果に対する考察

今回のIMTの方法は,①呼吸リハビリテーションマニュアルに明記されているCOPDを対象とした方法(負荷圧は30% PImax以上で1回15分を1日2回実施)22,②Langerらが報告した1回の実施を30回とするトレーニング方式23,③塩谷らが報告した1回15分1日2回という時間指定から,1回での吸入回数30回を1日2回という回数指定にすることで,そのアドヒアランスの改善も期待される24,25という報告に基づいて採択した.つまり,効果と継続性の両者を勘案して,吸気回数30回を1セットとして1日2セットを毎日,負荷強度は介入前に測定したPImaxの30~40%で実施させた.また自宅でのトレーニングとなるため実施方法を担保するため,最初にトレーニング方法の指導を行い,介護予防デイケアに通所する際には施設の理学療法士による実施方法の確認を行った.脱落を予防するため,実施記録に実施状況を記載して実施率を確認した事で,最後まで完遂した対象者18名の実施率は97.2%であった.しかし,対象者全体でIMTによる呼吸機能への直接的な効果が認められず,PImaxが低下した対象者も40%近く存在した.

この原因として考えられるのは,第一にIMTの介入期間が短かったことが考えられる.筋力強化を目的としたトレーニングでは至適負荷強度と頻度などを考慮してトレーニング期間を設定するべきであるが,PImaxは最大吸気時の口腔内圧,つまり吸気筋の仕事の総和であることから,トレーニング効果の出現時期に関しては多くの検討がなされている段階である26,27.COPDでは4週間のIMTにより呼吸筋力,呼吸筋持久力が増大することが示されているが,呼吸困難感やADL能力は改善しなかったと報告されている28.対して12か月や15か月の長期間にわたるトレーニングで6MWDが延長し呼吸困難感が軽減するとの報告がみられる28,29.今回の対象は呼吸器疾患ではないためCOPDの期間を当てはめることは適切ではないが,4週間ではトレーニング効果が出現するには十分ではなかったことが考えられる.負荷強度とトレーニング期間に関しては今後十分に検討をしていく必要があると考える.また,自宅でのトレーニングに限界があることは否定できない.実施方法の確認は重ねたが,高齢者が生活の中で行うトレーニングがどの程度確実に行えていたかは不明である.これについては更なる工夫が必要と考える.

2. PImax増加群の結果に対する考察

PImax増加群では6MWDが有意に増加した.Borgスケール(呼吸困難感)の結果をみると,IMT介入の前後とも,6MWTという運動負荷によって呼吸困難感は「ややきつい」レベルまで増加するが,その増加量に関しては,長い距離を歩行した介入後であっても介入前と比較して有意な増加を示さなかった.つまり,息切れ感や疲労感が増加することなく長い距離を歩けるようになったことを示しており,吸気筋力が増加すると運動耐容能も増加する可能性が示唆された.

吸気筋力の増加が運動耐容能の増加をもたらす機序については以下のように考察する.一般に,運動時にはまず1回換気量が増加するが,吸気量の増大は吸気筋力と胸郭のコンプライアンスによって成し遂げられる30.今回,IMTにより換気の動力源である吸気筋力が増強されたことで,運動時の換気量を増大させる予備力を蓄えたことになり,これが直接的に運動時の換気応答に影響を及ぼした可能性が考えられる.さらに呼吸困難感の発生を遅らせることにつながり,不要な呼吸補助筋の動員が軽減できエネルギー消費を抑えることが可能となったと考えられる.呼吸器疾患を有する場合は低酸素が運動の制限因子となるが,今回の6MWT前後のSpO2の結果からも低酸素に陥ることはなかった.つまり組織間におけるガス交換の問題は起こっていないことになり,換気能力の問題と結論付けることが可能と考える.さらに,増強された吸気筋は運動時の呼吸ポンプ作用を増強させ循環応答に好影響を及ぼし,運動耐容能の増大につながったことも考えられる.呼吸ポンプ作用とは,吸気時に横隔膜が下降することで,胸腔内圧が減少し腹腔内圧を高めることで静脈還流量が呼気時と比べて増大することである30.運動時にはこの作用が増強することから,静脈還流量が増大し,フランクスターリングの機序から1回拍出量を増加させ,運動時の心拍出量を維持し,運動を継続することが可能となる30.もう一つの機序として,運動強度が高まり換気量が増大すると呼吸筋の活動が増加して指数関数的に呼吸筋の酸素摂取量が増加するとされている31.この呼吸筋の酸素需要に伴い呼吸筋への血流量が増大すると,四肢の活動筋血流量が減少するとの報告もある32.このことはIMTにより吸気筋力が増強され,不要な呼吸筋活動を減らすことで下肢筋に分配される血流を担保できたと考えられる.これらの機序が働いたため,運動耐容能の増加につながったと推察する.

3. PImax低下群の結果に対する考察

PImax低下群ではPEmaxも有意に低下する結果であった.この原因は,4週間にわたる毎日のトレーニングにより呼吸筋疲労が生じ,その蓄積により過用性筋力低下(overwork weakness)を起こしたことが考えられる.四肢の骨格筋が高強度の負荷により疲労を起こすことと同様に,呼吸筋も最大収縮能に対して強い負荷がかかると収縮能が減少すると報告されている33.これは一般に筋力低下が著しい筋ほど起こりやすいといわれ,加えられた運動負荷に対する過度の機能亢進のため,代謝負担に耐えられず筋損傷が生じるとされる33.本研究ではCOPDにおけるエビデンスを基に,対象者ごとに測定したPImaxの40%という負荷強度を設定した.この負荷では筋疲労を生じさせるものではないが,結果から対象者の身体特性によっては筋疲労を起こす可能性が考えられた.負荷強度の観点では,呼吸筋も他の骨格筋のレジスタンストレーニングと同様に適切な運動負荷量を加えることが重要であるため,今後は廃用も過用も予防できる適切な負荷強度の設定が重要と考える.また,そのような過用性筋力低下を引き起こす高齢者の身体特徴は何かを明らかにすることも,IMTを実施する際の有益な情報となると考える.また,低下の原因として測定誤差も考えられるため,高齢者の最大努力を引き出す測定方法の統制を行い,対象者を増やすことも重要である.さらに,膝伸展筋力が低下した結果と合わせると,介入期間中に活動性が低下していた可能性が考えられ,1か月であっても高齢ゆえの呼吸筋の加齢変化に廃用性の変化が重なり,呼吸筋の筋力低下をもたらした可能性も考えられる.

運動耐容能への影響では,PImaxの低下は歩行時の換気を不利にして呼吸困難感を増大させ,6MWDを減少させると予測したが,そのような結果には至らなかった.これに関しては,対象者数が7名と少なく6MWDの標準偏差が大きいことが影響していると考えるため,今後の検討課題とする.一方で下肢疲労感は介入後に増大したが,これは膝伸展筋力の有意な低下によるものと考える.膝伸展筋力の低下は,IMTによる影響ではなく,介入期間中に活動性が低下したことによって起こったと考えるが,本研究では活動量などの把握は行っていないことから推論の域を脱しないため,介入期間中の生活の把握については今後の課題とする.

4. 結論

本研究より,4週間のIMTでは呼吸機能を含む身体機能の有意な変化は認めない結果であった.しかし,吸気筋力が増加した対象者を見ると,6MWTでは息切れ感や疲労感が増加することなく歩行距離が延長しており,運動耐容能の向上が示された.このことから,吸気筋力の向上により運動耐容能を向上させる可能性が示唆され,その方法の一つとして運動プログラムにIMTの追加併用が有効であったと考えられる.本研究の限界としては,研究デザインが前後比較にとどまり,比較対照試験ではないことがあげられる.従って,プラセボ効果や運動プログラム単独による効果を除外できておらず,IMT単独の効果が検証できていない.また,単施設における限定的な結果であること,平均年齢が85歳と後期高齢者に集中しており対象者数も少ないことが挙げられる.今後は比較対照試験とともに,地域や年齢を拡大し対象者数を増やすこと,負荷量や期間などを見直した上で更に詳細に検討していく必要があることが示された.

備考

本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2020 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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