2020 Volume 28 Issue 3 Pages 480-483
【目的】今日,肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)の世界的な増加が注目されている.治療の主体は薬物療法だが,時に外科治療が適応される.肺NTM症におけるHealth-related Quality of life(HRQOL)評価として,簡易的かつ短時間で評価が可能なCOPD assessment test(CAT)の有用性は既に報告されているが,外科症例におけるCATの有用性や術後HRQOLの経過を示した報告はない.本研究の目的は,CATの有用性の検討と,術前術後のHRQOLについて調査することである.
【対象と方法】肺NTM症外科患者17例.対象者の術前,術後3か月のHRQOLをCATとSt.George’s Respiratory Questionnaire(SGRQ),Short Form-36 Health Survey(SF-36)を用いて評価し,CATの有用性とHRQOLの経過について検討した.
【結果】術前および術後3か月において,CATとSGRQ(Total)に関連を認めた(術前r=0.64,p=0.006,術後3か月r=0.68,p=0.003).術前と比べ,術後3か月におけるSF-36の身体機能と体の痛みのスコアが有意に低値であった(p<0.05).
【結語】肺NTM症外科治療前後のHRQOL評価において,CATの有用性が示唆され,術後3か月でのHRQOLは術前に比し低下していた.
今日において,肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)は世界的に増加傾向にあり,本邦の罹患率は,2007年時は人口10万人/年に対し5.7であったが,2014年の調査では14.7と約2.5倍に急増している1).また,NTMの菌種は150種以上あると報告されているが,本邦ではMycobacterium aviumとMycobacterium intracellulareを含むMycobacterium avium Complex(MAC)が全体の約90%を占めているのが特徴である1).肺NTM症の治療は主に薬物療法を中心とした内科治療であるが,時に外科治療を要する場合がある.本邦の外科治療指針における適応については,①薬物療法においても排菌が停止しない,または再排菌があり,画像病巣の拡大または悪化傾向が予想される,②排菌が停止しても空洞性病変や気管支拡張病変が残存し,再発が危惧される,③大量排菌現病巣から急性増悪を繰り返し,病勢の急速な進行がある場合と示されている2).適応年齢は70歳台までとし,心肺機能が十分に保たれている場合に限り実施すべきと言われている2).また,治療の効果判定は生存率や死亡率に併せHealth-related Quality of life(HRQOL)の評価が重要視されている3,4).慢性閉塞性肺疾患におけるHRQOLの評価において,COPD assessment test(CAT)がSt. George’s Respiratory Questionnaire(SGRQ)と良好な相関関係にあり,より短時間でHRQOLを簡易に評価できることが報告されている5).肺NTM症においては,内科症例における同様の検討がなされているが6),外科症例における報告はない.また,外科治療の術前および術後遠隔期の呼吸器感染症の身体機能やHRQOLを示した報告は少なく7),肺NTM症を中心とした炎症性肺疾患の外科治療におけるCATの有用性の検証や術前,術後のHRQOLについての報告はない.
本研究の目的は,肺NTM外科症例において,CATがSGRQの代替になりうるか検討すること,また,術前,術後3か月でのHRQOLの変化について調査することである.
対象は,当院において2017年6月~2018年5月までに外科治療を行った27例の内,術前,術後3か月後まで身体機能評価とHRQOL評価が可能であった17名とした.
倫理的配慮として,手術前に患者に対して本研究実施に関する説明を実施し,調査の同意を得た(承認番号:18051).
2. 調査項目 1) 身体機能(運動耐容能),呼吸機能運動耐容能としてIncremental shuttle walk test(ISWT)を用い歩行距離を計測し,Itakiら8)の報告による本邦における健常者との対標準値を算出した.呼吸機能としてスパイロメーター(CHEST AC-8800:Chest社,東京)を用い,%肺活量(%VC),対標準1秒量(%FEV1)を測定した.
2) HRQOLHRQOLの評価として,SGRQとCAT,Medical Outcomes Study 36-Item Short Form Health Survey version 2(SF-36v2)を用いた.
SGRQは,Symptom,Activity,Impact,Totalの4つのドメインからなり,得点が高いほどHRQOLが低いとされる.
CATは,①咳,②喀痰,③安静時呼吸苦,④労作時呼吸苦,⑤日常生活,⑥外出への自信,⑦睡眠,⑧活力の8項目で総合的にQOLを評価する質問票である.40点満点で採点され,得点が高いほどHRQOLが低いとされる.
SF-36v2は,①身体機能,②日常役割機能(身体),③身体の痛み,④全体的健康感,⑤活力,⑥社会生活機能,⑦日常役割機能(精神),⑧心の健康の8項目に分かれる.全項目は0点から100点で採点され,国民標準値を50点とし,得点が高いほどHRQOLが高いことを表す.SGRQ,CAT,SF-36v2は自己記入式で術前と術後3か月に調査した.
3. 統計解析各項目に対してシャピロウィルク検定を行い,正規性を確認した後に相関関係についてピアソンの相関係数,スピアマンの相関係数を用いて検討した.術前,術後3か月のHRQOLの差については,ウィルコクソンの符号付順位和検定を用いた.統計処理はSPSS version 25(Chicago, IL, USA)を用い,有意水準は5%未満とした.
起因菌の内訳を表1に示した.また,対象者の基本情報および測定結果について表2に示した.起因菌は混合感染も含めMACが9割を占めていた(15/17例).性別は女性が多かった.BMIの低下はなく,呼吸機能は比較的保たれていたが,運動耐容能は対標準値において低かった.術式においては,16例が胸腔鏡補助下肺切除,1例が開胸肺切除であった.術後入院日数は15.9±10日であり,入院期における術後呼吸器合併症(無気肺,肺炎,気管支鏡を用いた吸痰)は全例に認めなかった.
Mycobacterium alone n=12 | |
M avium | 7 |
M intracellulare | 3 |
M abscessus | 1 |
M avium+M abscessus | 1 |
Super infection with other organisms n=5 | |
Aspergillus+M intracellulare | 1 |
M intracellulare+P aeruginosa | 1 |
Actinomyces+M avium+P aeruginosa | 1 |
M Lentiflavum+S aureus | 1 |
M avium+general bacteria | 1 |
n=17 | |
---|---|
性別 男/女 | 2/15 |
年齢 | 53.2±13.8 |
BMI(kg/m2) | 19.5±2.5 |
術前呼吸機能検査 | |
VC % pred. | 85.9±13.5 |
FEV1% pred. | 82.6±8.6 |
ISWT(m) | 505.0±138.5 |
ISWT %pred. | 86.1±25.5 |
BMI; body mass index
% pred; percent predicted
VC; vital capacity
FEV1; forced expiratory in one second
ISWT; incremental shuttle walk test
術前と術後3か月でのCATとSGRQ(Total)の相関関係を図1,2に示す.術前(r=0.64,p=0.006),術後3か月(r=0.68,p=0.003)ともに,良好な相関関係が得られた.
術前SGRQ(Total)と術前CATの相関関係
術後3か月SGRQ(Total)と術後3か月CATの相関関係
術前,術後3か月のSGRQ,CATにおいて統計的な有意差は認めなかったが,HRQOLは概して低くなる傾向にあった.SF-36においては身体機能と体の痛みが術後に有意に低値となり,HRQOLが低かった(p<0.05).
術前 | 術後3か月 | P-value | |
---|---|---|---|
SGRQ | |||
Symptom | 27.3±12.1 | 30.6±14.7 | 0.379 |
Activity | 22.3±18.8 | 31.5±26.4 | 0.136 |
Impact | 17.6±17.3 | 22.4±17.0 | 0.055 |
Total | 20.7±15.0 | 26.5±18.1 | 0.084 |
CAT | 7.2±5.7 | 9.1±6.3 | 0.124 |
SF-36 | |||
身体機能 | 52±6.6 | 47.3±7.9 | 0.008 |
日常役割機能(身体) | 47.8±11.5 | 40.2±19.7 | 0.154 |
身体の痛み | 53.2±8.4 | 41.5±11.4 | 0.004 |
全体的健康観 | 45.3±9.0 | 44.5±9.1 | 0.132 |
活力 | 49.1±12.5 | 47.9±11.8 | 0.518 |
社会生活機能 | 50.5±11.2 | 42±17.7 | 0.055 |
日常役割機能(精神) | 49.3±13.5 | 44.1±18.1 | 0.05 |
心の健康 | 50.5±10.8 | 48.6±13.0 | 0.589 |
SGRQ; St. George’s Respiratory Questionnaire
CAT; COPD assessment test
SF-36; Medical Outcomes Study 36-Item Short Form Health Survey
本研究では,肺NTM症の外科治療対象者におけるCATの有用性と術後HRQOLについて検討した.
術前,術後3か月のSGRQとCATに良好な相関関係が認められ,Hamaら6)の報告による肺NTM内科症例のSGRQとCATの相関関係に類似した結果が得られた.CATは比較的短時間で簡易的にHRQOLを評価できる質問紙であり,肺NTM外科症例においても適応できることが示唆された.
肺NTM内科症例における先行研究6)と,本研究症例の基本情報,HRQOLを比較すると,性別は内科,外科症例ともに女性の割合が多かったが,年齢は,内科症例に比べ本研究における外科症例が低く(66.8±8.9歳 vs 53.2±13.8歳),呼吸機能については両症例ともに比較的保たれており,HRQOL(SGRQ,Total)においても近似していた(21.6±17.1 vs 20.7±15).以上のことから肺NTM外科症例は,内科症例に比し若年者を適応とし,HRQOLは内科症例と類似した集団を対象としていることが考えられた.
術前,術後3か月でのHRQOL変化を比較すると,SGRQとCATに有意な差は認めなかったが,SF-36においては,術後3か月に身体機能と体の痛みが有意に低値となり,HRQOLが低下していた.肺癌外科症例における術前,術後3か月におけるHRQOL評価では,創部痛などが原因でHRQOLが低下する傾向にあり9),術後呼吸リハビリテーションによる疼痛症状緩和の報告もある10).肺NTM症においても術後創部痛が一要因となりHRQOLが低下していることが考えられた.また,外科治療には画像所見では適応となるが,臨床症状に乏しい症例もあり,治療のタイミングが難しいと述べられている11).以上のことから,術前に臨床症状のない症例では術後の疼痛がHRQOLを低下させ,短期でのHRQOL向上に至らないことが考えられた.肺NTM症に類似した,気管支拡張症外科治療における術後HRQOL経過については,術前と術後9か月の運動耐容能とHRQOLを比較し,運動耐容能は著明な改善がなかったが,HRQOLは有意に改善したとの報告があり7),肺NTM症においても長期的にHRQOLを評価していく必要があると思われる.今後は術前の臨床症状も併せて評価し,術前有症症例におけるHRQOL低下群に対しての周術期呼吸リハビリテーションの効果においても検討し,個々の特性に考慮した呼吸リハビリテーションを探求していく必要がある.
本研究では,症例数が17例と統計解析における対象数が不十分であり,術後3か月での短い調査期間であった.しかしながら,肺NTM症を中心とした炎症性肺疾患の外科治療におけるCATの有用性の検証や術前,術後のHRQOLについての報告は今までになく,今後は対象数を増やしてCATの有用性の追加検証することや,術後長期での追跡研究を行う前段階の調査として有用であると考える.
ご助言,ご指導をいただきました複十字病院呼吸器外科の白石裕治医師,平松美也子医師に深謝いたします.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.