2020 Volume 28 Issue 3 Pages 484-487
慢性肺疾患患者に対する吸気筋訓練(inspiratory muscle training: IMT)の効果については,様々な疾患にて報告されているが,米国胸部医師学会/米国心血管・呼吸リハビリテーション学会(ACCP/AACVPR)ガイドラインでは,呼吸リハビリテーションの必須の構成項目としてルーチンに行う事を支持するエビデンスはないとしている.また小児に対するIMTの効果についても,有効性を示すエビデンスは乏しい.今回,我々は,横隔神経麻痺を合併した小児患者に対して労作時呼吸困難感の軽減を目的に,通常の理学療法に加えて4週間のIMTを行った.その結果,VC(vital capacity),IC(inspiratory capacity),PI max(maximum inspiratory pressure)が改善し,労作時呼吸困難感も改善を示した症例を経験したため報告する.
吸気筋訓練(Inspiratory Muscle Training; IMT)は,慢性肺疾患患者に対する呼吸器リハビリテーションプログラムの一つである.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)患者を対象としたIMTに関するメタ解析の報告(48施設,462名)では,呼吸困難感,健康関連QOL,運動耐容能,最大吸気筋力の改善を認めたとしている1).また近年では肺疾患に限らず,心疾患患者,脳性麻痺患者等,様々な疾患に対する有効性が報告されている2,3).しかし,米国胸部医師学会/米国心血管・呼吸リハビリテーション学会(ACCP/AACVPR)ガイドラインでは,IMTについて必須の構成項目としてルーチンに行う事を支持するエビデンスはないとしている4).
今回,術後合併症として横隔神経麻痺を呈し,労作時呼吸困難感が増悪した小児患者に対してIMTの実施が効果的であった1例を報告する.
5歳男児.診断病名はリンパ芽球性リンパ腫.咳嗽にて当院小児科を外来受診したところ,縦隔の顕著な拡大を認め(図1),生検目的にて入院した(X病日).生検後,抜管困難にて人工呼吸器管理を継続され,リンパ芽球性リンパ腫の標準的治療法であるNHL-BFM955)に基づき,寛解導入療法(X+3病日)を開始した.理学療法はX+7病日より開始した.ADLは徐々に改善し,強化療法,再寛解導入療法,維持療法を施行した.一時退院の後,X+257病日,縦隔腫瘍摘出術を施行されたが,術後合併症として横隔神経麻痺を発症し,左横隔膜挙上を認めた(図1).病室~訓練室間(約 40 m)の歩行のみで呼吸困難感を自覚したため,通常の理学療法に加えてIMTを開始した.なお,本症例の報告にあたり,患者とその家族に書面での同意を得た.
入院時(X病日),術後(X+257病日),IMT終了時(X+296病日)
入院期間中,通常の理学療法プログラムに加えて(2~3日/週),家族監視下によるIMTを実施した.通常の理学療法プログラムは,小児患者が意欲的に行えるように,遊びを取り入れた動作訓練を中心に実施した.IMTの導入開始時に使用方法,負荷量設定方法について十分に指導した.セルフチェックシートを作成し,実際できた際は本人にシール貼付する様に伝えた.また家族には負荷圧,連続実施回数,本人の疲労感の訴え等を記入して頂く様に依頼することで実施状況をモニタリングした(図2).
セルフチェックシート導入
IMTのプロトコールは,COPD患者を対象とした先行研究6,7)を参考にした.導入時負荷圧をPI maxの15%(3 cmH2O)とし,30回連続して施行可能であれば徐々に負荷圧を上げ,PI maxの40~50%(9~15 cmH2O)を目標負荷圧とした.目標負荷圧は担当療法士がセルフチェックシートを確認することで,随時決定した.施行頻度は2回/日とし,4週間実施した.3 cmH2Oの低負荷から開始可能な,POWER breathe Medic Plus®(POWER breathe International社製)を選択した(図3).
各種POWER Breathe機器の設定可能負荷圧
表1に理学療法開始前後の評価項目を示す.
初期評価 | 最終評価(4週) | |
---|---|---|
呼吸機能検査 | ||
VC(L) | 0.46 | 0.81 |
%VC(%) | 45 | 57 |
IC(L) | 0.44 | 0.63 |
FEV1/FVC(%) | 100 | 100 |
PI max | 18.9 | 32.1 |
%PI max | 22 | 37 |
呼吸困難感 | ||
mMRC scale | glade IV | glade II |
活動性 | ||
ECOG-PS | 3 | 3 |
VC: vital capacity, IC: inspiratory capacity, FEV1: forced expiratory volume in one second, FVC: forced vital capacity, PI max: maximum inspiratory pressure, mMRC scale: modified Medical Research Council scale, ECOG-PS: Eastern Cooperative Oncology Group performance status
IMT開始前はVC 0.46 L,%VC 45%,FEV1 0.44 L,FEV1/FVC 100%,PI max(peak maximal inspiratory pressure)18.9 cmH2O,%PI max 22%であった.mMRC scale(modified Medical Research Council dyspnea scale)はGladeIV,ECOG-PS(Eastern Cooperative Oncology Group-performance status)は3であった.SpO2は労作時を含めて95%以上で推移しており,低酸素血症は認めなかった.
4週間のIMT実施後にて,レントゲン所見では,理学療法前後で明らかな改善を認めなかった(図1).VCは 0.46 Lから 0.81 L,%VCは45%から57%.ICは 0.44 Lから 0.63 Lと改善を示した.吸気筋力についても,PI maxは 18.9 cmH2Oから 32.1 cmH2O,%PI maxは,22%から37%とそれぞれ増加を示した.mMRC scaleは,GladeIVからGladeIIに改善した.シール添付は毎日行えており,施行頻度もプロトコール通りに実施できていた.患児本人もIMTを意欲的に取り組めていた.
本症例は,活動性低下による廃用症候群,横隔神経麻痺によるVCやPI maxの低下に伴って労作時呼吸困難感が生じたと考えられる小児患者である.理学療法に加えて,成人同様の負荷設定にて4週間のIMTを実施した結果,VC,IC,PI max,mMRC scaleの著明な改善を認めた.通常,動作訓練などの理学療法のみでは肺機能や吸気筋力の改善は乏しいと考えられるため,本症例での効果はIMTによる効果が大きいと推測された.
IMTによる呼吸困難感改善の機序について,COPD患者では呼吸補助筋のtypeII線維の改善に伴う吸気筋努力軽減,吸気時間短縮によるdynamic hyperinflation軽減が関係するとされる8).本症例においても,VCやICの改善,PI maxの増加に伴う吸気筋努力の軽減が労作時呼吸困難感の改善につながったと考えられる.理学療法前後でのレントゲン所見上にて横隔神経麻痺の改善は認めなかった.従って,呼吸補助筋での吸気筋力改善が影響したと考えられる.
IMTを小児患者に導入する上で,適切なデバイスの選択,アドヒアランスを考慮した関わりが重要であると考える.今回,成人と同様の負荷設定にて実施したところ(PI maxの15%),初期設定圧が 3 cmH2Oと低値となった.POWER breathe Medic Plus®は 1~78 cmH2Oと極低負荷からの負荷調整が可能であり,吸気筋力の低い小児患者でも適応可能であった.また小児領域ではステロイド吸入薬や抗てんかん薬服用等について,アドヒアランス不良が報告されており9,10),家族指導や患児自身が意欲的に行える工夫の重要性が高い.IMTのエビデンスや機器使用方法について十分な家族指導を実施し,またセルフチェックシートにシールを貼付してもらうなど,患児が意欲的に継続できる工夫をしたことが良好な結果につながった可能性が高い.
小児におけるIMTについての報告では,10歳~18歳程度の年齢を対象としたものはあるが,5歳という低年齢での報告は検索した限り見つけることはできなかった.本症例の経験から,5歳という低年齢の小児の術後合併症に対してもIMTが有用である可能性が示唆された.
拘束性換気障害に対するIMTの効果については,Rutchikらは頸髄損傷患者の努力性肺活量やVC,全肺気量,機能的残気量,最大吸気筋力などを改善させる事を報告している11).成人の横隔神経麻痺患者に対するIMTの症例研究では,スタチン誘発性ミオパチーの高強度IMTによる改善効果を報告している12).本症例においても,治療過程にてステロイド,免疫抑制剤治療などを施行しており,それに伴う呼吸筋力低下の可能性も考えられる.しかし上記の通り,小児患者を対象としている事から低負荷でのIMTを実施したものの,良好な経過が得られた.横隔神経麻痺および小児患者に対するIMTの負荷設定については,さらなる検討が必要である.
本研究の限界として,小児患者を対象としたため,運動耐容能の評価が困難であった事が挙げられる.症状についても,本症例は比較的訴えが明確であったが,年齢を考慮するとややあいまいな部分が残る.肺機能検査,吸気筋力検査についても同様であるが,良好な再現性や著明な数値の改善からある程度の信頼性は担保できていると考えている.今後,多数例の検討や,より客観的かつ妥当性の高い評価尺度を用いた検討が望ましい.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.