The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Prevention of aspiration pneumonia
Kanji Nohara
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2020 Volume 29 Issue 1 Pages 78-80

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要旨

超高齢社会をむかえた日本においては,高齢者の肺炎,中でも誤嚥性肺炎の予防と対策が大きな課題となっている.そのような情勢を踏まえて,2017年に「成人肺炎診療ガイドライン2017」が作成された1.このガイドラインの最大のポイントは,繰り返す誤嚥性肺炎や終末期の肺炎などに対して踏み込んだ内容となっている点とされている.ガイドライン自体は非常に分かりやすく実践的にまとめられており,治療方針決定に有用であるということに疑いはない.しかし,嚥下障害や誤嚥を専門とする筆者にとっては気になる点が一つあった.ガイドラインの冒頭に「本ガイドラインでは感染症以外の肺炎・肺臓炎等は取り扱わない」と明記されていることである.誤嚥性肺炎や終末期の肺炎を取り上げているにも関わらず感染症による肺炎のみを扱うというのは,高齢者の「いわゆる」誤嚥性肺炎を診ている医療者に誤解を与えかねない.はじめに「いわゆる」誤嚥性肺炎と診断されていた症例の経過を提示したい.

症例 86歳 男性.

主訴 もっと口から食べたい.

疾患 眼咽頭型筋ジストロフィー,心原性脳梗塞.

既往歴 高血圧症,狭心症.

服用薬 ワルファリン,クロピドグレル,アジルサルタン.

現病歴 X年1月に心原性脳梗塞(右MCA領域)になり左片麻痺,嚥下障害を発症し入院治療を受けた.その後リハビリテーションを行い四肢の機能は改善がみられたものの,嚥下障害は残存し誤嚥性肺炎を繰り返したため同年5月に胃瘻造設となった.胃瘻造設後は少量のゼリーの摂取は可能となり同年7月に回復期病院退院となった.さらなる嚥下機能の改善を目的として当部の嚥下外来受診となった.

現症 左片麻痺は軽度残存しているために普段は車椅子で移動しているものの,杖歩行は可能であった.認知機能はHDS-R 26点であり,高次脳機能障害は認められなかった.舌の筋力低下があり,構音はやや不明瞭であった.筋ジストロフィーによるものと思われる眼瞼下垂を認めた.胸部聴診は異常なかったが湿性嗄声が聴取された.

胸部X線写真(図1) 肺炎像は認めなかった.

図1

初診時の胸部X線写真

嚥下内視鏡所見(図2) ゼリーやとろみ水分は嚥下可能であるものの多量の咽頭残留があり,その残留分が吸気とともに気管内に流入する所見(誤嚥)がみられた.誤嚥時に咳嗽反射は認められたものの喀出力が弱く,一部は気管内に残留した.

図2

嚥下内視鏡所見

気管内にゼリーが流入している(矢印).このあと咳がみられたものの喀出は不十分であった.

診断 眼咽頭型筋ジストロフィーおよび脳梗塞による嚥下障害(誤嚥)

方針1 脳梗塞慢性期であり筋疾患もあるため,筋力改善を目的とした嚥下訓練は行わないこととした.経口摂取の希望が強かったためQOLを考慮し,楽しみ程度の経口摂取(ゼリー5口程度)を許可した.

経過1 X年10月に発熱があり近医を受診したところ誤嚥性肺炎との診断で抗菌薬を処方された.発熱は1日で治まったものの念のため抗菌薬は1週間服用した.X+1年1月,4月,6月にも発熱があり,1日で解熱するものの念のため毎回近医を受診し,誤嚥性肺炎と診断され処方された抗菌薬を1週間服用した.当部再診時に経口摂取の中止を提案したが「どうしても食べたい」との訴えがあり,肺炎のリスク等を十分に説明したうえで少量の経口摂取を継続した.同年8月に再度発熱があり,近医にて処方された抗菌薬を1週間服用したあとから重度の下痢,腹痛,嘔吐がみられた.徐々に症状が酷くなり,救急病院を受診したところ偽膜性腸炎との診断で3か月間入院となった.

方針2 これまでの発熱の頻度や期間などの経過から,繰り返す発熱はびまん性嚥下性細気管支炎(DAB: Diffuse Aspiration Bronchiolitis)2によるものを疑い経口摂取の中止を再度提案したが,患者が受け入れなかった.口腔ケアの徹底,充分な栄養摂取,呼吸理学療法の実施を指示したうえで,近医と相談し発熱時には基本的には解熱剤での対応とし,細菌性肺炎を疑うときのみ抗菌薬を服薬することとした.

経過2 それ以降4年が経過したが,2,3か月に1回の発熱はみられるものの抗菌薬を服用することなく,誤嚥性肺炎に罹患することもなく少量の経口摂取は継続できている.

本症例の経過を考えると,抗菌薬を服用することなく治癒していることから,やはり細菌性の誤嚥性肺炎というよりもDABであったと考えられる.DABでは「とりあえず抗菌薬」は避けるべきであり,誤嚥の予防(誤嚥しないだけでなく誤嚥物を喀出できること)が重要とされる.しかし何より重要なのはDABを診断することであろう.

臨床では全症例の胸部レントゲンを撮影することは現実的ではなく,ましてや胸部CTは撮影するケースの方がまれである.そのような状況では,誤嚥を呈している症例が発熱し,呼吸器以外に炎症のフォーカスがない場合には,臨床的に「いわゆる」誤嚥性肺炎と診断されていることが多い.したがって,臨床において「誤嚥性肺炎」とされているものの中には,ガイドラインで取り上げられているような細菌性肺炎である「狭義の誤嚥性肺炎」と細菌感染をともなわない誤嚥物の刺激で生じる「DAB」,加えて主に逆流した胃酸によって生じる化学性肺炎である「誤嚥性肺臓炎」が混在しているのが現状である(表13.もちろん,これら3つを明確に区別できない病態も存在するが,少なくとも誤嚥性肺炎に対峙する時には,「3つの病態があること」を頭においておき,「できる限り鑑別診断を行うこと」が重要であろう.そうしなければ提示した症例でみられた,不要な抗菌薬を投与し続けることによる合併症や耐性菌の問題だけでなく,不要な経口摂取禁止,不用意な経口摂取推奨が行われてしまう.

表1 臨床的に誤嚥性肺炎と診断される3つの病態

以上の背景から,誤嚥性肺炎(「広義の誤嚥性肺炎」や「誤嚥性呼吸器疾患」と呼んだ方がよいかもしれないが)の予防や治療を考えるにあたり,ガイドラインにあるように「感染症以外の肺炎・肺臓炎等は取り扱わない」としてしまうと,誤嚥性肺炎の3つのうちの2つはカバーできないことになる.したがって,誤嚥性肺炎の予防や治療は,抗菌薬やワクチンといった病原微生物への対応に偏ったものでなく,嚥下機能,栄養状態,リハビリ,口腔衛生,食事内容などの視点から,3つの病態を見極めつつ多職種で取り組む必要がある.

今回の共同企画では,広義の誤嚥性肺炎に関わる多科・多職種の先生方に,それぞれ専門の立場から広義の誤嚥性肺炎の予防や治療について,エビデンスを交えつつ,最前線かつ最先端の臨床経験をお話頂いた.

誤嚥性肺炎の予防は単科・単職種では不可能であり,多科・多職種の協同・連携が必須であるが,そのためには他科・他職種の得意分野や武器を知ることが必要である.本共同企画がそのきっかけになれば企画者として嬉しく思う.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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