2020 Volume 29 Issue 1 Pages 92-96
【背景と目的】頚髄損傷の死亡原因の筆頭は呼吸障害であり,呼吸状態の把握が急務の課題といえる.そのため,アメリカ脊髄損傷協会の神経学的損傷高位(neurological level of injury: NLI)と障害尺度を使用し,これまで報告のないVCの経時的推移をNLIごとに調査した.
【対象と方法】対象は脊髄損傷データベースシステムに登録された運動完全麻痺の頚髄損傷患者201名とし,NLIを「C1-3」,「C4」,「C5」,「C6-8」に分類した.評価は受傷後3日~12か月の間の計11時期で,簡易スパイロメータを使用しVCを測定した.
【結果】NLIが下位になるほどVCが高かった.C1-3では全時期でVCが 500 ml前後であった.C4より下位では1年後まで緩徐にVCが増加し,特に4か月以降で有意に増加した.
【結語】頚髄損傷患者のVCはC4より下位では経時的な増加がみられた.横隔膜が十分に機能するC4レベルの残存が呼吸の自立を左右すると考えられる.
医療の進歩に伴い脊髄損傷患者の医学的管理が発展し生存率が向上している中で,四肢麻痺を呈し麻痺がより重篤となる頚髄損傷においては,呼吸障害が昭和20年代から変わらず高い割合で死亡原因の第1位となっている1).さらに昨今の高齢化社会に伴い脊髄損傷の発生分布は,かつての若年者と高齢者にピークをもつ二峰性のパターンから,高齢者をピークとする一峰性のパターンへと変化し,高齢者の割合が増加している.このため頚髄損傷患者特有の呼吸障害だけでなく,呼吸器疾患の既往がある場合は合併症のリスクを高めることとなる為,頚髄損傷患者の呼吸機能の評価は重要である.
頚髄損傷患者の呼吸障害は呼吸筋麻痺が主体となるため,脊髄の損傷高位により呼吸の障害程度は異なる(表1)2).第3・4頚髄節あるいはそれより上位(高位)の損傷では,横隔膜は損傷程度に応じた麻痺を呈する.そのため高位の頚髄損傷ほど呼吸障害が重篤で,横隔膜の麻痺により自発呼吸が困難なレベルでは人工呼吸器を必要とする.また,頚髄損傷の呼吸は,%肺活量(%VC; % Vital capacity)が低下し拘束性換気障害となる.呼気においては主動作筋である腹筋群が麻痺しているため,努力性の呼気筋の障害を呈し自力での排痰が困難となりやすい.全体的に小さなフローボリューム曲線であるため一秒率は高くなるが,最大中間呼気速度や
筋名 | 髄節 | 安静吸気 | 努力吸気 | 努力呼気 |
---|---|---|---|---|
横隔膜 | C3-5 | 〇 | 〇 | |
胸鎖乳突筋 | 副神経,C2-3 | △ | ||
僧帽筋 | 副神経,C2-4 | △ | ||
肩甲挙筋 | C2-5 | △ | ||
斜角筋群 | C2-7 | △ | ||
大胸筋 | C5-T1 | △ | ||
小胸筋 | C7-T1 | △ | ||
外肋間筋 | T1-T11 | 〇 | 〇 | |
内肋間筋 | T1-T11 | 〇 | 〇 | 〇 |
腹直筋 | T7-12 | 〇 |
〇:主動作筋 △:補助動筋
今回,頚髄損傷患者の呼吸機能の詳細を把握するために,アメリカ脊髄損傷協会(ASIA; American Spinal Injury Association)で作成された国際基準で対象者を分類した4).これは,第2頚髄節(C2)~第4-5仙髄節(S4-5)までの各髄節の運動と知覚の評価より,矢状面での損傷の高位を示す神経学的損傷高位(NLI; Neurological Level of Injury)と横断面での麻痺の程度を示す障害尺度(AIS; ASIA Impairment Scale)(表2)を決定する評価基準である.
A=完全麻痺 NLIより下位の運動・感覚ともに完全に麻痺 S4-5仙髄領域の運動機能と感覚が欠如 B=運動完全麻痺・感覚不全麻痺 NLIより下位の運動機能は欠如,感覚は残存 S4-5仙髄領域を含むNLI以下に感覚が残存 C=運動不全麻痺 NLIより下位の運動機能が残存 キーマッスルの半分以上が筋力3未満 D=運動不全麻痺 NLIより下位の運動機能が残存 キーマッスルの半分以上が筋力3以上 E=正常 すべての髄節で運動機能および感覚が正常 |
これまでにも損傷高位ごとの肺活量(VC; Vital capacity)のデータは散見するが5,6),経時的な推移を調査した報告は世界的にもない.そこで,頚髄損傷完全麻痺のASIA運動スコアが緩徐に回復してくるという報告7)に基づき, VCでも同様に経時的に増加すると仮説を立てた.
今回の研究の目的は,頚髄損傷患者の治療を円滑に進めるためにVCの経時的な推移を明らかにすることに加え,NLIごとの呼吸機能の詳細を把握することである.
対象は2005年から2017年の13年間に脊髄損傷データベースシステム8)に登録された外傷性脊髄損傷患者1002名のうち,AISにおいて運動機能が完全麻痺であるAとBの頚髄損傷患者201名とした.内訳は男性175名,女性26名,年齢58±19歳である.
VCは簡易スパイロメータ(IMI. Co. 手動式診断用スパイロメータ)を使用し,仰臥位で計測した.脊髄損傷患者のVCは座位と仰臥位での測定が推奨されているが9),急性期の座位が困難であること,体幹の使い方により予備呼気量が変化してしまうこと,不安定な座位では横隔膜は姿勢制御に働きやすい10)などの理由から,今回は仰臥位で測定した.AISとNLIは脊髄損傷データベースシステムより情報を採取した.
評価は受傷後3日,2・4・6週,2・3・4・5・6・8・12か月の計11時期で行った.急性期は身体機能の改善が顕著であるため11),より細かな時期でデータを収集している.VCは,NLIによる呼吸機能を考慮して「第1~3頚髄節(C1-3)」,「第4頚髄節(C4)」,「第5頚髄節(C5)」,「第6~8頚髄節(C6-8)」に分類した12).分類したレベルの特徴を表3に表す.
NLI | 特 徴 |
---|---|
C1-3 | 横隔膜の麻痺により人工呼吸器を必要とする可能性が高い. 舌咽呼吸の獲得で短時間人工呼吸器を外すことは可能. |
C4 | 一回換気量は低下するが自発呼吸が可能. 日中は人工呼吸器を必要とする可能性は低いが,夜間の換気のみ必要となる可能性がある. |
C5 | 自発呼吸での生活が可能となるが,効果的な咳が困難であり合併症に注意が必要. |
C6-8 | 大胸筋および小胸筋の働きによる吸気の増加や,上肢を利用した咳嗽の増強が可能. |
統計はEZR(Ver. 1.38)を用いて,VCに対してKruskal-Wallis検定をNLIごとに時期について行った.有意差が認められた群に対しては,受傷後3日を基準(Baseline)としてSteel法で多重比較検定を行った.
本調査は,当院の倫理委員会の承認を得て,対象者へ文章および口頭にて研究内容を説明し同意を得て実施された.
NLIごとの各時期のVC平均値を図表に示す(表4,図1).NLIでは,C1-3と比較してC4より下位の各群は全時期を通してVCは高くなっていた.
神経学的 損傷高位 | 受傷からの経過日数 | P-value | ||||||||||||||||||
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NLI | 3 days (Baseline) (n=144) | 14 days (n=78) | 30 days (n=69) | 45 days (n=71) | 60 days (n=54) | 90 days (n=56) | 120 days (n=57) | 150 days (n=56) | 180 days (n=61) | 240 days (n=48) | 365 days (n=49) | |||||||||
C1–3 | 547±86 | 605±146 | 700±214 | 523±226 | 324±294 | 413±363 | 147±87 | 183±95 | 378±153 | 600±104 | 525±25 | 0.621 | ||||||||
C4 | 931±41 | 991±69 | 1,123±88 | 1,225±104 | 1,198±118 | 1,136±102 | 1,381±107 | ‡ | 1,470±124 | ‡ | 1,385±121 | * | 1,632±151 | ‡ | 1,781±144 | ‡ | P<0.001 | |||
C5 | 984±62 | 1,110±83 | 1,318±115 | 1,640±14 | † | 1,556±88 | † | 1,536±113 | † | 1,698±177 | † | 1,775±203 | ‡ | 1,881±167 | ‡ | 1,761±240 | † | 2,170±217 | ‡ | P<0.001 |
C6-8 | 1,208±74 | 1,415±182 | 1,579±173 | 1,632±182 | 1,707±168 | 1,720±191 | 1,868±178 | * | 1,962±182 | * | 2,013±149 | ‡ | 2,098±155 | ‡ | 2,343±159 | ‡ | P<0.001 |
Data are presented as mean(ml)± standard error of mean(ml).
note:この数値は各時期のNLIに沿って経時的変化を追っているものであり,個人の変化を追っているものではないことに注意が必要である.そのためドロップアウトや麻痺の改善によるNLIの変化で母数が変わり,VCが低下している時期も認められた.
頚髄損傷患者の肺活量の経時的推移
C1-3では,全時期でVCが 500 ml前後であり経時的な増加がなく,3日と比較してどの時期にも有意差は認められなかった.%肺活量(%VC)も3日が18%,1年後が17%と増加がみられず少ない数値であった.
C4では,1年後まで緩徐な増加がみられた.受傷後3日の 931 mlと比較して4か月以降で有意なVCの増加が認められた.
C5でも1年後までVCの増加がみられ,急性期の増加が顕著であった.そのため受傷後3日の 984 mlと比較して,6週という早い段階で有意なVCの増加が認められた.
C6-8では受傷後3日から 1,208 mlであり,他の高位よりVCは高い傾向にあった.1年後までVCの経時的な増加がみられた.受傷後3日と比較して4か月から有意なVCの増加が認められた.この高位でも1年後の%VCは65%にとどまった.
今回,頚髄損傷患者の呼吸状態を把握するために運動完全麻痺を対象として経時的なVCの推移を調査した.頚髄損傷患者のVCは,全てのレベル・時期を通して健常者より低い数値であった.その中でもNLIが下位になるほどVCが高いことが明らかとなった.NLIが1レベル異なるだけで呼吸の主動作筋である横隔膜の働きや補助動作筋の参加に差があるため,VCにも差が出ると思われた.骨傷タイプや喫煙の有無などの個人因子において,入院時の%VCに有意差がなかったとの報告13)もあり,NLIがVCに大きく関与すると考えられる.
横隔膜の髄節はC3-5であるが横隔神経は主としてC4から起こり,C3とC5の一部がこれに加わるといわれているため,C4レベルの残存が呼吸の自立を左右すると考えられる6,14,15).そのため横隔膜が十分に機能しないC1-3でのVCは特に低く,3日と比較して 1年後も変化がなかった.このレベルでは全期間でVCが 500 ml前後であり,%VCも20%未満と少ない数値であることから,気管切開の検討が必要である16).長期的な人工呼吸器の離脱は困難であると考えられ,このレベルの継続した呼吸管理の必要性が確認された.咽頭・喉頭機能が正常で嚥下障害がなく,患者の理解と協力があればNPPVを勧めることもできる17).
C4より下位では,横隔膜が十分に機能してくるためC1-3よりVCが高い数値であった.このことからもC4レベルの残存がVCに重要であることが示された.また,NLIが下位になるほどVCが高かった理由は,残存する補助動作筋が同じでも同一筋における神経線維の参加が下位の方がより増えたためと考えられる.%VCが低い要因は吸気筋の麻痺により予備吸気量が十分ではないことに加え,努力呼気の腹筋群の麻痺により予備呼気量も著しく損なわれていることが影響している.しかしながら経時的にVCは増加し,特に4か月以降は有意に改善していくことが分かった.加えて1年後でもプラトーが認められないことから,更なる改善が予測されることと1年以上の長期的な調査の必要性が示唆された.また,C4,C5,C6-8でのVCは3日と比較して1年後は約2倍に増加していたことは興味深い.これは呼吸補助筋の強化や,脊髄ショックを離脱し肋間筋の痙縮が出現してくると,胸郭の安定性は向上しVCが急速に改善するという報告18)とも一致する.
完全麻痺の頚髄損傷患者はどのレベルでも急性期はVCが十分ではなく,合併症予防等の呼吸管理が重要である.脊髄損傷患者は完全麻痺であれば現状では麻痺の改善は難しいため,残存機能でVCを増やしていくことが重要になると考える.また,VCが高いと末梢へのエアーエントリーが増え,肺炎予防の排痰にも有利となる.長期的にVCは改善するため全身運動と呼吸筋トレーニングは継続すべきである.頚髄損傷患者の呼吸筋トレーニングの効果とそのエビデンスに関する報告で,呼気筋トレーニングはVCや呼気筋力を改善し,吸気筋トレーニングはVCや残気量を改善するとしている19).しかし,本邦における頚髄損傷患者に対する吸気筋トレーニング実施状況は15.4%という低い数値も報告されているため,呼吸筋強化に関してより意識を高める必要があると考える20).
課題として,今回のデータは個人の変化を追っているものではないため,ドロップアウトや麻痺の改善によるNLIの変化で母数が変わっているという欠点が挙げられる.さらにデータが増えれば個人の変化を追うことができるため,NLIの改善をフォローできる更に優れた結果を導き出せる可能性がある.
今回のデータを脊髄損傷治療の指標の一つとして活用していきたい.特に急性期の呼吸管理の重要性に対する意識を高めることが生存率の向上にもつながると考える.また,頚髄損傷と一括りで考えることは避けるべきであり,それぞれのレベルに応じたアプローチも重要である.再生医療の効果判定のために,今回のデータを通常のリハビリテーションの基礎データとして有効に使用できれば幸いである.
運動完全麻痺の頚髄損傷患者をNLIで分類し,VCの経時的推移を示した.NLIが下位になるほどVCが高く,C1-3では全時期でVCが 500 ml前後,C4より下位では1年後まで緩徐にVCが増加し,特に4か月以降で有意に増加した.横隔膜が十分に機能するC4レベルの残存が呼吸の自立を左右すると考えられる.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.