2020 Volume 29 Issue 2 Pages 177-182
慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の身体活動量の維持・向上は重要であるといわれている.また,COPD患者は健常者よりもバランス能力が低下しているといわれていることから,身体活動量の向上において歩行の安定性の評価が有用であると考えられる.そこで,我々は安定期COPD患者を対象とし,3軸加速度計を用いた歩行時体幹運動左右非対称性の評価,および歩行時重心変位とバランス能力を検討し,呼吸リハにおける新しい運動機能評価の臨床的な有用性を検討した.本研究の結果,COPD患者における歩行時体幹運動左右非対称性や左右重心変位は健常者よりも拡大し,かつ立位バランス能力と関連がみられた.そのため,歩行時体幹運動左右非対称性や左右重心変位の測定が転倒予防のための評価指標になると考えられた.
慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD)患者の呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)において,身体活動性の向上が生命予後の重要な因子であるといわれている1).また,COPD患者の身体活動性向上のためには呼吸機能の維持・向上だけではなく,身体活動のレベルの維持が必要であると報告されている2,3).COPD患者では,上肢挙上を伴う日常生活活動(Activity of Daily Living: ADL)において呼吸困難が生じやすく,整容,更衣,家事,食料雑貨類の運搬などの上肢を使う動作を避けるようになり,結果としてADL能力がさらに低下するという悪循環が生じるといわれている4,5).
COPD患者の歩行に関しては筋力やバランス能力低下により転倒のリスクが増加するといわれており,転倒により受傷するとさらなる身体活動量低下を引き起こすと考えられる6,7).ゆえに,COPD患者において歩行の安定性の維持・向上が身体活動量の向上につながると考えられる.歩行分析に3軸加速度計が用いられることが増加してきた中で,歩行中の体幹加速度を用いた歩行時体幹運動左右非対称性の評価指標が開発された8).また,3軸加速度計の専用のソフトを用いることで体幹加速度から歩行時重心(Center of mass: COM)変位の近似値を算出できるようになった9,10).近年,COPD患者の歩行速度や歩隔の変化についての報告11)はみられるものの,歩行中の体幹運動左右非対称性やCOM変位に着目した研究は見当たらない.
そこで我々は,COPD患者を対象とし,①日常生活動作に近い非支持性運動を用いた上肢運動負荷試験の有用性の検討,②3軸加速度計を用いた歩行時体幹運動左右非対称性の評価とバランス能力の関連の検討,③歩行時重心(COM)変位とバランス能力の検討を行い,呼吸リハにおける新しい運動機能評価の臨床的な有用性を報告してきた.
上肢機能の非支持運動を客観的に評価する方法として6分間ペグボード・リング試験(6-minute Pegboard and Ring Test: 6PBRT)が開発された12).そこで,我々は6PBRTを実施した際の呼吸循環反応や上肢機能について検討を行った.6PBRTとは肩の高さのフックから 20 cm上のフックの間で左右各10個リングを移動させる試験である.両上肢同時に行い,下のフックから上のフックにリングを移動させ,20個全てのリングを移動させた後に,続いて上のフックから下のフックにリングを移動させる.リングの移動を6分間継続し,移動したリングの本数が評価結果の6PBRTスコアとなる.COPD患者10名と健常若年者12名,健常高齢者12名を対象として,6PBRTと上肢エルゴメータ運動負荷試験を実施し,呼気ガス,心拍数,血圧を測定した.
COPD患者における6PBRTの
COPD患者の6PBRTにおける酸素摂取量(
本研究で歩行時のバランス能力評価として用いたのはLissajous Figure(LF)およびLissjous Index(LI)という指標である.LFおよびLIを求めるのに必要な体幹加速度の測定には,3軸加速度計付き歩行分析計MG-M1110(LSIメディエンス,東京)を使用した(図2a).MG-M1110は腰部第3腰椎の高さに専用のベルトを用いて装着させた(図2b).歩行路は 10 mの前後に 1 mの助走路を設けた直線 12 mとし,10 m歩行時の加速度を測定した.10 m歩行は対象者1名につき快適歩行速度で2回実施した.LFは上下方向の加速度をY軸(縦軸),左右方向の加速度をX軸(横軸)にプロットした散布図である(図3).腰部第3腰椎の高さに装着した加速度計で測定した加速度は仮想重心の加速度に近似する14)といわれていることから,LFは仮想重心の前額面上の加速度変化を示すと考えられる.LIはLFを左右に分け,面積を比較することで左右非対称性を評価する指標である(図3).LIは数値が大きいほど左右非対称であることを示し,LI=0%は完全な左右対称であることを表す.
3軸加速度計付き歩行分析計MG-M1110(LSIメディエンス,東京)
加速度から得たLissajous FigureおよびLissajou Index(文献15より一部改変)
本研究では初めにCOPD患者16名(平均年齢71±9歳,FEV1:58.4±20.1%)を対象として,10 m歩行を2回実施した加速度からLIを求め,検者内信頼性および系統誤差の有無をそれぞれ級内相関係数(ICC)およびBland-Altman分析を用いて検討した.ICC=0.934となり高い検者内信頼性を有することが明らかとなった.また,Bland-Altman分析の結果,系統誤差はみられなかった(図4)15).
COPD患者のBalnd-Altman plot(文献15)
COPD患者16名の平均LIは34.2±19.2%,健常者26名(平均年齢68±7歳)の平均LIは15.1±11.1%であった16).我々の先行研究により脳卒中患者(平均年齢63±2歳)の平均LIは52.1±37.6%であった17).健常者,COPD患者,脳卒中患者の代表的なLIを図5に示す.この度,健常者,COPD患者,脳卒中患者のLIを一元配置分散分析および多重比較(Games-Howell法)を用いて比較した.解析の結果,3群間のLIに有意差が認められた(図6).このことから,COPD患者における歩行時体幹運動の左右非対称性は健常者よりも大きく,片側性の疾患を有する脳卒中片麻痺患者よりも小さい軽度な非対称性であることが明らかとなった.
Lissajous Figure代表例(健常者,COPD患者,脳卒中患者各2名)
健常者,COPD患者,脳卒中患者各2名分を示す.健常者は2名とも左右対称に近い図形であった.COPD患者は片側性疾患ではないが,右または左に図形が拡大していた.脳卒中患者は左右いずれの麻痺であっても非麻痺側よりも麻痺側が小さい図形となった.
LIの3群比較
多重比較(Games-Howell法),*; p<0.05, **; p<0.01
さらに,COPD患者のLIと関連のある呼吸機能や身体機能を検討した.呼吸機能や身体機能は肺活量,FEV1,一秒率,およびバランス能力の指標としてShort Physical Performance Batteryと片脚立位保持時間(One leg standing time: OLST),下肢筋力として大腿四頭筋筋力のWeight Bearing Index,歩行耐久性の評価として6分間歩行テストを評価した.検討の結果,LIと有意な相関関係が認められたのはOLSTであった(表1).以上より,LIはCOPD患者の歩行時体幹運動左右非対称性および歩行時のバランス能力の評価であると考えられた16).
LI | |
---|---|
Age | -0.328 |
Height | 0.225 |
Body weight | 0.333 |
BMI | 0.143 |
GOLD | -0.319 |
mMRC | -0.425 |
%FVC | 0.227 |
%FEV1 | 0.254 |
FEV1/FVC | 0.154 |
SPPB total | -0.019 |
OLST | -0.530* |
WBI | 0.195 |
6MWD | 0.340 |
The values are Spearman’s rank correlation coefficient. *p<0.05. BMI, body mass index; GOLD, Global Initiative For Chronic Obstructive Lung Disease; mMRC, Modified Medical Research Council scale; %FVC, % forced volume capacity; FEV1, forced expiratory volume in 1 sec; SPPB, Short Physical Performance Battery; OLST: one-leg standing test; WBI, the muscle strength of leg with the weight bearing index of quadriceps; 6MWD, the 6-minute walk distance.
前章の「体幹加速度波形を用いたCOPD患者の歩行時のバランス能力評価の検討」と同様の対象者において,加速度から求めた歩行時のCOM変位の検討を行った.MG-M1110の専用ソフトを使用することで上下,左右,前後の加速度からCOM変位相当値を自動的に算出することができる.著者らはVICONから算出した左右方向と上下方向のCOM変位とMG-M1110から算出した左右方向と上下方向COM変位相当値(以下,COM変位)を比較し,Bland-Altman分析によって系統誤差の有無を検討したところVICONによるCOM変位に対してMG-M1110で求めたCOM変位は加算誤差と比例誤差が認められ,MG-M1110で求めたCOM変位とVICONによるCOM変位は完全に一致するものではないことを明らかにした18).しかし,VICONのCOM変位とMG-M1110で求めたCOM変位の級内相関係数は上下COM変位で高い相関(ICC=0.73)を示し,左右方向は中等度の相関(ICC=0.45)を示した18).三次元動作解析装置は多くのマーカーを装着する必要があり時間がかかること19)や測定場所が制限されること20)が欠点となっている.それに対して,3軸加速度計は3次元動作解析装置と比較して測定環境の制約が少なく測定が容易であるため,歩行の周期性や対称性を検討しやすい特徴がある18).また,ゲイトビューでは自動的に2方向のCOM変位を用いて前額面,矢状面,水平面からみたCOM変位を運動軌道図として描出することができる.これらのことから,加速度データからCOM変位を算出することや運動軌道図を描出することは,歩行の変化を視覚的・直感的に把握できる点において有用であるといえる18).そのため,本研究では3軸加速度計MG-M1110を使用して測定した加速度データからゲイトビューを用いて算出したCOM変位および運動軌道図を使用した.
加速度の測定方法,身体機能・呼吸機能の測定は「体幹加速度波形を用いたCOPD患者の歩行時のバランス能力評価の検討」と同様である.COPD群の平均COM変位は左右 3.7±1.4 cm,上下 3.2±0.8 cm,健常者群は左右 2.7±1.8 cm,上下 3.5±0.9 cmであった.2群間で有意差が認められたのは,左右の平均COM変位であった.COPD患者において左右COM変位とOLST,WBI,mMRCの間に,上下COM変位とWBIの間に有意な相関関係が認められた(表2).以上のことから,歩行中の加速度から算出したCOPD患者の左右COM変位は立位バランス能力や大腿四頭筋筋力,上下COM変位は大腿四頭筋筋力を反映した歩行の評価指標になる可能性があると考えられた21).
左右COM変位 | 上下COM変位 | |
---|---|---|
年齢 | 0.382 | -0.174 |
身長 | -0.056 | 0.066 |
体重 | -0.240 | -0.186 |
BMI | -0.103 | -0.182 |
GOLD | 0.095 | -0.113 |
mMRC | 0.548* | -0.231 |
%FVC | -0.056 | 0.200 |
FEV1 | -0.015 | 0.147 |
FEV1/FVC | -0.218 | 0.295 |
SPPB | -0.080 | 0.087 |
片脚立位 | -0.535* | 0.308 |
WBI | -0.633* | 0.500* |
6MWD | -0.412 | 0.176 |
各方向の平均COM変位および運動軌道LIと各種検査結果との相関関係をPearsonの積率相関係数,または,Spearmanの順位相関係数を用いて検討した.*p<0.05
BMI: body mass index, GOLD: Global Initiative For Chronic Obstructive Lung Disease, mMRC: Modified Medical Research Council scale, %FVC: % forced volume capacity, FEV1: % forced expiratory volume in 1 second, FEV1/FVC: FEV1/forced volume capacity, SPPB: short physical performance battery, WBI: weight bearing index, 6MWD: the 6-minute walk distance.
本研究の限界点は,歩行分析における下肢筋力の評価が利き足の大腿四頭筋筋力のみであること,バランス能力と関連があるといわれている体幹機能の評価を行っていないこと,対象者数が少ないこと,横断研究であるため因果関係は不明であることが挙げられる.
本研究の結果により,COPD患者では健常者よりも歩行時体幹運動が左右非対称であることや左右COM変位が拡大することが示唆された.また,3軸加速度計を使用することで簡便に左右非対称性や左右COM変位を評価できることが明らかとなった.左右非対称性や左右COM変位の拡大は立位バランス能力との関連がみられたことから,転倒予防のための一つの評価指標となる可能性が考えられるため,今後は,左右非対称性や左右COM変位拡大の原因を調査し,介入方法を検討する必要があると考える.
この度は,2019年度日本呼吸ケア・リハビリテーション学会奨励賞という大変栄誉ある賞を賜り,誠にありがとうございました.受賞にあたり大学院在学中よりご指導くださいました秋田大学名誉教授塩谷隆信先生,研究を進めるうえで多くのご指導をいただきました秋田大学教授佐竹將宏先生,国際医療福祉大学教授髙橋仁美先生,市立秋田総合病院リハビリテーション科の先生方,秋田県立リハビリテーション・精神医療センター機能訓練部の先生方,研究に参加していただいた皆様をはじめ,私を支えてくださった方々に心より御礼申し上げます.
お力添えをいただいております方々への感謝の気持ちを忘れず,今後より一層精進して参ります.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.