The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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2019 Society Award-Winning Articles
Effects of posture and firmness on cough strength in a pressure-relieving air mattress
Norimichi Kamikawa
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2020 Volume 29 Issue 2 Pages 183-185

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要旨

随意的な咳嗽力の指標には,咳のピークフロー(CPF)がある.CPFは,肺気量,呼吸筋力に影響を受け,臥位で低値を示す.一方,症状悪化により長期的に背臥位を強いられると,褥瘡予防目的でエアマットレス導入が推奨される.よって,背臥位におけるエアマットレスの硬さがCPFに与える影響を検討することは重要である.以上のことから,健常若年男性を対象として検討した結果,硬さが「ソフト」の場合,CPF,努力性肺活量(FVC),最大吸気口腔内圧(PImax),最大呼気口腔内圧(PEmax)が有意に低下した.さらに,嚥下障害を有する高齢者を対象として検討した結果,硬さが「ソフト」の場合,CPF,FVC,PImaxが有意に低下した.姿勢に関しては上前腸骨棘の沈み込みが大きく,骨盤が後傾し,腰部接触面積が増加した.本研究の結果は,骨盤後傾を伴う腰部の沈み込み,脊柱の弯曲による姿勢の変化が,嚥下障害を有する高齢者のCPFなど咳に関連した因子に影響することを示唆している.

はじめに

随意的な咳嗽力の指標には,咳のピークフロー(Cough peak flow: CPF)がある1.CPFは,肺気量や肺気量を確保するための胸郭拡張性,呼吸筋力,姿勢など,いくつかの要因によって影響を受ける2,3.姿勢に関しては,臥位におけるCPFが坐位や立位と比較して低値を示すことが報告されているため4,咳嗽を行う際は坐位や立位が推奨される.

一方,嚥下障害を有する高齢者はCPFが低いため,誤嚥性肺炎や呼吸器感染症のリスクが高い5.そのため,誤嚥性肺炎を予防するためにはCPFを高いレベルに維持することが重要である.しかしながら,嚥下障害を有する高齢者では,Barthel Indexスコアが低く,認知症や脳血管疾患などの有病率が高いという特徴があり6,身体機能の低下や症状の悪化により,背臥位を強いられることも少なくない.さらに,こうした状況が長期に及ぶ場合,褥瘡予防目的でエアマットレスの導入が推奨されている.エアマットレスは,身体との接触面積を増加させるために内圧を低く設定することにより,身体との接触面積を増加して褥瘡発生因子である接触部分の圧力を減少させることが可能なため,柔らかく設定することが一般的である.以上のような理由から,背臥位におけるエアマットレスの硬さがCPFに与える影響を検討することは重要である.私達は,健常若年男性,さらに,嚥下障害を有する高齢者を対象として,エアマットレスの硬さが咳嗽力に与える影響を検討した.

エアマットレスの硬さが咳嗽力に与える影響

健常若年男性52名を対象として,エアマットレス上背臥位ですべての項目を測定した.エアマットレスの硬さを硬い設定の「Hard」と柔らかい設定の「Soft」の2段階の硬さにランダムに設定し,それぞれの硬さにおいて,CPF,努力性肺活量(Forced vital capacity: FVC),最大吸気口腔内圧(Maximal inspiratory mouth pressure: PImax),最大呼気口腔内圧(Maximal expiratory mouth pressure: PEmax)をランダムに測定した.また,姿勢の変化を確認するため,上腕骨小結節,上前腸骨棘,膝蓋骨にマーカーを設置し,2段階の硬さにおけるマーカーの沈み込み距離の差を検討した.その結果,CPF,FVC,PImax,PEmaxは「Hard」と比較して「Soft」で有意に低値を示した(表1).また,「Hard」と「Soft」における沈み込み距離の差は,上腕骨小結節,膝蓋骨と比較して上前腸骨棘で有意に大きかった(図1).以上のことから,エアマットレスの硬さが柔らかい設定の場合,身体の中央が沈み込むような姿勢の変化が起こり,咳嗽に影響を与える各呼吸機能が有意に低値を示して,結果的に背臥位での咳嗽力が低下したことを報告した7.しかしながら,エアマットレスの硬さの違いにおける姿勢の変化についての詳細は不明であった.

表1 エアマットレスの硬さが咳嗽の関連因子に与える影響
SoftHardp value
CPF(L/min)518.1±118.4567.5±118.0<0.001
FVC(L)4.59±0.804.68±0.88<0.001
PImax(cmH2O)84.3±16.288.6±15.7<0.001
PEmax(cmH2O)86.1±16.092.0±17.6<0.001

CPF, cough peak flow; FVC, forced vital capacity; PImax, maximal inspiratory pressure; PEmax, maximal expiratory pressure

Mean±SD.

引用文献5より引用改変

図1

エアマットレスの硬さの違いによる身体の沈み込み距離の差

Mean±SD.

引用文献5より引用改変

エアマットレスにおける姿勢と硬さの変化が,嚥下障害を有する高齢者の咳嗽力に与える影響

介護予防事業に参加している65歳以上の地域在住高齢者81名のうち,摂食嚥下障害スクリーニング質問紙票(Eat-Assessment Tool: EAT-10)で3点以上の男女40名を対象として8,エアマットレス上背臥位ですべての項目を測定した.先行研究と同様に7,エアマットレスの硬さを「Hard」と「Soft」の2段階の硬さにランダムに設定し,それぞれの硬さにおいて,CPF,FVC,PImax,PEmaxを測定した.また,詳細な姿勢の変化の評価として,身体の沈み込みの指標となる上腕骨小結節,上前腸骨棘,膝蓋骨の沈み込み距離,骨盤傾斜の指標となる骨盤傾斜角度(図2),腰部の沈み込みの指標となる腰部接触面積を測定した.その結果,CPF,FVC,PImaxは「Hard」と比較して「Soft」で有意に低値を示した.また,PEmaxも「Soft」で低値となる傾向を示した(表2).「Hard」と「Soft」における沈み込み距離の差は,上腕骨小結節 -2.5±1.7 cm,膝蓋骨 -1.7±1.2 cm,上前腸骨棘 -3.7±2.0 cmであり,上前腸骨棘で有意に大きく,先行研究と同様の結果であった5.そして,骨盤傾斜角度と腰部接触面積は「Soft」で有意に増加した(表3).また,CPFは,各硬さにおいてFVC,PImax,PEmaxとそれぞれ有意な正相関を示した(図3).

図2

骨盤傾斜角度

A:垂直線;B:上前腸骨棘と大転子を結ぶ線

引用文献8より引用改変

表2 エアマットレスの硬さが咳嗽の関連因子に与える影響
SoftHardp value
CPF(L/min)274.9±107.2325.0±99.5<0.001
FVC(L)2.21±0.652.31±0.590.002
PImax(cmH2O)41.5±19.644.7±17.50.007
PEmax(cmH2O)52.2±17.655.1±17.80.1

CPF, cough peak flow; FVC, forced vital capacity; PImax, maximal inspiratory pressure; PEmax, maximal expiratory pressure

Mean±SD.

引用文献8より引用改変

表3 エアマットレスの硬さが姿勢に与える影響
SoftHardp value
骨盤傾斜角度(°)38.2±7.634.7±7.6<0.001
腰部接触面積(cm2418.8±54.7363.2±59.5<0.001

Mean±SD.

引用文献8より引用改変

図3

エアマットレスの異なる硬さにおけるCPFと咳嗽の関連因子の相関関係

CPF, cough peak flow; FVC, forced vital capacity; PImax, maximal inspiratory pressure; PEmax, maximal expiratory pressure

r=ピアソンの相関係数

引用文献8より引用改変

本研究では,エアマットレスの硬さの変化に伴う姿勢の変化が,嚥下障害を有する高齢者のCPFに与える影響について検討した.姿勢の変化に関する検討では,「Soft」において,上前腸骨棘の沈み込みが大きく,骨盤傾斜角度が後傾方向に増加し,腰部接触面積が増加したことから,腰部の沈み込みが「Soft」で大きくなっていることが示唆された.先行研究では,脊柱の弯曲を伴う沈み込みが肋骨の動きを制動し,肺気量を減少させることによって,呼吸筋の収縮効率に影響を与えることが報告されている9.以上のような機序により,エアマットレスの硬さを「Soft」に設定した場合,CPF,FVC,PImaxの値が有意に低く,PEmaxの値が低くなる傾向を示したことが推察された.本研究の結果は,骨盤後傾を伴う腰部の沈み込み,および脊柱の弯曲による姿勢の変化が,嚥下障害を有する高齢者のCPFなど咳に関連した因子に影響することを示唆している10

受賞にあたっての感想とこれからの抱負

この度は,「第8回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学会奨励賞」という大変名誉ある賞をいただき,誠にありがとうございました.

私は,訪問リハビリテーション業務において,筋萎縮性側索硬化症の患者様の担当をしていた頃に感じた疑問を解決するために研究を始めました.日々,変化する呼吸機能を注意深く観察する中,環境因子が呼吸機能に与える影響を明らかにすることは,日中の大半をベッド上で過ごす患者様にとって大変重要なことであると考えました.そのため,広島大学大学院へと進学し,研究について一から学び,少しずつではありますが,学会発表,論文執筆を積み重ねてまいりました.特に,広島大学大学院医系科学研究科の濱田泰伸教授には大変多くのご指導を賜り,また,関川清一准教授や研究室の皆さまには日ごろの研究活動にご協力をいただきました.長きにわたり,温かくご指導いただいた皆さまのおかげで受賞できたことに対し,謹んで御礼申し上げます.

これまでに積み上げてきた成果を無駄にすることのないよう,引き続き呼吸リハビリテーション分野に貢献するための研究を続けてまいります.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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