The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Symposium
Surgical treatment for severe dysphagia
Makoto Kano
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2020 Volume 29 Issue 2 Pages 196-199

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要旨

嚥下障害に対する外科的治療である誤嚥防止術の概要,目的,適応を総説した.誤嚥防止術は発声機能が犠牲となるが,気道と食道を分離することにより誤嚥性肺炎を完全になくすことを目的とする術式である.成人に対する「誤嚥防止術」は,その目的に経口摂取の獲得は条件とされてこなかったが,近年の高齢化の時代の中で手術の目的や役割が大きく変わってきた.

誤嚥防止術は,1)経口摂取を可能にし,食べる喜びを取り戻すこと,2)在宅介護の負担を軽減し,在宅介護への移行・継続を可能にすること,3)介護施設入所のハードルをさげること,これら3つの目的に応えられる治療法として,高齢者医療の現場では十分に周知されるに至ってはいないが,そのポテンシャルへの期待や役割は大きくなっている.

緒言

嚥下障害に対する外科的治療は二つの術式に大別される.発声機能を温存し経口摂取を目的とする「嚥下機能改善術」に対して,発声機能の犠牲のうえに生命に関わる誤嚥性肺炎を回避することを目的とする「誤嚥防止術」であり,重症の障害に対して適応となる.

成人に対する「誤嚥防止術」は,その目的に経口摂取の獲得は条件とされてこなかったが,近年の高齢化の時代の中で手術の目的や役割が大きく変わってきた.今回は「誤嚥防止術」の概要とともに,手術の果たす役割や期待について総説する.

誤嚥防止術の概要

誤嚥防止術とは誤嚥の解剖的な原因となる咽頭での気道と食道の交差をなくしそれぞれを分離する,解剖学的にダイナミックな変化をもたらす手術であり,食塊や唾液の気道侵入を完全に防ぐことができる.しかし,鼻呼吸は不能になり前頸部に呼吸のための永久的気管孔が必要となり,発声機能も犠牲になる(図1).

図1

誤嚥防止術の術前後の変化

①術前.気道(点線)と食道(実線)が咽頭で交差する.

②術後.気道(点線)と食道(実線)が分離される.

術後に永久気管孔が形成される.

この術式で具体的に得られる効果は,常時続く気管への流れ込みによる痰と咳との闘いから解放できることであり,結果として吸痰処置の激減にもつながる.さらに,気管侵入の危険がないため,どんな形態の食品でも,安全に経口摂取に挑戦することが可能になる.

近年,誤嚥性肺炎を来すリスクの高い症例では,経口摂取は禁止され,胃瘻造設による経管栄養が選択されることが少なくない.しかし,胃瘻は唾液の気管侵入を許し,咳や痰からの解放や誤嚥性肺炎の防止には至らず,さらに,多くが,口から食べる事につながらない.こうした胃瘻の限界に対して,誤嚥防止術は治療の選択肢として期待される.

誤嚥防止術の目的の変化

従来の誤嚥防止術の目的は,生命に関わる誤嚥性肺炎を回避することであり,経口摂取の獲得は目的とされてこなかった.そのため手術の適応として1)誤嚥による嚥下性肺炎の反復がある.またはその危険性が高い,2)嚥下機能の回復が期待できない,3)構音機能や発声機能がすでに高度に障害されている,4)発声機能の喪失に納得している,これらの条件が満たされることとガイドラインには記載されている1

しかし,増加する高齢者の治療において,誤嚥防止術の目的は肺炎防止だけに留まらず,患者・家族の願いや社会的な状況に合わせた新たな目的が加わってきた.それらの目的にあわせた適応が検討されるべきである.

1. 経口摂取の再挑戦

高齢者には食への強い執着をもつ症例も少なくない.構音・発声機能が障害されていない症例でも,声を失ってでもいいから口からもう一度食べたいという強い希望を有するものは,本術式の適応となりうる.また,家族が「食べさせてあげたい」という願いは適応を後押しする.

2. 在宅介護の継続

重症誤嚥により胃瘻栄養や気管切開カニューレが留置されている在宅介護の現場では,吸痰処置など介護負担や肺炎への不安が大きく,介護の継続を希望する家族にとって,負担軽減のための誤嚥防止術は十分に適応となる.特に,介護者が高齢であったり,介護できる家族が十分でない場合,その適応は検討されるべきである.

3. 介護施設の入所・継続

重症誤嚥・肺炎のリスクを有する高齢者は老人介護施設の入所が困難であるのが現状である.特にすでに気管カニューレが留置されている症例はリスクや介護体制の面から入所を断る施設が圧倒的に多い.誤嚥防止術は気道管理のリスクを大幅に軽減し,気管カニューレフリーの管理が可能となり,入所を強く希望するケースでは有用な術式となる.

高齢者に対する誤嚥防止術—声門閉鎖術—

これまで種々の術式が考案されてきた2が,誤嚥性肺炎を繰り返している症例の多くが全身状態不良であり,侵襲の大きな手術は敬遠されてきた.その中で喉頭閉鎖術は他の術式に比較して手術侵襲の点で大きな利点あり選択しやすい手術であったが,閉鎖の確実性,術後に気管孔が狭窄し気管カニューレが必要となる課題が残っていた.今回,われわれが開発した声門閉鎖術は確実性の向上とともに,気管孔が狭窄せずカニューレ留置が不要(気管カニューレフリー)になる喉頭閉鎖術として報告3してきた.

当科では平成25年まで205例に行ったが,そのうち80歳以上が92例であった.術後に縫合部離開で再手術を要した例は2例だけであった.気管カニューレフリーになった症例は84%であった.80歳以上92例の経口摂取をみると,術前,経口摂取できていたものは11例(12%)であったが,術後,全量経口摂取になったものが27例,一部経口摂取可能になったものが19例あり,半数が口から食べることにつながった.退院の時点で,自宅に戻った例が19例,介護施設に戻ったものが17例であり,残りの紹介元の病院にもどった51例のなかには,その後,自宅,施設に移動した症例も少なくない.

症例呈示

症例1(図2).82歳男性.妻(79歳)との二人暮らし.3年前から認知症の治療を行っていたが,腹部大動脈瘤の手術後より誤嚥性肺炎を併発し寝たきり状態となった.呼吸状態悪化のため気管切開術がされた.経口摂取が禁止され経鼻栄養が行われていたが,元気がなく認知症状が進行していた(図2).在宅介護を希望されていたが,退院のめどが立たないため声門閉鎖術が選択された.術後3週目で経口摂取開始し退院時には全量経口摂取が可能となり,リハビリテーションの意欲も出て歩行器補助にて歩行ができるようになった(図1).術後1ヶ月半で退院となった.在宅では介護者が妻のみの老老介護であったが,夜間の吸痰処置は回数が少なく肉体的負担も限度内であり,また,食事は3食経口摂取で,お酒も含め制限がなく,楽しんで継続できた.肺炎併発もなく過ごすも退院5ヶ月後に心筋梗塞にて死亡した.死亡前日まで経口での食事ができていた.

図2

症例1の声門閉鎖術後

①術直後,②経口摂取を開始,③理学療法にも意欲的.

④電気喉頭による音声訓練も積極的であった.

⑤気管カニューレフリーの気管孔管理ができた.

症例2(図3).87歳男性.介護施設に入所していたが,施設内で転倒し右大腿骨を骨折した.急性期病院入院し手術施行したが,術後,サルコペニアから重症の誤嚥性肺炎を併発し経口摂取が不能となり経口摂取が禁止された.好物のカレーライスを食べたいとの経口摂取への強い希望があり,声門閉鎖術を施行した.術後,好物をはじめ食形態の制限もなく,全量経口摂取が可能となり,さらにリハビリテーションにも意欲的に取り組むようになった.また,気管カニューレフリーとなり,入院前の介護施設に戻ることができ,経口摂取も継続された.

図3

症例2の声門閉鎖術後

①大腿骨骨折術後,肺炎になり,寝たきり状態となる.

②声門閉鎖術後,全量経口摂取が可能となる.食形態の制限なし.

③理学療法にも積極的に取り組み,歩行可能となった.

④気管カニューレフリーで,元の介護施設にもどることができた.

誤嚥防止術の果たす役割

嚥下障害が重症の高齢者は,終わりのない痰,咳や発熱との闘いで消耗し,急激に痩せていく.多くは経口摂取が止められ,胃瘻などの経管栄養や中心静脈栄養が選択されるが,徐々に気力と意欲が低下し寝たきりとなり,認知症の進行を加速する.こうした現状を変えるためには誤嚥性肺炎の確実な治療が第一歩となる.痰や咳を減らし肺炎を防止する誤嚥防止術は栄養状態の改善,しいては褥瘡の改善にも寄与する.

「口から食べること」は気力・意欲の改善につながる大きな要素である.また,「口から食べてくれること」は介護する家族の喜びや活力につながる.「口から食べること」を諦めない,最後の砦となる治療として,誤嚥防止術の果たす役割は大きい.

今後の高齢化の中で問題となるのが介護の場所である.介護を要する高齢者は増加するが,病院での入院は困難となることが推測されている.しかも,受け皿となる介護施設の絶対数は少なく入所のハードルは高い.そのため,国は在宅医療の普及を進めざるを得ないのが現状である.在宅医療を担うのが家族であり,継続のためには吸痰処置などの肉体的負担や肺炎併発への精神的負担の軽減がキーポイントとなっている.一方,高齢者の独居や二人暮らし家庭では,在宅介護が困難な場合も多く,介護施設への入所の可否が死活問題となる.在宅医療の継続や施設入所を可能にする誤嚥防止術は,この高齢化の変化のなかで,新たな役割を担っている

まとめ

高齢化のなかで嚥下障害への関心は高い.近年,誤嚥性肺炎の予防と治療が議論されるが,重症例の治療は困難である.患者・家族の希望に沿う治療を提案できるかが重要であり,その選択肢としての誤嚥防止術への期待は高く,適応となる症例は増加することが予想される.今後,この術式が十分に周知され,患者・家族,そして関係する医療者にとって有益な治療法として定着することを期待したい.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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