2020 Volume 29 Issue 2 Pages 287-291
成人肺炎診療ガイドライン2017における医療・介護関連肺炎(NHCAP)への対応は,初めに患者背景のアセスメントを行い,治療を行わないことも含めて検討することが提唱されている.JCHO東京新宿メディカルセンターに入院となった超高齢者のNHCAPに対し個人の意思やQOLを尊重した患者中心の医療・ケアが実践されていたか後ろ向きに検討した.2016年4月から2018年3月にかけて入院した90歳以上のNHCAP171例を対象とした.2例を除いたほぼ全例に抗菌薬治療が行われていた.治療の意志に関しては患者及び家族の意志が確認できたのは148例であったが,うち99%は人工呼吸器装着や心肺蘇生の差し控えのみの記載に留まっていた.また,患者本人からの意志が確認できたものはわずか4例のみであった.施設から搬送入院となった状況で病院側が治療を差し控えるのは難しく,日頃から患者,家族と接する医療従事者がアドバンス・ケア・プランニングに取り組むことが重要である.
超高齢社会は,高齢者が全人口の21%以上であることと定義される.我が国は4人に1人が65歳以上であるため,超高齢社会である1).
高齢者の肺炎は最も頻繁に遭遇する疾患のひとつであり,2017年の厚生労働省による統計では肺炎が5位,誤嚥性肺炎が7位と死亡原因の上位を占めている.また,肺炎の年齢階級別死亡者数では,全体の97%以上が65歳以上で,38%が90歳以上である2)(図1).
肺炎の年齢階級別死亡者数(平成29年)
活動性の低下した高齢者の肺炎や,医療行為に関連した耐性菌リスクの高い肺炎は,市中肺炎,院内肺炎といった分類では捉えにくい臨床的特徴を有しており,2011年に日本呼吸器学会はこのような肺炎を医療・介護関連肺炎(Nursing and Healthcare Associated Pneumonia: NHCAP)と定義した(表1).
1. 療養病床に入院,もしくは介護施設に入所している |
2. 90日以内に病院を退院した |
3. 介護を必要とする高齢者,身体障碍者 |
4. 通院にて継続的に血管内治療(透析,抗菌薬,化学療法,免疫抑制薬等)を受けている |
いずれかひとつを満たすものがNHCAPとなる.
さらに2017年には『成人肺炎診療ガイドライン2017』を発刊し,近年の日本での終末期の肺炎の問題について学会の指針を打ち出している.NHCAPでは,初めに患者背景のアセスメントを行い,治療を行わないことも含めて検討し,疾患末期や老衰の状態である場合は個人の意思やQOLを尊重した患者中心の治療,ケアを行うよう指針を出している3).
しかし実際の現場においてこのような指針に沿った治療,ケアが可能なのかはこれから大きな課題と考えられる.そこで我々は超高齢者のNHCAPにおいて,これまでにそのようなケアが実践されているかを検討し,その問題点や課題を考察した.
2016年4月から2018年3月にかけてJCHO東京新宿メディカルセンターにNHCAPで内科入院した症例について検討した.
2. 方法NHCAP症例の診療録を後方視的に調査し患者の意思に寄り添った医療を提供できているか検討した.受診転帰,抗菌薬使用の有無を含めた治療内容,患者および家族の治療への意思のカルテ記載を確認し,それぞれの患者が入院時に意思をどの程度伝達できたのかを入院期間のカルテ記載,介護保険主治医意見書,医療保険診断書を参考にして「意思を伝えられる」,「具体的欲求に限定される」,「伝えられない」,「不明」の4つにわけて判定を行った.退院時に経口摂取が可能であったか,療養先の変更を要したかについても確認した.倫理的配慮として,診療録より得たデータは全て匿名化して個人情報保護を遵守した.また,本研究はJCHO東京新宿メディカルセンターの倫理審査委員会の承認を得て実施した.
症例数は171例で,年齢は90-109歳(中央値:93歳),性別は男性が64例,女性が107例であった.受診転帰としては,救急車での来院が99例と過半数を超えていた.また,救急車,直接来院のいずれかだとしても紹介状を持参している症例は63例とあり,入院前に他院で一度診察されているケースや施設で入院しているケースが多かった.治療内容としては,抗菌薬を使用しなかった症例は2例にとどまった.その2症例に関しては,肺炎による入院を繰り返している症例で主治医が化学性の肺臓炎を疑って主治医判断で抗菌薬を使用しなかった.倫理的な側面を考えての抗菌薬不使用といった症例は認めなかった.患者および家族の治療への意思のカルテ記載は,148例で記載があった.148例のうち146例で人工呼吸器装着や心肺蘇生の差し控えを希望されていたが,患者本人の意思として記載されていたものは4例に留まった.残りの2例は,家族が決断できない・考えたことがないと回答していた(表2).
患者総数 171例 | ||
年齢 | ||
中央値 | 93歳 | |
範囲 | 90-109歳 | |
性別 | ||
男性 | 64例(37.4%) | |
女性 | 107例(62.6%) | |
受診転帰 | ||
救急車で来院(うち紹介状持参) | 99例(32例) | |
直接来院(うち紹介状持参) | 72例(31例) | |
治療内容 | ||
抗菌薬あり | 169例 | |
抗菌薬なし | 2例 | |
治療に対しての意思のカルテ記載 | ||
あり | 148例 | |
本人の意思 | 4例 | |
家族の意思 | 144例 | |
人工呼吸器装着や心肺蘇生の希望なし | 146例 | |
急変時を想定したことがなかった | 2例 |
2例を除く,ほぼ全例で抗生剤投与がなされていた.
治療(心停止・呼吸停止時の対応)に対する本人の意思が確認できた例は4例のみであった.
入院時の患者自身の意思の伝達能力に関しては,伝えられることが予測される症例は14例のみに留まっており,治療の意思などを具体的に伝えられない症例が90%を超えていた(表3).
意思を伝えられる | 14例 |
具体的欲求に限定される | 56例 |
意思を伝えられない | 93例 |
不明 | 8例 |
入院時は意思表示をできない症例がほとんどである.
転帰に関しては,39例が死亡退院であり,全体の約23%を占めていた.退院となった症例では,経口摂取から胃瘻・中心静脈栄養への切り替えなど栄養投与方法の変更が18例,療養先の変更があった症例が24例と入院前とは違う生活を強いられる症例が少なくなかった(表4)(図2).
患者総数 171例 | ||
死亡退院症例 | 39例(22.8%) | |
栄養投与方法の変更あり | 18例(10.5%) | |
経口から胃瘻 | 3例 | |
経口から経鼻栄養 | 3例 | |
経口から中心静脈栄養 | 1例 | |
経口から末梢静脈栄養 | 5例 | |
経口から皮下点滴 | 4例 | |
経口から中止看取り | 2例 |
死亡退院例は約23%と少なくなかった.
転帰
肺炎加療により退院可能となった例においても経口摂取ができなくなり,療養先が変更となる例も多かった.
本研究では,今後日本で増加する超高齢者のNHCAPに焦点をあてて現状の問題点・課題を考えてみた.
今回の検討では,ほとんどの症例で抗菌薬が使用されていた.日本では高齢の非がん患者に対して終末期の明確な診断基準は存在しない.また,肺炎などの良性疾患は,末梢点滴・中心静脈栄養・経管栄養などの行う医療行為によって予後が変わってくるので正確な予後を推定するのが難しい.一方,最近の厚生労働省の調査によれば,終末期でも肺炎治療を受けることを「希望する」が「希望しない」を上回っている4).そのため,医療者たちが終末期と判断し積極的な治療を差し控えることを提案するのは困難であるのが現状である.また入院契機自体が施設からの加療を目的とした搬送であり,そのような状況で病院側が治療を差し控えるのは難しいだろう.
終末期の定義は厚生労働省や日本医師会は明記されていないが,全日本病院協会では「複数の医師が客観的な情報を基に,治療により病気の回復が期待できないと判断すること」,「患者が意識や判断力を失った場合を除き,患者・家族・医師・看護師等の関係者が納得すること」,「患者・家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること」の3つの条件を満たすこととされている5).また,終末期に関しての研究では,主治医が終末期状態であると認識するための患者側の条件は,「動けない」,「喋ることができない」,「食べられない」の3つであることが,終末期カンファレンス提示例の後方視的な分析の結果でわかった6).3つの条件を満たす患者でも実際に不可逆的であるかどうかは,その病態によって異なり,正確にそれらを判断するのは非常に難しい.A-DROPやPSIといった肺炎の重症度の判定はあるが,肺炎が終末期かどうかは高齢な方では肺炎を繰り返しているかどうかや退院先,家族の介護なども関連する.また,高齢者の肺炎の多くを占める誤嚥性肺炎は不顕性誤嚥を繰り返し再発しやすい7).超高齢者の肺炎に対して,患者やその家族に医学的根拠を持って終末期かそうでないかインフォームドコンセントを行うには正確な終末期診断と予後判定が必要である.悪性腫瘍や神経難病などの一部の疾患では根治的治療の限界に一定のコンセンサスが医療者側,またインターネットなどで情報を得られる患者・家族側からも得られると思われるが,肺炎というのは良性疾患であり予後を明確に示すことは困難である.高齢者の肺炎に限定して予後を臨床研究などで調べ,どういった要因が加わることで根治を目指すのではなく終末期だと判断できるのか終末期診療の情報の蓄積や臨床研究が今後の課題である.しかしながら,一度終末期だと判断して前向きに抗菌薬を投与する群と投与しない群などにわけて臨床試験を行うことは倫理的に不可能なので研究デザインが難しいと考えられる.
本研究で取り扱った治療の差し控えや心肺蘇生処置に対しての意思表示に関しては,ほとんどが家族の意思であり,本人の意思はわずか4例にとどまった.また家族が決めた意思の中には,入院を契機に患者が急変する可能性があることを知った症例もあり,本人とは全く話し合っていないような症例も見受けられた.事前に患者が自主的に尊厳死協会に入会しているなど,書面として意思表示をしていたケースは認めなかった.
この治療の差し控えや心肺蘇生処置に対しての意思表示というのは,アドバンス・ケア・プランニング(Advance care planning: ACP)の中の一部でしかない.ACPの前提としては,「将来の意思決定能力の低下に備えて,今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス」といわれており,本人の気がかりや意向,価値観や目標,病状や予後の理解,治療や療養に関する意向,その提供体制について何度も話し合うことが必要である.しかしながら,終末期には70.3%の患者が意思決定能力を喪失しているといわれている8).この先行研究の対象は,特に年齢の制限はなく年齢中央値が80.5歳であった.本研究でも意思の伝達能力を検討したところ,90歳以上にも限定していることもあり90%の患者が意思決定能力を喪失していた.肺炎が治癒しても,栄養投与方法が変更になったり,療養先変更を余儀なくされたりする症例がそれぞれ10%以上あり少なくなかったが,この転機についても患者の意思を反映したものとは言い難い.超高齢のNHCAPでは,退院先が変更となっていない症例も多いが,約23%が死亡退院となっている点や退院先が変更となっていない症例でも栄養投与中止で看取っていたりする症例もある.また,入院時に意思を伝達することができないことも多く,NHCAPに罹患する前にACPに取り組む必要がある.超高齢者である患者自身のACPの実践は難しいが,親族の入院を一緒に体験することとなった家族にはACPについて考える良い契機となったと思われる.
本研究の限界としては,カルテ記載からデータを収集した後ろ向きの検討であり,主治医の個々の判断で抗菌薬を投与する・しないを決断しており,主治医の選択バイアスが発生している.また,主治医によっては本人および家族の意志がカルテに記載されていない可能性があることである.意思伝達に関しては評価しているが,認知症に関しての評価が「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」(HDS-R)などではしっかりと評価されておらず,終末期の議論の際に評価する必要がある認知症の評価が曖昧となってしまった.
日本ではさらなる高齢化社会が予想されており,NHCAPは一般内科医には避けては通れない疾患である.米国では個人の意思に沿った終末期医療が行われるべく,法律によって個人で書かれた事前指示書が法的効力を有している.日本では現状,法的効力を持つような事前指示書は存在しない.しかし日本でも,厚生労働省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」9)において医療・ケアの方針や,どのような生き方を望むか等を,日頃から繰り返し話し合うことの重要性が強調されている.しかしながら,まだ一般市民に普及しているとは言い難い.そのため,医療機関や国・自治体レベルでの普及・啓発活動を行い,認知度を高めていくこと,また地域で情報共有,連携をとりながら早期にアドバンスケアプランニングに取り組むことが重要である.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.