The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Association between chronic obstructive pulmonary disease and mild cognitive impairment
Haruna HitakaSyuuichi ShiranitaYasuhisa UemuraSatoshi SaruwatariShinichirou HayashiHisasi Watanabe
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2020 Volume 29 Issue 2 Pages 299-303

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要旨

【背景】慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する軽度認知障害(MCI)の有病率や諸項目との関連については不明な点が多い.

【対象と方法】外来COPD 82例を対象とし,軽度認知障害スクリーニング検査(MoCA-J)を用いてMCIの判定を行った.

【結果】COPDのMCI有病率は65.8%であった.MoCA-Jと年齢,mMRC,MNA,TUG,ISWT,NRADL,LSAにr=0.4以上の有意な相関が認められた.MoCA-Jの影響因子を抽出した結果,ISWT,年齢,LSA(R=0.67)に強い関連がみられた.また,MoCA-Jと患者教育情報ツール(LINQ)にr=0.54の有意な相関が認められた.

【考察】COPDにMCIは多数併存者が存在した.MCIの要因として,特に運動耐容能や生活範囲が影響していることが示唆された.さらにMCIは患者教育に悪影響を与えることが示唆された.

緒言

慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)は,タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入暴露することなどにより生じる肺疾患である1.咳・痰・呼吸困難感を主症状とし,栄養障害・骨格筋機能障害などもきたす全身性疾患である.2012年にはSchouらから,また,2015年にはTorres-Sánchezらから,COPDと認知症に関してシステマティックレビューが報告され,近年,COPDに対する認知症の併発は多いことが認められている2,3.認知機能障害は患者個人のADL障害だけではなく,本邦の認知症による社会的費用は年間14.5兆円と推計され4,社会的問題ともなっている.そのため,厚生労働省の分担研究班による『認知症予防・支援マニュアル』において「認知症を予防するためには,その前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)の時期で認知機能低下を抑制する方法が現時点では最も効果的であると考えられる」と述べられ,認知症予防のためにもMCIを早期発見することが重要となる.

MCIとは健常者と認知症の間の状態で,認知機能(記憶,決定,理由づけ,実行など)のうち1つの機能に問題があるが,日常生活には支障がない状態である.そのため,日常の診療ではMCIを識別することは困難で,専門の検査を必要とする.MCIに関わる先行研究において,島田らは平均年齢74.2±5.7歳の地域在住高齢者のMCIの有病率は16.3%であったと報告している5.また,COPDに対するMCIの先行研究において,XieらにおいてCOPDは一般高齢者よりもMCIの発症率が高く独立因子であったと報告している6.また,Singhらは,COPDの罹患期間が5年を超えるとMCIの発症率に対する危険率がさらに高くなることを報告している7.その要因として,COPDは低酸素血症になるケースが多く,また,非活動性の生活スタイルに加え,運動耐容能低下や骨格筋機能低下を有する疾患であることが認知能力に影響すると考えられ,COPDは一般高齢者のMCI有病率よりも高いことが予測されている.しかし,先行研究において本邦におけるCOPDのMCIについて報告は少なく,COPDに対するMCIの有病率や,COPDに対するMCIの要因についてわかっていない.また,認知能力の低下が患者教育や自己管理能力を低下させるが,MCIレベルにおけるCOPDの患者教育の影響についてもまだ理解が不足している.そこで今回,本検討の第1目的として,当院のCOPDのMCIの有病率を調査すること.そして,第2目的として,COPDに関わる呼吸困難や身体活動性などの項目からMCIとの関連について調査すること.また,第3目的として,MCIがCOPDの患者教育に与える影響について,軽度認知障害スクリーニング検査(MoCA-J)と患者教育の理解度との関連を調査した.

対象と方法

①対象

当院で2014年1月から2017年4月までに外来呼吸リハビリテーションを実施した病状安定期にあるCOPDで,研究の同意を得られなかった患者,認知症検査であるミニメンタルステート検査(MMSE)が24点未満の認知症疑い患者,基本動作やADL動作に介助を要する患者を除外した82名を対象とした(表1).

表1 対象者の身体特性
項 目平均±標準偏差
男/女(名)76/6
BMI(kg/m221.0±3.9
FVC(ml)2216.3±679.7
%FVC(%)75.1±19.3
FEV1(ml)1209.4±559.5
%FEV1(%)58.6±24.8
FEV1%(%)54.0±22.6
6MWD(m)346.3±116.6
EIH及びHOT処方者(%)40.2
MoCA-J(点)22.2±5.4

BMI: body mass index(ボディーマス指数),FVC: forced vital capacity(努力性肺活量),FEV1: forced expiratory volume in one second(1秒量),FEV1%: FEV1/FVC(1秒率),6MWD: six-minute walk distance(6分間歩行距離),EIH: Exercise induced hypoxemia(運動誘発性低酸素血症),HOT: Home Oxygen Therapy(在宅酸素療法),MoCA-J: Japanese version of Montreal Cognitive Assessment(日本語版軽度認知障害スクリーニング検査)

②MoCA-J

本検討の第1目的であるMCIの有病率や関連において,MCIの判定や認知能力の調査を日本語版軽度認知障害スクリーニング検査(Japanese version of Montreal Cognitive Assessment: MoCA-J)を用いて行った.MoCA-Jとは,軽度認知機能低下のスクリーニングツールであり,多領域の認知機能(注意機能,集中力,実行機能,記憶,言語,視空間認知,概念的思考,計算,見当識)について評価する検査である.合計得点が30点満点であり,26点未満がMCIとされている8.MCIの判定において,VilleneuveらはCOPDのMCI識別について,MMSEよりMoCA-Jでの判定が優れていたと報告している9.そのため,本検討の判定はMoCA-Jを用いて行った.しかし,MoCA-JはMCIのスクリーニングツールであり,MCIを確定診断できるものではない.そのため,本検討においてMoCA-Jで26点未満であったMCI疑いをMCIとして定義した.

③検討項目

本検討の第2目的であるMoCA-Jとの関連を調査する項目について,年齢,修正MRC息切れスケール(Modified Medical Research Council: mMRC),簡易栄養状態評価表(Mini Nutritional Assessment: MNA),%努力性肺活量(forced vital capacity percent: %FVC),%1秒量(forced expiratory volume in one second percent: %FEV1),Timed Up and Go test(TUG),漸増シャトルウォーキングテスト(Incremental Shuttle Walking Test: ISWT),長崎大学ADL評価表(The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire: NRADL),Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)不安・抑うつ10,生活空間評価(Life Space Assessment: LSA)11とした.

LSAとは,日本理学療法士協会が厚生労働省から平成17年度~19年度に「老人保健事業推進等補助金事業」の交付を受け開発したアセスメントセット(E-SAS)のうちの1つである.合計点数は120点で,点数が高いほど生活範囲が広く外出頻度が多いことを表している.

④LINQ

本検討の第3目的であるMCIがCOPDの通常診療に与える影響について,患者教育の理解力や自己管理能力に対する教育ツールであるLung Information Needs Questionnaire(LINQ)12との関連を調査した.LINQとは,COPD患者が必要としている情報を定量的に測定できる自己記入式の質問票である.LINQには「病気」「薬」「自己管理」「運動」「栄養の理解」「禁煙」の6項目のドメインがあり,各ドメインの毎スコアと総スコアを算出することができる.総スコアの最小スコアは0点,最大スコアは25点であり,各スコアの点数が高いほど患者の情報が不足していると判断され,COPDの患者教育の理解度や自己管理能力の検査として用いられている13

⑤倫理的配慮

ヘルシンキ宣言に則り,対象患者に不利益にならないよう使用データを匿名化保管し,個人情報保護に努めるとともに,情報の漏洩防止を徹底した.また,本研究の実施にあたり各患者に説明するとともに,評価結果の使用について口頭にて同意を得た.

⑥統計解析

統計方法はMoCA-Jと検討項目との関連においてSpearman相関分析を用いて行った.また,LINQとの関連も同様に行った.さらにCOPDの関連する因子からMCIの影響因子の抽出を行うため,従属変数をMCIの有無とし,独立変数を相関分析の結果で有意差が認められた項目としたステップワイズ法による重回帰分析を実施した.なお,有意確率の棄却域は5%未満とし,解析にはSPSS ver 21.0を使用した.結果は平均±標準偏差にて記載した.

結果

COPDのMCIは82名中54名で有病率は65.8%であった.また,MoCA-Jの平均点は22.2±5.4点であった.

MoCA-Jと諸項目の相関分析の結果は,年齢,mMRC,MNA,TUG,ISWT,NRADL,LSAに有意な相関関係が認められた(表2).従属変数をMCIの有無,独立変数を年齢,mMRC,MNA,TUG,ISWT,NRADL,LSAとした重回帰分析を行った結果,年齢,ISWT,LSAが抽出された(表3).

表2 MoCA-Jとその他の項目の相関結果
検討項目平均値±標準偏差相関係数p値
年齢(歳)73.4±9.1-0.52<0.001
mMRC2.0±1.1-0.48<0.001
MNA(点)23.1±4.00.40.002
%FVC(%)75.1±19.30.040.7
%FEV1(%)58.6±24.8-0.060.61
TUG(秒)6.77±1.90-0.54<0.001
ISWT(m)332.9±191.10.59<0.001
NRADL(点)78.6±19.90.37<0.001
HADS不安(点)5.4±3.3-0.110.34
HADS抑うつ(点)6.2±3.1-0.20.8
LSA(点)80.0±26.20.47<0.001
LINQ(点)9.4±3.2-0.55<0.001

mMRC: Modified Medical Research Council(修正MRC息切れスケール),MNA: Mini Nutritional Assessment(簡易栄養状態評価表),%FVC: forced vital capacity percent(%努力性肺活量),%FEV1: forced expiratory volume in one second percent(%1秒量),TUG: Timed up and go test,ISWT: Incremental Shuttle Walking Test(漸増シャトルウォーキングテスト),NRADL: The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire(長崎大学ADL評価表),HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale,LSA: Life-Space Assessment(生活空間評価)

表3 重回帰分析の結果
MoCA-J(点)
係数(βp値
ISWT(m)0.32<0.05
年齢(歳)-0.31<0.05
LSA(点)0.22<0.05

従属変数: MoCA-J,独立変数: LINQ以外の項目で相関係数0.4以上の有意差が認められたもの

ISWT: incremental shuttle walking test(漸増シャトルウォーキングテスト),LSA: Life-Space Assessment(生活空間評価),LINQ: Lung Information Needs Questionnaire(患者教育情報ツール)

MoCA-JとLINQに相関係数が-0.55と有意な関連が認められた(図1).

図1

LINQとMoCA-Jの関連性

LINQ: Lung Information Needs Questionnaire(患者教育情報ツール),MoCA-J: Japanese version of Montreal Cognitive Assessment(日本版軽度認知障害スクリーニング検査)

考察

COPDにおいて認知症の併発が多い事は報告されている2,3.しかし,認知症の前段階であるMCIとCOPDにおいて先行研究は少なく,COPDとMCIの関連性について検討が不足している.また,MCIが臨床に与える影響についても検討が不足している.そこで,本検討はCOPDに対するMCIの有病率や関連要因について調査を行うこと.また,MCIの検査であるMoCA-Jと患者教育の検査であるLINQの関連性を調査し,MCIが患者教育に与える影響について検討を行った.

本検討の第一目的であるCOPDに対するMCIの有病率について,65.8%と高い有病率を示した.その要因として,本検討の対象に HOT処方されている症例又は運動時に低酸素血症が認められる症例が約40%含まれていることが影響していると考えられた.COPDに認知障害を多く併発させる要因について,COPDの長期罹患はフリーラジカル生成,炎症,神経細胞の損傷,グリア細胞の活性化により,低酸素が起こす脳の傷害に対して脆弱していることが知られ,COPDの認知能力の低下に低酸素血症が影響していると考えられている14.そのため,低酸素血症を有するCOPDを対象とした先行研究で62%や77%の高い割合に認知機能障害が生じていると報告されている15,16.また,本検討はHOT処方者を対象に含めて考察しているが,低酸素血症を呈するCOPDの認知機能低下に対して,酸素療法が与える認知機能への影響は,酸素吸入時の脳血流量の反応性が乏しいことから,酸素療法による認知機能の改善に根拠が乏しいとされている17.また,仮に酸素吸入による認知機能の改善が認められたとしても,軽度の認知障害が残存している可能性があると考えられる.これらをふまえ,HOT処方または労作時低酸素血症があるCOPDはMCIの有病率が高いと考えられる.

本検討の第2目的であるCOPDとMCIの関連について,MCIは年齢と運動耐容能と身体活動性が特に関連していることが示唆された.年齢がMCIに関連した要因について,加齢は神経変性障害に脆弱になる事から,認知能力が低下する18.そのため,本検討のCOPDにおいてもMCIの影響要因に年齢が抽出されたと考察する.運動耐容能がMCIに関連した要因について,有酸素運動は神経ニューロンおよびグリア細胞の機能的変化を及ぼすことや筋力抵抗運動は海馬形成における脳由来神経栄養因子が増加や合成することを報告され,運動耐容能や筋力の活用は認知症予防に役割をきたしていることが知られている18.そのため,運動耐容能検査であるISWTがMCIの影響要因に抽出されたと考察する.身体活動性が抽出された要因について,身体活動は海馬の容積の増加,脳血流量の増大,空間記憶の強化,脳組織損失の減少により,認知能力に関連していることが実証されている18.このことから,MCIの影響要因に身体活動性の検査であるLSAが抽出されたと考察する.これらの考察は一般高齢者を対象とし,かつ認知障害を要因とした報告ではあるが,本検討のCOPDに対するMCIにおいても同様な要因が影響していたと考察され,身体活動が乏しく運動能力が低下しているCOPDにはMCIが併発しやすいと考えられる.しかし,本検討においてCOPDの病期や換気障害を要因とする呼吸機能はMCIに影響が少なかった.前述したように認知能力の低下やまたはMCIにおいて身体活動性が強く影響していることが考えられる.先行研究において呼吸機能は身体活動性に関連が少ない事が知られていることから19,20,COPDのMCIにおいて呼吸機能よりも身体活動量等の要因が強く関連していると考えられる.

本検討の第3目的であるMoCA-Jと患者教育について,MoCA-JとLINQに有意な相関関係が認められ,MCIは患者教育の阻害因子となる可能性が示唆された.認知機能低下は自己管理能力に影響していることは報告されているが21,本検討のようにMMSEが24点以上の認知障害が少ないCOPDにおいても,MCIは患者教育の理解力や自己管理能力を低下させていることが示唆された.SinghらはCOPDのMCIにおいて,非健忘型MCIが多いと報告している7.非健忘型MCIによる軽度の理解力低下が患者教育に影響していたと考えられた.そのため,患者教育や自己管理を実施する際にはMoCA-Jなどの精密な認知機能の検査が必要であると考察された.

本研究の限界として,MCIが専門医の診断のもと確定診断されていないこと.また,低酸素血症の検査を動脈血液ガス分析で実施できていない.そのため,今後,MCIの確定診断,動脈血液ガス分析の検査など検討を行うことが重要である.また,炎症所見であるCRPなど増悪に関係する項目などを含め,多面的に検討を行う必要性があると考えられる.

最後に本検討において,COPDにMCI有病率は高く,特にISWT,LSAなどが関連することが示唆された.さらにMCIは患者教育に悪影響を与えることが示唆された.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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