2021 Volume 29 Issue 3 Pages 377-380
治癒や延命を超え,患者の生活・健康への影響といった質を重んじる時代になった.これらは医療者では正しく判断できず,主観を科学的に扱う学問として,患者報告型アウトカムが発展し,quality of life(QOL)はその代表である.QOLの改善はCOPDの治療管理目標にも掲げられるが,QOLは標準化された客観的な尺度の質問票を用いて,主観的に評価し定量的に表現される.QOLは,呼吸機能など生理学的指標との関係は強くなく,別々に評価する必要がある.COPDにおいては,疾患特異的質問票であるSt. George’s Respiratory Questionnaireが頻用され,呼吸器疾患全般において有用性が検証された.しかし慢性呼吸不全では十分ではなく,私たちはSevere Respiratory Insufficiency Questionnaireの日本語版を作成し,臨床試験に応用した.
現代の時世として,疾患に対して,治癒や延命だけではなく,患者の管理やケアや満足,生活・健康への影響といった質的概念を重んじ,治療の目標とするようになった.これらは,患者の主観に基づく判断であり,医療者側の認識を超えており,医療者が正しく評価できるものではない.このことから,「主観」をいかに科学的に扱うか?という問いが生じ,“patient-reported outcome(PRO)(患者報告(型)アウトカム)”という概念が出現した.呼吸器領域における代表的なPROとしては,quality of life(QOL)・健康,呼吸困難・息切れ,咳・痰,不安・うつ,眠気・睡眠の質,疲労,痛み…など様々あり,これらは,医師の評価と患者自身の評価は通常乖離するものである.
その中でQOLは,経済状態や社会環境といった必ずしも健康状態に起因しないものも含む包括的な概念であり,保健医療の領域においては,健康関連QOL(health-related quality of life(HRQOL))や健康状態とも呼ぶ.近年,QOL評価は臨床試験や研究のアウトカムとしてだけではなく,日常臨床にも使用されるようになってきている.本稿では,QOL評価の基本から実践,加えて私たちの研究も紹介しながら概説し,その一助にしていただければと思う.
QOL評価は,欧米において学問として進化し,抽象的なイメージとしてではなく,標準化された客観的な尺度である質問票(=物差し)を用いて,患者自身が主観的に疾患による日常生活や健康への影響を評価し,決まったスコアリング法により,定量的に表現するものである.その質問票は,妥当性(質問が適切に概念を評価しているか),信頼性(正確に安定して評価できるか),反応性(変化を検出できるか)などが検証されていなければならない.現在使われている質問票の多くは,欧米で作成され,その日本語版を作成し検証を経たものである.版権が存在する場合が多く,使用に際し,使用許可や登録,費用が発生することがある.従って,使用したい質問票がみつかれば,原著者もしくは日本語版管理者にコンタクトして,使用法やスコアリングなどを十分に確認することが大事で,自分で勝手に翻訳することや質問内容やスコアリングを修飾することは禁じられているので,扱いには注意されたい.
現在,臨床現場でQOLを測定する目的としては,QOLの良い・悪いを分別する(分別性),医療介入に対してその変化を評価する(反応性),将来起こる事象(例として死亡や増悪)を予測する(予測性),が主であり,逆にこれらの機能に優れた質問票が,臨床や研究で頻用されるようになる1).
QOL学問は,慢性疾患で患者のQOLが障害され,また経時的に進行していくような疾患,例えば,呼吸器領域ではCOPDにおいて進歩していった.今やPROは重要なアウトカムとして認識されており,COPDのガイドラインとして世界で用いられているGOLDの治療管理目標にも,“Relieve Symptoms(症状を緩和する)”や“Improve Health Status(健康状態を改善する)”が掲げられ2),日本呼吸器学会によるCOPDガイドラインにおいても,「症状およびQOLの改善」が挙げられている3).これらは飾りではないので,管理目標である以上,評価していかなければならない.実際,GOLDにおいては,呼吸困難はmodified Medical Research Council(mMRC)息切れスケール2,4),ただしCOPDの症状は多様であるので,より包括的に評価するCOPD Assessment Test(CAT)2,3,5)といった質問票を用いて,症状や健康を評価することを具体的に勧めており,ぜひ読者の皆さんも実践していただきたい.これらの質問票は,特に使用許可など必要なく日常診療でも使用できるので,手始めに容易と思われる.
QOLは,生理学的指標である呼吸機能との関係が,強くないことが指摘されている.これが医療者側から,PROを推定できない一因でもあるのだが,例として,私たちの患者におけるCOPD患者におけるQOLのスコアと気流閉塞の指標である1秒量との関係を見ると(図1),相関は統計上有意だが(p=0.004),相関係数は小さく(r=-0.29),その関係は弱かった.例えば,1秒量が対予測値40%の人を見ても,QOLのスコアには相当なばらつきがあることが分かる.つまり,QOLと呼吸機能は別々に評価が必要であるということである.
安定期COPD患者における1秒量とQOL(SGRQスコア)との関係
それは,もともとQOLの意味合いを考えると理解できる.COPDにおける肺疾患から,気流閉塞や肺過膨張といった呼吸機能障害を来し,呼吸困難を生じ,それから運動制限,精神障害,睡眠障害などに影響され,これらは各々QOLを障害するだろう.その他にも,咳や痰,増悪,全身性炎症に伴う筋消耗や疲労,これらもQOLに影響するだろう.つまり,QOLは,特定の障害を表現するものではなく,肺をはじめとした複数の構造的・機能的・精神的・社会的など多方面の障害の総和として評価されるからである6).従って,特定の領域のみ相関が強くなることは通常はない.その一方で,QOLは生理学的指標と比較して,呼吸困難や不安・うつ,といった関係の方が強い傾向がある.
QOLの評価質問票は大別すると,包括的質問票(generic questionnaire)と疾患特異的質問票(disease-specific questionnaire)に大別され,その特徴と代表的な質問票を掲載する(表1).その評価する目的や状況によって,両尺度を選定したり,相補的な機能を期待して併用したりするなど,検討することが重要である.
包括的質問票 | 疾患特異的質問票 | |
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内容 | 測定対象を特定の疾患に限定せず,一般的な内容 | 疾患に特徴的な症状や機能に準じた内容 |
長所 | いろんな疾患や健常人でも使用可能 | 分別性や医療介入による反応性に優れる |
短所 | 分別性・反応性に乏しい | 対象疾患が限定される |
質問票 の例 | •Medical Outcomes Study 36-item Short Form(SF36) •EuroQOL 5 dimensions 5-level(EQ-5D-5L) | •St. George’s Respiratory Questionnaire(SGRQ) •COPD Assessment Test(CAT) •Asthma Quality of Life Questionnaire(AQLQ) •European Organization for Research and Treatment of Cancer Quality of Life Questionnaire Lung Cancer-13(EROTC QLQ-LC13) |
特にCOPDにおいては,疾患特異的な質問票であるSt. George’s Respiratory Questionnaire(SGRQ)7)がQOL評価の進歩に大きな役割を果たした.SGRQは,もともと慢性気道疾患(喘息,COPD)用に作成され,inhaled steroids in obstructive lung disease in Europe(ISOLDE)の副次評価項目として登場し,大規模臨床試験でもQOLを評価し,アウトカムとして使用しうることを実証した8,9).本試験では,安定期COPD患者における吸入ステロイド薬のフルチカゾンプロピオン酸1000μg/dayの3年間の効果を見るプラセボ対照無作為化二重盲検比較試験であるが,主要評価項目の1秒量の低下スピードは両群間で有意差を認めなかったものの,SGRQの悪化速度は,実薬群で2.0 units/year,偽薬群で3.2 units/yearで有意差を認め(p=0.004),また,minimum clinically important difference(MCID:臨床的に意義のある最小有意差)の概念を持ち込むと,SGRQ=4と定義されており,実薬ではMCIDに至るのに2年,偽薬群では15か月,であり,実薬使用により9か月遅らせることができる,と解釈できる.
このようにSGRQは,COPD領域をはじめとした多くの臨床研究に使用され,その有用性が確立されたが,質問項目は50あり,スコアリングも煩雑で,簡便性に欠けるため日常生活で使用するには不向きである.そのため,GOLDでは,SGRQのCOPD特異的版のSGRQ-Cと相関の強いCATは5),わずか8項目でスコアリングも簡単なため,日常診療で使用するように推奨しているわけである2).
SGRQは,気道疾患にとどまらず,肺線維症,サルコイドーシス,気管支拡張症,肺結核後遺症など多くの呼吸器疾患において有用性が検証されており,さながら呼吸器疾患特異的な質問票とも捉えられている傾向がある.ところが,慢性呼吸不全患者を考えると,SGRQは,もともと軽症~重症の慢性気道疾患を主眼に作成されたもので,在宅酸素やNPPV(非侵襲的陽圧換気)を使用するような最重症の呼吸器疾患患者群を対象にしているわけではないし,背景疾患も多様である.呼吸不全特異的なQOL質問票として,当時Maugeri Respiratory Failure(MRF)Questionnaire10)があり,日本語版が作成されていたが,より多くの疾患で検証されて頻用されているSevere Respiratory Insufficiency(SRI)Questionnaire11)があった.これらは,疾患特異的というわけではないので,状態特異的質問票(condition-specific questionnaire)とも呼ばれるが1),SRIは,慢性期COPDにおけるNPPVの効果をみる大規模無作為比較試験12)にも使用された有名なNPPV使用患者特異的なQOL質問票である(最近は在宅酸素使用患者にも有効性が評価されている).そこで,原著者にコンタクトし,日本語版作成の許可をいただき,順翻訳,逆翻訳,原著者のチェック(equivalence study)を経て,日本語版が完成し,その検証を報告し13),SRIがNPPV使用患者における最良の生命予後規定因子であることを証明した14)(図2).こうして,海外と同じ質問票を使うことによって,世界と共通の物差しで同じ土俵に立ってQOL評価ができる,というわけで,後進がこれを使用して世界の舞台に日本のデータを発信していってくれることを願ってやまない.
56人のNPPV使用患者における3年間の生存率とQOL(SRIスコア)との関係(文献14より)
QOLの概念から,質問票を用いての評価法や解釈,実践,並びに,発展として日本語版の作成過程例を私たちの研究だが,紹介した.QOL評価は,その状況(研究なのか日常臨床使用か,など),目的,対象疾患と人数,質問票の内容と使用プロセス,患者の負担,など,いろいろ考慮しながら,使用する質問票を決定し,他のPROとも合わせながら,プロトコールを考えていくことになる.ルールを守れば,難しいことではないので,ぜひ,イメージとしてのQOLの言葉だけではなく,質問票を用いてQOL評価を実践していただきたいと思う.
小賀 徹;寄付講座:京都大学大学院医学研究科呼吸管理睡眠制御学講座に所属歴あり(帝人ファーマ,フィリップス・レスピロニクス,フクダ電子,フクダライフテック京滋)(当時)