2021 Volume 29 Issue 3 Pages 403-406
高齢者ケア施設で生活する高齢者は年々増加しており,「終のすみか」として,施設内でのEOLケアの推進と質の向上が求められる.
高齢者は,非がん疾患で死亡する割合が高く予後予測が困難な上に,EOLでは認知症により意思決定能力を失っている場合も多いため,その人に適切にEOLケアを提供する一助となるACPが重要である.
そこで,ある有料老人ホームにおいて,要介護認定者を対象にACPを促進するための“EOLケアツール”の開発・導入を,大学の研究者と現場の実践者で共同して取り組んだ.ツールの活用が有料老人ホームの業務として定着するよう,ツールの評価と改善を継続することが重要である.また,将来的には,入居者の大半を占める自立高齢者を対象とした意思決定支援ツールの開発も必要と考える.
高齢者は,長い年月のうちに様々な経験を重ね,自分らしさ,信念や価値観を形成している.そして,誰しもが死を迎える.このため,その人らしく人生を完結できるようなEnd of Lifeケア(以下,EOLケア)の提供が重要である.
高齢者のEOLケアでは,複数の慢性疾患の合併や身体機能の低下に加え,加齢とともに有病率が上昇する認知症や抑うつ状態などの精神状態についても,理解を深めておく必要がある.また,独居や高齢者のみ世帯のため十分な生活支援が得にくかったり,高齢者ケア施設のような旧来の自宅とは異なる生活の場で暮らしている場合も多く,生活状況を考慮することも欠かせない.
筆者は,高齢者ケア施設の1つである有料老人ホームで勤務しているが,このような複雑な状況のなかで,「その人らしい人生の終焉」を支援するのは,容易なことではないと常に感じている.
高齢者ケア施設で生活する高齢者は年々増加しており,なかでも有料老人ホームの利用者数は,2018年度では514,017名と増加が著しく,最も利用者数が多い特別養護老人ホーム(610,200名)との差は年々縮まっている1).
有料老人ホームは,他の高齢者ケア施設に比べると,入居時要件(要介護度,入居のための費用等),設備(居室タイプ,食堂等の共用施設),サービス内容(買物支援等の生活利便サービス,健康管理など)についての事業者の裁量が大きいことから,多様なタイプがある点が特徴である.このため,自分の健康状態や価値観にあった施設を選択し,入居できるという利点がある.
有料老人ホームが「終のすみか」となることは政策的にも推進されており,介護保険による看取り介護加算という形で,EOLケアの提供が評価されている.有料老人ホームにおける逝去者を対象とした調査では,逝去した入居者の約7割が施設内で看取られることを生前に希望し,約3割の人が施設内で逝去している2).
このように,有料老人ホームでのEOLケアへの期待は大きいため,施設内での看取りを推進するとともに,質の向上を図るための取り組みが求められる.
わが国における2018年度の65歳以上の人の死因第1位は悪性新生物,第2位は心疾患,第3位は老衰であった.欧米ではoldest oldと呼ばれる85歳以上でみると,第1位が心疾患,第2位が悪性新生物,第3位が老衰,と順序が入れ替わるだけではなく,それぞれの差が小さくなっている3).このデータからも,非がん疾患で死亡する高齢者へのEOLケアの開発が重要である.
代表的な非がん疾患である慢性心不全,慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD),アルツハイマー病においては,進行度や重症度が基準化され,死の軌跡にはがん,臓器不全(慢性疾患),認知症およびフレイルの3つのパターンがあることが示され4),EOLのプロセスと状態像が可視化された.
しかし,非がん疾患では,経過が長いため予後予測が困難であり5),どの時点でEOLと判断するかは非常に難しい.
わが国の認知症有病率は加齢とともに上昇しているため6),寿命(2019年の平均寿命は女性87.45歳,男性81.41歳7))を迎えるころには,意思決定能力が不十分もしくは失っている場合も少なくない.
このため,早いうちからEOLケアについての意向を表明したり,家族や医療・福祉従事者と話し合っておくAdvance Care Planning(以下,ACP)が,自分らしいEOLを過ごすためには重要と考える.
高齢者にACPを行うと,入院が減少したり,本人と家族のケア満足感が向上することが明らかになっており8),ACPは質の高いEOLケアを提供するための有用なツールの1つといえよう.
有料老人ホーム入居者を対象とした調査9)でも,ACPについて考えてみたいと回答した人が8割を占めており,実際に,A有料老人ホームグループでもニーズが高いケアの1つであり,これまで試行錯誤を続けてきた.
A有料老人ホームグループは,1973年に最初の施設を開設し,現在は全国に10施設を展開している.高齢者が自分らしい老後を送れるよう,自立時に入居し,健康状態の悪化や要介護状態を経て,亡くなっていくまでのプロセスを支える「終のすみか」というコンセプトのもとで,運営されている(要介護状態になってから入居する施設も一部存在する)ため,介護やEOLケアへのニーズが高い.
ほとんどの施設では,入居後10年以上暮らしたのちに逝去する入居者が多く,死亡者の平均年齢が90歳を超えている施設も少なくない.このため,EOLケアを必要とする入居者の多くに慢性疾患と認知症・フレイルの影響があり,医療やケアについての本人の意向の確認や意思決定が難しくなっている.実際に,筆者が経験した心疾患を併存した重度認知症の入居者の事例では,本人と家族の間でEOLケアについて話し合ったことがなかった.このため,心疾患に対する薬物療法や人工的水分栄養補給法といった生命維持に影響する医療に関する判断に加え,身だしなみやわずかでも楽しみが持てるような日常生活のケアについても,家族は本人に代わって答えを見つけなければならず,苦悩は大きかった10).
その一方で,元気なうちに意向を示していても家族には伝えていない場合もあり,このような事例も家族の戸惑いや苦悩は大きい.
このように,EOLケアについての話し合いや意向の共有を行っていなかった事例では,自分が望まなかったであろう最期を迎えたり,遺族が自らが行ったEOLケアについての意思決定に後々まで悩む状況が生じやすい.
これらの課題を解決するために,A有料老人ホームグループでは,これまでも各施設でEOLケアに関する入居者向けセミナーの開催や,エンディング・ノートの配布などを行ってきた.しかし,課題の解決には至らず,新たな方策を検討する必要があった.
EOLケアにおける意思決定が困難になる大きな要因として,①職員の知識不足,②入居者・家族・職員間での情報共有が不十分,③入居者の意向を早めに確認する意義についての職員の理解不足が考えられた.
そこで,2015年よりグループ内の1つの施設において,入居者と家族と職員での早期からのEOLケアについての話し合い,すなわちACPを促進するための“EOLケアツール”を,慶應義塾大学・東京医科歯科大学・東北大学に所属する研究者・大学院生と共同で開発・導入した(文部科学省科学研究費研究課題/領域番号:16K15956).
“EOLケアツール”は,エビデンスにもとづいた実践(Evidence Based Practice)となるよう,大学院生・研究者とともに国内外のエビデンスの収集と実践への応用について検討し,その一環として「高齢者ケア施設におけるエンド・オブ・ライフ ケアのIntegrated Care Pathwayに関する介入・実装研究:スコーピングレビュー」を行い,筆者も共著者として参加した11).
開発されたツールの活用が日常業務として定着することが重要なため,当該施設の看護・介護職員の役職者も開発・導入チームメンバーとした.役職者のメンバーともエビデンスに関する検討結果を共有し,ケアの根拠の共通理解を図るとともに,業務として定着するようツールの内容や運用方法について検討を重ねた.加えて,大学院生・研究者によるツール導入の評価も実施した.
筆者は,開発・導入チームへの関与に加え,実際にツールを使用する看護・介護職員および入居者・家族の支援も行った.導入プロセスにおいては,約80名の看護・介護職員にツールの使用方法を浸透させる必要があり,実際の使用場面への同席や記録内容の確認を通してアドバイスを行ったり,困りごとやトラブルに対応した.また,ツールの使い勝手や業務負担なども,現場の看護・介護職員に適宜確認していった.その経験から,職員は,ツールの使用については概ね肯定的であったものの,業務負担の大きさや,EOLケアについてのコミュニケーションの難しさ等の改善すべき点があるとも感じている.
当該施設での“EOLケアツール”の実績は,A有料老人ホームグループ本部に評価され,他施設への導入に向けたプロジェクトが結成され,現在は役職者を含む看護・介護職員からの意見や,大学院生・研究者による評価(論文投稿中)にもとづき,ツールの改訂に取り組んでいる.
本稿では,慢性疾患のある認知症高齢者のEOLケアにおける意思決定支援の課題と,その解決に向けたA有料老人ホームグループでの取り組みを紹介した.大学と実践現場の協働によりケアの質の向上に取り組んだ貴重な経験であったと認識している.
質向上活動(Quality Improvement;以下,QI)は,エビデンスを活用しながらその現場の状況や必要性に応じ,継続的に実践が改善してけるよう,構造・プロセス・アウトカムを分析し,変更するプロセスまたはプログラムである12).今回の取り組みは,エビデンスの構築と吟味に長けた研究者と,現場の課題やコンテクストを熟知した実践者での協働により,“EOLケアツール”という仕組みを作り,ツールを活用しながら評価と改善も進めていくQIの活動であると筆者は捉えている.QIは高度実践看護の1要素であり,これまで文献等で学んできたが,今回の経験を通して実践に活用できるスキルとして学修を深めることができたように思う.
また,この取り組みでは,EOLケアのニーズが高い要介護状態の入居者を対象としたが,将来的には,A有料老人ホームグループ入居者の半数以上を占める自立入居者を対象とした意思決定支援ツールの開発もすすめていきたい.
本論考をまとめるにあたりご助言をいただきました,共同研究チームの山縣千尋氏(東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科),宮下光令氏(東北大学大学院医学系研究科),菅野雄介氏(横浜市立大学医学部看護学科),田口敦子氏(慶應義塾大学看護医療学部),深堀浩樹氏(慶應義塾大学看護医療学部)に,心より御礼を申し上げます.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.