2021 Volume 29 Issue 3 Pages 430-435
COPDにおいて動的肺過膨張は労作時息切れおよび運動能力を規定する重要な因子の1つであり,特に肺過膨張が顕著な患者や気腫優位型COPDにおいて重要な因子である.しかし,動的肺過膨張は患者に運動負荷をおこない,経時的に最大吸気量を測定し,その減少量で評価される.測定には高価な設備と機器が必要であり,日常の臨床においてはほとんど評価されていない.そこで我々は動的肺過膨張が呼吸数の増加に依存することから,運動負荷はおこなわず,段階的に呼吸数を増加させる過呼吸法により動的肺過膨張を定量的に評価できる方法とその有用性を報告し,専用のスパイロメーターを開発した.従来法と過呼吸法との間には極めて良好な相関があり,運動耐容能を予測することも可能である.日常診療で簡単に動的肺過膨張が評価できるため,気流閉塞のみならず動的肺過膨張に対する治療効果の評価が可能となる.
COPDの大半は長期の喫煙暴露によって生じる気腫性病変と中枢および末梢の気道病変が様々な割合で混在する疾患である.近年はその発症機序に肺の発育障害が関与していることが報告されている.COPDの約20~30%は気管支喘息を合併し,asthma COPD overlap(ACO)と呼ばれる.また,肺気腫に肺線維症を合併するcombined pulmonary fibrosis and emphysema(CPFE)という病態も存在する.COPDは不可逆性の気流閉塞を特徴とし,病期の進行と共に咳嗽,喀痰に加え,労作時息切れが増強し,運動耐容能および身体活動性は低下し,様々な併存症および合併症を引き起こす.この労作時息切れおよび運動耐容能の低下に動的肺過膨張が重要に関与しており,その評価法について解説する.
COPDにおける気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変による肺弾性収縮圧の低下によって引き起こされ,強制呼出時に気道は虚脱し,肺に空気がトラップされる(air trap).この末梢気道の虚脱は病期の進行と共に安静呼吸時にも生じ,肺過膨張に寄与する1).この末梢気道の虚脱によるair trapは労作や運動と共に増強し,更なる肺過膨張を惹起する.これを動的肺過膨張と呼び,COPD患者の呼吸仕事量の増加,労作時息切れ,運動耐容能の低下の重要な要因となっている(図1)2).1秒量はCOPDの病期を決定するが,自覚症状,運動耐容能,QOLとは必ずしも相関しない3).Diazらは,肺過膨張が強く,最大吸気量(IC)が少ないCOPD患者ではICと最大酸素摂取量は相関し,運動耐容能の規定因子となる.一方,肺過膨張が顕著でないCOPD患者では気流閉塞が運動耐容能の規定因子となると報告している(図2)4).また,気管支拡張薬による息切れや運動耐容能の改善効果は,1秒量の改善量よりも肺過膨張および動的肺過膨張の改善との関連が強いと報告されている5,6).日本呼吸器学会のCOPD診断と治療のためのガイドライン第5版7)では,“COPD患者において,労作時呼吸困難の原因となる基本的病態は,気流閉塞と動的肺過膨張である.これらの病態は患者の症状と重症度を規定する因子であり,その軽減が重要な治療目標になる”と記載されている.
健常人とCOPD患者における運動時の肺気量分画変化の違い
健常人では運動による換気の増大に対して呼気終末肺気量(EELV)が低下し,最大吸気量(IC)は増加するが,COPD患者では運動による換気量増加に対して,肺に空気がトラップされて肺は過膨張となり,EELVは増加しICは減少する.
安静呼吸で呼気気流制限を認めるCOPD患者(○)と認めないCOPD患者(●)における最大酸素摂取量と予測最大吸気量(IC)(A)および予測1秒率(FEV1/FVC)(B)との関係(文献4より作図)
動的肺過膨張の評価は患者に運動負荷を行い,1~2分毎に最大吸気させ最大吸気量(inspiratory capacity, IC)を測定し,ICの減少量で評価される8).運動負荷の方法としてはトレッドミルや自転車エルゴメーターを用いて,まずは漸増運動負荷試験をおこない,そのpeak
動的肺過膨張は呼吸数依存性に生じることから10),運動負荷を加えないで過呼吸によって定量的に評価する方法,すなわち過呼吸法を考案した11).安静呼吸の状態で,体プレティスモグラフ法による呼気終末肺気量(end-expiratory lung volume, EELV)の測定に続いて最大吸気をさせ,ICを測定する.引き続いてメトロノ-ムに合わせて呼吸回数20回/分,30秒間の過呼吸をおこない,最後にEELVとICを測定する(図3).しばらくの休憩を挟んで呼吸数を30回/分,40回/分と段階的に増やし同様にEELVとICを測定する.動的肺過膨張はICの減少で評価した.Never smokerの健常人では呼吸数を段階的に増加させてもICおよびEELVは変わらないが,COPDでは呼吸数の増加に伴いICは低下し,EELVは増加を示した(図4).COPDのフェノタイプに分けると気腫優位型において気腫が目立たない末梢気道病変優位型に比べ動的肺過膨張の程度は強い12).また,短時間作用性気管支拡張薬であるβ2刺激薬を通常の治療の上乗せとして使用した場合に,過呼吸法で評価した動的肺過膨張を有意に改善させ,incremental shuttle walking test(ISWT)での歩行距離を延長させた13).長時間作用性β2刺激薬であるインダカテロールと長時間作用性抗コリン薬であるチオトロピウムの単剤治療と両者の併用治療を4週間の無作為交叉試験でおこない,過呼吸法による動的肺過膨張の軽減効果について比較をおこなった14).インダカテロールおよびチオトロピウム単剤は1秒量,COPD assessment test(CAT)スコア,ISWTによる歩行距離を有意に改善させたが,併用療法はより改善効果が大きかった.しかし,過呼吸法による動的肺過膨張はチオトロピウムの治療で有意に改善されたが,インダカテロール単剤では改善させなかった(図5).
体プレティスモグラフ法を用いた段階的過呼吸法による動的肺過膨張の評価.
ボディボックスを用いて安静呼吸から1分間に20回,30回,40回とメトロノームに合わせて,段階的に30秒間過呼吸をおこない,引き続いて呼気終末肺気量(EELV)と最大吸気量(IC)を測定する(各々IC20, IC30, IC40).動的肺過膨張はICの減少量として評価.
COPD患者における過呼吸法による動的肺過膨張の評価
*p<0.05,**p<0.01 vs. 20回/分,§p<0.05 vs. 30回/分,†p<0.05,††p<0.01 vs. 非喫煙健常人
EELV,呼気終末肺気量; IC,最大吸気量; IC30-20,IC40-20,20回/分の過呼吸で測定したICから30および40回/分の過呼吸で測定したICを差し引いたICの減少量(文献11より作図).
チオトロピウム(TIO),インダカテロール(IND)単剤および併用治療(TIO+IND)の過呼吸法による動的肺過膨張に対する効果
*p<0.05,**p<0.01 vs 治療前; †p<0.05,††p<0.01 vs インダカテロール.
IC,最大吸気量; ICrest,安静呼吸時のIC; IC20,IC30,IC40,20回,30回,40回/分,30秒間の過換気時のIC(文献14より作図).
これまでの過呼吸法による測定は体プレティスモグラフ法にてEELVとICを測定するため,高価なbody boxが必要となる.一般的なスパイロメーターでは過呼吸後のICを正確に測定することはできない.なぜなら過呼吸に続くICの測定は安静呼吸時のEELVからの測定となり,過呼吸時のEELVからの測定にならないためである.我々は企業との共同開発によりスパイロメーターを改良し,過呼吸法による動的肺過膨張を簡便に測定する装置を開発した15).本機器はフローのゼロ調整をマウスピースから口を外すことなく,回路を切り替えることによって大気圧で順次調整できる,呼吸のリズムを電子音と光の点滅で指示する,過呼吸に続くICの測定は過呼吸最後の3呼吸の平均EELVレベルからの量として計測できるように改良した.図6に健常人(A)とCOPD患者(B)の実際の測定の1例を示す.健常人では呼吸数を段階的に増加させてもICは変わらないが,COPD患者では呼吸数の増加に伴いICは低下を示した.COPD患者を対象として,本機器による動的肺過膨張の評価が運動能力を予測できるのかを検討した結果,30回/分で過呼吸した時のIC30と6分間歩行距離との間に有意な相関がみられた(図7).また,チオトロピウムとオロダテロールの配合剤であるスピオルトの治療にて有意に動的肺過膨張が軽減されることを報告した16).
1人の健常人ボランティア(A)およびCOPD患者(B)における段階的過呼吸法による肺過膨張の例
健常人ボランティアでは呼吸数が増加しても最大吸気量(IC)は減少しないが,COPD患者では呼吸数増加に応じてICが減少している(文献15より作図).
30回/分,30秒間の過呼吸時の最大吸気量(IC30)と%1秒量(%FEV1)(A)および6分間歩行距離(6MWD)(B)との関係(文献15より作図)
我々が考案した過呼吸法での動的肺過膨張の評価が,従来の運動負荷で評価する動的肺過膨張を予測することが可能かどうかについて評価をおこなった.35名のCOPD患者を対象に自転車エルゴメーターで最大運動負荷量の60~70%の負荷量で定常運動負荷をおこない,2分毎に最大吸気させICを測定した.最大20分間の負荷をおこない最もICが低下した時のICをIClowestとし,過呼吸法により最も低下したIClowestと比較するとr=0.67と極めて良好な相関が得られた(図8).ICの安静時からの最大減少量についてもr=0.44と相関がみられた.さらに過呼吸法で評価したIClowestと運動持続時間との間にもr=0.62と良好な相関が得られ,過呼吸法による動的肺過膨張は,運動負荷時の動的肺過膨張および運動耐容能を予測することができると考えられた17).
段階的過呼吸法による最大吸気量の最低値(IClowest)(A)と従来からの定常運動負荷法による最大吸気量の最低値(IClowest)および定常運動負荷における運動持続時間(B)との関係(文献16より作図).
動的肺過膨張はCOPDにおいて,労作時息切れおよび運動能力を規定する重要な因子の1つであり,特に肺過膨張が顕著な患者や気腫優位型COPDにおいて重要な因子である.日本呼吸器学会のCOPDガイドラインにおいて,「気流閉塞と動的肺過膨張の軽減が重要な治療目標になる」と記載されているが,日常診療では機能的残気量や安静時のICでしか評価されておらず動的肺過膨張はほとんど評価されていない.その理由として,従来の動的肺過膨張の評価は運動負荷中のICの減少量で評価され,高価な設備と機器が必要になるからである.我々は動的肺過膨張が呼吸数の増加に依存することから,段階的に呼吸数を増加させる過呼吸法により定量的に評価する方法とその有用性を確立し,専用のスパイロメーターを開発した.従来法と過呼吸法との間には極めて良好な相関があり,運動耐容能を予測することも可能である.日常診療で簡単に動的肺過膨張が評価できるため,気流閉塞のみならず動的肺過膨張に対する治療効果の評価が可能となり,ガイドラインの指針とも一致すると考えられる.
藤本圭作;講演料(帝人在宅医療),藤本圭作;研究費・助成金(デンソー,村田製作所,コガネイ)