The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
Luncheon Seminar
Role of perioperative rehabilitation and bronchodilator in COPD
Satoru Ito
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 29 Issue 3 Pages 436-440

Details
要旨

COPDに併発する悪性腫瘍には,喫煙関連疾患である肺癌や食道癌など,呼吸器および消化器領域の癌が含まれる.胸部や腹部の手術に際して,COPDの併存は術後の死亡や呼吸器感染症など術後合併症のリスク因子となる.術後離床を促進し,合併症を防止するために,周術期リハビリテーションが重要な役割を果たしている.術後の合併症リスクを予測し,リハビリテーションを効率よく進めるために,術前に身体機能を評価することが重要となる.術前の運動耐容能を把握する手法として,6分間歩行試験は簡便かつ有用な評価法と期待される.COPDに対する長時間作用性抗コリン薬および長時間作用性β2刺激薬を中心とする気管支拡張薬治療,術前評価としての身体機能評価を含めた,集学的な周術期リハビリテーションプログラムの確立が望まれる.

緒言

周術期リハビリテーションは,術後の早期離床の促進と迅速な全身状態の回復,呼吸器合併症の予防などを目標として行われ,その意義と有用性は世界中で認識されている1.COPDの併存は肺癌のみならず様々な手術において術後合併症のリスクを高めることが知られており,周術期リハビリテーション介入が重要視されている.COPD症例においては,リハビリテーションプログラムに長時間作用性抗コリン薬(LAMA)および長時間作用性β2刺激薬(LABA)を中心とする気管支拡張薬治療を含めることが,自覚症状や呼吸機能,運動耐容能の改善を介して周術期呼吸器合併症の予防や術後離床の促進につながると期待される.本総説では,周術期リハビリテーションを行う際の術前評価における術前6分間歩行試験の位置づけについて紹介し,COPDの病態と気管支拡張薬の薬理学的機序について解説する.

周術期リハビリテーションと術前評価

周術期リハビリテーション介入の中心は術後における離床と回復補助であるが,プレハビリテーションと呼ばれる術前からの介入の有効性も認められるようになってきた.肺癌手術において,術前からの運動療法が術後合併症の発生率を低下させ入院期間を短縮するというランダム化試験やメタ解析の結果が報告されている2,3,4.食道癌においても術前リハビリテーションが術後の呼吸器合併症を減少させることが報告されている5

周術期,特に術中術後における呼吸器や心臓の合併症リスクを術前にどのように評価すべきかが世界共通の課題である.術後合併症を生じるリスク因子には,術前における呼吸機能や栄養状態,COPDなどの併存症といった術前身体因子や術中の手術時間や出血量などの手術関連因子が挙げられる.全身麻酔を要する外科手術症例の術後合併症リスクを術前に評価するために,呼吸機能検査,心電図,採血検査,動脈血液ガス検査などが行われている.周術期心臓合併症のリスクがある場合,エルゴメーターを用いた心肺負荷試験が適応となる1.一方で,身体機能や歩行能力などの術前評価項目としての位置づけは定まっていない.2013年American College of Chest Physicians(ACCP)により,手術を予定されている肺癌症例に対する術前の身体機能評価に関するガイドラインが発表された1.簡便な運動負荷試験として,シャトルウォーク試験と階段昇段負荷を行うstair climb testの有用性が提言されている.6分間歩行試験については,心肺負荷試験の代替となる十分なエビデンスがないものの,運動時の低酸素の存在を知る方法として有用であると記載されている1.この2013年のACCPガイドラインに追加する形で,Haらにより肺癌術前評価の運動負荷試験としての6分間歩行試験の有用性が提言されている(図16.この提言では6分間歩行距離のカットオフ値は 300-500 mと幅が広く,今後臨床応用するためには更なる研究の蓄積が望まれる.

図1

肺癌の術前身体機能評価として6分間歩行試験を追加することの提言

術後予測FEV1(ppoFEV1)もしくはDLCO(ppoDLCO)が60%未満でともに30%以上の場合,術前身体機能評価としてシャトルウォーク試験,stair climb試験もしくは6分間歩行試験(6MWT)を考慮する.6分間歩行距離(6MWD)が 300-500 m未満であった場合,心肺負荷試験(CPET)を行うことを推奨する(文献6.Ha D, et al., J Thorac Oncol 11: 1397-1410, 2016.より引用).

6分間歩行試験は特別な設備を必要としない簡便な運動耐容能試験であり,術前,術後いずれにおいても歩行訓練の一環としても施行可能であることから,周術期リハビリテーションにおいても広く施行されている.肺手術の術前運動耐容能評価法として6分間歩行試験を行った2つの研究を紹介する.ポーランドにおいて肺癌に対して肺葉切除術を行った253症例を対象とした検討では,6分間歩行距離<500 mが術後合併症および心肺合併症のリスク因子となり,在院日数延長につながった7.著者らは名古屋大学呼吸器外科において肺癌もしくは転移性肺腫瘍に対する肺切除術を行った321例を対象とし,術後肺炎発症に関わる因子の検討を行った8.その結果,13例(4.0%)で肺炎を併発し,肺炎合併群は非合併群と比べCOPD併存率が有意に高く,術前6分間歩行距離はより短く,呼吸機能はより低値であった.6分間歩行距離 450 mをカットオフ値とすると,%DLCOカットオフ値80%や%FEV1カットオフ値80%と同等の予測因子となることが示された8

6分間歩行試験による術後リスク予測評価は,肺以外の手術症例にも応用が広がっている.名古屋大学消化器外科における胆管癌もしくは膵臓癌手術81症例の検討では,術前6分間歩行距離は術後合併症を予測する因子であり,術後生存との関連も認められた9.更に,食道癌手術111症例における検討では,多変量解析の結果,6分間歩行距離が%FEV1とならんでClavien-Dindo Grade II以上の術後合併症に関わる予測因子であり(表1),カットオフ値は 454 mであった10.以上のように,胸部や腹部の手術において,周術期の身体機能を把握する手段として6分間歩行試験は簡便で有用な手法であるといえる.

表1 食道癌術後Clavien-Dindo grade II以上の合併症に関わるリスク因子の多変量解析結果
CharacteristicOdds ratio(95%CI)P value
Age1.039(0.986-1.093)0.150
Cardiovascular disease3.382(0.844-13.556)0.085
Albumin0.627(0.205-1.915)0.413
Hemoglobin0.942(0.675-1.316)0.727
%FEV10.972(0.948-0.997)0.027*
6MWD0.994(0.989-0.999)0.022*

N=111. Grade ≤I, N=69. Grade II≤, N=42

%FEV1と6分間歩行距離(6MWD)の低値が有意なリスク因子となる(文献10.Inoue T, et al., Dis Esophagus 33: pii: doz050, 2020.より引用).

COPDの病態と肺気腫の進行機序におけるメカニカルストレスの役割

進行したCOPD患者においては,呼気時の末梢気道閉塞が引き起こされ,呼気終末において肺胞に空気が取り残されたエアートラッピングの状態となる.呼気終末レベルの肺内空気量すなわち残気量が増大し肺は過膨張となる.この現象は労作時や運動時に顕著となり動的過膨張とよばれる.肺気腫の肺胞壁は脆弱で耐久力が低下しているため,胸腔内圧の上昇や肺の過膨張に伴う機械的伸展刺激(ストレッチ)により,肺胞が更に破壊され,肺気腫が進行するという機序が想定される11.喫煙に起因する肺気腫のCT画像の特徴の一つに,気腫領域の分布が不均一であることが挙げられる.京都大学の佐藤とBoston UniversityのSukiらは,この気腫領域の不均一な分布に着目し,大きな気腫が占める部分をsuper clusterと名付け,CTよる肺気腫の経年変化を3次元解析した12.その結果,気腫の進行が特にsuper cluster領域で促進することが見いだされた.Super cluster領域では肺胞にかかる伸展ストレスが大きいことが示唆される.

肺気腫病変の進行にはCOPD急性増悪エピソードが関与する機序も報告されている.COPD(中央値:年齢73歳,%FEV1 50%)患者に対する2年間の前向き観察研究において,急性増悪を起こさなかった群34例と,起こした群26例との比較検討の結果,両群間に呼吸機能の変化に有意差を認めなかったものの,CTで評価した肺気腫は急性増悪群において有意に促進されていた13.急性増悪時には胸腔内圧の上昇など肺胞壁に対する機械的刺激(メカニカルストレス)が増加することが想定され,脆弱な肺胞壁により強い力が加わり破壊が引き起こされた結果,肺気腫進行につながった可能性が示唆される.

COPD治療における気管支拡張薬の意義

COPDにおける気道狭窄には気道平滑筋収縮が部分的に寄与しているため,LAMAやLABA,LAMA/LABA配合薬などの気管支拡張薬が効果的である.COPDの主たる治療標的は気道病変である一方で,肺胞壁が脆弱となった肺に対する治療薬は存在しない.肺胞壁の破壊を防ぐ,もしくは遅延させる手段は禁煙以外に存在しないのであろうか.長時間作用性気管支拡張薬による治療効果として,残気量が減少し,最大吸気量が増加することは広く知られている14.この効果により肺の過膨張が軽減することから,薬物的肺容量減少効果と呼ばれる15.気管支拡張薬治療は労作時の動的過膨張が軽減する効果も発揮する14.京都大学の田辺らの研究結果では,気管支拡張薬治療により特に下葉において局所的に肺容量が減少し,気道容量が増加した16.COPDにおいては気道平滑筋収縮の程度や気管支拡張薬の効果は個人差があることに留意が必要であるが,肺容量減少効果を見極めるためには一定期間治療を継続する必要があると考えられる.

気管支拡張薬およびLAMA/LABA併用療法の薬理学

日本呼吸器学会COPDガイドライン第5版では,気管支拡張薬をCOPD治療の中心に位置づけている17.LAMA/LABA配合薬の特徴は,それぞれの薬剤の作用機序が異なっているため,LAMAやLABA単独治療に比べより強力な気管支拡張効果と動的過膨張の軽減が得られる利点があり,副作用も特に高いという報告はない14,17.LAMAとLABAを併用することで予測される以上の気管支拡張効果,いわゆる相乗効果が期待できるとする興味深い研究結果が報告されている18.手術検体より得たヒト肺組織および気管支平滑筋組織を用いて,アセチルコリンにより誘導された気道平滑筋収縮に対するLAMAグリコピロニウムとLABAインダカテロールの弛緩効果を薬理学的に検討した.実験結果では,末梢気道と中枢気道のいずれにおいてもそれぞれの単独投与による効果から推測される2剤併用による末梢気管支拡張効果(相加効果)以上の効果(相乗効果)を認め(図2),その理由として細胞内cAMP濃度の上昇効果が考えられた18

図2

ヒト肺組織に含まれる末梢気管支におけるアセチルコリン刺激収縮に対するグリコピロニウムとインダカテロールの弛緩効果

a.最大収縮効果の70%(EC70)のアセチルコリン収縮に対するグリコピロニウムもしくはインダカテロールの濃度反応曲線.気管支の収縮,弛緩は顕微鏡下での気管支内腔面積を測定し評価した.

b.△グリコピロニウム(GLY)とインダカテロール(IND)を同時投与した際に得られると予測された弛緩効果.薬剤の効果予測はBliss Independence theory で試算した.▲実験で得られたグリコピロニウムとインダカテロールの併用による弛緩効果.◇グリコピロニウムもしくはインダカテロール単独投与の効果.

c.bより得られた実測値▲と予測値△の差から算出された薬剤併用効果.0が相加効果,0より大きくなると相乗効果(synergistic interaction)と考えられる(文献18.Cazzola M, et al., Respir Res 17: 70, 2016.より引用).

周術期においてはCOPD治療薬により術前呼吸機能や運動耐容能が改善し,術後合併症リスクが低下することが期待される.しかしながら実際にはCOPDと診断された時点で既に手術予定日が迫っている場合も多いため,短期間でも効果が発揮できる薬剤が期待される.COPDを合併症として有する肺癌手術に対する術前からの気管支拡張薬で治療介入効果を検討した東邦大学の研究19を紹介する.術前2週間以上,術後1ヵ月以上気管支拡張薬で治療した肺癌症例を対象とし,2013-2015年の間にLAMAおよびLABAで治療した群25例と,それ以前2005-2012年の間にLAMA単独で治療した群 19例とを比較検討した.LAMA単独治療群と比べ,LAMAとLABA併用群では術前FEV1値および%FEV1がより大きく改善し,術後肺炎併発率が有意に低下した.このことから,肺癌の周術期におけるCOPD治療薬の意義,特にLAMAとLABAの併用療法の有用性が示唆された.先述の2013年のACCPによる肺癌手術前評価に関するガイドラインでは,呼吸リハビリテーションが推奨されている一方で,気管支拡張薬に関しては提言されておらず1,周術期のCOPD治療方法についてはいまだ確立されていない.今後の重要な研究課題である.

まとめ

周術期リハビリテーションを行う上で,術前6分間歩行距離は術後合併症を予測する指標である.COPD治療において気管支拡張薬は気道平滑筋弛緩に加え,肺過膨張の軽減を介した肺気腫の進行抑制効果も期待できる.LAMAとLABAの併用療法は呼吸機能改善効果が強く,有害事象も少ないことに加えて,気管支拡張における相乗効果が期待される.科学的な視点とエビデンスに基づいた気管支拡張療法を取り入れた周術期リハビリテーションプログラムの確立が望まれる.

謝辞

本総説を執筆するにあたり,長年に渡って共同研究をして下さった名古屋大学医学部附属病院リハビリテーション部の皆様,肺気腫の病態機序に関してご教示いただいた京都大学医学部附属病院佐藤晋先生に深謝いたします.

備考

本総説の主旨は2019年11月12日名古屋市で開催された第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会ランチョンセミナー7(ノバルティスファーマ株式会社後援)において講演した.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

伊藤 理;講演料(ノバルティス ファーマ,アストラゼネカ)

文献
 
© 2021 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
feedback
Top