2021 Volume 29 Issue 3 Pages 441-445
安定期COPD患者に対するHFNC治療は,有用とされる報告は増えているがまだ少ない.しかし通常の鼻カヌラによるLTOT/HOTに比して,HFNCは安定したFiO2・加湿・フローの供給,死腔換気量の減少などメリットは大きく,今後大いに期待される治療である.
長年統一見解が示されなかった安定期COPD患者に対するNPPV治療は,近年高いIPAPと高いback up呼吸数を設定する“High-intensity NPPV”が有用である可能性が示された.ただ高いIPAP圧はあくまでも手段であって,大切なのは高CO2血症をコントロールすることである.また欧米で推奨される高いIPAP圧を,人種も体格も違う日本人に同じ圧で当てはめることには注意が必要である.
またこれらの呼吸管理の導入にあたっては,リハビリテーション,薬剤・栄養の介入,在宅での詳細な計画立案などさまざまな包括的サポートが不可欠である.
安定期の慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)における呼吸管理は,酸素療法と人工呼吸療法の二つに大きく分けられる.前者は,通常の低流量酸素療法と高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula: HFNC)に分けられる.後者の人工呼吸療法はさらに挿管下人工呼吸と非侵襲的人工呼吸(non-invasive ventilation: NIV)に分けられる.そしてNIVの代表的なものが非侵襲的陽圧呼吸(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)である(図1).
安定期COPDに対する呼吸管理
今回この低流量酸素療法・HFNC・NPPVにつき,安定期COPD患者に対する治療効果等について,様々な報告やガイドラインの推移を踏まえて,現時点での総括を行った.
本邦では1985年に在宅酸素療法(HOT)が保険適用となった.基礎疾患としてはCOPDが最多で45%を占めている1).
安定期COPDに対する酸素投与は,PaO2≦55 mmHgか,55 mmHg<PaO2≦59 mmHgで合併症のある患者で予後が改善したとする種々の報告に基づき有用とされていたが2),近年この効果につき懐疑的な報告が散見されるようになった.そして2016年にはAlbertらにより,安静時にSpO2が89~93%,あるいは労作時の中等度のSpO2低下がある患者に6年間酸素投与しても,予後・入院・増悪・QOL・運動能力は変わらなかったという報告がなされるに至った3).現時点では安静時に重度のSpO2低下がなければ,呼吸困難の治療手段としての酸素療法は適応されないとなっている.
安静時については上述の通りであるが,次に労作時についての報告をみると,酸素吸入下でリハビリをすると運動能力が改善したが,運動時にのみ低酸素を示す患者では,長期的に労作時の息切れと一部のQOLドメインは改善したものの運動能力・トレーニング効果・大部分のQOLドメインは改善しなかったとされている4).故に現時点では運動時のみ低酸素を来すCOPD患者に酸素療法は適応されないとなっている.
最後に睡眠時についての報告を見てみる.複数の報告で,夜間低酸素を来す患者に酸素投与すると,長期での肺動脈圧は改善したものの,睡眠の質・予後とも変わらなかったとあり5,6,7),やはり現時点では夜間のみ低酸素血症を示す患者に対する酸素療法は推奨されないという結論になる(図2).
COPD患者の長期酸素療法に関する報告
概説してきた通り,安定期COPD患者に対する酸素療法は否定的な報告も多く,低酸素→酸素療法とオートマティックに結び付けられるものではない.しかし労作時に適正量の酸素を処方することで生活半径が拡大しADL・QOLが向上する例などは日常よく経験する.個々の症例に合わせて方針を決定する必要がある.
HFNCは鼻カニュラを使用して高流量の酸素投与を行う新しい酸素療法の1つである.60 L/min程度まで酸素が供給できて,FiO2は21%から100%まで設定可能である.また十分な加温・加湿も装備されている.それに加えて,高流量にて若干呼気終末陽圧(PEEP)がかかる,鼻腔~咽頭にかけての死腔洗い出し効果があるなどの効果も注目すべき点である.ただし残念ながら現時点(令和2年5月)では在宅使用の保険適応はない.また本邦の最新ガイドライン8)においても安定期COPDにおけるHFNCの使用についての記載はない.
HFNCは比較的新しい治療であり,その分エビデンスの蓄積が少ない.しかし現在報告されていることは有効性を示しているものが多い.
安定期COPD患者に対するHFNC治療について,NPPVとの比較においては,有意差はないがともにPaCO2がベースラインからは下がっていたという報告や9),PaCO2とSRI・SGRQといった各種QOL指標が,HFNC・NPPVともに有意に改善していたが両群間に有意差はなかったという報告がみられ10),NPPVに対する非劣性が示されている.
一方,通常の酸素療法との比較においては,酸素化・歩行距離・肺機能・呼吸困難は有意差がなかったが,PaCO2・夜間PtcCO2・QOLはHFNCで有意に改善したという報告11)や,増悪回数・入院・QOL・呼吸困難・PaCO2・歩行距離が有意に改善したという報告がみられる12).また,直近のメタアナリシス13)では,運動能力・入院回数・生命予後は不変だが,PaCO2(長期・短期ともに)・1年間での急性増悪頻度・QOLは改善すると報告されている(図3).
慢性安定期COPD患者のHFNCに関する報告
一つ追加しておきたいのは,HFNCと言えば高FiO2というイメージがあり,高CO2傾向の患者さんにHFNCを使用するとCO2ナルコーシスの危険性が高まるのではないかと危惧する人が多いのではないかという点であるが,これは実は逆で,高CO2傾向の患者さんにはHFNCはかえって使いやすい.なぜならHFNCのFiO2は21%から100%まで設定可能,すなわち低FiO2の設定が可能なのである.それに加えて鼻腔~咽頭にかけての死腔洗い出し効果があり,換気効率が良いため通常の酸素カヌラより明らかにPaCO2の上昇を抑えることができる.
以上のように,安定したFiO2供給,十分な加湿とフローの供給,死腔換気量の減少などHFNCのメリットは大きく,安定期での長期・在宅での使用においても今後大いに期待される治療である.保険適用,加湿用の大量の水の手配など,いくつか問題はあるが,通常の酸素療法から,今後相当の部分取って代わられる可能性もある.
NPPVは1998年に初めて本邦で保険適応となり,急性期・慢性期の呼吸不全に使用される頻度が増えてきた.安定期COPDに対しては,1999年にCOPDの睡眠の質の低下・夜間低酸素・肺高血圧がNPPVで改善すると報告されたが14),2000年と2002年に,長期NPPVが重症COPD患者の予後を改善しないとの報告があり15,16),安定期COPD患者に対するNPPVの使用効果は懐疑的になった.
しかし2005年,Windischらのグループにより,高いIPAPと高いback up呼吸数による“High-intensity NPPV”が安定期COPD患者に良好な治療効果をもたらしたことが報告された17).因みにこの時のIPAPは平均 28 cmH2Oと非常に高く,back up呼吸数も21回/分とやや高めに設定されていた.またその後もDreherやMcEvoyらによる同様の報告が続き18,19,20),そして2014年,Köhnleinらによって,長期NPPV導入後にPaCO2が低下するCOPD患者においては,NPPVによって生命予後が改善したという大規模RCTの結果が示され21),これにより安定期COPDへのNPPVの効果は非常に有望となった(図4).因みにこのRCTのPaCO2の設定目標は,導入前より20%以上低下しているか,48.1 mmHg以下になっているかのいずれかとしていた.これで設定したIPAPは平均 21.6 cmH2O,back up呼吸数は16回/分と,前述のWindischらの報告に比し若干低めであった.
COPD患者の長期NPPVに関する報告
これを受けて2015年の日本呼吸器学会NPPVガイドライン改訂第2版では,慢性期COPD患者に対する長期NPPVについては,エビデンスレベルI,推奨度C1と(2006年のガイドラインでは,エビデンスレベルII,推奨度C※),エビデンス・推奨のレベルが向上した22).因みにこのガイドラインにおいては安定期COPD患者に対するNPPV治療につき種々の条件が記載されている.詳細は成書をご覧いただくとして,ここでは簡単に言うと,「高二酸化炭素血症があり,一定の試行期間を経て,有効かつ認容できると判断できること」がNPPV使用の条件であるとまとめられる.
ここで重要なのが高二酸化炭素血症である.Köhnleinの報告にもあるように,治療として重要なのはPaCO2をしっかり下げることである.南京都病院において,過去安定期のCOPD患者に長期NPPVを導入し,動脈血液ガスを導入時と6か月後に評価できた23症例を見ると,PaCO2は 71.8±15.2 mmHgから 58.3±12.1 mmHgへと,平均18.9%の低下を示していた.これは先のKöhnleinの報告にあるPaCO2が20%以上低下するという条件に極めて近いものであった.ここで興味深いのは,この南京都病院のデータにおけるPaCO2 18.9%の低下に要するNPPVの設定は,平均IPAP 10.9 cmH2O,back up呼吸数16.0回/分と,先のKöhnleinの報告(平均IPAP 21.6 cmH2O,back up呼吸数16.0回/分)に比べてずいぶんIPAP圧が低いことである.それもそのはずで,欧米人と日本人はそもそも体格差が著しい.大柄でしっかりした体格の欧米人と同じ圧を小柄でやせた体格の方が多い日本人にそのまま適応することは難しく,ここは実地臨床に携わる者のさじ加減が必要になってくると考えられる(これはあらゆる欧米のガイドラインについて言えることである).ともにCOPDで亡くなられたLeonard Nimoy氏(映画スタートレックのMr.スポック役の俳優)と桂歌丸氏(落語家)のお二人の体格は順に,184 cm,75 kg,165 cm,36 kgであったといえばイメージできるのではないだろうか23).
PaCO2を下げるということで言えば,本邦のCOPD患者に長期NPPVを導入した際,PaCO2を 60 mmHg以下に下げられた群と下げられなかった群に分けて追跡調査をすると,その後の生命予後は前者の方が有意に優れていた.また年単位でその後のPaCO2をフォローし,この上昇が 2 mmHg以下に抑えられていた群と 2 mmHg以上上昇していた群を比較してみると,前者の方が有意に生命予後がよく,さらに多変量解析をしてみると,PaCO2を下げることよりもPaCO2を低い値で維持することの方が生命予後に強い影響を与えたという結果になった(順にp=0.009, p=0.03)24).
というわけでまとめると
1.High Intensity NPPVは恐らく効果的である
2.COPD患者の長期NPPVにおいて大切なのは,いかにPaCO2を下げるか,そしてさらに大切なのは,そのまま低い値を維持できるかという点である.
3.欧米人と日本人との体格差には注意が必要である.
この3点が重要であると言える.
安定期COPD患者に対する低流量酸素療法・HFNC・NPPVにつき近年の知見を中心に述べて来た.中でもHFNCとNPPVの使用・使い分けについては諸説あり議論の余地も多く残されている.
一般的なこととして言えるのは,PaO2を上げる・PaCO2を下げるといった呼吸・換気補助そのものの確実性としてはNPPVの方にやや分がある.しかし設定の簡便さや患者さんの受け容れについては逆にHNFCの方に分がある.実際設定すべき項目は,HFNCでは酸素流量とFiO2の2項目だけなのに対し,NPPVは機種やモードによっても違うが,モード・IPAP・EPAP・呼吸回数・Ti max・Ti min・吸気トリガー・呼気トリガー・ライズタイム・フォールタイムなど10項目前後あり,これらの適切な設定にはある程度の経験や知識が必要である.
例えば,呼吸管理をカメラでの写真撮影と考えると,HFNCはスマホについているカメラ,NPPVはプロ仕様の一眼レフカメラと置き換えてみてはいかがだろうか.普通に写真を撮るということに関してはどちらもその目的は達せられる.しかし専門性や芸術性が問われる場面では一眼レフカメラが選ばれることが多いだろう.かと言って観光地での旅行写真や友達同士のラフな集合写真ぐらいならスマホのカメラで十分とも考えられる.でもカメラが趣味の人はそういう場面でも一眼レフを使うこともあるかも知れない.つまり,一義的にスマホにするべきだ・一眼レフにするべきだ,と決めつけるのではなく,撮影時の状況,撮影者の経験によって好ましいツールを使用すればいいのである.呼吸管理もこれと同じで,もちろん上記に述べて来た種々の知見は押さえておいた上で,患者さんの病態・希望・病院としての使用経験やスタッフの状況から提供できる医療内容など,全て加味して上手に好ましいツールを使い分けていくのがよいのではないだろうか.
また併せて言えば,NPPVもHFNCも,導入とその前後,リハビリテーション,薬剤・栄養の介入,在宅での詳細な計画立案など,さまざまな包括的サポートが不可欠である25,26).上手な呼吸管理をすること,PaO2を上げること,PaCO2を下げること,これらは極めて大切なことであるが,あくまでも手段であって最終目的は患者さんが笑顔で快適な生活を送ることである.そのために医療職全般が一丸となって努力し,知識と経験を蓄積していくことが大切であることを最後に付け加えたい.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.