2022 Volume 30 Issue 2 Pages 154-158
アドバンス・ケア・プランニング(以下,ACP)は,健康な人や病をもつ人が,自分の価値観や希望を明確にし,家族や医療者と人生の最終段階に望む医療やケアについて話し合うプロセスである.ここでは,重い病を持つ人を対象としたACP支援のポイントについて述べる.
医療者がACPの話し合いを実施するとき,患者の望む最期の療養の場所や,生命維持治療の方針など事前指示等の話題に焦点が置かれがちである.しかし,それらの話題を持ち出す前に,ぜひ患者に尋ねてほしい事がある.それは,本人が大切にしていること(価値観)や気がかり,やっておきたいこと等,患者の価値観や優先事項についてである.本稿では,医療者によるACP支援の手順と要点を解説し,病やその苦難と闘う人(患者)が,病と共に生きることの意味を見出し,自分の力や価値観,周囲の支えがあることを再認識する機会を得て,残された時間をその人らしく過ごすための支援ができることを目指す.
「自分のことは自分が一番よく知っている」とよく耳にするが,果たしてわれわれは,自分の価値観や,生きがい,理想,強みや弱みなど,真の自分をどの程度知っているだろうか? 実際には,自己認識を的確にできている人はわずかであると言われている.よく生きるためには,自分をよく知り,省みながら成長し続けることが求められるが,肝心となる自分の価値観や真にありたいと願う理想の姿は,多く表現されることなく,曖昧なままになっている.
アドバンス・ケア・プランニング(以下,ACP)は,重い病をもつ人が,自己の価値観や理想を明らかにして,それらを将来の医療やケアの方向性に反映させるための話し合いである.医療者がACP支援を始めようとするとき,病やその苦難と闘う人が,その意味を見出し,自分の力や大切にしていること(価値観),周囲の支えがあることを再認識する機会を持てるように意識することが大事である.そのような意識を持って効果的なACP支援ができると,患者は自分にとっての最善をより主体的に考えられるようになり,残された日々を自律的に「生きる」ことにつながる.このように,一人一人の患者の状況や気がかりを慮りながら話し合いを重ねるACP支援は,患者が病とともに自分らしく生きる「生き方を創造する手助け」であるとも言える.
我が国において総人口に占める高齢者の割合は28.8%と世界で最も高い1).年間約140万人が死亡する「超高齢多死社会」日本において,本人の希望と最善の利益を尊重した医療・ケアの方針決定により,エンド・オブ・ライフ(EOL)ケアの質を高めることは,最も重要な課題の一つである.将来の意思決定能力の低下に備えて,患者の価値観や,具体的な治療・ケアの希望について家族や医療者と話し合い,意思決定をするACPの過程で,医療者による適切なACP支援の重要性が,国内外で強く認識されている2,3,4,5).
しかしながら,厚生労働省による意識調査の結果,市民や医療者はACPを重要と捉えているが,ACPを詳しく話し合った事のある者は,わずか3%であることが明らかになった6).その解決策として,厚生労働省は2014年よりACPの支援者を育成する医療体制整備事業を推進してきたが,有効で具体的なACPの実践方法は広く周知されているとは言い難い状況である.また,ACPをわが国の文化や,医療の背景,法制度,患者の個別性を踏まえて適切に実践することは容易ではなく,医療者側にも患者側にも様々な課題や障壁が存在する.
ACPの定義について,現在国内外で主に用いられているものを表1に示す2,7).ACPには,健康な人も広く対象に含み,生涯を通じて長期にわたって連続して行われる話し合いから,病をもつ人々や人生の最終段階にある患者を対象とする話し合いまで,様々なバリエーションがある.本稿では,慢性疾患や重い病をもつ患者を対象とするACPに主眼を置くこととする.
①ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care: EAPC)の定義(2017)2) |
ACPとは,意思決定能力を有する患者が,自分の価値観を明らかにし,重い病を持つことの意味や将来について考え,今後の治療・ケアの目標や希望を明確にし,これらを家族や医療従事者と話し合えるようにすることである. ・ ACPは,身体,心理,社会,スピリチュアル面についての患者の心配事や気がかりを話し合うことも含まれる ・ 患者が意思決定できなくなった場合も,意向が尊重されるように,代理意思決定者を選定し,治療・ケアの選好を記録しておいて,定期的に見直すことが推奨される |
②厚生労働省の定義(2018)7) |
人生の最終段階の医療・ケアについて,本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス ・ 心身の状態の変化等に応じて,本人の意思は変化しうるものであり,医療・ケアの方針や,どのような生き方を望むか等を,日頃から繰り返し話し合うことの重要性を強調 |
多くのACPの定義で重要視されているのは,患者の「意思決定能力が損なわれる場合に備え」て,「患者・家族らと医療者」が,「本人の価値観や目標に沿った治療やケアの方向性」を,本人の意向や希望を大切にしながら,あらかじめ「繰り返し話し合う」ことである.
医療専門職はACPにおいて,どの様に患者を支援すればよいのだろうか.またACPにより,患者にはどのような利益や負担が予測されるだろうか.ここで,ACPの各過程における看護支援の実際や留意点をみてみる.
1) ACPのプロセスと支援のポイント医療者がACPにおいて患者と話し合うときに推奨されるプロセスと,ACP支援のポイントを,米国で開発されたSerious Illness Conversation Guide8)に基づき,表2にまとめた.医療者は表に示したプロセスに沿って,患者の病状や予後の理解を確認し,患者の価値観や目標,不安,患者の支えになるものや,患者の延命治療に関する選好などについて話し合う.
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話す順番や内容は適宜変更しても構わないが,医療者がACPに慣れるまでは,表2のような手引きに基づいて,順を追って話を進められることをお勧めする.
2) ACPを支援する際の留意点医療者がACPを支援する際は,以下の留意点を念頭におく必要がある(表3).
①予後が1年以内と想定される患者を優先的にACPの対象とする ②患者と医療者双方の不安に対処する ③主治医・看護師は,患者のケアに携わる他の専門職と連携し,必ずチームで協働する ④患者の同意を得て,患者が望む場合のみ話し合いを進める ⑤患者から強い感情が表出された場合,ACPを中断し,患者の思いを傾聴・理解に努めて,寄り添う,こころのケアに焦点を置く |
すべての重い病をもつ患者はACPの対象であるが,特に,予後1年以内と想定される患者は,優先的にその 対象としてフラグを立てる必要がある.筆者は「認知症などで,自分で自分のことを決められなくなった患者に,どのようにACPすれば良いですか?」のような質問をよく受けるが,本人が何らかの形で意向を表明できない場合ACPの対象にはならない.なぜなら,先述した定義のとおり,ACPは本人が希望を表明できなくなる場合に備えて,患者が家族や医療者に自分の価値観や意向を共有し,人生の最終段階における医療やケアの方向性を,時間をかけて検討する話し合いのプロセスであるからだ.このような事態を防ぐためにも,特に認知症や悪性脳腫瘍など,認知機能が比較的早期に損なわれる疾患の場合,ACPをなるべく早い段階で開始することが推奨される.また,認知症では初期から中等度までの早期の段階で,ACPのプロセスを開始しておくことが望ましい9,10).
② 患者と医療者双方の不安に対処する病気が進行して,身体の自由がきかなくなる時のことを想像することは,患者や家族の不安を伴う.また,医療者にとっても,同時にそのような話題を持ち出すことは不安要素となる.ACPをファシリテートする役割を担う医療者は,ACPの目的や,利益を念頭に,それらの不安に上手く対処できることが望まれる.先述の通り,手引きに沿って話し合うことによって,医療者の不安軽減が期待できる.また,患者や家族には,Hope for the best and prepare for the worst.の心構えで接し,「最善を望みつつも,最悪の事態に備えましょう.たとえ事態が悪くなっても,我々はできる限りあなたのお力になります.」と,継続的に関わり,最善を尽くす姿勢があることを伝える.表2の⑤にある様に,今後も継続して支援する体制を保証することで,不安軽減につなげたい.
③ 主治医・看護師は,患者のケアに携わる他の専門職と連携し,必ずチームで協働する図1に示したように,ACPでは,患者本人を中心として,主に患者の治療を担当する医師と看護師が密に連携し(図1-A),ACPの開始時期や話し合いの内容を相談しながら進める,チームアプローチが大切である.患者のニーズに応じてその他の専門職との連携体制も構築し,適宜情報を共有しながら,ACP支援を協働することができれば,理想的であろう(図1-B).
ACP支援における多職種チーム・アプローチ
ACPは重要な取り組みであるが,決して患者や家族に強要してはいけない.「今は病気を治すことに専念したいので,もう少し後にしてください.」という様な反応を示す患者もある.その様な場合であっても,ACPの目的だけでも伝えられていれば,後に状況が変わった時に,ACPの話し合いを再開することが可能だ.また,代理意思決定者を確認することは可能である.筆者の経験から,ACPはまだ早いと考えていても,代理意思決定者の心づもりがある患者は多い.
⑤ 患者から強い感情が表出された場合,ACPを中断し,患者の思いを傾聴・理解に努め,寄り添う,こころのケアに焦点を置くこれまでに述べたように,ACPは病状が悪化した場合や,重篤な状態を想像して話し合われるため,患者は言葉に詰まったり,涙を流したりと,強い感情を呈することがある.そのような場合,医療者はACPの話し合いを中断して,患者の思いや考えを傾聴して理解に努め,気持ちに寄り添う,こころのケアへと転換することが重要である.
医療者が適切にACPを支援することで,患者の大切にしていることや,将来の医療やケアに関する選好が明らかになり,患者中心の医療やケアの提供が可能となり,患者の不安や抑うつが改善することが報告されている11).同時に医療者は,患者の価値観に基づく治療や療養の方針について,家族を含めて話し合えるように促すことで,将来患者が意思決定能力を失った際,患者の具体的な意向とその根拠となる価値観が明らかになり,家族が代理意思決定する心的負担も軽減されるため,遺族の抑うつ傾向の減少など,好ましい結果につながることが明らかになっている5,11).
また,ACPの支援によって,患者と医療者のコミュニケーションの質が向上するのみならず,患者が大切にしていることを家族に伝えられることで,患者と家族の関係性もより親密になり,合意形成がスムーズになるとも言われている.身近な人との調和を重んじる日本の患者にとって,ACPの話し合いのプロセスを家族と共に経ることで,家族の理解や協力が得られることは,大きな安心や支えとなり得る12).
このように,多くのACPによる利益が明らかになりつつある一方で,医療者や患者・家族は様々なジレンマを体験している.例えば,筆者らが実施したシステマティックレビューにより,医療者のACP支援の困難感を高め,実践を阻む要因に,①調和を重んじ,明確な意思表示を避ける患者にACPを支援する日本文化適用することへの障壁や,②患者に精神的苦痛を与えることを危惧し,知識・技術不足からACP支援を躊躇する支援の障壁,③看護師-医師間の協働体制の不備や時間や人員確保の難しさをはじめとする医療資源不足を含む医療システムの障壁等が抽出された13).
患者や家族にとってのACPの課題に着目すると,多くの患者や家族にとっては,病気が進行して,人生の最終段階をイメージすること自体が困難である上に,精神的苦痛も伴う.また,ACPは「個人」の自律的意思決定を重んじる西洋医学領域において有効性が実証され,導入された概念であるが,日本人は,家族などの「集団」の調和を重んじる文化特性があり,患者は自己主張を避ける傾向にある.このため,ACPにおいて患者の将来の医療・ケアに関する意向の把握が困難であるといった,患者・家族側の障壁も確認されている14).
これらの障壁を克服するために,これまでに国内外で様々な取り組みが進められ,一定の成果が得られている.今後は,これらのエビデンスを現場に実装する活動が望まれる.
患者の医療・ケアを担うほぼ全ての医療専門職は,ACPに携わることが出来ると言われているが,ACPの話し合いの導入は,患者のことをよく知り,継続して診療やケアに関わってきた専門職が担当することが最も適切である15).通常の医師による診療では,患者一人当たり,15分程度の時間しか確保できないことが多い.このため,まず主治医からACPの目的を紹介できるようなパンフレット等の紙面を患者に手渡し,今後ACPについて少しずつ相談を進めていきたいことを伝えるところから始めると良いだろう.また,日頃ACPで連携を図っている看護師や,ACPの研修やトレーニング受講済の医療ソーシャルワーカーなどのスタッフがいる場合,それらのスタッフを患者に紹介して,具体的な相談の予定を立てることも有効である.
患者は過去の経験から,重要な話し合いは主治医がイニシアチブをとるものであると認識していることが多く,医師以外の職種がACPの話し合いを行うことを期待していないことが多い.しかし,どんなに患者が信頼を寄せる主治医であっても,治癒が期待できない患者にACPの話し合いを進めるこを躊躇することが報告されている16).単独の職種のみがACPを担当することは避け,多職種チームで情報交換しつつ取り組むことによって,より有効なACPの話し合いが可能となるだろう.
例えば,看護師は,対人関係に基づいて看護ケアを実践する職種である.看護師は,医師と密に連携を図ることで,ACPの各過程を患者の病態や生活状況,個性に応じて調整しながら,看護の基本的スキルである傾聴や共感の技術を活かして,ACPを円滑に支援できる職種であると言えよう.きめ細やかな関わりで患者のもつ力を引き出し,希望をつないで,ウェルビーイングを促進するACPの支援を担当する者として,欠くことのできない存在であると言える.
病やその苦難に直面する患者が,その意味を見出し,自身の力を再認識するきっかけを得ることで,自分にとっての最善を考え,人生の舵取りに最善を尽くした,と誇りをもって,残された人生を自分らしく生きることを可能とする援助.それがACPにおいてわれわれ医療専門職に期待される役割である.ときにはACPは難しい,時間がないからできないと,悲観的になることもあるかもしれないが,世界中の医療者が挑戦しつづけているテーマであり,このような悩みを抱えるのは決してあなただけではないだろう.先述したACPの支援のポイントに沿い,少しずつ自身のスタイルにあわせて試行を重ねてほしい.そして,一人ひとりの患者との丁寧なACPをきっかけに,他の職種との絆や,地域と病院との連携体制も,同時に紡がれていくことを期待したい.
これを機に,みなさまの日々のケアの中で,患者にとって大切なことを聴く機会が増え,患者の希望をつなぐACP支援の輪が少しずつ広がってゆくことを祈念している.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.