要旨
人工膝関節全置換術のリハビリテーションは術前期,急性期,回復期,維持期に分けることが出来る.これまで諸外国を中心に各々の時期のリハビリテーションに関するエビデンスが蓄積されてきている.具体的には術前からの患者教育を含めたリハビリテーションが術後の期待値調整や不安の軽減に有効であることが示唆されている.急性期から回復期では低周波刺激装置を用いた筋力トレーニングが術後の筋力回復に効果的であることが報告されている.一方,回復期から維持期では,身体活動量の向上が目標の1つとなるが,身体活動量向上のための介入方法に関するエビデンスは極めて少ない.当院ではこれらのエビデンスを元に,術前患者教育を含めた介入,術後翌日からの低周波刺激を併用した筋力トレーニング,回復期から維持期での身体活動量向上を目的としたウォーキングプログラムを実施してきた.本論文ではシンポジウムにて発表した内容をまとめることとする.
緒言
人工膝関節全置換術(Total knee arthroplasty; 以下TKA)は変形性膝関節症による疼痛や運動機能低下の改善を目的にわが国では年間3万人以上に施行され1),人口の高齢化を背景にその件数は年々増加している.TKAによる疼痛や運動機能の改善といった効果を最大限に引き出すためには,術前や術後の運動療法などの理学療法を含む,エビデンスに基づくリハビリテーションが重要である.わが国ではTKA前後のリハビリテーションに関するガイドラインは認められないため,本稿では近年報告されているシステマティックレビューやアメリカで発表されたガイドライン2)(図1)をもとに,TKA前後のリハビリテーションのエビデンスと今後の課題をまとめる.
術前
1) 患者教育
近年発表されているシステマティックレビューでは,患者教育は術後の機能回復および在院日数の短縮に有効であると報告されている3).特に,患者が術前にうつや不安などの精神的な問題を抱えている場合には,その軽減に効果的であることや,手術に対して過度な期待を頂いている場合には,その期待値調整に有効であるとされている4).
これらの報告に基づき,当院でも術前から患者教育を行っている(図2).この際パンフレットやDVDを用いて大まかな術後経過を説明し,患者と術後のイメージを共有していく.先ほどの報告の通り,患者によっては「術後は強い痛みのためしばらく動けないのではないか」と過度な不安を抱いている場合や,「術直後から疼痛なく歩くことが出来る」と過度な期待をいだいているものもいる.またTKA後には正座が困難となり,ランニングなどの高負荷スポーツは推奨されない5)など人工関節にも限界があるが,これらの事柄を十分に理解していない患者もいる.術後の患者満足度は術前の患者期待値に影響されるため6),術前から手術に対する期待値の擦り合わせを十分に行っておく必要がある.
2) 術前リハビリテーション
理学療法士による筋力強化や柔軟性改善を目的とした術前リハビリテーションは推奨度「中」である2).Calatayudら7)は,術前リハビリテーションは術後の可動域や筋力さらに動作能力の改善に有効であるだけでなく,在院日数の短縮にも有効であることを報告している.さらにEvgeniadisら8)は,術前からリハビリテーションは,患者の精神面にも好影響を与える可能性を示唆している.しかしながら,術前リハビリテーションの強度や頻度,さらにその期間に関しての統一した見解は無いのが現状である.
当院でも手術申込から手術までの待機期間の間,2-4週に1度の頻度で理学療法士による術前リハビリテーションを行い,徒手療法に加え,筋力向上や可動域改善を目的としたホームエクササイズを指導している.ホームエクササイズの指導はパンフレットを用い,自宅でも継続するように伝え,来院の度に理学療法士が自宅でのエクササイズが適切に行えているかを確認している.
術後急性期・回復期
1) 理学療法開始時期と寒冷療法
ガイドラインでは手術後24時間以内にリハビリテーションを行うべきであるということが推奨度「中」で記載されている2).先行研究では,24時間以内にリハビリテーションを開始した群は,48-72時間以内にリハビリテーションを開始した群と比較し,入院期間が短く,疼痛が少なく,可動域や筋力も優れており,歩行能力やバランス能力も高くなることが報告されている9).これらに加え,我々が行った研究では手術当日から立位保持を行うことで,深部静脈血栓症の予防効果を有することが示唆されている10).したがって,手術後は可及的早期にリハビリテーションを開始することが望ましい.
術後急性期からリハビリテーションを開始する上で問題となることの1つに疼痛がある.ガイドラインでは疼痛コントロールのために積極的に寒冷療法を行うことが推奨度「中」で記載されている2).術後の寒冷療法は,疼痛や腫脹の軽減や,可動域拡大に有効であることが報告されている11).我々もリハビリテーション時にはブロックアイスを用いるとともに,自室ではアイスバッグや氷枕を使用するなどして,積極的な寒冷療法を行っている.
2) 大腿四頭筋への電気刺激療法
ガイドラインでは筋力強化,歩行能力等の改善のために電気刺激療法を行うべきであるということが推奨度「中」で記載されている2).TKA後には大腿四頭筋筋力が著明に低下し12),この大腿四頭筋の筋力低下がバランス能力や歩行能力の低下につながる.したがって,この大腿四頭筋筋力の低下の改善が動作能力の向上の鍵となる.先行研究では,TKA術後の大腿四頭筋への電気刺激が術後3.5週以降の膝伸展筋力の回復に有効であり13),また術後6週および12週の歩行能力の改善に効果的であることが示されている14).我々が行った研究においても,急性期から大腿四頭筋に電気刺激療法を行うことは大腿四頭筋筋力を向上させ,早期の杖歩行自立につながることが示唆され,当院の臨床の場でも取り入れている15)(図3).
維持期
維持期に該当すると思われる記載はガイドラインには認められない2).臨床的にはこの時期に重要となると考えられるのが身体活動量の向上である.身体活動量の向上には,身体機能の改善や転倒リスクの軽減,死亡率の低下や認知機能の向上など多くの利点がある16).膝OA患者は疼痛のため身体活動量が低下しており,その多くが1日に必要とされる身体活動量を満たしていない17).TKA後には疼痛の改善が得られ,歩行能力も向上するため,術後には身体活動量が向上すると予想されるが,実際には術後6か月時点でも術前と比較し身体活動量は大きく変わらないことが明らかとなっている18,19,20).身体活動量を向上させるためには,TKA患者において身体活動量を低下させている要因を明らかにし,有効な介入方法を考える必要がある.
我々はTKA患者を対象とし,身体活動量の指標としてLife space assessment(LSA)を用い,それに影響する因子を検討した21).その結果,術後6か月のLSAには移動能力(Timed up & go test)と歩行に関する自信(modified Gait Efficacy Scale)が関連することが明らかとなった.この結果より,TKA患者では移動能力に加え,歩行に対する自信の低下が身体活動量の低下につながっている可能性が示唆された.さらに我々はこの結果をもとに,歩行に対する自信の向上を目的としたウォーキングツアーを実施した22).このウォーキングツアーは,階段や不整地,スロープなどを含む全長 3 km程度のコースを参加者および医療従事者とともに歩くものである.ウォーキングツアー実施後にはmGES,LSAとも有意に向上する結果となった(図4).実際の参加者からの感想では「階段を実際にやってみて出来ることが分かり,歩くことに自信がつきました」といったものや「他の参加者が歩いているのを見て励みになりました」といったものがあった.先行研究では,自己効力感を高めるために「遂行行動の達成」「代理的経験」「言語的説得」および「情緒的喚起」の4つが重要であると報告されている23).参加者からの感想はこの中でも「遂行行動の達成」と「代理的経験」にあたるものであり,ウォーキングツアーはこれらを通して歩行に関する自己効力感の向上に寄与し,結果的に身体活動量の向上に有効であったと考えられる.
今後の課題
ここまでTKA前後のリハビリテーションのエビデンスの現状をまとめてきたが,ここからは今後の課題として,1)エビデンスに基づくリハビリテーションの実施割合を高めること,2)我が国特有のプロトコルを作成し,エビデンスを蓄積していくこと,の2点を挙げ,下記にその内容をまとめる.
1) エビデンスのある治療の実施割合を高めること
これまでにも述べた通り,ガイドラインでは術前リハビリテーションの推奨度は「中」となっている2).したがって,我が国においても術前からリハビリテーションを取り入れるべきであると考えられる.しかしながら,我々が行った調査では術前からリハビリテーションを実施している施設は45.4%であった24).また,continuous passive motion(以下CPM)の使用も「初回TKAには使用すべきでない」ことが推奨度「中」で記載されている一方で2),我々の調査では,CPMを使用している施設は64.8%にのぼった24).CPMは物的および人的コストがかかる一方で,関節可動域や運動機能の改善,深部静脈血栓症の予防に対しての効果は確立されておらず25,26),使用しないことが推奨され標準的であるとされている2,27).これらより,TKAリハビリテーションプロトコルとしてどのようなことを行うことが推奨され,標準的であるかを周知していくことが重要であると考えられる.
2) 我が国特有のプロトコルを作成し,エビデンスを蓄積していくこと
我が国のTKA後の入院期間は35.1日と報告されており28),アメリカの3.8日29)やデンマークの4.0日30)と比較し非常に長く,在院日数を含めた医療状況が大きく異なることが予想される.したがって,他国でのエビデンスがそのまま我が国にも適用可能かを検証する必要がある.また,それと並行し,我が国独自のエビデンスを蓄積するとともにガイドラインを作成し,周知・徹底していく取り組みが必要となると考える.
まとめ
本稿では運動器疾患の中でもTKA前後のリハビリテーションに焦点を当て,現状と今後の課題についてまとめた.繰り返しになるが,TKAによる疼痛や運動機能の改善といった効果を最大限に引き出すためにはエビデンスに基づいたリハビリテーションを行う事が必要となる.したがって,臨床の現場では,報告されているエビデンスを周知・徹底する姿勢が求められるとともに,新たなエビデンスを蓄積していくための学術活動も必要となると考えられる.
著者のCOI(conflicts of interest)開示
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.
文献
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