2022 Volume 30 Issue 2 Pages 172-176
呼吸困難(息苦しさ)とは,呼吸に伴う違和感,不快感または苦痛感である.呼吸困難感の大きさは,基本的には呼吸努力の大きさによって決まる.くわえて,努力に見合う換気量が得られているか否かも関係し,さらには,低酸素血症や高炭酸ガス血症も呼吸努力の大きさとは独立して呼吸困難感を生じさせる.呼吸努力の大きさ,低酸素血症,高炭酸ガス血症といった情報は,脳幹において統合され,上行覚醒系を通って大脳辺縁系や大脳皮質に伝えられ,それらの刺激の大きさをどのくらい大きいと感じるかという感度(息苦しさの感度)により,最終的な呼吸困難感の大きさが決まる.したがって,呼吸困難に対処するためには,呼吸困難の知覚や日常生活への影響だけでなく,精神的な苦痛を考慮する必要がある.
呼吸に伴う不快な感覚であって,主観的なもの.一秒量(FEV1)や酸素飽和度(SpO2)のような客観的指標とは根本的に異なる.したがって,同程度の呼吸機能障害の人が同程度の呼吸困難を有するとは限らない.さらに,呼吸困難は単一の感覚ではなく,質的に異なる複数の感覚が重なり合って生じてくる.2012年の米国胸部疾患学会(ATS)の声明1)では,“a subjective experience of breathing discomfort that consists of qualitatively distinct sensations”(質的に異なる感覚からなる呼吸不快感の主観的体験)と定義されている.
2. 呼吸困難はよくある訴え呼吸困難は日常診療においてしばしば見られる訴えである.急性期3次病院を受診する患者の50%に呼吸困難があり1),慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の82%には何らかの呼吸困難症状があるとされる2).
3. 呼吸困難は命に関わる重要な臨床症状急性の呼吸困難は,喘息,気胸,肺炎,心不全,肺水腫,肺塞栓,ARDS,心タンポナーデ,喉頭浮腫など生命を脅かす疾患の徴候であるので,急性の呼吸困難を訴える患者さんを見たら,まず原因となる疾患を特定し,それに対する治療を行わねばならない.また,COPDにおいては,入院や死亡の予測因子(BODE index3))であり,5年生存率とはFEV1よりもよく相関する4).
呼吸困難が質的に異なる複数の感覚からなっているということは,呼吸困難を表す言葉が多様であることから理解される.また,それぞれの表現によって,何が呼吸困難を生じさせているのかが類推できる.例えば,「息が切れる」と言った場合は,運動時や気道抵抗負荷時など,呼吸努力(work/effort)の大きさが増していることを表しているし,胸が重苦しい,あるいは圧迫感(chest tightness)があると言った場合は,気道の狭窄や気管支の収縮に関連して呼吸困難が生じていることを示している.また,息が追いつかない,吸い足りないと言った場合(air hunger)は,呼吸の必要量に対して最大吸気量(inspiratory capacity; IC)が不足している状態を示している.COPDの場合,実際には呼気の流速制限により息を吐くのが難しいのであるが,患者さんの訴えとしては「息が吸えない(吸い足りない)」となることが多い.
呼吸困難の大きさは,基本的には呼吸努力の大きさによって決まる.呼吸努力は,意識的に呼吸している場合は大脳皮質が,無意識に呼吸している場合は脳幹がその信号源であるが(表1),いずれにしても,健常者,閉塞性肺疾患患者,間質性肺疾患患者における労作時の呼吸困難は呼吸努力の大きさと関連しており,疾患の有無に関わらず呼吸努力の大きさが労作時の呼吸困難を生じさせている5).くわえて,努力に見合う換気量が得られているか否かも関係し,その信号源は呼吸筋の筋紡錘であるとされる.さらには,低酸素血症や高炭酸ガス血症も呼吸努力の大きさとは独立して呼吸困難を生じさせる6,7)(図1).一方,肺伸展受容器からの求心性入力は,それが失われた両肺移植患者と健常者の息こらえ時の呼吸困難の比較から,呼吸困難を軽減させる働きがあると考えられている8).また,吸気時に吸気筋である上部肋間筋を刺激し,呼気時に呼気筋である下部肋間筋を刺激する同位相の胸壁振動刺激は呼吸困難を軽減させ,吸気時に呼気筋である下部肋間筋を刺激し,呼気時に吸気筋である上部肋間筋を刺激する逆位相の胸壁振動は呼吸困難を増悪させる(図2)9).
信号源 | 刺激 |
---|---|
脳幹,頚動脈体 | 運動,高炭酸ガス血症,低酸素血症 |
大脳皮質 | 意識的な呼吸 |
大脳辺縁系 | 情動 |
呼吸筋の筋紡錘 | 呼吸努力と換気量の乖離 |
気道のC線維 | 気道内の痰などの刺激物 |
肺伸展受容器(呼吸困難の軽減) | 肺の膨張 |
運動時とCO2再呼吸時の換気量と呼吸困難感の関係.同じ換気量でも,運動時よりCO2再呼吸時の方が呼吸困難は強い.
呼吸困難に対する胸壁振動の効果.同位相の胸壁振動刺激は呼吸困難を軽減させるのに対して,逆位相の胸壁振動刺激は呼吸困難を増悪させる.
様々な呼吸困難の計測法が存在する中で,どの計測法を選択するかは,呼吸困難のどのような側面を計測したいかによる.逆に,呼吸困難を何らかの方法を用いて計測する場合,その計測法が呼吸困難のどの側面を計測しているかを理解しておく必要がある.現在使用されている計測法の対象は,①呼吸困難の知覚,②日常生活への影響,③精神的苦痛の3領域に大別される(表2).
■呼吸困難の知覚 ➢Borgスケール,視覚アナログスケール(VAS) ■日常生活への影響 ➢MRCスケール,Fletcher & Hugh-Jones分類 ■精神的苦痛 ➢HAD, STAI ➢BCS(Breathlessness Catastrophizing Scale) |
その人が感じている呼吸困難の強さを計測する方法としては,Borgスケールと視覚アナログスケール(visual analog scale; VAS)がある(図3).修正Borgスケールは,0から10の数字に呼吸困難の強さを表す言葉を割り振って示し,その人の知覚する呼吸困難に相当する数字を言ってもらうものである.また,VASは長さ10cmの線分の一端を「全く息苦しくない」,他端を「考えうる最大の息苦しさ」と定義しておいて,その人の知覚する呼吸困難に相当する線分上の位置を示してもらうものである.
修正Borgスケール(A)と視覚アナログスケール(B).
呼吸困難を日常生活への影響という側面から評価する方法としては,古くはFletcher & Hugh-Jones分類,現在ではそれから派生したMRC息切れスケール(Medical Research Council dyspnea scale)が一般的に用いられている.気をつけなければいけないのは,この英国発祥のMRC息切れスケールは,各国に導入されるにあたって様々に改変されたので,一口にMRC息切れスケールといっても,どの国のいつの時代のものかによってグレード分類が異なるということである.日本でも2004年発行の日本呼吸器学会のCOPDガイドライン10)ではヤード表示の6段階スケールであったが,2018年のCOPDガイドライン11)では,メートル表示,5段階スケールとなっている(表3).
■グレード0 ➢激しい運動をしたときだけ息切れがある. ■グレード1 ➢平坦な道を早足で歩く,あるいは緩やかな上り坂を歩く時に息切れがある. ■グレード2 ➢息切れがあるので,同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い,あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時,息切れのために立ち止まることがある. ■グレード3 ➢平坦な道を約100m,あるいは数分歩くと息切れのために立ち止まる. ■グレード4 ➢息切れがひどく家から出られない,あるいは衣服の着替えをするときにも息切れがある. |
精神的苦痛は,従来,HAD(hospital anxiety and depression scale)やSTAI(state-trait anxiety inventory)といった一般的な抑うつや不安などの精神状態を評価する質問表で定量評価されてきたが,最近では,息切れに対する気持ちや考え方に特化した質問表であるBCS(breathlessness catastrophizing scale)12)も用いられるようになってきている.
最終的な呼吸困難の強さは,刺激の強さによってのみ決まるわけではなく,刺激の大きさをどのくらい大きいと感じるかという感度で増幅/減衰されて感じられる.そして,その感度は精神状態と大きく関わっている.そのことを私が実感したのは,淡路島の小さな医院で開業していた時のことである13).台風の日にCOPDの患者さんが急に息苦しくなり,医院にやってきた.あいにく,その時私は往診に行っていた.患者さんは,やむなく休日夜間等応急診療所に行ったが,そこも閉まっていた.患者さんの息苦しさはますます激しくなった.救急病院に行こうか,いやその前にもう一度かかりつけ医のところへ行こう,と患者さんが医院の前に着いた時,私も往診から戻ってきた.患者さんはこうおっしゃられた.「先生の顔を見たら,苦しいのが,すーっと楽になっていきました.」心の状態が息苦しさの感度を大きく左右するということを教えられた忘れられないエピソードである.
Evansら14)は,被検者の換気量を人工呼吸管理によって調節することによって呼吸困難を生じさせた時に,どの脳部位が活性化されるかを,機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging; fMRI)で検討した.その結果,全ての被検者に共通して前島皮質が活性化しており,また同部位の活性化は他の研究でも報告されていることから,島皮質が呼吸困難の知覚に根本的に関わっており,呼吸困難に関係する他の脳領域とネットワークを形成していると結論付けている.ちなみに,島皮質は上行覚醒系より恒常性に関する求心性の情報(低酸素,高炭酸ガス,低血圧など)を受け,扁桃体や前帯状皮質などの大脳辺縁系に送っている.特に前島皮質は感情の源泉といわれている.また,Stoeckelら15)は,BCSと呼吸困難時の神経活動との関連性について検討した結果,BCSと呼吸困難負荷時の神経活動には関連性がなかったが,呼吸困難を予感したときの前帯状皮質の活動とBCSの間には正の相関があったことから,不安に駆られて息苦しさがどんどん激しくなる人は,息苦しさを予感した時,前帯状皮質が強く活動すると結論付けている.
呼吸困難の薬物療法としては,オピオイドが第一選択薬となっている16).終末期の呼吸困難に対するオピオイドの有用性に関しては,2016年のCochrane reviewに否定的な見解が出されたが17),その後に,やはりオピオイドは有用であるとのメタ解析が報告されている18).緩和効果は,呼吸中枢における呼吸出力の低下と島皮質や前帯状皮質を介する呼吸困難の感受性の低下によると考えられる.用量を調節すれば,酸素化や予後には影響しないので,持続的な呼吸困難をとるように,積極的な使用が推奨されている.
呼吸リハビリテーションはCOPDの呼吸困難に有効であるが,呼吸困難の知覚強度は必ずしも改善せず,精神的苦痛や日常生活への影響が軽減する19,20).COPDの呼吸リハビリテーションにおいて重要なのは,運動療法とセルフマネジメント教育であり,なかでも身体活動レベルを維持させることが重要である.COPD患者では,呼気流速制限のために運動時にEELV(呼気終末時肺気量)が上昇していって「吸いしろ」が不足する傾向にあるので,吐くことを意識して呼吸するように指導するのが良い(図4).
COPD患者における運動時の最大吸気量(IC)の変化.運動に伴い,ICが減っていく傾向にある.IC:最大吸気量;EELV:呼気終末時肺気量;ERV:予備呼気量;RV:残気量.
1.呼吸困難の診断/治療においては,原因となる疾患の特定と,それに対する治療が最優先される.
2.慢性の呼吸困難の治療は,身体的治療だけでは効果は十分でなく,精神的苦痛に対する対応が求められる.
3.COPDにおける呼吸困難の軽減には,運動療法,セルフマネジメント教育,身体活動性の維持が重要である.
本稿は,2021年3月19日~20日に開催された第30回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会において,日本呼吸器学会呼吸管理学術部会/日本緩和医療学会との共同企画「呼吸困難を考える」で講演した内容を書き下ろし,一部加筆したものです.講演の機会を与えてくださいました陳 和夫 大会長,座長の労をお取りくださいました桑平 一郎先生,高橋 仁美先生に感謝申し上げます.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.