The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
Joint Projects
Pros & Cons of ARDS treatment steroid therapy: a cons perspective
Kazuya Ichikado
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 30 Issue 2 Pages 181-184

Details
要旨

ARDS診療におけるステロイド療法について,ステロイドを投与すべきでない対象疾患,ステロイドの投与量,投与時期,投与期間など,現在までの知見で判明している問題点を概説した.インフルエンザウイルス感染,ARDS発症から14日目以降はステロイドを投与すべきでない.我が国の呼吸器内科専門医施設で用いられることの多いステロイドパルス療法は,ARDSに対しては,近年否定的なデータが報告されている事を認識する必要がある.疾患や病態によって,ステロイドが負の効果を示すため,呼吸器内科医として,“とりあえずパルス療法”の考え方を改める事を強調したい.

ARDSへのステロイド治療・我が国の現状

ARDSへのステロイド治療の現状について,日本呼吸器学会専門医施設全国296施設へのWeb調査1によると,投与しない施設はわずか11%に過ぎない.また,ステロイドを使用する施設の約70%はステロイド大量療法(いわゆるパルス療法)が用いられているという驚くべき結果であった.ステロイドへの考え方は,ARDS診療に関わる呼吸器内科医と集中治療医との間でも異なるため,上記データは,呼吸器学会専門医施設の実状を反映したものと考えられる.

ステロイドの投与量・投与時期・投与期間

ARDSへのステロイド投与に際し,どのくらいの投与量を,どの時期に,どのくらいの期間投与するかという臨床的課題が常に問題となってきた.

1) ステロイド大量(パルス)療法の負の効果について

呼吸器内科医では,ステロイドパルスが行われることが多い我が国の現状と対照的に,パルス療法は欧米では一般的ではない.欧米でパルス療法が施行されなくなった契機となった報告2が代表的である.米国の7つの大学病院から99症例のARDSに対して,発症から約30.7時間の早期に,メチルプレドニゾロン(mPSL)30 mg/kgを6時間間毎に1日のみ投与する群と,プラセボ群を比較した無作為二重盲検試験の結果,45日死亡率,臨床的な改善(X線所見,酸素化)は認められず,また感染症の合併率(ステロイド群16% vs. プラセボ群10%)にも有意差は認められなかった.体重 50 kg換算でも,1日 6 gものメチルプレドニゾロンが用いられており,1日だけの投与と,用量設定と投与期間の問題は否めない.

近年においても,大量療法についての否定的な報告が我が国のデータを用いた報告で認められる.2012年のDPCデータを用いた解析3では,診断から7日以内にステロイド治療がなされたARDS 2707症例を,高用量群927例と非高用量群1780例に分けて予後を解析したところ,高用量群は死亡に対して,weighted HR 1.59(95%CI, 1.37-1.84, p<0.001)と死亡リスクを上昇させることが明らかとなった.

また,我々の施設の前向き集積した190症例のARDS(約90%は肺炎,誤嚥,敗血症を原因病態とする)を高用量群と低用量群に分けて,傾向スコアを用いて背景をマッチングさせた解析4においても,高用量ステロイドは,人工呼吸器離脱を有意に延長させ,60日死亡率を高める傾向が確認された.感染症を契機に発症することの多いARDSにおいては,ステロイドパルス療法が負の効果として働く可能性が示唆される.

高用量ステロイドの追加が死亡率の改善効果を認めない報告は,非エイズ症例におけるニューモシスティス肺炎(PCP)でも確認されている.2010-2016年のDPCデータの傾向スコアによるマッチング解析5では,PaO2 60 Torr以下の重症例と中等症(PaO2>60 Torr)に分けた場合に,day 60における全死亡に対して,重症例でのみ,調整HR 0.71(95%CI 0.55-0.91, p=0.006)とリスクを減少させ,その投与量も0.40-0.71 mg/kg/day の中等量にて,調整HR 0.37(95%CI 023-0.58, p<0.001)であった.体重あたり,1.04 mgを超える高用量での死亡率改善効果は認められなかった.

2) ステロイドを投与すべきでない時期

NIHのARDS Networkから2006年に発表されたRCT研究6は,発症7日目以降の中等量mPSL 2 mg/kg/dayのARDSへの有効性を検討されたものであり,7-13日までと,14日目以降の投与群に分けて解析されている.このうち14日目以降に投与された場合では,mPSL群は,プラセボ群より有意に60日死亡率,180日死亡率ともに悪化することが確認された.この結果から,発症14日目以降にはステロイドは投与すべきでないと判断される.

3) ステロイド投与期間は一定日数以上である必要がある

ステロイドの投与期間に関わる知見は,ステロイドによるARDSに伴う過剰な炎症反応の継続的な抑制効果を期待したものである7.よって,一定の日数の継続が必要となる.COVID-19へのデキサメサゾン 6 mg/dayの効果が確認されたRecovery study8では,サブグループ解析によって,28日死亡リスクの改善効果は,投与期間が最低8日間は必要(Rate ratio, 0.69 95%CI 0.59-0.80)であり,7日以内ではリスク改善は得られなかった(Rate ratio, 1.01, 95%CI 0.87-1.17).

ステロイドを投与すべきでない対象疾患

インフルエンザ,インフルエンザ肺炎・重症インフルエンザ肺炎,インフルエンザARDSの全てのインフルエンザ感染病態において,ステロイドは投与すべきではないことがメタ解析で明らかになっている9,10.2019年のコクランレビュー10では,Day 30における死亡,ICU入室,人工呼吸導入,そして有害事象としての院内感染の全てにおいて,リスクを上昇させることが報告されている.また,スペインの148施設のICUにおける重症インフルエンザ肺炎1846例へのステロイド追加療法の効果を傾向スコア解析した報告11では,mPSL 80 mg/day中央値7日間のステロイド治療群604例と非投与群1,242例を比較している.有意にステロイド治療群の全死亡率(27.5%)が非投与群の死亡率(18.8%)より高く,傾向スコアマッチング後の比較でも,ステロイド治療は全死亡のリスクHR 1.32(95%CI 1.08-1.60, p<0.01)を上昇させることが確認された.

インフルエンザ感染にステロイドを投与すべきでない理由は,H1N1インフルエンザパンデミックの際に確認された点として,ステロイドがウイルスのクリアランスを遅延させることで死亡率が上昇するためである12

ウイルス感染の際の免疫反応として,インターフェロン,サイトカイン転写因子であるNF-κBの活性化により,サイトカイン産生亢進・マクロファージ・好中球の活性化によりウイルスのクリアランスが行われる.ステロイドの投与により,この免疫反応が抑制されることで,ウイルスのクリアランス遅延が起こると考えられている13

COVID-19におけるステロイド

COVID-19に対するステロイドの知見は,Recovery study8以後日々更新されており,ここでは,無作為プラセボ比較コントロール試験やメタ解析の結果をレビューするが,今後新たな知見が判明してくる事が予測される.

1) 効果が確認できていない重症度

Recovery study8で明らかとなった点は,酸素療法を要する中等症以上の症例において,デキサメサゾン 6 mg/day 10日間の投与にて,28日死亡リスクを軽減させること,特に侵襲的人工呼吸を要する重症患者群でのリスク軽減効果が高い.一方で,酸素療法を要しない症例では,リスク軽減効果は確認されていない.この理由として,無症状・軽症例へのステロイドは,インフエンザ感染の際と同様に,生体の免疫反応抑制によるウイルスクリアランス遅延を引き起こすことによる13.一方,重症化する場合には,発症から7日以上の経過をとることが多く,ウイルスそのものへの免疫反応が過剰に起こるサイトカインストームが要因となるため,ステロイドによる強力な抗炎症治療が奏功する13

2) ステロイドの使用量と昇圧剤使用例への限界

Recovery study8以後には,重症COVID-19症例に対するステロイドの種類の違いによる効果について,メタ解析14が発表されている.デキサメサゾン 20 mg/day, ハイドロコルチゾン 200 mg/day, メチルプレドニゾロン 80 mg/dayといった中等量ステロイドの死亡リスク軽減効果が報告されているが,サブグループ解析では,昇圧剤を要する重症例へのリスク軽減効果は認められていない.

重症病態へのステロイド投与の考え方-唯一の国際ガイドライン

種々のARDS国際ガイドライン15,16,17では,ステロイドの投与についての明確な記載はない.検索した範囲で,ステロイドについての唯一の国際ガイドライン9,18がある.米国のCritical Care Medicineと欧州のIntensive Care Medicineが共同で作成しているGuideline for the management of Critical Illness-Related Corticosteroid Insufficiency(CIRCI)には,ARDSを含む重症病態へのステロイド使用が提案されている.CIRCIとは,いわゆる相対的副腎不全状態を示しており,重症病態において,CIRCIを来しやすい要因として,(1)視床下部-下垂体-副腎皮質系の機能障害,(2)コルチゾールの代謝の変化,そして(3)ステロイドの組織抵抗状態の存在が挙げられている.このガイドラインでは,早期の中等症から重症ARDSにステロイドを投与する事を提案する(conditional recommendation/moderate quality of evidence)と記載されている.PaO2/FiO2<200の中等症以上のARDS症例に,早期(day 7まで)に メチルプレドニゾロン 1 mg/kg/day換算で13日間以上,または(day 6以降)であれば,メチルプレドニゾロン 2 mg/kg/day換算で13日以上との提案がある.大量ステロイドについての記載はない.

また,同ガイドラインでは,インフルエンザ患者には投与しないことを提案する(conditional recommendation/low quality of evidence)となっている.本ガイドラインは,Nature review19にも引用されているものの,我が国の集中治療及び呼吸器内科領域においてもあまり存在が認識されていない印象を持っている.一つの指針として参考にされる事を提言したい.

著者の COI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2022 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
feedback
Top