2022 Volume 30 Issue 2 Pages 190-194
間質性肺炎診療において,適切な診断と重症度や予後リスク評価を考慮した早期治療介入は臨床上,最も重要なポイントである.
坪井病院は,2018年1月より福島県初の間質性肺炎・肺線維症センターを開設した.最終診断は,間質性肺炎を専門とする臨床医,病理医,放射線科医による合議が重要で,当センターでも定期的に実施している.
特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)の薬物治療に関しては,日本の重症度分類で最軽症のIPF患者のうち,6分間歩行試験時の最低SpO2 90%未満の存在や海外の重症度分類でGAP stage II以上の患者は,明らかに予後不良であり,早期から抗線維化薬を導入することにより,努力性肺活量の低下抑制効果を得ている.
最近では,全身性強皮症や進行性線維化型間質性肺疾患の患者においても,ニンテダニブの有効性と安全性が証明された.但し,どのタイミングでニンテダニブを導入するべきかについては,今後も議論を要する.
間質性肺炎は100を超える原因があるといわれており,中でも特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)は本邦では特定疾患に指定されている難病であるため,専門医による適切な診断と治療が求められる.そこで2018年1月より,福島県初の間質性肺炎・肺線維症センターを開設し,14名のスタッフが各部署と連携して大学の診療内容と同水準の医療を提供できるシステムを構築した.
間質性肺炎が疑われた場合は,予後の点および治療内容を決定する上でもIPFとそれ以外の間質性肺炎を鑑別することが必要で,中でも問診は最も重要視される.当センターでは外来診察前に専用の問診票の記入をしてもらい,診断していく過程で,適応と必要性が高い場合は,外科的肺生検(胸腔鏡下肺生検)を行うこともある.さらに最終診断は,間質性肺炎を専門とする臨床医,病理医,放射線科医による合議(multidisciplinary discussion; MDD)が必要とされており,定期的に施設外の専門の先生方を招聘し,院内あるいはWeb会議でMDDを実施している.
治療においては,特にIPFと診断された場合,重症例はもとより,これまでの研究で予後不良例と考えられる比較的軽症例においても抗線維化剤であるニンテダニブ(オフェブ®),ピルフェニドン(ピレスパ®)を積極的に導入している.さらにIPF以外の進行性線維化を伴う間質性肺疾患(progressive fibrosing interstitial lung disease; PF-ILD)においても,抗線維化薬が有効であった症例を経験している.また,リハビリテーション科との密な連携を取りながら,酸素療法,呼吸リハビリテーションも適応患者には積極的に導入している.
本稿では,IPF患者における抗線維化薬の早期治療介入について,我々が最近報告した研究結果とともに説明する.さらに最近,PF-ILDおよび全身性強皮症(systemic sclerosis; SSc)に伴うILD患者においても抗線維化薬であるニンテダニブの有効性が示されたが,これら国際臨床試験についても,自験例を交えながら概説したい.
IPFは原因不明の慢性進行性の線維化を特徴とする特発性間質性肺炎(idiopathic interstitial pneumonias; IIPs)の一型で,最終的に不可逆的な蜂巣肺を形成し,高度の拘束性換気障害および肺拡散能障害を呈し,診断後の生存期間中央値は2~3年と予後不良である1).また,IPFの臨床経過としては,患者の多くは緩徐に進行していくが,一部の患者では急速進行性に悪化することが知られている.また,緩徐に進行する患者の中にも急性増悪をきたし,死亡あるいは段階的に悪化する患者も認められる2).このようにIPFの自然経過は種々であり,こうした疾患多様性を有するIPFに対して,早期に治療介入していくことは臨床上大変重要なことである.一方で,早期に治療介入を可能にする上で課題となっているのがIPFの診断遅延である3).患者側の要因として,軽度の咳嗽や息切れでは年齢によるものや喫煙の影響などと自己判断され,医療機関に受診しないことが挙げられる.一方,医師側の要因として,患者が初めて受診する実地医家において,間質性肺炎の治療に対する理解が乏しく,専門医に紹介するタイミングを失う場合,呼吸器内科医あるいはILDの専門医不足により,発症・症状出現から専門病院に受診するまでにかなりの時間が経過してしまい,適切な診療ができていない場合などが挙げられる.ヨーロッパの臨床調査によると,抗線維化薬の開始のタイミングが曖昧なために,無治療経過観察されている患者が多いとの報告もある4).これらの要因が重なることにより,間質性肺炎が見落とされていたり,疑われていても精査がされなかったりして,軽症早期のIPFの診断が難しくなっていると考えられる.さらに最終診断の精度を高めるには,間質性肺炎の診断に精通した臨床医,放射線画像診断医,病理医による集学的検討(MDD)が重要とされている点や,一部のIPF患者は,急速に悪化し致死的な状況に至る点などを考慮すると,できるだけ速やかに専門医に相談,紹介することが望ましいと考える.IPFの診断遅延により予後が悪化する報告5,6)や,世界各国のIPFレジストリ研究では,抗線維化薬使用群では未使用群に比べて無移植生存期間が有意に延長することが示されている7,8,9).さらに,早期にILDセンターに紹介されたIPF患者は抗線維化薬の継続率が高く予後も良好であるとする報告10)も見られる.また,INPULSIS試験11)(IPF患者におけるニンテダニブの有効性を示した国際共同第III相臨床試験)の事後解析では,gender–age–physiology(GAP)ステージの低い軽症例(GAP ステージ1,2)においても重症例(GAPステージ3,4)と同様に年間の努力性肺活量(forced vital capacity; FVC)の低下を抑制することが明らかとなり,ニンテダニブが軽症のIPF患者においても有効であることが示された12).
我々は日本の重症度分類(JRS)で1度の軽症と考えられるIPF患者における抗線維化薬(ニンテダニブ,ピルフェニドン)の有効性を明らかにすることを目的に,2006年4月から2019年3月に坪井病院と東邦大学大森病院に受診したIPF患者431例中,JRS 1度のIPF患者179例を対象として,予後および早期治療介入された抗線維化薬の有効性について検討した.その結果,JRS 1度のIPF患者179例のうち,6分間歩行試験(6 minutes walking test; 6MWT)での最低SpO2 90%未満(desaturation)を認める患者は73例(40.7%),GAP stage II以上の患者は68例(37.9%)で,desaturationを認めない,あるいはGAP stage Iの患者と比較して,有意に短期間で増悪し予後も不良であった.さらにそれぞれの群において,抗線維化薬の投与は,無治療群に比べて有意に6ヶ月後の%FVCの低下を抑制した(JRS 1度+desaturationを認める患者で抗線維化薬非投与群 vs. 投与群:-7.0%±8.4% vs. -2.4%±9.8%; P=0.02,JRS 1度+GAP stage II以上の患者で抗線維化薬非投与群 vs. 投与群:-6.8%±9.2% vs. -0.6%±10.1%; P=0.009)13).したがって,6MWTでdesaturationあるいはGAP stage II以上を有するJRS 1度のIPF患者に対しては,早期から抗線維化薬を導入するべきと考える.また,6ヶ月間で5~10%のFVC低下が生じる患者や初診時にすでにJRS 3度あるいは4度の患者は,躊躇せずに抗線維化薬を開始するべきである(図1).
IPF治療の考え方(私見)
近年,様々なILD患者の中で,臨床経過のある時点において進行性の線維化がみられたという共通の特徴を有するものをPF-ILDと称しており,IPFはPF-ILDの代表的疾患と考えられている14,15).その他,慢性過敏性肺炎,膠原病関連間質性肺炎,特発性非特異的間質性肺炎,特発性分類不能型間質性肺炎などが進行性の線維化病変をきたす.これら疾患別のPF-ILDの頻度については,IPF以外のILD患者を10例以上診療した米国,フランス,ドイツ,イタリア,スペイン,イギリス,日本の呼吸器内科医243人,膠原病内科医203人および内科医40人を対象として行われたオンライン調査において,いずれの疾患も約20~30%程度に認められると報告された16).
B)PF-ILDに対する抗線維化薬の有効性(INBUILD試験)17)INBUILD試験は,IPFを除くPF-ILD 663例(日本人108例含む)を対象に,ニンテダニブの有効性及び安全性を検討した国際共同,第III相,二重盲検,ランダム化,プラセボ対照,並行群間比較試験で,主要評価項目は,投与52週までのFVCの年間減少率(mL/年)であった.この試験におけるPF-ILDの定義は,胸部HRCTでの線維化の広がりが肺全野の10%超で確認され,かつ医師により適切と考えられた疾患管理を行ったにもかかわらずスクリーニング前の24ヶ月以内において,以下のいずれかのILDの進行性の基準を満たす患者とされた.
①%FVCの10%以上の減少(相対変化量)がみられる.
②%FVCの5%以上10%未満の減少がみられ,かつ,胸部CT上での線維化変化の増加がみられる.
③%FVCの5%以上10%未満の減少がみられ,かつ,呼吸器症状の悪化がある.
④呼吸器症状の悪化及び胸部画像上での線維化変化の増加がみられる.
結果は,ニンテダニブ群において52週間での有意なFVCの低下抑制が認められ(群間差:107.0 mL/年,95% CI: 65.4-148.5; P<0.001,相対減少率:57%),さらにその効果は,HRCT上の通常型間質性肺炎(usual interstitial pneumonia; UIP)パターンの有無によらず認められた17).
次に実地臨床におけるPF-ILD患者に対する抗線維化薬の有効性と予後を明らかにする目的で,坪井病院に受診したPF-ILD患者68例を対象とし,臨床像,予後および抗炎症療法後に追加された抗線維化薬の有効性について検討した.また,同時期に受診されたIPF患者282例と比較検討した.PF-ILDの内訳は,膠原病合併ILD/分類不能型ILD/非特異性間質性肺炎/慢性過敏性肺炎/その他=28/20/9/5/6例であった.PF-ILDはIPFに比べて有意に予後良好であったが,急性増悪を合併した症例では,両群の予後に差は認められなかった.PF-ILDの予後規定因子は,ベースラインのBMI低値,%FVC低値であった.PF-ILDに対する抗線維化薬は,治療前後でFVCの低下抑制を認めた(治療12ヶ月前 vs. 治療導入時 vs. 治療12ヶ月後=1.81±0.58 L vs. 1.60±0.52 L vs. 1.66±0.51 L; P<0.0001, P=0.64).以上の結果から,抗炎症療法導入後に悪化するPF-ILD患者において,抗線維化薬が有効である可能性が示唆された18).病初期において異常な免疫応答に起因する炎症性病変が主体となるPF-ILD患者では,ステロイドや免疫抑制薬などの抗炎症療法が有効であると考えられるが,線維化が主体となる進行期においては抗線維化薬であるニンテダニブが重要な役割を果たすと期待している.具体的には,胸部CT上,牽引性気管支拡張あるいは蜂巣肺が進行する場合や,病理組織学的にUIPパターンが優位に認める場合においても,ニンテダニブの投与を検討するべきと考える(図2).
PF-ILD治療の考え方(私見)
SENSCIS試験は,全身性強皮症に伴う間質性肺疾患患者580例(日本人71例含む)を対象に,ニンテダニブの有効性及び安全性を検討した国際共同,第III相,二重盲検,ランダム化,プラセボ対照,並行群間比較試験で,主要評価項目は,投与52週までのFVCの年間減少率(mL/年)であった.結果は,ニンテダニブ群において52週間での有意なFVC低下抑制が認められ(群間差:41.0 mL/年,95% CI: 2.9-79.0; P=0.04,相対減少率:44%),さらにミコフェノール酸との併用治療群がニンテダニブ単独投与群よりもFVCの年間減少率が低値である傾向にあった19).先に触れたPF-ILDを対象としたINBUILD試験17)と同様に,全身性強皮症に伴う間質性肺疾患患者においても,予後を規定するFVC低下やILDの進行を抑制する点からも,適応患者においては積極的に投与するべきと考える.
D)抗線維化薬が効きにくいPF-ILD(Pleuroparenchymal fibroelastosis; PPFE)PPFEはわが国発の網谷病や上葉優位型肺線維症と重なる概念である.画像上,肺尖部~上葉の胸膜下無気肺硬化病変がどの程度あればPPFEとしてよいのか,下葉の線維化病変の有無をどのように捉えるのか,いまだ臨床的疾患概念は混沌としている.但し,病理組織学的には,i)気腔内を埋める膠原線維の増生,ii)それに連続する胸膜下の弾性線維の増加,iii)胸膜の線維性肥厚に特徴づけられる20).
我々は今までにIPFの中でも予後不良の一群をatypical IPFとして,その臨床的特徴を報告してきた.atypical IPFとは,胸部HRCT上,両側肺底部にUIPパターン,上葉に胸膜下無気肺硬化(PPFE like lesion)を有する症例と定義した.臨床的特徴として,典型的なIPF患者と比較して,有意に非喫煙者,痩せ体形の女性に多く認められ,予後不良で経過中に気胸の合併が多かった21).この報告後,我々はこのatypical IPFをIPFとは異なる独立した疾患群,PPFE with UIPと提唱し,疾患挙動や抗線維化薬の効果についてIPF患者と比較検討した.その結果,PPFE with UIP群で有意に予後不良(MST;34.0ヶ月/62.3ヶ月:P<0.0001)であり,慢性増悪による死亡が有意に多かった.抗線維化薬は90例(PPFE with UIP群:IPF群=32例:58例)に導入され,導入前6ヶ月から導入時までのFVC低下量に差は認められなかったが,導入6ヶ月後のFVC低下量は,PPFE with UIP群で有意に大きかった(-0.15 L±0.17 L vs. -0.004 L±0.18 L; P=0.0002).さらに線形混合モデルを用いて両群における抗線維化薬導入後の%FVCの変化を解析したところ,PPFE with UIP群で有意な低下を認めた.抗線維化薬の効果の予測因子について,多変量ロジスティック解析を用いて検討したところ,PPFE with UIPであることが有意な因子として挙げられた.以上の結果より,PPFE with UIPでは,抗線維化薬の効果が得られにくく,予後も不良であることが示唆された22).
IPFと診断されれば,迅速に予後(リスク)評価を行い,抗線維化薬の早期治療介入を検討するべきである.さらに今後我々は,間質性肺炎診療においてPF-ILDを意識しながら疾患挙動に注意を払い,抗線維化薬であるニンテダニブの導入時期を見極める必要がある.いずれにしろ,間質性肺炎診療は厳格な病理組織学的な分類診断の時代から疾患挙動と薬物治療を意識した診断の時代へシフトしつつあると考える(図3).
間質性肺炎の分類再考と治療決定
杉野圭史;講演料(日本ベーリンガーインゲルハイム)