2022 Volume 30 Issue 3 Pages 335-340
【目的】本研究の目的は,経口気管内挿管患者の布テープ固定とアンカーファスト®固定で口腔ケア回数を比較・検討することである.
【方法】本研究は後方視的前後比較デザインである.1日以上の経口気管内挿管患者を研究対象とし,観察期間は経口気管内挿管1日目~7日目とした.布テープ固定群(以下TF群)35名とアンカーファスト®固定群(以下AF群)43名の1日あたりの口腔ケア回数を調査・比較した.
【結果】1日あたりの口腔ケア回数はTF群平均値3.2±1.1回/日,AF群平均値4.1±1.5回/日であり,AF群が有意に多かった(p=0.002).
【考察】布テープ固定よりもアンカーファスト®固定では,業務量や業務負担の軽減,口腔観察や口腔ケア手技の簡易化などの複数の利益を得られ,その影響を受け本結果へと至ったと考えられた.
【結論】経口気管内挿管の固定において,布テープではなくアンカーファスト®を用いることで口腔ケア回数が増加する可能性がある.
経口気管内挿管とは,人工呼吸器管理が必要な患者や気道確保が困難な患者に対し気管内にチューブを挿入することであり,気管内挿管チューブやその固定,人工呼吸器管理によりさまざまな合併症が存在する.合併症には人工呼吸器関連肺炎(Ventilator-Associated Pneumonia:以下VAP)や,口腔や皮膚の損傷などがあり,それら合併症を予防することは看護師の重要な役割である.VAPは気管内挿管下の人工呼吸患者に,人工呼吸開始48時間以降に新たに発生した肺炎1)のことである.VAPは口腔・咽頭細菌がカテーテルにバイオフィルムを形成して下気道や肺に持ち込まれることで発症し2),その死亡率は24~50%であり,ICU滞在期間を少なくとも4日以上延長させる可能性がある3).口腔細菌を除去すること,つまり口腔ケアはVAPの原因の一つを除去することであり,VAPの予防につながる4).口腔衛生状態を改善するための口腔ケアはその「質」と「回数」が重要であるが,質の評価は容易ではない一方で,回数の評価は容易である.口腔ケアの目標実施回数に関しては,明確なコンセンサスはないが,Berryら5)は少なくとも2回/日以上の口腔ケアを提案している.また,露木6)は「口腔ケアの回数は,細菌数が繁殖するといわれる4時間間隔で実施するのが理想だが,実際には口腔の観察ツールに沿って機能障害の程度を評価し回数を設定する(機能障害の程度が高くなるほどケア回数を増やしていく)」と述べている.2~4時間ごとの口腔ケアでVAPが60%減少したとの報告7)もあり,口腔ケアの回数は口腔衛生保持やVAPの予防に関連している.
経口気管内挿管を固定する方法として布テープによるものやカテーテル固定用パッチ(ホリスター社製アンカーファスト®:以下アンカーファスト®)などがある.気管内挿管チューブ固定の最大の目的は確実な固定であり,合併症の予防やケアのしやすさを考慮して固定方法を選択する必要がある6).アンカーファスト®とは経口気管内挿管を固定するためのデバイスのことであり,両頬部にアンカーファスト®を貼付し,気管内挿管チューブを固定する.皮膚との接触面は粘着性のあるハイドロコロイド材でできており,チューブ保持クランプをトラックレールに沿って左右に動かすことが可能なため,適宜気管内挿管チューブ固定位置の変更が可能である,といった特徴を持ったデバイスである.
さまざまな利点をもつアンカーファスト®だが,布テープよりもアンカーファスト®を選択する明確な基準は存在しない.寺田ら8)は「アンカーファスト®装着によって口腔衛生状態が改善すれば,VAPの予防につながるかもしれない」と述べ,口腔衛生状態改善やVAP予防効果の可能性を示しているが,それらを明確にした先行研究はない.先に述べたように,口腔衛生保持・改善ひいてはVAPの予防には,口腔ケアの回数や質が重要である.口腔ケアの実施回数には業務負担の関連が示唆されており9),また布テープ固定と比較してアンカーファスト®固定により口腔ケア対応人数が減少するとの報告がある8).したがって,アンカーファスト®を使用して経口気管内挿管を固定することは布テープによる固定と比較して,口腔ケア対応人数や所要時間,業務負担の軽減を得られ,それらに伴い口腔ケア回数が増加する可能性がある.しかしながら,布テープ固定とアンカーファスト®固定で口腔ケアの回数を比較・検証した研究はない.したがって,本研究の目的はアンカーファスト®固定と布テープ固定を比較し,口腔ケアの実施回数の差を後方視的に検証することである.
本研究は後方視的前後比較デザインである.
2. 対象対象の背景については,年齢・性別・Acute Physiology And Chronic Health Evaluation II Score(以下APACHEIIスコア)を調査した.また,昇圧剤の持続投与や平均動脈圧低下,アルブミン値・ヘモグロビン値は圧迫創傷と関係10,11,12)し,口腔内圧迫創傷による口腔内環境の変化は口腔ケアに影響を及ぼすと想定できたため,各対象の観察期間中の昇圧剤持続投与率(ノルアドレナリン製剤・ドパミン製剤・バソプレシン製剤)・心肺補助装置(体外式膜型人工肺・大動脈内バルーンパンピング・循環補助用心内留置型ポンプカテーテル)使用率・アルブミン値・ヘモグロビン値も併せて調査した.
当院救命救急センターでは2019年7月から,24時間以上経口気管内挿管を見込む患者全例(一部の特殊な症例は除く)に対し,アンカーファスト®を使用し始めた.なお24時間以上経口気管内挿管を見込むか否か,アンカーファスト®を使用するか否かは医師と協議のもと判断することとしていた.当院救命救急センターにおける布テープ固定方法は2009年から,4面固定法を採用している.当院救命救急センター内での4面固定法とは,1×30㎝の布テープを2本使い,気管内挿管チューブを布テープで巻き付け,上顎2か所・オトガイ上部2か所に×の字で固定する方法である.本研究においても,布テープによる固定に関しては同様の固定方法で統一されていることを前提とした.
1) 適格条件経口気管内挿管が実施され,当院救命救急センターに入院した患者(20歳以上の男女)において,布テープまたはアンカーファスト®による固定をした患者を研究対象とし,布テープにより固定をした群をTape Feature群(以下TF群),アンカーファスト®により固定をした群をAnchorFast® Feature群(以下AF群)とした.
2) 除外条件(1)経口気管内挿管・布テープ固定・アンカーファスト®固定が24時間以内に終了(2)経口気管内挿管24時間以降にアンカーファスト®の使用開始(3)小児(4)妊婦.
3. 評価項目と調査方法 1) 主要評価項目 (1)1日あたりの口腔ケア回数当院救命救急センター内において,経口気管内挿管患者や重症患者,口腔内環境が不良の患者では,特に口腔ケア回数は多いほうが良いとの共通認識はあるが,経口気管内挿管患者での口腔ケア回数は最低3回/日を義務付けており,それ以上の口腔ケア回数追加に関してはその時の状況やスタッフの配置や裁量に任せ実施している.本研究結果では診療録及び看護記録から各対象の観察期間と総口腔ケア回数を調査し,1日あたりの口腔ケア回数を算出した.なお,口腔ケアの質や内容に関しては,当院救命救急センターではあらかじめ用意された手順書に従って口腔ケアを実施しているため,質や内容は統一されていることを前提とした.
2) 副次評価項目 (1)Eilers Oral Assessment Guide13)(以下OAGスコア)OAGスコアは口腔障害や口腔内衛生の程度を項目別(声・嚥下・口唇・舌・唾液・粘膜・歯肉・歯と義歯)にスケール化したものであり,合計OAGスコアが8点であれば正常,9~12点であれば軽度の機能障害,13点以上であれば中等度~重度の機能障害とされている.当院救命救急センターでは,OAGスコアの採点は2回/日以上行うこととしており,各対象の観察期間内に採点されたOAGスコアの採点回数と点数を診療録及び看護記録から収集し,平均OAGスコアを算出した.
(2)VAP発生率各対象の観察期間内において,診療録にVAPの診断が記載されている場合をVAPとし,上記の発生について調査した.
4. 症例数設計主要評価項目において先行研究がなく事前分析による症例数設計が困難であった.したがって本研究では,2群の差=1.0,標準偏差=1.5,検出力=0.8,有意水準5%,両側検定を仮定し症例数を算出した.TF群・AF群それぞれ36名となったため,40名前後と症例数を設定し,統計解析後に事後分析を用いて正確な効果量を算出した.
5. 調査期間当院救命救急センターでの1か月の新規入院患者は約30~60名であり,そのうち約50%の患者が入院時に経口気管内挿管が実施されている.したがってTF群に関しては40名前後の症例数を得るためには2か月の調査期間が必要であると考えられ,2019年3月31日から遡って2か月間の調査期間を設けた.
アンカーファスト®使用への移行に2019年4月~6月の期間を設け,2019年7月以降は経口気管内挿管患者のほぼ全てに対しアンカーファスト®を使用しており,そのうち約50%がアンカーファスト®を24時間以内に使用していた.したがってAF群に関しては40名前後の症例数を得るためには4か月の調査期間が必要であると考えられ,2019年7月を起点として4か月間の調査期間を設けた.
6. 各対象の観察期間長期間の人工呼吸器管理は死亡率が上昇し14),経口気管内挿管はVAPや鎮静による離床の遅れと計画外抜管のリスク,肉体的ストレスなどのさまざまな合併症が存在する15,16,17)ため早期抜管が求められる.経口気管内挿管チューブの抜管が困難な場合は気管切開を考慮する必要があるが,その時期についてはさまざまな議論があり,気管切開の時期について経口気管内挿管後7日をカットオフ値とした先行研究は散見している18,19,20,21).当院救命救急センターにおいても,通常7日以内で経口気管内挿管チューブの抜管や気管切開を行い,経口気管内挿管を終了することが多い.したがって経口気管内挿管を終了する時期や期間についての先行研究や当院救命救急センター施設状況から鑑みて,各対象の観察期間は経口気管内挿管1~7日目までとした.
7. 統計・分析方法本研究における連続変数のデータ表記方法は,データの分布が正規分布であれば平均値±標準偏差とし,非正規分布であれば中央値(四分位範囲)とした.
連続変数に関する統計方法については,データが正規分布・不等分散していると仮定し,Welchのt検定を使用した.明らかに正規分布の仮定ができないものに関してはMann–WhitneyのU検定を使用した.
2値変数に関する統計方法については,Fisherの正確確率検定もしくはPearsonのχ2検定(2×2分割表において,いずれかの期待値が5以下であればYatesの連続性補正あり)を使用した.
統計処理には,統計解析ソフトウェアR version 3.6.122)を使用した.本研究において有意差検定は両側検定とし,各評価項目の有意差検定結果のp値に対して有意水準5%で判定を行った.また統計処理後,事後分析を実施し効果量判定も行った.
8. 倫理的配慮本研究は東京医科大学医学倫理審査委員会の承認を得て実施した.対象には公示文書にてオプトアウトの機会を設けた.研究対象のデータは個人が特定される表示・提示はせず,氏名や年齢はコード化し,個人の特定ができないよう配慮した.また得られた結果は研究者のみが取り扱った.
対象の背景を表1に示す.対象は両群合計78名(TF群35名,AF群43名)であり,各対象の観察期間(最小1日~最大7日)は,TF群中央値3.8(2.6-5.5)日,AF群中央値6.6(3.9-7.0)日であり,AF群が有意に長かった(p=0.001,効果量=0.87).また,心肺補助装置使用率は,TF群0%(0/35名),AF群16.3%(7/43名)であり,AF群が有意に高かった(p=0.015,効果量=0.55).その他については有意差を認めなかった.
両群 (N=78) | TF群 (n=35) | AF群 (n=43) | p値 | |
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年齢(歳):平均値±標準偏差 | 68.4±17.1 | 69.7±17.3 | 71.0±17.0 | 0.549 |
性別 | ||||
男性:% | 67.9 | 77.1 | 60.5 | 0.147 |
APACHEIIスコア:平均値±標準偏差 | 22.0±7.3 | 20.1±7.7 | 23.4±6.7 | 0.052 |
観察期間(日):中央値(四分位範囲)* | 4.8(2.9-7.0) | 3.8(2.6-5.5) | 6.6(3.9-7.0) | 0.001 |
昇圧剤持続投与率:%* | 43.6 | 45.7 | 41.9 | 0.911 |
心肺補助装置使用率:%* | 9.0 | 0.0 | 16.3 | 0.015 |
ヘモグロビン値(g/dL):平均値±標準偏差* | 10.6±2.3 | 10.9±2.7 | 10.5±2.1 | 0.417 |
アルブミン値(g/dL):平均値±標準偏差* | 2.6±0.6 | 2.7±0.6 | 2.6±0.6 | 0.386 |
年齢,APACHEIIスコア,ヘモグロビン値,アルブミン値の比較はWelchのt検定を使用.性別(男性),心肺補助装置使用率の比較はFisherの正確確率検定を使用.昇圧剤持続投与率の比較はPearsonのχ2検定を使用.
評価項目の結果を表2に示す.主要評価項目である1日あたりの口腔ケア回数は,TF群平均値3.2±1.1回/日,AF群平均値4.1±1.5回/日であり,AF群が有意に多かった(p=0.002,効果量=0.86).副次評価項目であるOAGスコアとVAP発生率は,いずれも有意差は認めなかった.
両群 (N=78) | TF群 (n=35) | AF群 (n=43) | p値 | |
---|---|---|---|---|
主要評価項目 | ||||
1日あたりの口腔ケア回数(回/日) :平均値±標準偏差* | 3.7±1.3 | 3.2±1.1 | 4.1±1.5 | 0.002 |
副次評価項目 | ||||
OAGスコア:中央値(四分位範囲)* | 12.8(12.5-13.2) | 12.8(12.5-13.3) | 12.8(12.5-13.1) | 0.671 |
VAP発生率:%* | 10.3 | 14.3 | 7.0 | 0.247 |
1日あたりの口腔ケア回数の比較はWelchのt検定を使用.OAGスコアの比較はMann–WhitneyのU検定を使用.VAP発生率の比較はPearsonのχ2検定を使用.
本研究で得られた新しい知見としては,TF群と比較してAF群では1日あたりの口腔ケア回数が多かったことである.口腔ケアの実施は,VAPの予防だけでなく,口腔内汚染や口臭の予防につながる.布テープの固定方法(4面固定法など)によっては開口制限が伴ったり,一部位に気管内挿管チューブが固定されたりしているため,複雑な構造をしている口腔内の観察や口腔ケアは容易ではない.しかしアンカーファスト®での固定であれば,チューブストリップを使用し気管内挿管チューブを左右にスライドすることで固定位置の変更が可能であり,かつ両頬部での固定のため開口制限は伴わない.したがって口腔内の観察や口腔ケアの実施は簡易となる.また,布テープ固定では口腔ケアや布テープ汚染時などにテープの張替えを行うことがあり,口腔ケアや観察の所要時間延長や人員確保が必要である.保田ら9)の看護スタッフを対象とした口腔ケアに関するアンケート結果報告では,看護スタッフそれぞれが口腔ケアの重要性を認識しながらも「他の業務が優先され,結局実施しないで終わってしまう事がある」とあり,口腔ケアの実施回数は他業務や業務負担の影響を受けると考えられる.寺田ら8)は,アンカーファスト®の使用は口腔ケアの所要時間の減少傾向および口腔ケア対応人員数が減少することを報告しており,アンカーファスト®の使用は業務負担の軽減も得られる.よって口腔ケアや口腔観察が簡易化し,業務負担が軽減するなど複数の要因の影響を受け,AF群では口腔ケア回数が多かったと考えられるが,本研究においては業務負担に関する調査を実施しておらず,そこまで言及することは困難であった. APACHEIIスコアは両群で有意差はないもののAF群が高値であり,またAF群は各対象の観察期間が有意に長く,心肺補助装置使用率も有意に高かった.したがって,AF群ではTF群と比較して重症な患者状態であったと考えられた.重症患者の場合,出血合併症や全身状態によりOAGスコアは増加しやすく,またVAPのリスク因子(長期人工呼吸管理,再挿管,発症前の抗菌薬投与,原疾患,顕性あるいは不顕性誤嚥,筋弛緩薬の使用,移送,仰臥位管理など)3)を複数抱えることから,VAPも発生しやすい状況である.したがって AF群はTF群と比較して,口腔ケア回数追加の必要性が生じていた可能性がある.しかしながら,OAGスコアは必ずしも口腔内の汚染状況を反映しているわけではないことや,心肺補助装置使用患者では出血合併症等により口腔ケアを実施すること自体が制限されることがあるため,口腔ケア回数追加の必要性についてはTF群とAF群では明らかな差異が生じていたとは考えづらい.いずれにしても,本研究では口腔ケア回数追加の必要性についての調査を実施しておらず,言及は困難である.口腔細菌数は口腔ケア後4時間で増殖しはじめ,8時間でその数は飽和状態に達することから,細菌数が増殖し始める4時間以内での実施が望ましく23),VAP予防の観点を踏まえても経口気管内挿管患者の口腔ケアは最低でも6回/日(4時間毎)での口腔ケアを実施すべきであるが,本研究結果では1日あたりの口腔ケアの実施回数を調査したため,実際に1日にどのような間隔で口腔ケアが実施されたか不明である.口腔清掃度や口臭には口腔清掃回数が影響し,良好な口腔ケアの効果を得るには口腔清掃の回数を増やすことが有効であり24),AF群の口腔ケアが多かったことは,口腔清掃度や口臭の改善に寄与した可能性がある.口腔ケアの目的は口腔細菌の除去だけでなく,口腔疾患の予防や,爽快感を得ること,唾液分泌を促すこと,摂食・嚥下障害の改善,などさまざまであり,口腔ケアの回数だけでなく内容や質も考慮し,多角的な視点で口腔ケアを実施していく必要がある.本研究結果では,TF群とAF群で約1回/日の口腔ケア回数の有意差を認めたが,VAPはAF群で少なかったものの有意差はなく,OAGスコアにも有意差は認めなかった.これは,2~4時間ごとの口腔ケアによりVAPが60%減少したSchlederら7)の報告による口腔ケア回数は行えていないことや,また口腔ケア約1回/日の差異の影響力はない,あるいは軽微である可能性が考えられた.一方で,前述したとおりAF群ではTF群と比較して患者状態が重症であり,OAGスコア増加リスク・VAP発生リスクは高いなかで,OAGスコアは増加しておらず,VAP発生率に関してはAF群が低値であったことから,OAGスコアの増加やVAPの予防として,口腔ケア約1回/日の差異の影響を受けた可能性は十分にある.
本研究の限界として,本研究は,単施設での後方視的前後比較デザインであり,研究自体にさまざまな偏りが生じていた可能性がある.また,評価項目別にみても,口腔ケア回数やOAGスコアに関しては,看護師のスキル,患者数,業務量などの複数の交絡因子が存在していた可能性があり,これらについても偏りが生じていた可能性がある.本研究における各対象の観察期間は7日までとしており,7日以上経口気管内挿管を実施している合併症高リスク患者の観察は行っていない.したがってすべての対象において経口気管内挿管終了まで観察した場合では,本研究と同様の結果とならない可能性がある.事後分析において主要評価項目の症例数は適切であったと考えられたが,副次評価項目を明らかにするには症例数が不足しており,研究設定が不十分であったと考えられる. 1日あたりの口腔ケア回数については有意差を認め,本研究結果に与えた影響については考察したものの,約1回/日程度の差異の影響力を示した研究は存在しない.そのため本研究を機会に,これらを今後の研究課題としていく必要がある.
結論として,経口気管内挿管患者に対しアンカーファスト®を使用した群では布テープで固定した群と比較して,口腔ケア回数が多かったことが判明した.それは口腔ケアの簡易化,口腔ケア対応人数の減少,口腔ケア所要時間の短縮等の業務負担軽減の影響を受けていると考えられた.しかしOAGスコアやVAP発生率の有意差は認めなかった.患者の状態や予後に明らかな影響を与える程度まで口腔ケア回数を増加させるには,デバイスのみならず,スタッフ教育や業務システム構築・改善等の複数の検討すべき事柄があるが,いずれも口腔ケア回数を増加させる明確な証拠はない.口腔ケア回数を増加させるためには様々な方法を組み合わせるべきであり,その一つとして経口気管内挿管患者に対しアンカーファスト®を用いることは推奨できる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.