The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Workshop
Establishment of a self-help, mutual assistance and public help system with respiratory disease
Takashi Motegi
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2022 Volume 30 Issue 3 Pages 305-310

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要旨

災害時には患者自身も可能な限り自分で自分の身を守り,必要な行動をとる自助が要求される.世論調査では人々の意識も年々自助を重視する考えが増えている.医療者にとっては患者自身が対処すべきことを事前に教育できているかどうかが問題となるが,LINQを利用した患者教育に災害対策も含めるのが妥当である.自己管理の難しい患者については併せて家族,医療業者,自治体と供に平時から準備を進めておくことが必要である.特に地域の人々のつながりがあると健康意識,防災意識が維持されやすいことも指摘されている.共助を含め他者との関わりが強化されることは豊かな社会資本形成の上で重要なアプローチであり,災害対策にも役立つと考えられる.自治体も様々な対策を準備しており,近年はタイムライン(防災行動計画)による災害対策が注目されている.一方で避難行動要支援者名簿制度に関する情報が周知されていないなどの問題点も指摘されている.

緒言

東日本大震災から約8年半が経ち(講演時),一部を除いて人々の日常生活は震災前と変わらない状態に戻っているが,この震災をきっかけに防災対策は様々な変化を遂げている.その後も新たな災害を経験することで各種対策は年々アップデートされ,同時に新たな防災関連用語も増えている.本稿では大震災以後,人々の防災意識はどのように変化したのか,近年の新たな問題は何か,どのような対策があるのかを呼吸器患者をとりまく自助・共助・公助の観点から紹介する(より正確な情報を伝えるため,講演時の内容に加筆・修正していることをお断りしておく).

災害医療の体制とフェーズ区分

近年の災害対策では平時から発災までを4つのフェーズでとらえて,それぞれのフェーズ毎の対応を勧めている.この考えを呼吸器疾患患者向けにアレンジすると図1のように表される1.発災前の緩和期,準備期においては患者教育と防災訓練が重要となる.アクションプランにより平時の行動計画を指導し,ここからさらに災害時用の計画を準備する.処方薬,酸素機器などについて平時から定期的に指導を行い,ここに後述するような災害時用の対策も随時指導する.患者と家族には居住地域の避難場所の確認,実際に移動してみるなどの平時の訓練を推奨する.また各自治体が整備する「避難行動要支援者名簿」(旧・災害時要援護者名簿)へ可能なかぎり登録してもらい,発災時の共助,公助がスムースに繋げられるように準備してもらう.

図1

災害対策における4つのフェーズと呼吸器疾患(文献1より引用改変)

さらに反応期から回復期は細かく時間区分されて表1のようにまとめられている2.発災後6時間過ぎるころから72時間までが超急性期とされ,主に救命救急のニーズが高い時期である.これに続いて約1週間後からは主に慢性疾患患者の対応へと移行してくる.これらの時間軸の中でどのように自助・共助・公助を組み合わせていくかが課題となる.現状では自助のレベルには個人差があるだけでなく,公助・共助についても地域格差があると言わざるを得ない.災害時に求められるのは患者の自助を確立し実行すること,医療者には患者の自助を高める平時からの教育と支援を,企業・自治体には手厚い共助・公助の提供とその周知が求められる.

表1 発災後の災害医療の体制とフェーズ区分
区分想定期間状況
外傷治療・救命救急のニーズ0:発災直後発災~6時間建物の倒壊や火災などの発生により,傷病者が多数発生し,救出救助活動が開始される
1:超急性期6~72時間程度救助された多数の傷病者が医療機関に搬送されるが,ライフラインや交通機関が途絶し,被災地外からの人的・物的支援の受け入れが少ない
2:急性期72時間~1週間程度被害状況が少しずつ把握でき,ライフライン等が復旧し始めて,人的・物的支援の受入体制が確立されている
慢性疾患治療・被災者の健康管理等3:亜急性期1週間~1か月程度地域医療やライフライン機能,交通機関が徐々に復旧している
4:慢性期1~3か月程度避難生活が長期化しているが,ライフラインがほぼ復旧して,地域の医療機関や薬局が徐々に再開している
5:中長期3か月以降医療救護所がほぼ閉鎖されて,通常診療がほぼ再開している

東日本大震災以後の人々の意識変化

世論調査によると2011年の東日本大震災以後,人々の防災意識は変化しており,かつての公助を重視するという回答から,近年は自助・共助を重視する回答が増えている3図2).特に高齢になるほど自助を重視する傾向があるが,裏を返せば高齢者は共助・公助を活用する環境が限られていることを示しているのかもしれない.大震災により未曾有の原発事故が発生した福島県において,住民の災害準備状況を2011年から5年間追跡調査した報告4によると,避難地域以外は年々災害準備をしている住民の割合が減少しているという結果であった.一方で同じ住民でも日頃から地域のつながりがある=共助が期待できる環境では災害準備の割合が維持されていることが示されている.さらに防災面だけではなく,このつながりは住民の健診受診率についても同様の傾向が認められたという点で極めて興味深い.発災直後からの助け合いには,普段の生活における人々のつながりが重要であり,いわゆるsocial capital(社会資本)の強化が地域住民の健康意識,防災意識の醸成に必要である.これは共助の重要性を示す根拠であるが,このような共助を地方ではなく都会でも作り出すことが次の課題となるだろう.

図2

世論調査にみる防災意識の推移(内閣府政府広報室「防災に関する世論調査」より内閣府作成)

呼吸疾患患者を取りまく問題点

2018年の北海道胆振東部地震で在宅酸素療法や人工呼吸器を使用していた患者ら約1300人へ札幌市が行った調査によると,避難行動を取れたのは回答者の2割未満であったとの報告がある.避難できない主な理由は全域停電によるエレベーターの停止や避難先での電源確保への懸念などであった.避難時の移動手段や電源の問題により,在宅医療患者は容易に避難できない実態が明らかとなった.これに対し予備電源や携帯ボンベの追加などが防災対策として考えられるが,これらを実際に準備していたのは9%だけであった.さらに災害後に新たに停電対策品を準備したのも17%のみで,購入費用が課題となっていたという(日本経済新聞電子版2019年7月7日の報道より).ただしこの費用面の問題については,自治体により発電機やポータブル電源の購入助成などの制度が制定されている場合があるため,居住地域ごとの制度確認が必要である.

同地震について北海道難病連によるアンケート調査では5,304人の難病患者または障害者を対象に調査されている.停電のため医療機器が使用できなかったのは人工呼吸器が34%,在宅酸素が28%であった.また「避難行動要支援者名簿」について知っていたと回答したのはわずかに17%のみであったという.自治体ではすでに制度は完成しているにも関わらず,肝心の市民には周知されていないという事態が起きている.この例に限らず制度や情報をいかに適切に住民に伝えるのか,各自治体の取り組みが試されている.

さらに近年,首都圏では大規模な水害時に指定避難所が満員となり,住民が入りきらないという新たな問題も発生している.健常者も溢れる状況では疾病患者の対応もままならないことは容易に想像できる.一律避難ではなく患者により自宅内待機も選択できるのかどうかを事前に個別検討する必要があるだろう.

高齢者や障害者,妊産婦,乳幼児,在宅難病患者など特別な配慮が必要な「要配慮者」向けの避難所として福祉避難所がある.阪神大震災後の1997年,体調の悪化や関連死を防ぐ目的で,災害救助法に基づく指針に盛り込まれた.現在,約半数の自治体が福祉避難所を指定しており,多くは高齢者施設や障害者施設を使用している.活用上の問題点として対象者の選定方法,家族などの支援者の確保,開設準備の基準づくりなどが指摘されている6.これは二次的避難所であり患者が最初から来所できる制度ではないため,患者への事前指示がしにくいという点に問題がある.

さらに急性期病態向けに自治体では災害拠点病院等の近接地などに発災直後から緊急医療救護所を設置,あるいは病院がない地域では避難所医療救護所を設置することとなっている.HOT患者でも急性の病態がない場合は診療対象とならない可能性があり,酸素の確保が中心ならば別個に酸素機器のみを集約した施設(いわゆるHOTセンター)7を準備する必要がある.一部の地域の基幹病院や医師会が主体となってHOTセンターの設置を準備しているが,現状ではまだ全国的な動きは少ない.

自助支援のための患者教育

呼吸器疾患患者の平時の教育はLINQ(lung information needs questionnaire)の質問6項目(禁煙,疾患理解,薬物療法,運動療法,栄養療法,増悪時の対処)を基に構成するのが簡便で見落としが少なく,同時に患者の教育状態の評価も行える8.さらにこれら6つの項目について,それぞれ発災時~回復期のポイントを挙げると図3のようになる.平時の教育では発災時を想定した内容まで踏み込める余裕があるかどうかが問題である.多くの場合,平時の教育内容だけで手一杯となり発災時の指導まで時間的余裕がないこともある.定期的に項目をチェックしながら指導状態を確認する必要がある.このほかに,一般的な防災対策についての指導を追加する必要があるが,改めてこれらの資料を作るのではなく事項で紹介するような既存のリソースを活用するのも良いだろう.

図3

呼吸器患者における平時の教育と災害対策の内容

タイムライン(防災行動計画)の導入

タイムラインとは,災害の発生を前提に,防災関係機関が連携して災害時に発生する状況を予め想定し共有した上で,「いつ」,「誰が」,「何をするか」に着目して,防災行動とその実施主体を時系列で整理した計画をいう.事前に災害・被害の規模が想定される水害などの進行型災害に適しているが,地震などの突発型災害も対象にできると言われている9.すでに東京都では荒川流域のタイムラインが作成され,豪雨や台風時の実用化がされているほか,同様の取り組みが各地で始まっている.

タイムラインを導入する効果として①実務担当者が災害時に先を見越した早めの行動をとることができ,意思決定者は不測の事態の対応に専念できる,②防災関係機関の責任の明確化,防災行動の抜け,漏れ,落ちの防止が図れる,③防災関係機関間で顔の見える関係を構築できる,④災害対応のふりかえり(検証),改善を容易に行える,などが挙げられている9.この対策方法はつまるところ,想定外をどこまで想定しておけるかが成功の鍵と言えるかもしれない.

災害時に避難勧告をタイミング良く発令することは自治体の役割として重要である.これに関して事前にタイムラインを策定していた自治体のほうが避難勧告の発令率が高いことが報告されている9.同じように患者のアクションプランの作成時にタイムラインを意識した内容にしておくことが,自助に有用となる可能性があり今後の活用に期待したい.

なお東京都では2015年に「東京防災」という冊子が各家庭に配布されており,防災に関する一般的な知識を得ることが可能となっている(現在は電子書籍が無料でダウンロード可能).さらに最近はこれを基にした防災アプリも作成されており,防災に関する様々な準備情報,発災時の対処法,水害リスクマップの確認などが行える(図4).この中で「個人のタイムラインを作る」ことも推奨しており,あらかじめ個別に作成する手引きが準備されており有用かもしれない(アプリは都民でなくても無料で使用可).

図4

東京都が配布している防災アプリ

今後の課題と対策

患者の自助を支援するため,平時の教育時から災害時のアクションプランを加え,発災時の対応法について事前に情報を共有する.しかし高齢患者の自助には限界があり,適切なタイミングで共助・公助の介入が必要である.地域における共助を強化する取り組みが必要だが,都市部では住民同士の日頃の付き合いも少なく困難な状況にある.さらに公助として様々な対策が準備されていても,住民に認知されていない,想定を超えているなどの問題がある.すぐに着手すべき課題として,各自治体で行っている避難行動要支援者名簿への登録をもっと進めるべきだが,自治体により登録方法が異なる(対象者自身による手上げ式,条件による自動登録など)点を修正し,複数の手段を併用してでも登録漏れをなくす工夫が必要である.また住民への周知については特に高齢者家庭など情報環境に乏しい家庭向けの対策なども急がれる.今後期待される対策の一つとして住民,医療関係者,自治体など関係者一同による地域のタイムライン作成があり,患者個別の災害時アクションプランもタイムラインに沿って具体的な内容を盛り込むことを心がけたい.以上に採り上げてきた対策は毎年アップデートされているため,医療者も定期的に防災関連の動静を把握しておくことも必要である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

茂木 孝;講演料(アストラゼネカ,ベーリンガーインゲルハイム)

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