2022 Volume 30 Issue 3 Pages 316-321
【目的】肺炎の罹患により,理学療法(PT)を実施した当院精神科病棟入院患者の歩行獲得に関わる因子を抽出し,予後予測能の検証を行うこと.
【方法】対象は医療・介護関連肺炎(NHCAP)を発症し,PTを実施した当院精神科病棟入院患者とした. PT終了時の移動状況から歩行獲得群と非獲得群に分類し,診療記録をもとに,群間比較とROC曲線分析を行った.
【結果】対象の内訳は,歩行獲得群18名(40.9%),非獲得群26名(59.1%).群間比較にて抽出された項目のカットオフ値と曲線下面積(AUC)は,PT開始時のFIM運動項目:21点・0.778,認知項目:14点・0.718,安静臥床期間12日・0.675であった.
【結語】NHCAPを罹患した精神科病棟入院患者の歩行獲得には,PT開始時の運動・認知項目の点数と安静臥床期間が関連しており,歩行獲得の可否の判断に必要な項目であることが示唆された.
精神科入院患者の高齢化率は2011年には45.5%に達しており1).2017年時点の精神科病床の平均在院日数は289.8日と他科に比べ群を抜いて長い2).こうした精神科病棟入院患者の高齢化や入院の長期化は,身体疾患の合併や日常生活活動(Activities of Daily Living;以下,ADL)低下などの身体的な問題を生じさせることから3),今後,理学療法(Physical Therapy;以下,PT)の需要が高まると予想される.
精神科病棟の入院患者を対象とした身体合併症調査では,肺炎や気管支炎の有病率が高いと報告されており4),その多くは院内発症,もしくは身体的な介助を要する高齢者であることから,医療・介護関連肺炎(Nursing and Healthcare associated Pneumonia:以下,NHCAP)に分類される.
肺炎の治療は,主に抗菌薬の投与や栄養サポートを中心に行われるが,リハビリテーション(以下,リハビリ)による効果も示されており,早期離床や呼吸理学療法は機能的帰結5,6,7)や退院時の転帰8,9)に影響することが報告されている.一方,精神科病棟における肺炎患者を対象に,身体機能・ADLについての予後を検証した報告はなく,どのような症例にADLの回復が見込まれるかは不明である.精神疾患患者は,活動量が低下しており,全身持久力も一般人口と比較して低い傾向にある為10,11,12),ADLの基盤をなす“歩行”の回復に関わる要因を明らかにすることは,特に重要である.
そこで本研究では,当院精神科病棟にてPTを実施したNHCAP患者の歩行獲得に関わる因子を抽出し,予後予測能の検証を行った.
当院は精神科病床423床(急性期治療病棟,認知症治療病棟,一般病棟,療養病棟),内科病棟121床(回復期リハビリ病棟,地域包括ケア病棟,療養病棟)で構成され,精神科一般・認知症治療病棟・療養病棟および内科病棟では,医師の指示により,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士による個別での身体的リハビリを実施している.
本研究の対象は,2015年1月から2019年12月の間に,NHCAPを発症し,当院精神科病棟入院中にPTを実施した患者とし,診療記録を用いて後方視的に研究を行った.包含基準となるNHCAPの定義は表1に示す13).除外基準は,PT終了時の転帰が死亡もしくは転院した者,発症前の移動手段が車椅子もしくは歩行に介助を要した者,調査項目のデータが欠損していた者とした.なお,PT開始は,肺炎後の廃用症候群により,PTの介入が必要であると主治医が判断した時点とした.
1.長期療養型病床群もしくは介護施設に入所している(精神病床を含む) 2.90日以内に病院を退院した 3.介護*を必要とする高齢者,身体障害者 4.通院にて継続的に血管内治療(透析,抗菌薬,化学療法等)を受けている |
PTプログラムは,全身調整練習,呼吸・排痰練習,関節可動域練習,筋力増強練習,基本動作練習を中心に,患者の状態に合わせて実施した. 全身調整練習では,安静による循環器系の機能低下や筋力低下に対して,血圧や呼吸状態を管理した上での座位練習や立位練習を行った.
3. 調査項目調査項目は,年齢,性別,精神疾患名,既往歴,NHCAP発症直前の精神科処方薬数,抗精神病薬の服薬状況,NHCAP発症時の生活場所,NHCAP発症からPT開始までの日数,安静臥床期間とした.精神疾患はICD-10(国際疾病分類)の基準にしたがって精神科医が診断し,抗精神病薬の服薬状況は,定型薬のみ使用,非定型薬のみ使用,定型薬と非定型薬の併用,抗精神病薬未使用の4つに分類した.既往歴は,Charlson Comorbidity Index(以下,CCI)を用いてスコア化した14).安静臥床期間はNHCAP発症から離床開始までの日数とし,離床は車椅子移乗や歩行などベッドから離れた状態と定義した.また,栄養状態の指標にNHCAP発症時のBMI,血清アルブミン値(以下,ALB),肺炎の重症度判定としてC反応性蛋白(以下,CRP),白血球数(以下,WBC)を調査し,受診時の身体所見および検査所見をもとにA-DROP15)を点数化した(表2).本来,A-DROPは市中肺炎の重症度分類であるが,NHCAPには重症度判別に関する明確な尺度がない為,本研究ではA-DROPを用いた.ADL評価は,機能的自立度評価法(Functional Independence Measure:以下,FIM)を用い,PT開始時に担当理学療法士が評価した.
使用する指標 A(Age):男性70歳以上,女性75歳以上 D(Dehydration):BUN(尿素窒素)21 mg/dl以上,脱水あり R(Respiration):SpO290%以下 O(Orientation):意識障害有り P(Blood Pressure):血圧(収縮期)90 mmHg以下 |
使用する指標 軽症:上記5つの項目のいずれも満足しないもの 中等度症:上記項目の1つ,または2つ有するもの 重症:上記項目の3つを有するもの 超重症:上記項目の4つ,または5つを有するもの 但し,ショックが有れば1項目のみでも超重症とする |
また,PT終了時の歩行自立度は,FIM歩行得点を用い,5点以上を歩行獲得,4点以下もしくは移動手段が車椅子である者を歩行非獲得と判定した.
4. 統計解析PT終了時に歩行を獲得した患者の特徴を明らかにする為,PT終了時の歩行自立度によって,対象者を歩行獲得群(以下,獲得群)と歩行非獲得群(以下,非獲得群)に分類し,各調査項目について群間比較を行った.年齢,BMI,CCI,精神科処方薬数,CRP,WBC,ALB,A-DROP,NHCAP発症からPT開始までの日数,安静臥床期間,PT開始時FIMは,Mann-Whitney U検定を,性別,精神疾患分類,抗精神病薬使用の服薬状況,NHCAP発症時の生活場所は,χ2検定を用いた.また,有意差のあった項目についてROC曲線での分析を行い,曲線下面積(AUC)とカットオフ値を算出した.なお,判別精度には感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率・正診率を用いた.さらにROC分析を基に,カットオフ値を満たした項目数別の歩行獲得率を算出した.統計ソフトはR2.8.1(CRAN)を用い,有意水準は5%とした.
5. 倫理的配慮本研究は,疫学研究に関する倫理指針における既存資料等を用いる観察研究であり,研究対象者からインフォームドコンセントを受けることを必ずしも要しない場合に該当する.このことを踏まえ,本研究はヘルシンキ宣言に則って実施し,得られた情報については対象者の個人情報が特定されないよう管理した.なお,医療法人鴻池会秋津鴻池病院研究倫理審査委員会の承認を得ている(承認番号:19-004).
対象の内訳は,獲得群18名(40.9%),非獲得群26名(59.1%)であった(図1).各項目に対する群間比較の結果,獲得群は女性が多くを占め(p=0.04),安静臥床期間が短く(p=0.04),FIM運動項目点(p<0.01)と認知項目点(p=0.01)が有意に高かった(表3).PT終了時の歩行状況(歩行獲得,非獲得)を従属変数,安静臥床期間,FIM運動項目,認知項目を独立変数としたROC曲線を作成(図2),結果,AUCは安静臥床期間0.675[p=0.03,95%信頼区間(以下,95%CI)0.539-0.811],FIM運動項目0.778[p<0.01,95%CI 0.685-0.870],認知項目0.718[p<0.01,95%CI 0.587-0.849]であった.また,歩行獲得を判別する為のカットオフ値(感度,特異度,正診率)は,FIM運動項目21点(77.8%,73.1%,75.0%),認知項目14点(61.1%,69.2%,65.9%),安静臥床期間12日(69.2%,66.7%,68.2%)であり(表4,5),カットオフ値を満たした項目数別の歩行獲得率は,0項目7.7%(13名中1名),1項目30.0%(10名中3名),2項目61.5%(13名中8名),3項目75.0%(8名中6名)であった(図3).
対象者選定のフローチャート
項目 | 歩行獲得群 (n=18) | 歩行非獲得群 (n=26) | p値 |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 75[64.3-83.5] | 80.5[73.8-84.8] | 0.61 |
性別[男性](名) | 7(38.9%) | 16(61.5%) | 0.04* |
精神疾患名(名) | |||
F0症状を含む器質性精神障害 | 9(50.0%) | 17(65.4%) | |
F2統合失調症 | 8(44.4%) | 4(15.4%) | 0.11 |
F3気分・感情障害 | 9(50.0%) | 6(23.1%) | |
CCI(点) | 1.0[0-2] | 1.5[1-2] | 0.13 |
薬剤科処方薬数 | 4[2.3-5] | 2[1-3] | 0.17 |
抗精神病薬の服薬状況(名) | |||
定型薬のみ使用 | 0(0.0%) | 1(3.8%) | 0.07 |
非定型薬のみ使用 | 10(55.6%) | 8(30.8%) | |
定型・非定型の併用 | 4(22.2%) | 2(7.7%) | |
未使用 | 4(22.2%) | 15(57.7%) | |
入院から発症までの日数 | 1.0[0-271.8] | 16.5[0-94.5] | 0.76 |
発症からPT開始までの日数 | 8.5[5.5-17] | 8.5[2-17.8] | 0.12 |
安静臥床期間(日) | 11.5[8.3-18.8] | 14.5[8-22.3] | 0.04* |
発症時の生活場所(名) | |||
院外 | 10(55.6%) | 11(42.3%) | 0.39 |
院内 | 8(44.4%) | 15(57.7%) | |
ALB(g/dl) | 2.9[2.6-3.3] | 3.0[2.6-3.4] | 0.50 |
BMI(kg/m2) | 19.9[18.7-22.9] | 18.9[17.4-20.4] | 0.34 |
CRP(mg/dl) | 11.7[7.1-17.5] | 8.7[3.4-14.9] | 0.79 |
WBC(102個/μL) | 110[83.5-157.3] | 82.5[71.3-120] | 0.27 |
ADROP(点) | 2[2-2] | 2[2-2.8] | 0.19 |
PT開始時FIM運動項目(点) | 26.5[13-59.5] | 16.5[13-23] | <0.01** |
PT開始時FIM認知項目(点) | 17.5[11-21.8] | 11.5[7-15.5] | 0.01* |
PT開始時FIM総合計(点) | 40.5[25.3-75.5] | 29.5[21.5-38.8] | <0.01** |
中央値[四分位範囲],n(%),*: p<0.05,**: p<0.01,CCI: Charlson Comorbidity Index,FIM: Functional Independence Mesure,ALB:血清アルブミン値,BMI: Body Mass Index,CRP:C反応性蛋白,WBC:白血球数
歩行獲得の有無を判別するROC曲線
Cut-off値 | AUC | 95%CI | 感度 | 特異度 | 有意確率 | |
---|---|---|---|---|---|---|
FIM運動項目 | 21点 | 0.778 | 0.685-0.870 | 77.8% | 73.1% | <0.01 |
FIM認知項目 | 14点 | 0.718 | 0.587-0.849 | 61.1% | 69.2% | <0.01 |
安静臥床期間 | 12日 | 0.675 | 0.539-0.811 | 69.2% | 66.7% | 0.03 |
Cut-off値:カットオフ値はROC曲線の図左上隅から最小距離となる点を定めた.
AUC: Area Under the Curve 95%CI: 95% Confidence Interval
陽性的中率 | 陰性的中率 | 正診率 | |
---|---|---|---|
FIM運動項目 | 66.7% | 82.6% | 75.0% |
FIM認知項目 | 57.9% | 72.0% | 65.9% |
安静臥床期間 | 75.0% | 60.0% | 68.2% |
カットオフ値を満たした個数別の歩行獲得率
本研究は,当院精神科病棟にてPTを実施したNHCAP患者の歩行獲得に関わる因子の抽出や,ROC分析における予後予測能の検証を行った.群間比較の結果では,性別と安静臥床期間,FIM運動・認知項目において,有意な差を認めており,各項目のカットオフ値は,安静臥床期間12日,FIM運動項目21点,認知項目14点であった.
安静臥床期間が機能的予後に及ぼす影響は多々,報告されており,1日毎に筋萎縮が1.0~1.5%程度16)進行していくことは,周知の事実である.精神疾患患者は,一般人口と比較して身体機能の予備能が低い為10,11,12),入院後数日の安静臥床期間による下肢筋力低下は,一般病棟と比較しても歩行能力を低下させる可能性が高い.しかし,今回の対象は,歩行獲得群においても安静臥床期間の中央値が11.5日であり,一般病棟の肺炎患者を対象とした平均3日17)の参考値と比較しても大きく乖離していた.肺炎発症後早期からの離床は身体機能的な側面からは期待される.しかし一方で,精神疾患患者は,NHCAP発症直後の内科的処置中に点滴の自己抜去,興奮・暴力などの問題行動や安静不保持を認め,向精神病薬の追加や,鎮静・身体拘束にてやむなく行動を制限することがある.本研究においても,行動制限や薬物調整を図る者が少なからず含まれており,肺炎の内科的なリスク管理だけでなく,精神状態の観察を含めて,安全に留意した離床評価を試みた結果が,安静臥床期間の長期化に繋がった要因と示唆される.
PT開始時のFIM運動項目と認知項目は,Jeong ら18)の脳卒中患者を対象とした退院時FIM得点を予測する回帰式においても採択されており,強く影響を与える要因とされている.疾患は異なるが,精神疾患を罹患するNHCAP患者においても,入院時のFIM運動・認知項目の情報は歩行再獲得を予測する上での重要な因子となることが示唆された.
さらに今回,ROC分析を基に,カットオフ値を満たした項目数別の歩行獲得率を算出した.結果,3項目のカットオフ値を満たした場合の歩行獲得率は75%であり,1項目も満たさない場合には,7.7%となった.
今後の臨床応用としては,精神科病棟入院患者のPT開始時の評価にて,今回得られた3項目を確認し,カットオフ値の該当数から,歩行獲得に至る確率を算出する.その確率を担当理学療法士だけでなく,医師・作業療法士・言語聴覚士・看護師などの医療専門職に提示し,チーム内で共有することで,活動範囲を維持する為の生活空間の調整や,能力に応じた移動手段の提案が可能になるのではないかと考える.
最後に本研究は,後方視的な調査であった為,PT開始・終了時点の身体機能が未評価であり,詳細なPT内容や頻度を収集することが出来ていない.今後は,筋力や関節可動域等の身体機能評価と,立位・歩行などの開始病日や歩行獲得までに要した日数を加えることで,歩行の再獲得に寄与した要因の検討が可能となり,獲得に要する具体的な期間の予測にも繋がると考える.また,精神疾患患者への特異的な視点が不足していた点も課題として挙げられる.精神疾患患者の精神症状は,PT効果の阻害因子19,20にもなりえる為,PT開始時点の精神機能評価や鎮静・身体拘束による行動制限の有無を加えた検討が必要である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.