2022 Volume 30 Issue 3 Pages 347-349
非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を在宅で使用する際,患者はマスク装着や機器周辺操作など一連の管理を行う必要があり,在宅でのNPPV使用には高い自己管理能力が求められる.高齢患者においては,入院中にNPPV自己管理が困難な場合がみられ,退院時の課題となることがある.その原因として患者自身の問題だけでなく,指導するスタッフ間での情報共有などにおける問題や退院先の施設の受け入れ条件の問題なども挙げられる.今回,NPPV導入に際し,自己管理が困難な患者に対し作業療法士(OT)が介入することで施設への退院に結びついた症例を経験した.高齢患者のNPPV自己管理には,患者の能力を適切に評価し,患者に適した装着方法の指導をチーム内で共有し,統一した指導を繰り返し行うというチームアプローチが有用であることが示唆された.
非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)導入を要する高齢慢性呼吸器疾患患者においてNPPV自己管理が退院の課題となることがある.その要因としては,患者自身の問題,病棟スタッフの指導が統一されていないことや業務多忙で十分な時間を割けないなど指導者側の問題,さらに呼吸器障害をもつ高齢患者が利用できる施設や人材はまだまだ不足しており1),地域の支援体制が不十分であるという問題もある.
作業療法士(OT)が関わる利点として,「生活がみられる」職種として期待されており,具体的には,「生活に沿ったアセスメント力」と「環境調整力」が挙げられる2).
今回,NPPV自己管理困難な高齢患者に対し,OTが介入することで患者に適した装着方法の提案,チーム内での統一した指導などを行った結果,NPPVの自己管理がある程度可能となり,施設からの協力も得られ,退院に結びついた症例を経験したので報告する.
77歳 女性 診断名:間質性肺炎(IP),うっ血性心不全,要介護5(A病院入院時),在宅酸素療法(HOT)導入中,Key person:長女,サービス付き高齢者住宅に入居.
現病歴:5ヵ月前に左下肢深部静脈血栓症,肺塞栓症でA病院に入院した.自宅退院困難にて当院へリハビリ目的に転院し,HOT導入し施設退院した.今回,誤嚥性肺炎にて再入院し,心不全,IP増悪を併発し,終日NPPVを開始した.13病日からは夜間のみNPPV使用となったがNPPV離脱困難で夜間継続となった.退院先である施設側の受け入れ条件としてNPPV自己管理が行えることが挙げられ,37病日より病棟看護師によるNPPV自己管理指導が2週間行われた.しかし,習得が難しいことから,52病日よりOTが介入した.
尚,今回の報告に際し,患者とその家族には発表,論文報告について説明し,プライバシーには十分に配慮することを伝え承諾を得た.
【作業療法評価】利き手:右,握力(右/左):13.0/11.3 kg,手指巧緻性の低下なし.MMSE:29/30点.BI:70/100点.鼻カニュラ 1.5 L/分下 SpO2 92~95%,NPPV使用時 3 L/分下 SpO2 93~95%.NPPV装着場面では,装着時間は1分半程度,姿勢は胡坐位,体幹前傾位で行っていた.マスク装着の手順があいまいで鼻カニュラを外してからマスクの準備を行うことで呼吸は徐々に浅速性となりSpO2 80~86%へ低下し,呼吸困難が出現しパニックになることもあった.ヘッドギアの向きに迷うことやヘッドギアクリップ(以下,クリップ)装着では,装着時の左右の手が定まっていないことやクリップを外さずに被ることもあった.また,易疲労性,依存的な性格などから繰り返し練習を行うことに対し消極的で装着後はマスクの位置を自身で確認せず終了していた.
【問題点】患者の問題として装着手順の不確定,不良姿勢や呼吸法の未習得,呼吸困難によるパニック,練習への消極性が挙げられた.
指導者の問題として看護師によってヘッドギアやクリップの装着手順,鼻カニュラとNPPVを切り替えるタイミングが異なっており,病棟看護師全体で指導方法が統一されていないことで患者の混乱を招いた.また,退院先である施設側からNPPV自己管理が出来ないと受け入れ困難という条件があった.
【作業療法介入】NPPV管理で本人が難しさを感じている工程を丁寧に聴取し,患者からは「覚えることがたくさんあって疲れる」との訴えがあった.そのため,一度に全ての流れを説明するのではなく,マスクの当て方や被り方,クリップの装着など1つ1つの工程が出来るようになってから次の指導を行った.環境調整としては,マスクの向きを間違えないようにヘッドギアに目印を貼り付けた.次にマスクの位置や自身の手元を確認しやすいよう置き鏡を置いた.姿勢も呼吸困難が出現しやすい前傾肢位にならないようにテーブルの高さ調整や正座での指導を行った.利き手側を活かした装着方法として,あらかじめ左側のクリップを装着しておき,利き手である右側のクリップのみを操作すればよいようにした.
指導者への介入として,その日に患者が出来るようになった装着工程などを病棟看護師へ個別に報告するとともに,週1回の多職種との定期呼吸ケア・カンファレンスの中で情報共有を行った.病棟看護師からも本人に対しマスク装着がスムーズになったことを褒め,できたことを称賛するようにした.口頭指導では患者が覚えられず不安になることもあった為,一目で手順が分かるように患者本人の写真を使用し,文字の大きさや専門用語を使わないように配慮した専用のパンフレットを作成した.パンフレットは常にテーブルの上に置き,本人,病棟看護師がいつでも確認できるようにした.退院前カンファレンス時に施設職員へ同パンフレットを渡し,指導を行った.
【結果】2週間のOT指導でNPPV自己管理が可能となった.装着時間は30秒程まで短縮し,SpO2は90%以上を維持できた.その後は退院までフォローし,94病日施設退院となった.
介入当初は,できないことが多くNPPV自己管理に対し消極的であった患者が,OT指導でマスク装着及び電源操作ができるにつれ,「少しずつ出来るようになってきた」との言葉が聞かれるようになり積極的に指導を受け入れるようになった.病棟でもOT指導により指導内容が統一され,患者はOT指導時の成果を夜間NPPV装着時に実践することができ最終的にはマスク装着,電源操作が自力で可能となった.ただし,その他周辺操作や洗浄については自力で行えず課題として残った.しかし,マスク装着や電源操作が自力で可能となったことで,当初の施設側のNPPV自己管理ができないと受け入れ困難という条件が緩和され,施設職員の協力が得られることとなり,施設へ退院することができた.
在宅NPPV療法では,患者が自ら機器の操作,管理を行うため,高い自己管理能力が求められる3).本症例も施設へ退院するにあたり,NPPV自己管理が必須条件であったが,病棟での指導のみでは習得に難渋していた.今回,OTが動作指導や環境調整を行い,NPPV自己管理が可能となり退院に繋げられた.
OTは,生活の様子を観察し,難しさを感じているであろう生活行為の一つひとつに着目している.その上で難しさを感じている生活行為を分解し,どの工程で苦労しているのか,どうすれば実施できるのかを考えている2).本症例では動作指導及び環境設定を行い,装着手順の練習,テーブルの高さ調整,装着時の姿勢の修正,利き手での装着,鏡の設置や目印の貼付により,装着時間の短縮や疲労軽減が図れた.OT介入当初は,患者は何をすればよいのか分からず混乱し,NPPV管理に消極的になっていた.まずは抱えている不安を聴取し,解消できるように説明した.セルフマネジメント教育では患者自身が課題解決できるための知識とスキルをもち,患者が「できる」と思える支援をしていくことが重要となる4).病棟看護師と共にマスク装着やNPPV操作の手順を統一した指導内容で行うことにより,一日に数回繰り返し指導が行え,患者本人も混乱なく安心してマスク自己装着が可能となった.患者にとって他者からのサポートの自覚は自尊感情や気力の維持,向上に影響を及ぼすとされている5).毎回の指導後に獲得できた手技を患者にフィードバックし,成功体験を積み重ねることで自信がつき,周囲のスタッフからも称賛されることでより積極的にマスク装着を行うようになった.
入院から在宅まで長期にわたる場合に一個人・単一施設の努力のみで質の高いケアを提供するのは困難で,地域医療連携や多職種による多面的なチームアプローチが推奨される6).しかし,医療介護連携の難しさは,連携相手が医療に精通していない職種であることが挙げられる.専門用語や医療の知識不足,ならびに介護職が思う医療に対する敷居の高さも従来指摘されている7).本症例では,患者専用のパンフレットを用いて装着手順を明示化することで多職種間での情報を共有しながらケアを行なえた.さらに,施設と情報共有を図るツールにもなり円滑に退院に結びつけることができた.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.