2022 Volume 31 Issue 1 Pages 102-104
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に対して一回換気量を制限することが推奨されているが,同時に呼気終末陽圧(PEEP)が必要であることも知られている.重症ARDSでは高いPEEPが必要であると考えられ複数のRCTが行われたが,高いPEEPによる有意な死亡率の改善効果はみられなかった.一方で,高いPEEPと肺リクルート手技を行うと気胸や圧損傷の頻度が増し,死亡率を上げるという臨床研究も出された.CT画像やElectrical impedance tomography(EIT)で確認すると,高いPEEPにより新たに過膨張する領域が大きく,一方で再開通される領域はさほど大きくなかった.
以上のことから,重症ARDS患者においては比較的高いPEEPが必要ではあるが,PEEPによる負の側面もあることから一律に高いPEEPを用いるべきではない.
急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome, ARDS)は(1)急性発症,(2)胸部画像上の両側性陰影,(3)輸液過剰や左心不全のみで病態を説明できない,(4)低酸素血症の 4 項目を満たす時に診断される症候群である.現在ARDSに対する有効な治療法はない.重度呼吸不全患者に対しては人工換気が必要になるが,人工換気そのものは肺に対して決して良いことをしているわけではない.従って,極力肺にダメージを与えないような人工換気の方法について研究されてきた.2000年前後から一回換気量を制限する,いわゆる「肺保護換気戦略」が唯一ARDSに対して用い得る手段として提示されている.
ARDSは何度か定義され直されたが,2012年にEuropean Society of Intensive Care Medicine,American Thoracic Society,およびSociety of Critical Care Medicineの3学会合同で出されたBerlin definitionが最新である1).この定義を決めるconsensus conferenceでは,positive end-expiratory pressure(PEEP)については,「重症ARDS患者にhigh PEEPを用いることを推奨する」とされている2).しかしながら,その“high PEEP”のPEEPレベルについては明確に定義されていない.
2000年に発表されたARMA study3)で一回換気量を制限する人工換気を行うと,従来用いていた換気量を用いた群よりも死亡率を低減させることが示されたが,この研究では酸素化が悪くなるに従いPEEPは増加させるようにプロトコルが作成されていた(表1).そしてその後に行われたhigh PEEPの有用性を検討するRCTにおいては,比較対照群にこのARMA studyでのFIO2-PEEP tableを用い,high PEEP群にはさらに高いPEEPを用いるプロトコルを用いて研究が進められた(表2).複数のRCTが行われたが,死亡率に関してhigh PEEPによる有意な改善効果はみられなかった4,5,6).
FIO2 | 0.3 | 0.4 | 0.4 | 0.5 | 0.5 | 0.6 | 0.7 | 0.7 | 0.7 | 0.8 | 0.9 | 0.9 | 0.9 | 1.0 |
PEEP | 5 | 5 | 8 | 8 | 10 | 10 | 10 | 12 | 14 | 14 | 14 | 16 | 18 | 18-24 |
FIO2 | 0.3 | 0.3 | 0.4 | 0.4 | 0.5 | 0.5 | 0.5-0.8 | 0.8 | 0.9 | 1.0 |
PEEP | 12 | 14 | 14 | 16 | 16 | 18 | 20 | 22 | 22 | 22-24 |
一方,重症ARDS(P/F ≦200 Torr)の患者において肺胸郭コンプライアンスを参考に高いPEEP設定と肺胞リクルートメント手技を行う群と,FIO2-PEEP tableを用いてPEEPを決めるコントロール群との比較では,前者において主要評価項目である28日以内の死亡率が増加する(55.3% vs 49.3%,p=0.041)結果となった7).詳細に結果を見ると,脱気が必要な気胸の比率(3.2% vs 1.2%,P=0.03)や圧損傷の割合(5.6% vs 1.6%,P=0.001)が前者で有意に高く,high PEEPの負の側面が明らかとなった.
ARDS患者またはARDSのリスクの高い患者(P/F比200前後)に対し,zero end-expiratory pressure(ZEEP)と15 cmH2OのPEEPを付加した状況で電気インピーダンストモグラフィ(Electrical Impedance Tomography, EIT)を用い肺の拡がり具合を調べた研究では,約半数の患者において15 cmH2OのPEEP により新たに過膨張する領域が,新たにrecruited(気道の再開通)される領域よりも過大に多く(15%以上)発生していた8).本研究ではEITにより肺の局所の状況を見ているためこのような解析ができるが,わずか15 cmH2OのPEEPでこのような状態が起こることから,実臨床では過膨張を引き起こしていることに気づかずに過大なPEEPを掛けていることがしばしば起こっていると考えられる.
ARDS患者において高いPEEP(15 cmH2O)と低いPEEP(9 cmH2O)で換気をした際に,一回換気量が減ったにも拘らず,driving pressureが上昇した(12.6±2.2 vs 16.0±3.1 cmH2O,P<0.05)9).それぞれのPEEPレベルで呼吸中のdynamic CTを撮影して比較したところ,高いPEEPを付加した際に過膨張の肺部分が増えたことにより肺胸郭コンプライアンスが低下すること(23.9±5.6 vs 18.4±4.8 mL/cmH2O,P<0.05)が,この原因と考えられた.また吸気と呼気で開放と閉塞を繰り返す肺部分の割合は,PEEPの多少でほぼ変わらなかった.限られた条件下での検討ではあるが,高いPEEPが必ずしも肺や呼吸機能に良い影響を与える訳ではないこと,むしろ悪影響を及ぼす可能性があることが示唆された.
以上をまとめると,重症ARDS患者において比較的高いPEEPが必要なことは事実であるが,PEEPによる負の側面もあることから,必ずしも高いPEEPが優れているということはない.実際に,メタ解析がいくつか行われたが,いずれもhigh PEEPをサポートする結果にはない10,11).
どのようにPEEP値を設定したら良いかは様々な方法が述べられている.本著のテーマからは外れるため詳細は省くが,著者は患者ごとの“best PEEP”を求めようとすることは無理(ナンセンス)であると考える.ある範囲のPEEPが適当であろうことがわかり,また酸素化だけでなく,様々なパラメターによって各患者のPEEP値はダイナミックに調整されるべきものと考える.
高いPEEPにより拡がる肺部分がある一方,過膨張してしまう肺部分も相当生じ,合併症の原因となる.ARDS患者に対して,一律にhigh PEEPを用いるべきではない.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.